倖せ
米飯の炊き上がる、良い匂いがした。
厨房に篭る二人は黙々と、その米飯を膳に取り、菜を盛り付けていく。
互いに、これといった会話はない。
だが時折、中年の女は自分の娘ほどに年の離れた少女を、何か言いたげにじっと見つめていた。
「どうしたの? よね」
その視線に気がついた少女がそう言う。
「いえ……」
よねと言われた女の言葉は歯切れが悪い。
「早くしないと、間に合わない」
少女のぎやまんのような澄んだ声は、そっけない。
「はい、お嬢様」
そう言いながら、女はため息をついて作業に戻る。
少女はそれを見届けて、作っていた汁の様子を見に戻った。
程よく煮立つ汁をほんの少しとり、味を見る。
少女の顔がほんの少し、穏やかになった気がする。それをまた覗き見ていた女は、驚きながら、見ていた。
少女は微かに頷き、火を止めると、香の物を糠から取り出して切り始めた。
どこかリズムを刻むように、小気味良く切っていく。
「お嬢様」
「よね?」
少女は女へと振り向く。
そこに見た顔は一見涼しげで、長年見つづけてきたよねでなければ気付かないほど、微かにほころんでいた。
そのことをよねの表情から読み取ったのか、少女は途端に困ったような、どこか悲しそうな顔をした。
「お嬢様、あの鉄哉と言う方は信用の置ける方のようですね」
「それは、わからない。信用はできない」
だが、それを言う少女は困惑と恥ずかしさを押し込めているようにも見えた。
「でも、お嬢様に酷いことはなさらないのでしょう?」
少女は無言で俯く。
「私はね、嬉しいんですよ、お嬢様が、そんな風に気を安らげる表情をしていてくれるのが」
「よね。そんなに、違って見える?」
「ええ、他の者にはわからないかもしれませんが、私はわかりますよ」
また少女は何かを考えるように口をつぐみ、目をそらした。
「わからない。私には、わからない」
久しぶりに、この少女の幼い部分を見たような気持ちになって、よねは何か高ぶるものを感じた。
「そうですねぇ。お嬢様はわからないのかもしれませんね」
「よね、私が鉄哉様の昼餉を作っていることは言わないでおいて欲しい」
不器用な、少女の一言に、よねは「はい」と首肯して。
「今日も御膳をお持ちになりますか?」
「聞きたいことがあるから」
少女の面はまた冷たい、人形のような無表情に取って代わってしまった。何か、まずいことを聞いてしまったのだろうか、と心の中でよねはため息をついた。
だが膳を渡して帰ってきた少女は、困惑し、抑えきれない何かにその身を焼いているように見えた。
よねはそれを見て、喜びを感じると同時に、夜待ちうける悲惨な少女の境遇を思い出し、そっと涙した。
震災が起こるのは、それからわずか半月ばかり後のことである。
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