エピローグ

 荒野のただ中に円い虹のようなものが浮かんでいた。
 それはただそこに浮かび続けていたが、そのうち表面に小さな変化が現れた。
 人の掌のような跡ができたかと思うと、そのまま本当に人の手が抜け出して来た。
 その裏には誰もいない。
 少しその手が動いたと見るや、あっと言う間に人が現れていた。
 白髪の老人だ。左手には長い間連れ添ったらしい木の杖が握られている。
 老人は大きく息を吸い込むと、目を閉じた。
 再び目を開けた老人は太陽の眩しさに目をひそめ、杖をついて歩き出した。
 
 一日目、見渡す限りには何もなかった。
 草木はもちろん雲一つさえも。
 老人は何度となく休みを取り、少しずつ目的地へ向かって歩み続けていた。
 身に携えたものは少量の水と食糧だけで。
 
 二日目、夕日も沈むころになって遠くに丘が見えた。
 暗くなってからだったからか、それとも年を取って目が悪くなったからか、それは真っ黒に見えた。
 先を急ごうとしたが、彼は寒さに咳き込み、仕方なく眠りにつくことにした。
 朝起きた時にはまだ朝日が昇っていなかった。
 だが、体の調子はこれまでのいつよりも調子が良いようだった。
 彼は食事をほんの二口でおしまいにし、再び歩き出した。
 日が出ていない方が暑くなくて足も進みが良い。
 そのうち彼は重大なことに気付いた。
 昨日見た丘は実は丘などではなく、巨大な木なのだと。
 近付くに連れ、その木は天をも覆わん大きさになって来る。
 荒野に立つその木が沸き立つように風に揺れる。
 そして朝日が差し、根元にたどり着いた彼は突如として涙を溢れさせた。
「そうか、そうなのか……」
 しゃがみこんで彼は、その『二本にして一つ』のシュリの木に抱かれるように、最期の眠りについた。
 
TheEnd
 
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