夢の続き

 はらり、はらりと。
 巻くように吹き付ける風に、飛ばされて行く。
 それは私の涙……。
 
 ああ、涙が覆って行く。
 ……何を? と誰かが訊く。
 すべてを。
 すべてをその色に染め、私の哀しみがこぼれて行く。
 何度も何度も、染め直そうと言うように。
 あれは、夢だったのか。あの哀しみも喜びも、みな遠い世界の出来事だったのか。
 いいえ。
 あれは、みな本当の事。
 彼は来る。私が泣いたときには必ず、彼はそばにいてくれた。
 私は一人立ち尽くす。
 今の私は涙を拭う事もせず、ただ枯れ尽きるまで涙を流し続ける他、無い。
 ああ、彼は来ないのか?
 やはり、これは夢なのか。
 私は心に問いかける。
 答えは無い。
 答えるべき心は、今や私のものでは無かった。
 
 眠りの時が来る。
 私の意志は? 意識は?
 それも眠る。
 私は眠らない。彼はまだ来ていないっ――。
 お前は覚えているか? 彼の名前を。
 覚えているとも。
 
 彼は――――。
 
 叫んだつもりの声は、言葉にならなかった。 絶句する。
 覚えていない。
 
 忘れたのだろう。お前は忘れた。ここにいる意味も。
 私は、私だ。
 私は私の意志でここにいる。
 心は沈黙した。
 一体何だというのだろう? 今考えている私は私では無いのか? 私は私の心にいないのだろうか?
 わからない。そもそも、心とはなんだろう?
 車が静かに、私のいる公園の前に止まった。一人の男性が、車の後部座席から静かに降り立つ。
 寸分変わらぬ、夢……。
「一年ぶりだね」
 彼はそう口にした。
 それも、夢の内。
「また泣いているんだね」
 答えは出て来ない。私には答える口がもう無い。声を響かせる喉がもう無い。
「君の好きなゆりの花をもって来たよ」
 優しい瞳で彼は私を見詰める。
 あなたは……誰?
 彼なの? もしかして、これも夢なのかしら。
 涙は止まらない。
 彼はもう何も言わない。
 ふと私の足元に座り込む。
 彼の目にも涙があった。盛り上がり、そして、弾けて行く。
 それは私の肌を濡らし、しっとりと染みとおる。
 痛い、痛む。忘れたはずの痛み。無くしたはずの心の疼き。
 ああ、貴方だ。
 貴方に会うために私は泣くのだ、こうして風に揺られて。
 彼は私を優しく撫で、微笑む。
 私は泣く。涙が途切れれば終わってしまう。それを知っているから。
 けれど、やがて最後の涙は彼の上へと降り注ぐ。
 彼は私を仰ぎ見る。
 長い時間が流れて……彼は立ち上がった。
 
 ああ……眠い。
 
「また、一年後に」
 
 ……眠い。
 
 彼は歩き去って行く。
 私の瞳は閉じた。眠りが覆う。
 車の前で彼は立ち止まる。
 扉が開く。
 その中から声が聞こえる。
「夜桜ですか…………」
 
 しんとした世界、無音の中に私は帰って行く。
 何もない……何もない、ただその奥で息を潜めて待つために。
 息を潜めてその奥で……。
 
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