甘美な拷問?


 ルルーシュは気恥ずかしさに半ば硬直したまま、そうしているしかなかった。
“一体なぜこんなことに……”
 彼の右頬には暖かくて柔らかい『それ』の感触がして、そっと頭に乗せられた手は、慈しむようにゆるゆると動いている。
「ふふっ」
 さっきまで同じように緊張していたはずの彼女の楽しそうな声が、頭の上から聞こえる。
 目を瞑っているのだが微かに彼女の身を包む柔らかな匂いが鼻腔に流れ込み、余計に彼女の存在を意識せずにはいられない。
“くらくらする”
 ルルーシュはなぜだか喉が渇いて仕方なくなり、起き上がろうと身をよじるが、すぐに彼女に動きを封じられてしまう。
「駄目だよ、動いちゃ。ね?」
 まるで子供に言い聞かせるような声音に、ルルーシュは反論も出来ずただ小さく唸って抵抗を諦める。
 少し泣きたいような気持ちになりながら、ルルーシュは答えのわかりきっている問いをまた自分の胸のうちで繰り返す。
“一体なぜこんなことになったんだ”
「んしょ。用意も出来たし、はじめるよ、もうルルは動いちゃ駄目だからね」
「あ、ああ……」
 ルルーシュの言葉にはどこか悲痛な響きが混じっていた。


 ……数日前。
 ルルーシュはその日ナナリーと何気ない風を装いながら食事の席を共にしていたが、その内心は屈辱にはらわたが煮えくり返っている所だった。
“おのれ、コーネリア……”
 ちぎったパンを口に運び、優雅に咀嚼しながら完璧に敗戦を喫したこの前の戦いを思う。
 後一歩で自分の正体が露見しかけたあの戦い。C.C.に助けられなければあそこで自分は一貫の終わりだったろう。
 そのC.C.さえも腹立たしい。
 まるで彼が負けるのがわかっていたといわんばかりの行動だ。
“しかし、ここは怒りに身を震わせていても仕方ない。冷静にならねば……”
 なぜ自分が負けたのか、ルルーシュは深く息を吐いて気持ちを落ち着けながら思考し始める。
 あの戦いの一手一手を思い返しながら、ルルーシュはそれがいかに自分の指した手と違うのかに今更ながらに愕然とする。
“そうだ、あそこで奴らが俺の意図したとおり全て運んでいれば、コーネリアの策にあそこまではまることもなかった”
 確かに戦略上コーネリアの策に一枚上手を行かれたところはある。
 だが、それもルルーシュの企図どおりに進めていれば対処可能な範囲内だったはずだ。
“やはり、勝つためにはこの能力だけでは不足か……優秀な駒が要る”
「……様、お兄様、聞いていらっしゃいますか?」
 唐突にかけられた声に、ルルーシュは思考の内から呼び戻された。
「もちろんだ、ナナリー」
 そう答えながら、ルルーシュはナナリーがなにを話していたのか思い出そうとする。
“確か、なにやらシャーリーにしてもらってとてもすっきりして良かったという話だったが……”
 肝心の何をしていたかというところが思考を重ねていたルルーシュの耳には入っていなかった。
 だが、既にもちろんと答えた以上教えて欲しいというわけにはいかなかった。
 ちらりとナナリーを見ると少々疑わしげな顔だった。
 それを見て、ルルーシュは内心焦りが走る。
 ルルーシュが自分でも認める唯一といっていい弱点。ナナリーのその表情一つでルルーシュは慌ててしまう。
「本当ですか、先ほどからなにを話しても、『ああ』とか、『うん』とかばかりで。何か悩み事でもあるのですか?」
 悩み事。
 当たり前だがこの純真な妹にその内容を知られるわけには行かなかった。
「いや、そんなことはない。ただ、あんまりナナリーが楽しそうだったからな、俺もしてもらいたいと思っていただけだ」
 ごまかすように笑うが、当然のこと目の見えないナナリーにはそんな様子がわかるわけもない。
「え!?」
 少し驚いた様子にルルーシュは何かおかしな返事をしたかと一瞬緊張が走る。
「お兄様もですか。それなら今度私からシャーリーさんに話しておきますね」
 なにやら一転して、ナナリーは嬉しそうな様子を見せた。
「ああ、頼むよ」
 そう答えながら、なぜかルルーシュはとんでもないことを頼んでしまったのではないかと背筋に冷や汗が伝うのを感じていた。


 その予感が現実になったのは今朝のことだった。
 クラブハウスの扉を開けるとシャーリーが目の前に立っていた。
「あ、あの、ルル。お帰りなさい……」
 その言葉にただいまと返事を返すことも出来ず、ルルーシュはシャーリーを見つめている。
「シャーリー……何だ、その格好は?」
「う、その、やっぱり変?」
 シャーリーが自分の格好を見下ろして顔を赤らめる。
 彼女は今俗に言うメイド服を着ていた。カチューシャのような頭飾り、ホワイトプリムまでしっかりと身に付けている。
「ああ、咲世子が着ているならおかしいこともないが……いや、そうでもないか」
 ちらと、ルルーシュはその部分に目をやってすぐに逸らした。そうせざるを得なかった。
“なんだあれは。普段のシャーリーの服装よりもスカートが短いじゃないか”
 メイドがあんな服を着ていたら主人もおちおち食事していられまい。
 シャーリーのほうもその視線に気がついたかますます顔を赤らめて、そっとスカートを下に引っ張るような格好をしてみせた。
「咲世子さんに今日……ルルに、その……するんだって言ったら『だったら形から入りましょう』とか言われて」
「は?」
「だから、わたしがこんな格好しようとしたんじゃないから。だからね」
「するってなにをだ」
 思わずつぶやいたものの、シャーリーには聞こえなかったらしい。
“そんな格好で俺に一体なにをする気だ?”
「そしたら、なんでかいつの間にかこんな格好になってて……」
 なんだか泣きそうになっているシャーリーにルルーシュも軽く頭痛を感じながら、ようやくのこと扉を閉めるとリビングへ向かう。
「咲世子は天然だからな」
 シャーリーの肩を叩いて慰めながら、ルルーシュはため息をついた。
 リビングまでたどり着くと、咲世子とナナリーが楽しそうになにやら話していた。
「あら、お兄様お帰りなさい」
 ナナリーが気がついて声をかけてくる。
 咲世子もまた気がついたようで、ルルーシュに向き直り、軽く頭を下げてくる。
「で、一体これはなんなんだ。なんでシャーリーが?」
「それは、この間お兄様もシャーリーさんにしてもらいたいといっていたので私がお願いしたんです」
 その言葉で、ルルーシュはそれまで忘れていたそのことを思い出す。実際、あれ以降色々面倒ごとが重なって正直それどころではなかったためまったく忘れていたのだ。
「あ、ああ、確かにいったが」
 そう答えながら、ルルーシュは背筋に冷や汗が伝うのをとめることが出来なかった。
 一体ナナリーは何をしてもらったんだ?
 だが、ナナリーの居る前で聞くことも出来ない。
 ちらりとシャーリーに目をやると照れたように目線を逸らす。
“なんだ、これは何の罰ゲームだ? もしかして俺が聞いていなかったことを気づいていてナナリーが怒っているのか?”
 そう思ってナナリーを見やるも最愛の妹に何か変わった様子は見られなかった。
“いや、ナナリーはそこまで執念深い性格はしていないし、あの様子では怒っているということもなさそうだ”
「シャーリーさんも凄くやる気だったんですよ。最初少し驚いていたみたいなんですけど」
 ナナリーはルルーシュの内心も知らず無邪気に笑っている。
「ああ、俺も楽しみだよ」
“バカか、俺は。なにを言っているんだ”
 ますます引きづらくなってしまったルルーシュに咲世子が「それでは私は夕食がございますので失礼させていただきます」と頭を下げて退席していった。
「あ、それじゃ、その。……ルルはそこに横になって」
 シャーリーがソファに向かってルルーシュが寝転ぶように指示してきた。
「横に……なるのか?」
「うーん、やっぱりそうでないとやりにくいし」
 ますますルルーシュはなにが起きるのかわからず警戒するが、ナナリーが見ている以上逃げるという選択肢は用意されていなかった。
 仕方なく、ルルーシュは上着を脱ぐと素直に横になった。
「これでいいか?」
「う、うん。それじゃ、するよ?」
 そういうとシャーリーはその格好のまま近寄ってくる。
“おい、シャーリー。自分がどういう格好しているのか忘れたのか”
 等と思いつつも、結局口に出して言うことの出来ないルルーシュ。だが、後一歩でというところでルルーシュはくるりとソファの背もたれ側に回転してしまう。
「え、ルル?」
 困ったような声が聞こえるがそんなこと知ったことではない。
「う、う〜〜。その格好でするの?」
「そうしてくれ」
「どうかしたんですか?」
 ナナリーの声に慌ててシャーリーが上ずった声を上げる。
「ど、どうもしないよ。うん、大丈夫だから」
 ルルーシュからは見えない位置でシャーリーがすうはあと深呼吸している音が聞こえてきた。
 それを聞いてますます緊張に身を堅くするルルーシュ。
 いや、シャーリーがすることなのだから物凄く痛いことだとかそういう心配はないが、彼女も緊張しているのが伝わってきてどうしても強張ってしまうのだった。
「じゃあ、ちょっと頭を上げてね」
 シャーリーはその声と合わせて、そっとルルーシュの頭部を支えると持ち上がったそのスキマに自分の太ももを滑り込ませた。
「な!」
 いわゆる膝枕の逆向きである。
 ルルーシュの上げた声にも反応せず、シャーリーは必死で顔を逸らしている。
 目の前にシャーリーのほっそりしたおなかの部分があり、右の頬の下には柔らかで暖かい生の太ももの感触。
 思わず目をその中間点へと向けそうになって必死の自制力で堪えるルルーシュ。
“な、なにを考えている。そんなことをしたら……というより、シャーリーは何のつもりなんだ”
「シャーリー。その、これでいいのか?」
 ルルーシュとしては膝枕をすることで終わりなのかという意味で尋ねたのだが、シャーリーはそう取らなかったらしい。
「う……ルルが、言ったんじゃない」
 確かにそうだった。最初はソファに顔を向けていなかったのだ。あの時シャーリーがためらった理由がわかって、ルルーシュは頭がくらくらした。
 いや、くらくらしているのはシャーリーの温かさと肌の感触となんともいえない匂いの所為だろうか。
 心臓がバクバク音を立てている。
 思わず、反対側を向こうとすると、シャーリーが恥ずかしそうにしながらも、ルルーシュの顔をそっと押さえ込んできた。
「シャーリー。恥ずかしいなら、やはり反対を向いて……」
「も、もういいよ。どっちにしろ反対側もしなくちゃいけないんだし」
「なに……?」
“反対側とはどういう意味だ?”
「それより、動いちゃ駄目だよ。耳の中傷つけちゃったらまずいでしょ」
“……耳掃除だったのか”
 ようやくなにをされるのかがわかって、ルルーシュはほっと安堵の息をつく。
“だが、待て、耳掃除だと?”
 頭に冷静さが戻ってきて、それがちっとも安堵できる状況でない事にルルーシュは気がついた。
“膝枕で耳掃除……なんだ、この状況は”
 助けを求めるようにナナリーのほうを見ようとするが動こうとするとシャーリーのしなやかな腕で動きを封じられてしまう。その感触が柔らかくて、滑らかな太ももの感触に押し付けられてルルーシュは抵抗を諦めるしかなかった。
「うふふ、シャーリーさん耳掃除が上手いんですよ」
 最愛の妹の声がこれほど絶望的な響きを持って聞こえたことなどないとルルーシュは思った。
 ナナリーは視覚が閉ざされているから、この状況がどれほど恥ずかしいことかということに想像が及ばないのだろう。
 どうすることも出来ず、ルルーシュは気恥ずかしさに半ば硬直したまま、そうしているしかなかった。


 カリコリコリリ。
 耳の中を擦っていた耳掻きが動きを止め。
「うん、これで終わりだよ」
 シャーリーの声が聞こえて、ルルーシュは気まずい思いを抱えて起き上がった。
 この時間は拷問だったとルルーシュは改めて思う。大体周り中シャーリーの匂いに包まれて、その肌の滑らかさを感じながら身動き取れないというのは本当に辛かった。特に最初のうち彼女の方を向いていたときにいたっては、彼女が前かがみになって耳の中を覗き込んできたときに彼女の服が鼻先に触れるほど近づいてきたり、そんなときに不意打ちで耳にくすぐるような息を吹きかけられて。
 とにかく生きた心地がしなかった。いや、逆に生きているからこそだという話もあるのだが。
「ありがとうな、シャーリー」
「ううん、こんなことで良かったら、またいくらでもするから」
 ルルーシュは苦笑いを返すしかなかった。
 ふと後ろを見るとナナリーはどうやら眠ってしまったようだった。車椅子の背にもたれて規則正しい息を吐いていた。
「まったく風邪をひくぞ」
 ルルーシュはソファにおいてあった毛布を優しくかけてやる。
「ねえ、ルルはどうしてカレンを生徒会に入れようと思ったの?」
「何だ、急に」
「いや、ちょっと気になって……」
「大したことじゃない。彼女は有能だし、病弱だという理由でどこの部活にも入ってなかっただろう。勿体無いと思っただけだ」
「本当に、それだけ?」
 シャーリーがルルーシュの真意に気づいているはずもないと思うが、少しだけどきりとする。
「それだけだが」
 内心の動揺を押し隠しルルーシュは口にする。
「そっか、それじゃ本当になんでもないんだね」
 シャーリーはほっとしたように笑う。
 なにを心配していたのかはわからないが、ルルーシュはシャーリーが笑ってくれた事に安堵して同じように微笑んだ。
「今日はありがとう。恥ずかしい格好までさせてしまったしな」
 思い出したようにシャーリーは真っ赤になって、それから小さく首を振った。
「ううん。わたしも……ちょっと幸せだったから」
 そのシャーリーはルルーシュが照れてそっぽを向くぐらい可愛かった。



あとがき

私は医者に耳掃除をとめられていたりします。
耳の穴が小さいために耳掻きで掃除すると奥へ押し込んでしまうばかりで、とりにくい耳栓を作ってしまう原因になるからだそうです。
というわけでどんなに夢見ても、こんな事はしてもらえないのでした。
という話を知り合いにしたら耳鼻科医さんと付き合えばいいじゃないかと言われました。
いや、そりゃそうかもしれないけど……。
でもシャーリーにしてもらえるなら耳栓作ってもやってもらうな。うむ。(笑)

あまり造詣は深くないのでメイド服についてはネットで調べました。スカートがマイクロミニってのも漫画とかで作られたものではなくて昔からあるんですね。フレンチメイドタイプとかいうそうです。ブリタニアは普通にメイドさん文化あるみたいですし、きっとシャーリーは二重に恥ずかしかったことでしょう。 *記載内容一部変更2009/3/2

しかし肝心の拷問(笑)シーンが作品のテンポの所為で削らざるを得なかったのが残念です。
ルルーシュがドキッとするシーンや仕掛け色々考えてたんですが。(笑)

2009/2/8 栗村弘



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