RELIVE


第6.8話 番外編

 着々と特区日本の準備が進められている様は連日ニュースで報道されている。
 だが、今彼の心にあるのはそれへの対処ではない。
 既にそれへの答えは決まっていて、対処にかける手間もほぼ全て終わっている。
 不測の事態で彼らの作り上げたものがブリタニア側に発見されさえしなければ、何も問題なくこの後に控えている彼と皇女の会見は終了するだろう。
 疼く左目をルルーシュはまぶたの上からそっと手で触れた。
 随分と力を使ったから、もう少し早く暴走するかもしれないと思っていたが、今のところその兆候は無い。
 それでもじくじくと疼くような感覚のある左目を屋上を吹きすぎる風がわずかに冷ましてくれる。
 目を開いたルルーシュは、ここからでは良く見ることの出来ないその場所に思いを馳せる。
 この時間へと遡って以降、ルルーシュはあの一角に近寄っていない。
 いや、彼の経験の中ではあの日以来、あそこには足を運んでいない。
 皇帝になったから、さまざまな事件に巻き込まれて暇が無かったから。理由はいくつもあるけれど、例えそんな理由が無かったとしても、近寄ることなど出来なかったと思う。
 あの場所は、あの光景はもはやルルーシュの魂に刻み込まれている。
 自身の無力の象徴、滑稽なほど愚かな自分への憤慨、そしてそれらのなによりも強かった絶望の感触。
 誰かの所為にしなくては、悲しみを怒りに変えなければ、一歩も進めなくなるあの虚無の実感。
 そこで見つけた自分の彼女への気持ち。
 遅すぎたその自覚が、だからこそ彼を奮い立たせてくれた。
 それがあるから今の彼がいる。
 もう二度とあんな光景は見たくない。
 そのためにこそずっと尽力してきたのだ。
 だから、もう忘れてもいいはずだ。
 今彼の傍には多くのことを忘れたとはいえ、笑いかけてくれるシャーリーがいる。
 彼女は決して偽物じゃない。
 日常のいたるところで、彼女がシャーリーであることを納得する。彼との絆の大半を奪われてしまっていても、彼女は間違いなくルルーシュにとって大切なシャーリーだった。
 それでも今、そんなことを考えてしまうのは、きっと今日が『彼女』の命日だからだろう。
 ここでは無かったことになっている死んでしまったシャーリー。
 彼女がもしもここに居たら俺をどんな風に思うんだろう。
 空を見上げたら、まぶしい日差しの中に一瞬彼女の姿でも紛れていたのではないかと思う。
 だけど、夢で何度会っても、幻の中に彼女の面影を見ようとも、彼女は笑ってくれない。怒ってもくれない。
 生前の……いや、今彼の傍に居るシャーリーは良く笑い、良く怒っているのに。
 悲しい表情の彼女を幻視してしまうのは、やはりルルーシュにやましい気持ちがあるからなのかもしれない。
「あー、こんな所にいたっ!」
 当の本人の声にルルーシュはびっくりして振り返る。
「もう、ルルーシュ。こんな所でサボってないで、ちょっと手伝ってよ」
「なんだ? この間随分やっただろう」
 ここのところ学園祭後の処理をすっぽかして黒の騎士団に出ずっぱりだった分、つい先日埋め合わせで大量の仕事を押し付けられたのだ。それを何とかこなし終えたのが昨日のこと。
「会長がね、七夕祭りをやるんだーって言い出して」
「七夕?」
「うん、ここのお祭りみたいだよ。笹にお願い事を書いた紙を吊るすんだって」
「またか」
 疲れた顔をするルルーシュにシャーリーは微笑みかける。
「あはは、大変だけど、頑張ろうよ」
 あの日以来吹っ切れたようにシャーリーは明るく彼に接してくる。彼女の記憶が無いなんていっそ信じられないくらいだった。
「それにね、会長から聞いたんだけど、なんだか良い話なんだよ。七夕って」
「何がだ?」
「ルルーシュは笑うかもしれないけど、こういうの」
 ちら、と様子を伺うようにしてこちらを見てくるシャーリーは愛らしい。
「聞いてみなくちゃわからないが……」
 話したかったと言うのが丸わかりの嬉しそうな顔。
 それを前にしては聞きたくないなどとルルーシュにいえるわけが無い。

「……悲しい話だよね。でも、明日だけは会えるの。天の川にカササギが橋を作ってくれるんだって。ただ、雨が降ると天の川の水量が増して橋が作れなくなっちゃうって」
 話を語り終えて、シャーリーはほう、と熱のこもった息を吐いた。
「なんでカササギなんだ?」
「それは……知らないけど。そうじゃなくて、引き離された恋人同士が出会うっていうのがいいところなのに」
「だがベガとアルタイルと言ったら、太陽なんか比べ物にならないくらい大きな恒星だぞ、それどうしの邂逅なんか……」
 にべも無いルルーシュの感想に、シャーリーはいたくご不満の様子で口を尖らせる。
「もう、本当にルルーシュってば夢が無いなあ」
“もう一度会える、か……”
 心に浮かんだ馬鹿な考えを打ち消して、ルルーシュはシャーリーを見る。
 そう、彼は現実を見る。
 いつだってルルーシュはシャーリーには本音で付き合っていた。
 元々こういう話題では相手を白けさせることが多いルルーシュだが、それでもシャーリーや生徒会のメンバー以外にはこうもあからさまな答えを返したりしない。
 シャーリーは彼の本当になりたいと言っていた。
 隠し事は有った。だけど彼女と向き合う中に嘘は無かったと、ルルーシュは今でも思う。
 ただ、今のルルーシュに嘘があるとするなら、彼が未来の彼女を知っているということ、その存在に囚われているということ。
 いっその事、何もかも全て打ち明けてしまおうかと思わないでも無い。だけど、それは絶対に出来ないことだ。
 自分の重荷をシャーリーにまで背負わせるようなことが出来るはずが無い。
 ただでさえ生真面目な彼女だ、あのときのように思いつめないとも限らない。
 全てを話すぐらいなら自分が彼女の前から消えてしまう方がどれだけましか。例え傍にいられなくても、生きていてくれさえすれば……。
「こら、ルルーシュ?」
「あ、なんだ?」
「なんだじゃないってば。……ルルーシュ、なんか変なこと考えてたでしょ」
「別に変なことなんか考えて無い」
「そう? なんか今のルルーシュ、わたしのこと見てないみたいだった」
 その言葉にルルーシュの心臓が大きく一拍鼓動する。そっと顔を伏せたシャーリーの表情はルルーシュからは覗き見られない。
「ね、ルルーシュ。わたしは平気だからね」
「え? あ、ああ……?」
 シャーリーが何のつもりでそんなことを言ったのかルルーシュには分からなかった。 「そうだ、ところで急いで行かなくて良かったのか?」
「あ、そのことなんだけどね……ルルーシュにはちょっと手伝って欲しいことがあるの」
 息を呑んでシャーリーの頬がわずかに紅潮する。
「えと、最近ほら、あの例の騒ぎで買い物大変じゃない?」
「そうだな。この間もリヴァルにつきあわされそうになったよ」
「う……。やっぱりルルーシュも忙しい、よね?」
「忙しく無いとは言わないが……一体なんなんだ」
 シャーリーはルルーシュも知っている繁華街の場所を口にして、説明を始める。
「会長から、短冊とか生徒会の備品を買ってきて欲しいって言われたんだけど、この辺じゃきちんと揃えられそうになくて、明日あの辺りまで出ようかなって思ってるんだけど。ルルーシュも付き合ってくれない、かな」
 シャーリーが口にしたのはさっきまでルルーシュが頭に描いていた場所だった。
 あそこにシャーリーと出かける……?
「……明日のイベントに間に合わせるのに明日買いに行くのか?」
「うん、夜に間に合えばいい、って言ってたし。ちょっとついでに買いたいものもあるしね」
 ルルーシュは考えすぎだと、この間の事を思い出す。
「そうか……」
「やっぱり、駄目かな?」
「いや、わかった、一緒に行こう」
「え、本当?」
「ああ、もちろん」
「じゃあ、約束だからね。遅れないでよ?」
「わかった。遅れないように行くさ」
 シャーリーははにかんだ笑顔で、こくりと頷いて、思い出したように付け加えた。
「じゃあ、今日のところは、笹の設置を手伝ってほしいんだって」
「設置……?」
「もうすぐ、笹がトラックで運ばれてくるから屋上に持って行きたいって言ってたよ」
「まさか、俺一人じゃないだろうな」
「う、うん、わたしも手伝うし、リヴァルもいるよ。スザク君は忙しそうだから今日も来てないけど」
「……いや、シャーリーはいい。俺とリヴァルでやろう」
「え、でも……」
「いいんだ。こういう仕事はさせられないだろ」
「くす、うん、わかった」
 なにがおかしいのか、シャーリーはそう答えて笑っていた。
 その後、ルルーシュはリヴァルと共に絶望のため息をつくことになるのだけれど、それはまた別の話。


 シャーリーはベッドの上に寝転んで考える。
「明日は、『デート』になるのかな……。一応生徒会の仕事だけど、楽しんじゃいけないわけじゃないよね」
 天井に伸ばした手を見つめて明日のお出かけを夢想する。
 会長とかに感謝した方がいいのかな。
 実を言うと買出しは、未だにルルーシュと呼んでいるシャーリーに、二人で仲直りしてきなさいと半ば強引に押し付けられてしまった仕事なのだった。
 みんなが自分の気持ちを知っていると思うといたたまれない気分になってくる。恥ずかしくて、体の中にくすぐったい小さな熱があって。
 ふと、彼と会話を交わしたときのことを思い出し、パタンと力が抜けて両手が落ちる。
 あの時、ルルーシュはなにを考えていたんだろう。
 見ているシャーリーのほうが切なくなってしまうような、そんな儚げな眼差しだった。
 七夕の話を聞いて、ルルーシュがなにを思ったのか。
 分かたれた二人が出会う、素敵な物語だと思ったけど、ルルーシュは違ったのかもしれない。
 彼にはシャーリーのような普通の人には踏み込めない何かがある。
 それがゼロという存在なのか、それはわからない。だけど傍にいながら彼の苦しみを見ながら何も出来ないでいる自分はもどかしい。
 せめて、自分に出来る何かをしてあげたいと思う。
 でも、きっと彼はシャーリーが踏み込んでいくのを望んでいない。それは分かっている。
 今の自分には権利は無い、そんな気もする。
 でも、きっと今にそれは抑えきれなくなる。
 好きだと認めたあの日から、どれだけ彼を想っただろう。
 言葉を伝えようとして何度ためらっただろう。
 気がついたときに彼を目で追っていたのは何度あっただろう。
 夢にまで見たのも少なくない。
 そのたびに思い知る。一歩一歩進むように深くなる。
「……はぁ、駄目だぁ」
 胸の奥のこもった熱を吐き出して、シャーリーは両手で顔を押さえる。
 七夕……いつもは会えない二人が出会える日。
“そんな日だったら、少しぐらい奇跡が起こってもおかしくないよね?”
「うん、決めた。明日はがんばろう!」



 ルルーシュが待ち合わせ場所に着くとシャーリーは既について時計を気にしていたところだった。
「シャーリー待たせたか?」
「ううん、大丈夫。おはよう、ルルーシュ」
「そっか、じゃあ行くか」
 二人は連れ立って駅へと向かい列車に乗る。
 浮き立っているシャーリーと比べ、ルルーシュは緊張で青い息を吐く。
 本当なら咲世子辺りを護衛として連れてきたかったと思うが、彼女には大事な仕事を任せてある。現時点では警戒しすぎだとは思うが、しすぎて悪いことは無い。
 既に、咲世子には自分がゼロであることを明かしてあるが、彼女ならルルーシュがゼロであることを誰かにもらすようなことは無いだろう。
 しかし咲世子が使えないとすると、信頼できてなおかつ彼がゼロだと知らせても良い相手は皆無と言ってよかった。
 C.C.はどちらの条件もクリアするが、あれに護衛を頼むなど考えるまでもなく無駄だ。
 現時点ではスザクやカレンに明かすというのも難しい。
“ジェレミアは……もう少し掛かるだろうな”
 現時点では彼はまだ外には出てこれるまい。前回のことも考えて、特区日本が始まってからのことになるだろう。
 ロロを信用しきれれば話はまた違うのかもしれない。
 しかし、今はまだ家族として過ごした日が浅い。シャーリーを嫉妬から殺害するようなことは無いだろうが、嚮団の暗殺者に戻ってしまう可能性は高い。
 なんだかんだと考えても仕方ない。
 今日はただの外出で危険要素は無いはずだ。
“無いとわかっているのに、どうしてここまで不安になる”
 シャーリーとあの場所に行くというだけのこと。符丁というにも弱い。
「また、どっか行っちゃってる」
 はっと気がつくとシャーリーの顔が目の前にあった。
「人が話してるのに、全然聞いて……もしかして、ルルーシュ疲れてる?」
 シャーリーが眉をしかめて、心配そうに見つめてくる。
「いや、そんなことは無いが」
「そう、でもなんか顔色悪いよ?」
 おでこへと伸ばされた手を仕方なく受け入れ、「ほら、熱なんか無いだろ」と言葉を返す。
「うん、それは大丈夫そうだけど、調子悪かったなら断っても良かったのに」
「いや、俺も用事はあったしな」
「ルルーシュも何か買いたいものがあるんだ?」
「ちょっとな」
 そろそろギアス防止用のコンタクトを用意しておくつもりだった。それに……。
 その辺りで駅が目的地につき、二人は列車を下りた。
「まずは、短冊を買いに行くか」
「そうだね、まずはそれからだね」
 二人は連れ立って歩き出すが、いつにも増して多い人の群れにルルーシュが呆れた声を上げる。
「これはまたとんでもない人出だな」
 すっと差し出された手を見てきょとんとするシャーリー。
「はぐれかねないからな、手を繋いでいこう」
「えっ。あ、そうだよね」
 そう答えながらも、シャーリーはゆっくりとした動作でルルーシュの手に触れてくる。
 彼よりもわずかに低い手の温度がそっと絡み付いてくる。
 優しく握り締めると、照れたようにシャーリーは笑った。
「行こうか」
 それを見て、ルルーシュの胸にも温かなものが溢れた。
「うんっ」

 そういえば、あの事件の前にもシャーリーとここに買い物にきたときがあったな。
 シャーリーが真剣な目でショーケースを眺めているのを見ながら、ルルーシュはそんなことを思う。
 あの時、心の中で誓ったことは結局何一つ叶えられなかった。
 一度は終わらせた全ても、今はまたその途中にある。
 ごまかしかもしれないが、それでも、少しでもいいから、その気持ちに応えたかった。
「シャーリーは他に欲しいものは、無いのか?」
 既に短冊以外にも生徒会で必要なものは全て買い、シャーリーの欲しがっていた男性ヴォーカルの新譜も、ルルーシュのコンタクトも無事に入手済みだった。
 今日来た一番の目的のものも既に購入済みではあるが。
「んー、今日はこんなもので良いかな。あんまり遅くなると、こっちも間に合わなくなっちゃうし」
 短冊の入った袋を持ち上げ少しだけ寂しさを滲ませてシャーリーは微笑んだ。
「それより、ルルーシュがコンタクト買うなんてちょっとびっくりしたな。そんなに目悪かったっけ?」
「ああ、これはカラーコンタクトだよ」
「度は入って無いんだ」
 肩をすくめるルルーシュに一旦は納得したような返事をしたシャーリーだったが、ちょっと首をかしげる。
「でも、ルルーシュがカラーコンタクトって、それはそれで珍しいような気がするけど」
「ファッションというより、紫外線対策だからな」
 ルルーシュは元々用意してあった答えを返す。
「紫外線?」
「ああ、人間は目からも結構紫外線にやられるんだ。そいつをカットするんだよ」
「へえ」
 新しい知識にシャーリーの意識がそがれたところで、ルルーシュは話題を切り替える。
「しかし、やっぱり人が多いな」
 言葉に苦味のようなものが混じってしまったのは、やはりこうして買い溜めをする人々を愚かだと感じてしまうからだろう。
 その毒に気がついたのか、シャーリーは困った顔をする。
「みんな、不安なんだよね。わからないことは怖いもの」
「だが、もしも何かが起きたなら、こうして買い溜めしたことなんて大した役には立たないのにな」
 シャーリーははっとして何かを問いたげにルルーシュを見た。
 なんとなくシャーリーが聞きたいことは分かっていたけれど、それを答える事は出来ない。
 今更かもしれないけれどそれに答えてしまうのは、二人の関係を壊してしまうことだろうから。
「そんなことにはならないと良いね」
「…………」
 ルルーシュは口を開くべきか逡巡して、小さく「そうだな」と答えた。
 二人のやり取りはそれだけで終わったけれど、人ごみの中で繋がれたルルーシュの手にはシャーリーが優しく力を込めたのが伝わってきた。

「ここはね、まだ上の駅が出来て無いんだけど、先に店舗が埋まって営業開始されちゃった所為で……」
 帰る前に昼食を取ろうという話になり、シャーリーが良い店を知っているというので引かれるままついてきたルルーシュの足がぴたりと止まる。
「どうしたの、ルルーシュ?」
「ここにあるのか?」
「うん、そうだけど……」
 シャーリーの不思議そうな顔に、ルルーシュは顔色を取り繕って笑いかける。
「それじゃ入るか」
「うん。だから、ここはまだあんまり人に知られてないから、空いてるんだよね。でも味の方はちゃんと美味しいから。うん」
 中に入ると、人の流れは外に比べてかなりゆっくりで、シャーリーの言ったとおり穴場なのだろうと知れた。
 だが、もっと人が居た方が良いと思う。人の少なさがあのときの誰一人いなかったこのフロアを思わせる。
 カンカンと足音を立てて走り降りたその先、一瞬行き過ぎそうになって何かが彼の足を止めたその先……。
 嘔吐感に似たものがこみ上げてきて、ルルーシュはしゃがみこむ。
「だ、大丈夫、ルルーシュ?」
「ああ、大丈夫だ」
「うそ、凄く真っ青な顔してるよ」
「いや、平気だから……」
「駄目だよ、ルルーシュ自分が今どんな顔してるかわかってないでしょ」
『顔が悪いなんて人に言うもんじゃないと思うぞ』と軽口を叩こうとして、気持ち悪さに口を開けない。
「歩ける?」
 ルルーシュが頷くとシャーリーが肩を貸しながら、支えるようにして歩き出す。
 たどり着いたベンチにゆっくりと寝かせられる。
「しばらく休めれば大丈夫だ」
 心配そうに覗き込むシャーリーにそれだけ言ってルルーシュは目を瞑る。
 その彼の頭の部分はシャーリーの柔らかい足の上にあり、結局先日からの疲労もたたってかルルーシュは気づかぬうちに眠りに落ちていた。


『ルル』
 彼女の声がする。
 ルルーシュは閉じていた目を薄く開けて尋ねる。
『……シャーリー? ああ、そうか。悪かったな』
 身じろぎしたルルーシュを押さえつけるようにシャーリーの手がそっと彼の身体を押さえつける。
『あ、まだ起きなくても大丈夫だから。もう少し休んでいこ?』
 ルルーシュは動かそうとしていた体から力を抜き、またまぶたを閉じる。
『すまない』
『ねえ、ルルはね、そんなに気に病まなくても良いんだよ』
 意識がまだまどろみにいるからか、ルルーシュは素直に反応してしまう。
『でも、そのためにシャーリーは』
『あのね、ルルは少しだけ、勘違いしてるよ』
 頭を撫でる優しいシャーリーの手の動き。
『どんな事があったとしても、それはルルの責任じゃない。それでも嫌いになれなかったわたしの責任なんだよ』
『だが、それでも……!』
『ごめんね、ルル』
『なんで、シャーリーが謝るんだ』
『それもわたしの責任だから。ルルが自分を責めるのはわたしの行動の結果だから』
『そんなのおかしいだろう。俺は、君を!』
『それでも、だよ。……ルルがわたしのこと気にかけてくれるのは嬉しい。でもねわたしはあくまでわたしなんだよ。ルルの事好きだけど、ルルの望むようにだけ生きるわけじゃないの。“わたしは、ここにいる”んだよ』
 シャーリーの言ったことが、とても大きな意味を含んでいるように感じられて、ルルーシュは必死で目を開けようとする。けれど、さっきは簡単に開くことの出来たまぶたが上がらない。
 ただ、起きなくては、シャーリーのことを確認しなくてはと、気が焦る。
『だからね、後悔はして無いよ。ルルを悲しませたことは謝るけど、もう一度があってもきっと、わたしは同じようなことをしたと思うよ』
 その間にもシャーリーの言葉は続く。
「忘れないでね、ルル。“わたしは、ここにいる”んだよ」
 その言葉と同時、彼の額に柔らかで暖かい感覚が触れた。


「おはよう、ルル」
 目を見開いたルルーシュの怪訝そうな顔で見つめられて、シャーリーはきょとんとした顔で、周りを見渡す。
「えっと、膝枕はやっぱり恥ずかしかった?」
「い、いや……それよりシャーリーは」
「わたし? わたしは大丈夫だよ。ルルーシュの頭が乗ってるぐらい平気だったし、その……これはこれで、……嬉しかったし」
 やはりあれは夢だったのかとルルーシュは大きく息を吐いた。
 でも、起きた時、シャーリーは俺の事をルルと呼ばなかったか?
 思わずシャーリーの様子を伺うが、彼女はそんな彼の疑念にも気づいた様子を見せず赤くした頬を押さえて視線を逸らしているだけだった。
 結局それも夢の中から目覚めかけだった彼が聞き間違えただけかもしれない。ただの幻聴だったかもしれない。
 今となってはその真実を知ることは出来ないのだろう。
 その淡い違和感のような片鱗も夢が覚めるのと同じように薄れて消えていってしまうのだから。
 ただ……。
“遠く分かたれた恋人がめぐりあえる日、か”
 普段なら馬鹿らしいと一笑に付すその話を、ルルーシュは少しぐらい信じても良いのかもしれないと思った。


「それじゃ、帰ろう、会長たちも心配してるだろうし」
 そう言って歩き始めたルルーシュの後で、シャーリーはその姿を今にも泣き出しそうな表情で見つめていた。
「ルル……」
 ついてこないシャーリーに気がついてルルーシュが後ろを振り返る。
「どうしたんだ、早く帰ろう」
「あ、うん。……あれ? 待ってよ、ルルーシュ、本当に大丈夫?」
「大分休ませてもらったからな。ちょっとおなかは減ったけど」
「それは、そうだね。仕方ないから途中でサンドイッチでも買おうか?」
 二人は寄り添って歩き去っていった。
 ……何も無い、誰もいないこの場所から。



 次の日、シャーリーはルルーシュに呼ばれて校舎の中を歩いていた。
「昨日は、ありがとう」
「そんな感謝されるようなことじゃないよ。当たり前でしょ?」
 けれど、ルルーシュはバツが悪そうにシャーリーと目を合わせようとしない。
「いや、そのお礼ってわけじゃないんだが。その……」
「なに?」
「あのな、これを受け取ってくれるか?」
 手のひらに乗るぐらいのラッピングされた箱を差し出した時点でさすがにシャーリーも気がついた。
「これってもしかして……」
「誕生日おめでとう。シャーリー」
「覚えてたんだ」
「忘れるわけないだろう」
「わかんないよ、ルルーシュってば結構薄情なとこあるし」
 背中を向けたシャーリーの手が目元辺りに伸びたのを見て、ルルーシュは反論を口にするのはやめておいた。
「ありがとう、ルルーシュ。凄く嬉しいよ」
 シャーリーが彼の贈ったプレゼントを胸に抱きしめて笑う姿を見て、ルルーシュはやはり喪えないと思う。
 一歩進もうと思う。
 彼女の気持ちに対して誠実であろう。
 これまで向き合っているつもりで結局ずっと逃げていた。
 昨日のあの体験が、あったからだろうか。
 そう、シャーリーは本当にここに、目の前にいる。
 今はまだ無理かもしれない。けれど、後延ばしにするのではなく、言い逃れでもなくルルーシュは誓う。
 いつか全てが終わったなら、ではなく。
 いつか全てを終わらせて、君に俺から伝える。
 伝えたい言葉がある。
 だから、必ず−−。



to be continued

 あとがき

 の前に少しだけ。

 注意
 原作でのシャーリーの死亡日時ははっきりしないため、放映日の7/6をそのまま適用させてもらっています。
 実際のことを考えると、神根島でバカンス(夏?)→ブラックレベリオン→一年後に記憶取り戻す→シャーリー……。なので多分7/6では無いと思いますが、わからないと書きにくいのでそういうことにしています。
 神根島は南っぽいのでちょっとぐらい早くてもきっと海で遊ぶには十分暖かかっただろうと見ています。
 また、特区日本に関して原作では詳しく語られていませんが、ユーフェミアの発表から例の式典まで最低でも一月は経過していると考えています。
 さすがにあの規模のものを作り上げて、なおかつあれだけの人間を集めるのには相当の手間と時間が掛かったはずですから。
 だから、ある程度形を見せるために前回で式典までは進めましたが、この間には結構な時間があるので有効活用したいなと思っていました。
(というか、一年後のルルーシュとロロの生還記念パーティがある時点で、今作中の特区日本がまだ始動して無い以上その準備期間内にシャーリーの命日が来ることはありえないのですが……。大目に見てやってください)


 というわけで、遅れまくったけど、シャーリー誕生日記念を兼ねた、RELIVE番外編? です。
 番外編なのは、あんまり本筋には関係ないからです。後、登場人物が必要最低限しか出てきていないのもそういったことが理由です。
 しかし本筋のストーリー展開にあまり関係ないとはいえ、二人の心境や関係といったものは結構変わっていってますし、この作品の肝はこの二人の関係でもあるわけで。実を言えば番外編と言うほどのことは無いのかもしれませんけど。
 今回は主にルルーシュ側の心境の変化がメインですかね。
 6話が基本的にシャーリー側の心境がメインに描かれていたのと反対で。
 正直これにもう少し足して7話として上げてしまう事も考えたのですが、あくまで誕生記念をかけていたのであまり時間がすぎないうちにと思ってこうしました。
 既にかなり過ぎているのはどうか突っ込まないで……。
 まあ、実際良い機会だったというか、この特区日本の準備期間における二人の距離を縮める過程をどう描くかが一番苦心していた所なので、これでぐちゃぐちゃになっていた7話の方もシンプルにまとめて進められそうです。
 かといってすぐに続編をお見せできると言えない所が私の駄目な所。(苦笑)
 しかし良く見ると『誕生日』の部分が物凄く短いな……。
 まあ短くても重要なシーンなのですが、ね。
 ていうか何贈ったのかすらわからないな、これじゃ。
 しかし、ルルーシュの誕生日の時もそのままのネタをやってるから、二回連続ですね。
 まあアプローチが違うんですが、もう使えませんねえ。

 最近VOCALOIDの曲を結構聴くようになりました。
 と言っても聞くのはほとんどルカさんだけですが。やっぱりああいう感じの髪型の女性が好きなんですね、基本的に。
 いや、歌が好きで聞いてるんですけど、見た目も好きだって話ですよ?(笑)

 さて、次は7話にするべきか、それともほぼ出来上がりかけていながら最後の詰めで悩んでる奴を頑張って作り上げてしまうべきなのか……。でも、あれもまた某イベントがらみで上げた方がしっくり来るんだよなあ。(苦笑)


2009/7/13 栗村弘

BGM「地上を救う者」 エストポリス伝記U、「spiral」 angela、「人魚姫」巡音ルカ



RELIVE第六話へ
BACK

HPのTOPへ