『幸せの風景』




 すっと筆がキャンバスに伸び、絵の具を僅かに盛り付ける。
 その結果を見ながら、ルルーシュは手元で新たに絵の具をこね始める。なかなかふさわしい色が出ない。
 一息ついて、水差しからコップに注いで飲み、もう一度全体へと目を向ける。これを描き始めて既に三ヶ月。下書き等をあわせれば実に20枚の失敗作を生み出していた。
 そして、絵を描こうと思い立ったのは1年以上も前のことだ。その理由も何もかも、今回のこの絵のため。
 我ながら良く頑張ったものだと、ルルーシュは自分を褒めてやりたかった。
 小さなキャンバスの中ではシャーリーが、こちらに向かって小さく笑いかけている。
 その笑みを意識して、描くルルーシュの頬も軽くほころぶ。
 またすっと手が伸びて、新たに作り出した色を少しずつ乗せる。
 シャーリーの綺麗な亜麻色の髪が、キャンバスの限りある空間の中でゆったりと広がっていく。
 最初のうちは器用なルルーシュでさえ、そのキャンバスの中にはシャーリーとは似ても似つかぬものしか表現できなかったが、今のこの絵ならば、10人に9人はシャーリーだと思わせる自信があった。
 ペインティングオイルの匂いが充満する中、ルルーシュは一心不乱に絵の出来栄えを眺め、絵の具を油で溶き、混ぜ合わせ、色を盛り、少しずつ完成へと近づけていく。
 既に、絵は完成の一歩手前の細部の直しに入っており、長いこの活動も終わりを迎えようとしていた。
 そして、ルルーシュは一番重要なその部分の様子をもう何度も確かめたにも関わらず、もう一度じっくりと眺めやる。
 胸の前でシャーリーは左手を右手で抱えるように組み合わせている。
 小さな、けれど確かな白金色の輝き。この輝きを表現するためだけに何枚失敗したことか。
 それを見て満足しつつ、少しだけこの作業が終わってしまうことにルルーシュは残念な気持ちを覚える。案外、絵を描くという作業は自分に向いていたかもしれないとルルーシュは思う。
 ただ、次描く時があればこうして人に隠れてこそこそとするのはやめたいものだと思う。
 理由があって、ルルーシュはずっとこの絵を描いているのを隠し続けていた。もっともナナリーとロロだけはさすがに隠しおおせずに知られてしまっているが。
 おかげで時間がとられ、秘密にしなければいけないこともあって、シャーリーの頬を膨らませてしまうことも何度かあった。
「だが、それもここまで、だな」
 あと、一週間もすれば完全な状態に持っていけるだろう。
 アトリエとなった私室の隅にある小さな箱を確認し、ルルーシュは思わず微笑む。
 PiPiPi
 突然鳴り出したアラームに、ルルーシュがはっと時計に目をやった。
「まずいな、もうこんな時間じゃないか」
 絵を慎重に隠し、ばっと窓を開け、オイルの匂いを外に逃がす。
 簡単に処理できるよう使っていたペーパーパレットをビニール袋の中に捨て、口をきつく縛ってゴミ箱へと叩き込む。
 絵の具がついた服は同じように袋に入れておいておく。あとで自分の手で洗濯しなければならない。そのままシャワーを浴び、このあとのために用意していた服をドレッサーから引き出して素早く身につけた。
 髪をさっと整えると、既に約束の時間は目の前に迫っていた。
 チラッと窓から外を見るとタイミングよく彼女がこちらに向かってやってくるのが見える。
 急いで出迎えるために外へと飛び出し、彼女が扉に手をかける寸前に間に合った。
「おはよう、ルル」
 にっこり笑うシャーリーにルルーシュも応えて笑う。
「おはようシャーリー」
「あ、もう、ルルったらタイが曲がってるよ」
「ああ、すまない」
 シャーリーは文句を言いながらもどこか嬉しそうにルルーシュのタイを解いて結びなおし始めた。胸元でシャーリーのたおやかな手が動くのがくすぐったくてルルーシュは少し身体をよじる。
「動かないでよ、ルル。また曲がっちゃうよ」
「そんなことをいってもだな……」
 今日のシャーリーは若草色を基調として小さく白をあしらった感じの正装のドレス姿だ。その清楚な華やかさにじっくり目を奪われてから、ルルーシュは照れつつも「シャーリー、今日のその格好も似合っているな」と付け足した。
 それを聞いてますますシャーリーは笑みを深くしながら、「ありがと。でも、きっと今日の主役はもっと綺麗だよ」と答えて、直し終えたルルーシュのタイから手を離して一歩下がった。そのままルルーシュの全身に目を走らせて、「うん、ルルもかっこいいよ」と小さく頷いた。
「さあ、早く行かないと、遅れちゃうよ、スザク君とユフィの結婚式!」



 ユーフェミア・リ・ブリタニア第三皇女の結婚は現時点では公的に発表されていない。
 というのも相手が自分の騎士である枢木スザクだからだ。対外的な影響等を考慮した結果そういうことになったらしいが、面倒なことだと思う。まあ、同時に二人の慎ましやかな性格が大げさにしたがる周囲の反応を嫌ったのかもしれないとルルーシュは思っている。
 ともあれ、そんな理由で今日これから行われる結婚式にはマスコミ連中も互いの親戚も呼ばれていない、ごく内輪の友人達だけで行われるものだった。それでも、交友関係の広い二人のことだからそれなりの数が参加するものになってしまったのは仕方ない。
 待ち合わせ場所に行くと、ロロとナナリーは既にやってきていた。
「お兄様、それにシャーリーさんもおはようございます」
「兄さん、おはよう。シャーリーさんもおはようございます」
 二人が寄ってきて、シャーリーは二人に場所をあけるように一歩下がる。それを見てルルーシュは、昔はそんなときにシャーリーは彼の上着の裾を所在なさげにつかんでいたなんて事もあったなあと思い出してしまう。
「もう、ロロ兄様ったらお兄様にくっつきすぎです」
 自分は車椅子のせいで密着できないナナリーが不満そうにいうと、ロロは澄ました様子で「いいじゃないか、ナナリーはこれから兄さんに押してもらうんだろ?」
 それを聞いて、ナナリーはちょっとすねたように顔を逸らす。
「別に、ロロ兄様でも構いませんけど……」
 なんだか微妙な様子の二人に、シャーリーとルルーシュは顔を見合わせる。
「なんだなんだ、喧嘩でもしたのか?」
「「してません!」」
 なんだかびっくりするぐらい息があっていて、シャーリーの口から思わずくすりと笑いが漏れた。
「そうか、それなら。そうだな、やっぱり今日は俺がナナリーを押していこう」
「ありがとうございます、お兄様」
「気にすることはない。それより今日のナナリーはとても可愛いぞ」
 可愛らしいドレス姿の自分を褒められて嬉しかったのか、ナナリーは頬を僅かに赤くした。
「僕もさっきそういったんだけど、やっぱりナナリーは兄さんに褒められるのが嬉しいんだね」
「もう、意地悪です。ロロ兄様は」
「ロロも似合っているぞ。だからナナリーをからかうのはその辺にしておけよ」
「ぼ、僕は別に兄さんに褒められたかったわけじゃ」
「くすくす、そろそろ行かないと遅刻しちゃうよ」
 しどろもどろに否定するロロとすねたままのナナリーに向かってシャーリーが声をかけた。
「そうですね。早く行きましょう」
 それを幸いと話を逸らしたロロがナナリーの横に並び、ルルーシュがナナリーの車椅子を押して歩き始める。当然隣にはシャーリーが居る。
「でも、ほんと楽しみだなあ、ユフィのウェディングドレス」
「私もです。ユフィお姉さまきっと綺麗でしょうね」
 手を合わせてうっとりした表情を見せるナナリー。その目にかつての影響は残っていない。見えるようになった当初はどうにも視力そのものが弱くなっていたらしいが、今ではきちんと回復して、本やPCで目を酷使するルルーシュよりも目は良い位だ。
 その視力回復トレーニングに、ロロがかなりの時間付き添っていたのを思い出す。なんだかんだいって二人の相性はいいのだ。
「ルルも楽しみでしょ?」
「いや、俺は特別そういうことは」
「もう、ルルったらそんなこといって」
 親友と愛すべき妹の結婚ということで祝福する気持ちはあるものの、結婚式という行事自体には正直面倒だなという感想しかない。 二人が内輪で行うつもりがなかったなら、参加していたかどうかも怪しい所だ。もっとも、そんな場所にルルーシュが招かれる可能性は低いけれど。
 そういえば、と思う。
「シャーリーは随分ユフィと仲良くなったよな」
 ユーフェミアは身分を隠してアッシュフォード学園に転入し、卒業するまできちんと通ったのだ。出席率で言えば軍の仕事もあるスザクよりもずっと良かったぐらいだ。その際、シャーリーとは特に仲が良くなって、今ではユフィ、シャーリーと呼び合う仲になっている。
「まあ、お互い共通点もあったしね」
 共通点……はて、なんだろう。まあ、二人とも割と分け隔てなく優しく明るい性格だし、似ているところがないというわけではないが、それが共通点というのはなんだか変な気がした。
「どんな共通点だ?」
「……ふう。お互いとんでもない朴念仁を好きになっちゃったってと・こ・ろだよ」
「な、なんだそれは! 俺はスザクほど鈍くも朴念仁でもない」
「はいはい、そういうことにしておいてあげる」
「く、屈辱だ……」
 気がつくと、前の二人組みも堪えきれずにくすくすと笑っていた。
「……」
 むっとしたルルーシュは、結婚式会場に着く寸前まで機嫌が悪いままだった。



 式場は緑豊かな木々の生い茂る中に建っている小さな教会だ。ルルーシュは良くもまあこんなに『いかにも』な趣味の教会があったものだと感心したが、実際それを狙って当て込んでいる部分もあるのだろう。こう考えてしまうとなんとも味気ないが、こういうことを考えてしまうのは彼の性分だ。
 そこには既に結構な数の人間が集まっているようだった。
「おーーい、ルルーシュ! こっちこっちー」
 見るとリヴァルが、ぶんぶん手を振り回して自分の場所をアピールしていた。その傍にはミレイとニーナの姿も見える。
「全く、恥ずかしい奴だな。そんな大声で呼ぶなよ」
「えーいいだろー。僕ら友達じゃん、ねー」
 同意を求められたシャーリーは苦笑いしつつ、軽く手を持ち上げて挨拶を返す。
「それで、どうやら相変わらずのようだな……」
 ちらと覗き見たニーナは既に涙でぐしゃぐしゃで、それをなんとか宥めようとミレイは苦心しているようだった。
「ほら、ルルーシュたちも来たし、そろそろ泣き止みなさいって」
「ユーフェミア様が、結婚されるっていうのに泣かないでいつ泣くっていうのよ!」
 かなり感情的になっているらしいニーナはミレイのいうことに聞く耳持たないようだった。無駄だとは思うが目配せされたルルーシュは仲裁に入る。今から結婚式だというのにこのまま放ってはおけない。ロロにナナリーの車椅子を任せると、ニーナへと近づいていった。
「落ち着け。結婚したからって君たちの関係が何か変わるというわけではないだろう」
 そう話しかけるが、ニーナは自分の中の思考に埋没してしまったらしく、全く聞いていなかった。
「……どうしたらあの筋肉馬鹿に、諦めさせることが出来るかな」
「今からどうしようってのよ……」
 なにやら不穏なことを言い出したニーナに呆れ顔でミレイが突っ込む。
「こんな結婚式めちゃくちゃにしてやる」
 みんなの顔色がさっと変わる。さすがにそれはまずい。まあ、ニーナも気が高ぶっているだけで、実際そんなことまではしないと思いたいのだが。
「ねえ、ユフィからも祝福してって頼まれたんでしょ?」
 困り顔でシャーリーが口を挟むと、ユフィの名前とその願いには反応せざるを得なかったようで、ニーナが不満そうに黙り込む。
「大事な人に反対されてたら、ユフィも悲しいと思うんだ」
「う……」
 正論で言いくるめられそうになっているニーナが、だからといって納得できない表情でシャーリーを睨みつける。元々、ニーナがあまりシャーリーのことを好いていないのは想像が付いていた。それでも、ニーナがこうまで強い感情をむき出しにしているのは、やはりユーフェミアのことだからだろう。
 あまりシャーリーに任せていると、逆にニーナを頑なにさせる危険があると見て取ったルルーシュはその視線の間に割り込んで語りかけた。
「好きな人と結ばれるのはとっても幸せなことだからさ、ニーナもわかってやってくれないか?」
「……ルルーシュの口からそんな台詞が出るなんて」
 目を丸くして驚くニーナに、いったルルーシュの方がむっとする。
「悪かったな」
 ルルーシュの決まり悪そうな返答のあと、しばらく黙っていたニーナをみんなが息を詰めて見守っていた。
「わかったわ」
 その声にほっと周りから息が漏れる。
「……祝福するってユーフェミア様と約束したから。大人しくはしてるわ……でも、……ひぐ、うぐ……うぅぅぅ」
 やっぱりそう簡単に割り切れるものでもないんだろう。またぞろぼろぼろと涙を流し始めたニーナをあやして、ミレイはこの場所を離れていってしまった。
「まあ、気持ちはわかんないでもないけどさ」
 リヴァルは腕を頭の後ろで組んで、なんだかしみじみとつぶやいていた。
「なんだリヴァル。会長は例の伯爵とは婚約解消したんだろ?」
「それはそうだけど、未だにたくさんお見合いしてるっていうしなー。……ってなんで俺がミレイさんのこと」
「バレバレだってば」
「しっかし、ルルってば未だにミレイさんのこと会長って呼ぶんだね」
「ああ、なんかもう癖になってしまっていてな」
 それからちらりとリヴァルに目を向け「リヴァルの前であまりミレイのことを呼び捨てで呼ぶと睨まれるからな」とシャーリーの耳元に囁いた。
「それはわたしも、ちょぉっと気になるけど」
 等と返されて、たじたじになったルルーシュが見渡した先に、今日の主役の片割れの姿が目に入った。救いの神とばかりに、ルルーシュはそちらに向かって手を振る。なんとなく、さっきのリヴァルの気持ちがわかったような気がした。
「おい、スザク!」
「あ、ルルーシュ。来てくれてありがとう」
「おめでとうスザク君」
「シャーリーも、みんなもありがとう」
「おめでとうございます。スザクさん」
「おめでとう」
「スザクおめでとー。上手くやったよなー。羨ましい」
「は、ははは」
 一斉にみんなから祝辞を述べられて照れくさそうにスザクは頭をかいた。
「しかし、結局こうなるとはな。なんにせよおめでとう。幸せになれよ」
「うん。ありがとうルルーシュ。今日はみんなにも楽しんでもらえるといいんだけど」
「主役がそんなこと考えるな。今日はお前達が祝われる日なんだから」
 実際は結婚式の主役は道化同然だけれどなとルルーシュは心のうちで思う。どうにも現行の結婚式での新郎新婦の扱いは見世物のようでルルーシュには好きになれない。そんなルルーシュのひねくれた思考を読んだらしく、シャーリーが彼の肘をぎゅっとつねってくる。
「また、変なこと考えてるでしょう」
「なんでわかるんだ」
「ルルは、その……結婚式したくないの?」
 う。だからそういう寂しそうな顔は反則だと……。
「別に、そういうわけじゃない。ただ、明らかに主役なのに蔑ろにされる形式というか、そういった事がだな」
「相変わらずだね、二人も」
「そうなんですよ。全く二人ともお熱くって困ります」
 ナナリーの言葉に今度はロロもうんうんと頷いている。
 お前らそんなふうに思っていたのか……っ。
「や、やだなあ、そんなふうに……見える?」
 シャーリーその聞き方じゃ喜んでいるようにしか聞こえないぞ。頭痛がし始めた気がして、ルルーシュはこめかみを軽く揉み解した。
「さて、ごめんよ、さすがに今日は忙しくてね」
「ああ、気にするな。こっちはきちんと楽しんでいくから」
「うん、それじゃユフィにも会ってやってよ、まだ式の開始までは時間があるからさ」
「言われなくても、一足先に花嫁姿を拝んでおくさ」
 手を振りながら去っていくスザクを見送ると、ルルーシュは周りのみんなに声をかける。
「と言われた事だし、ユフィに会いに行って来るか?」
「そだね。始まる前にお祝いの言葉をいっておかないと」
「居るのはやっぱり、控え室みたいな所なんだろうな」
「わたし、聞いてくるよ」
 そのまま、走っていってしまったシャーリーにルルーシュはちょっとあっけに取られてしまう。
 ドレスを着てても、シャーリーの活発な所は変わらないな。
「しかし、僕はてっきり兄さんの方が早く結婚すると思ってたよ」
「私もです。まさか、スザクさんたちの方が早くなるなんて思ってもみませんでした」
「なんだ二人して」
「いいえ、早くお姉様が欲しいなと思いまして」
「……そううまく行けば苦労などない。タイミングってものがあるんだ」
「そうかなあ。今すぐだって絶対OKしてくれると思うんだけど」
「そうですよ、時折何か言いたそうにしてお兄様のこと見つめてらっしゃいますもの」
 ルルーシュも当然そのことには気がついていた。
 実際あんな面倒くさい事など始めずに、素直に伝えていれば良い事柄だったのだろう。だけど、ルルーシュはそれだけでは満足できなかったし、何よりもう始めてしまったのだ。今更これまでの何もかもを台無しにしてしまうことなど考えられない。
 それに、やっぱりできるだけ彼女に喜んでほしかったから。ほんの少しの上乗せに過ぎなくても、これもまた一生に一度のことなのだから。
「全く、君たち変に難しいよな、もっと単純になんないのかね。付き合うまでだって随分時間掛かってたしさ」
「うるさいぞリヴァル。大丈夫だ。近いうちにちゃんと話はつけるさ」
「本当かなあ」とバカにするリヴァルに何か言い返してやろうかとしたところで、シャーリーが戻ってきた。
「ルルー、こっちだって、こっち」
 また走って帰ってきたシャーリーは息一つ乱していなかった。きわどいタイミングだったが、なんとか話の内容は聞かれなかったようだと、ルルーシュはほっとする。
「じゃあユフィに会いに行くか。リヴァルは……?」
「俺はパース。もう、一度ミレイさんたちと一緒に会ってきたからさ」
「そうか、じゃあまた後でな」
「おー。またなー。ナナリーたちも」
「はい、リヴァルさん、また」
 互いにひらひら手を振り合ってわかれ、シャーリーの案内で花嫁の控え室へと一行は足を運ぶ。



 コンコン。
 シャーリーの控えめなノックが響いて、中から「はい、どうぞ」と声がした。
「わあ」
 扉を開けて入ると白のウェディングドレスに身を包んだユフィがいた。歓声を上げたのはナナリーだ。
「結婚おめでとうユフィ。すっごく綺麗……」
 確かに歓声をあげるだけのことはある。緩やかに漂うかのような白いヴェールは幻想的で、まるで妖精の王女といった態だ。
「ありがとう、シャーリー」
 ルルーシュは、ユフィの隣にいる人物にちょっと驚く。
「おめでとうユフィ。しかし、カレンも来てたのか」
 カレンもまためったに見せないドレス姿で、肌に張り付くようなワインレッドのその服は、スタイルに自信があるものでなければ着るのをためらうような代物だ。何か、シャーリーがちょっと羨ましそうに見ているが、ルルーシュからしたらシャーリーだって十分着こなせると思うのだが。
「色々あったけど、ユフィ自身がどうこうってのはないしね、私も」
 とか言いつつ、在学中はカレンの態度はずっとぎこちなかったはずなのだが。
「まあまあ、ルル。今日はめでたい日だから」
 少し疑問はあったけれど、二人が仲良くしているのならいい。
「そうだな」
 ナナリーたちもその間にユフィに祝辞を言い、いつの間に用意していたのかロロが花束を渡す。
「どこに持ってたんだ」
 確か教会の外を歩いていたときには持っていなかったはずだ。その疑問には、シャーリーが耳元で答えてくれた。
「受付に届くようにしておいたんだよ」
「なるほどな」
 他人事のようなその口調にシャーリーが顔をしかめる。
「あれ、一応ルルからの分も含んでるんだからね?」
「ああ、忘れていたよ」
「んもう、ありがたみのないこといっちゃ駄目だよ」
「くすくす。相変わらずね、ルルーシュは」
「すまないな」
「いいのよ。ルルーシュは祝ってくれてるんでしょう?」
 その微妙な言い回しに、ルルーシュはそのことに気がつく。
「ああ、ということは……」
 コーネリアは来ていないのか。確かに会場についてからその姿を見ていない。居ればダールトンやギルフォードも傍に居るだろうから相当に目立つはずだしな。
「うん、でも、きっと来てくれるから」
 皆までいっていないが、それでもユフィには十分伝わったらしい。
「ああ、姉上がユフィの幸せを祈らないはずがないからな」
「ありがとう。気が楽になったわ」
 気休めをいうしかないが、ルルーシュはあのコーネリアがそうそう意見を翻すとも思えなかった。堅物だからな、せめてお付きの騎士が堅物でなければまだ、注進してくれるかもしれないが。
 ルルーシュがユフィと話している間、シャーリーたちはカレンと話していた。なにやら、ジノとの関係を問いつめられてしどろもどろになっているカレンに思わず笑みを浮かべる。
「もう、シャーリーってばいつもそうなんだから。私はジノのことなんてなんとも思ってないから!」
 等といいつつも、頬は赤いし、ロロからこの間二人で歩いていたという目撃情報まで飛び出すと、手を振り回して「違うの、違うんだってば!」とやりだした。
「カレンの方もなかなか上手くやっているみたいだな」
 クックッと笑うルルーシュ。
「こら、ルルーシュ。勝手な事いうなー!」
 悲鳴のような声がルルーシュに向けられ、思わず場の全員が噴き出した。



 粛々とした雰囲気で式は始まり列席者が居並ぶ中、新郎新婦が登場する。美しい花嫁の姿にため息が場内を覆う。
 祝福、誓いの言葉、指輪の交換、口付け。
 嬉し泣きをするユフィに、人前でのキスに照れた様子のスザク。祝福の歓声。
 儀式のあらかたが終わると、二人を伴って、教会の入り口へとみんなが移動していく。
「これで終わりか?」
 なんともいえない中途半端さを感じてルルーシュがいうと、隣に居たシャーリーが「違うよ、これからブーケトスがあるんだよ」と教えてくれた。
 ブーケトスというとあれか。
 花嫁が投げたブーケを受け取った人間が次の花嫁になれるとかいう。ルルーシュからすれば胡散臭いというか、理解しがたい儀式ではあったけれど。シャーリーがうっとりとユフィの姿を見つめていたのを思い出すと、シャーリーがブーケを受け取れると良いなと少しだけ思った。
 小さな階段の周りに、参加者が円を描くように集まり、新郎新婦を待ち受ける。
 二人が出てくると同時に周りにぱらぱらとライスシャワーが降る。子宝に恵まれるようにという意味の風習らしい。
 この辺の趣味はやっぱりユフィのものなんだろうな。いや、スザクの奴も、結構……恥ずかしい奴だからわからんか。
 ちらりと横を見るとシャーリーはにこやかに微笑んでいる。シャーリーもそういうものは好きそうだなと思うと、なんだか無性に照れくさくなってきた。
 結局自分だって、シャーリーに望まれればやってしまうに違いないのだ。
 ふと、目の前に視線を移すとナナリーも同じような憧れの表情。まあ、ナナリーの結婚式を考えるにはまだ早いとルルーシュはその想像を打ち消した。
「それでは花嫁のブーケトスです」
 司会者がそう宣言し、ユフィが笑顔を振りまいた後、くるりと背を向けた。
「そぉれっ」
 可愛らしい掛け声と同時に花嫁の手元からブーケが飛んだ。
 ルルーシュからすると、右前方。近くにはシャーリーとカレン、それにC.C.がいた。……C.C.だと? なんでこんな所に。
 ルルーシュが驚いている間に、ブーケを手に取ろうと、カレンとシャーリーは動き出している。C.C.は特別何の感慨も抱かずにぼうっとそれを見送っているが。
「あっ!」
 誰かの声がしたと思ったときにはそのC.C.の足にカレンが足を絡めて倒れ、ブーケに伸ばされていた手がわずかに触れてブーケが弾き飛ばされる。
 同じく手を伸ばしていたシャーリーの頭を飛び越えて、それがルルーシュの目の前。ナナリーの座る車椅子へと舞い降りてこようとしていた。
 その一瞬、ルルーシュは上げられた声に釣られるように木立の中に目を凝らしていて。
驚いた顔でブーケへと手を差し伸べていたナナリーの目の前で、それをルルーシュの手が掴み取っていた。
「えーーっ!」
 激しいブーイングの声。
 はっと我に返ったルルーシュは、周りから寄せられる不満のこもった視線に晒されてたじたじになりながら喚いた。
「ナナリーに結婚はまだ早い!」
「もう、ルルのばかばかばか!」
 憤慨したシャーリーが顔を真っ赤にして怒っていた。
「そんな理由でナナちゃんからブーケ奪っちゃうなんて酷いよ」
「そんな理由とは何だ!」
「あのね、ルル。ブーケにはね、必ずしも次の花嫁ってだけじゃなくて、受け取った人が幸せになるって意味もあるんだよ」
「う……」
「良いんです、シャーリーさん。それならお兄様が幸せになってくれるってことですから」
 気を使ってくれるその言葉がルルーシュには余計に痛かった。
 じとっと見てくるシャーリーからルルーシュは目をそらす。
「良いじゃないか。もし俺が結婚するなら、その相手は決まっているんだから」
「う、あ……その言い方、ずるいよ」
 真っ赤になって横を向くシャーリーだが、それでルルーシュの行動を許したというわけではなさそうだった。頬が少し膨れている。
「全くもう、灼けるわね、本当。あっちの主役より目立っちゃだめよ」
 からかいの混じったミレイの声に、シャーリーが過敏に反応する。
「な、わたしはそんな……」
「あれ、でも、ルルーシュが受け取ったって事は、ルルーシュがお嫁さんってことよね?」
 にやりと笑うミレイの姿に、学生時代何度か覚えた寒気にルルーシュは身を震わせた。
「なにを考えているんですか、会長?」
「うふふー。でも、シャーリーだってウェディングドレス着たいだろうし、二人ともドレス着て結婚式する?」
「しませんよっ! 俺は断じていやですからね、そんなの」
 否定していたルルーシュだったが、その様子を想像していたらしいシャーリーがポツリととんでもないことを言い出した。
「わたしは、ルルと結婚できるならそれでもいいかな」
「シ、シャーリー!?」
 悲鳴のような声を上げるルルーシュに、シャーリーはくすりと笑って。
「嘘だよ。大事な旦那様に女装癖なんてあったら困るもん」
「だから二人ともその辺にしておきなさいって。新郎新婦より熱々なとこ見せてどうすんのよ」
 その言葉に競争心が芽生えたのか、笑ってみていたユフィの様子が変わる。
「む、私たちだって負けませんよ? スザク、見せてあげましょう、みんなに」
「え? ユフィ……一体……むぐ」
 こういうことには反応の鈍いスザクが、ユフィに引き寄せられ、一方的に唇を奪われて目を白黒させていた。だが、それでも、長々と口付ける間にその手はゆっくりと彼女の背中へと回り、堅く抱きしめあった。
「おおーーっ」
 その歓声に背を向け、ルルーシュはそっとあの時見かけたものを確かめるために木立へと踏み入っていった。
 向こうで続けられるスザクとユフィの様子に目を取られているのか、彼女はらしくもなく、ルルーシュの接近に全く気がついていなかった。
「姉上」
 その呼びかけに、ようやく気がついたコーネリアが振り向いた。
「ルルーシュ」
「出て行かれたらどうです?」
「そんなことが出来るか。私は最後まであれの結婚を認めなかったんだ」
「でも、きっとユフィは喜びますよ」
「……それでも、な」
 ルルーシュはやはり説得するのは無理そうだとため息をつく。ここで無理に言葉を連ねても、関係を悪化させる可能性のほうが高い。
「お付きの二人は?」
「あの二人が居ては目立つからな。入り口の向こうで待機しているよ」
「そうですか。姉上。これをどうぞ」
 先ほど受け取ったばかりのブーケをルルーシュはコーネリアに差し出していた。
「なにを……」
「もしあなたがあの場所に居れば、きっと、ユフィはこれをあなたに貰って欲しいと思うはずだ」
「だが、それは、お前が受け取ったものだろう」
「俺はいいんですよ。あまりこういうことを信じているわけでもないですしね」
「私だって、そんなことを信じているわけではないぞ」
 ルルーシュはちらと、幸せそうにみんなに笑顔を振りまくユフィに目をやって語りかける。
「姉上、ユフィは幸せそうだと思いませんか?」
 返事はないが、それが素直になれないコーネリアらしい返事だと思った。
「そんなユフィが唯一心残りなのが、きっと姉上のことです。だからこのブーケだけでも姉上のところに行くのなら、ユフィは喜んでくれるんじゃないですかね」
「いつからそんな甘いことをいうようになった」
 ルルーシュはただ苦笑いして答える。自分でも、らしくないという思いはあるのだから。
「ふん、わかった。ここはお前の顔を立ててやる」
 ブーケを受け取り、それから目を細めてコーネリアは木立の向こうを盗み見る。
「……いい、ものだな」
 少し涙ぐんだ顔に微笑を浮かべて、コーネリアはきびすを返して去って行った。
 それを見送っていたルルーシュの後ろから、がさがさと音がした。
「ルル……もしかして知ってて、それで?」
「シャーリー悪かったな。ダシに使うようなまねをして」
「ううん。それは良いよ。それより、ごめんね」
「何がだ」
「ルルの気持ちも知らないで怒っちゃって」
 頭を下げたシャーリーを見て、ルルーシュはこういうところがシャーリーの凄い所だと思う。こういうときにきちんと謝るのは、なかなか出来ないことだ。
「良いんだ。シャーリーは知らなかったんだから。それにほら、結局みんなも幸せそうだしな」
 ルルーシュはまだ盛り上がっている向こうを指し示す。
「そうだね」
 落ち着いた様子のシャーリーの声。そっと、彼の腕に暖かい感触が触れる。
 気の置けない仲間達がこうして集って。全員に満ちる笑顔。にぎやかなざわめきが少し離れた場所に居る彼の身体までも心地よくくすぐる。
 近くには寄り添って微笑む大切な彼女の姿。
 ルルーシュは思う。
 ああ、幸せだ。
 これが俺の幸せの風景。
 ずっと守っていきたい。
 何一つ欠けることなく、大切な何もかも。
「ルル、どうしたの?」
「ん。なんか変だったか?」
「うん、ルルにあるまじき、凄く優しい顔してた」
「俺にあるまじき……だと?」
 隣に居るシャーリーの頭に手を伸ばしてくしゃくしゃっとかき混ぜる。
「きゃー」
「まったく、人が、幸せな風景だなと思って見ていたのに」
「ふふ、うん。いいよね、こうしてみんな居て、本当幸せそう」
「そう、じゃない。幸せなんだ」
「うん。ね、ルル。絵を描いてみたら?」
「何だ、いきなり?」
「最近ルル、絵を描いてるんでしょ? だから、この風景を、描いてみたらって」
 俺が最近絵を描いていること、いつ、ばれたんだ? 愕然としてどこまでばれているのかとシャーリーを見つめるルルーシュ。まさか、あの二人がシャーリーに話したなどということはないと思うが……。最近は事あるごとにシャーリーの肩を持たれるからな。いや、でも、ばれていたら、シャーリーの態度が普通なんてことがあるわけもない。
「だって、ルルの部屋に行くと、最近いつも油彩の匂いがするよ?」
 なんてことだ。自分では十分消臭したつもりで居たんだが。だが、どうやらその程度だと知って、ルルーシュはほっとする。
「タイトルは幸せな風景?」
 目の前の光景を手で指し示してシャーリーが聞いてくる。
「いや、描かないよ」
「なんで? せっかくルルに平和そうな趣味が出来て、わたしホッとしてたのに」
「全く、そんなこと考えてたのか」
「えへへ、でも、ルルに危ないことして欲しくないから」
 冗談めかしていたけれど、その声は本当の心配に満ちていた。
「ふう……わかってる。もうやめるよ」
「ずいぶん素直だね?」
 ルルーシュはもう少しで、理由を口にしてしまいそうになって、ごまかすようにふふんと笑う。
「俺はいつだって素直だぞ」
「嘘つきー。嘘つきがここにいます」
「嘘なんかついてないさ。いったろ、俺はシャーリーにはもう嘘をつかないって。だけどまあ、そうだな。そのうち絵を描くのは趣味にしてもいいかもな」
「そうなの?」
「ああ、最初は手間が掛かって面倒だとか、どうしてこう思い通りに描けないのかといらいらしたが、やっているうちにそれもまた楽しいもんだなと思えてきたよ」
「そう、かぁ」
「何でも思い通りに出来たら、それは存外つまらないからな」
「そうかもね。でも、だったらなおさら、いい題材だと思うけど」
 まだわいのわいのいっているみんなの姿。ルルーシュは両手の親指と人差し指で枠を作って、その中を覗き込むようにしながらシャーリーにいう。
「確かに、いいんだが。これだけじゃ幸せの風景っていうには足りないものがあるからな」
 そういってシャーリーに笑いかけると、彼女はおずおずと彼の前へと移動して。
「ねえ、もしかしてそれって、ちょっと自惚れていいのかな?」
 ルルーシュは再び、指で枠を作って中を覗き込む。
 その中で笑いながらシャーリーが自分へと手を差し伸べている。
 悪くない。それはとっても悪くなかった。
 でも。
「残念だけど、シャーリーの居る景色が俺にとって一番ってわけじゃない」
「そっか、やっぱり、ルルはナナちゃんが大事なんだもんね」
 シャーリーがあまり悔しそうでもなく苦笑いする。そこでそう納得させてしまうのは、ルルーシュにとっても悲しかった。だから、そうではないことを口にしようと思ったのだけれど、勇気のいるその言葉を用意している間にシャーリーは逃げ出してしまう。
「わたし、ちょっと席外すね」
 ルルーシュは後一歩を踏み出せずに、そのままシャーリーを見送ることしか出来なかった。
 なにをやっているんだ俺は。今更プライドも何もないだろうに。あそこまでいって、全て言わなかったらシャーリーを傷つけてしまうと分かっていただろうに。
 がさ、とまた人影がルルーシュの前に姿を現す。
「シャーリー?」
「ごめんなさい、お兄様。私です」
 ナナリーが自分の力で車椅子を動かしてやってきた。ロロの姿は見当たらないから、向こうに居るのだろう。
「ナナリー」
「お兄様、シャーリーさんも不安なんですよ?」
「ああ」
「わかってるならいいんです。……私も、ちょっと席を外しますね」
「シャーリーを頼む」
「くす、任されました」
 ナナリーに任せて、俺は本当に情けないなとルルーシュは天を仰ぐ。



 しばらくして帰ってきたシャーリーは、少し化粧が変わっていた。もしかして、泣いていたのだろうか。いつもならそれぐらいでは泣いたりしないシャーリーも、結婚式という特別な空間で気持ちが高ぶりやすくなっているのかもしれない。
「ごめんね、ちょっと時間掛かっちゃって」
「なあ、シャーリー。今度俺の描いている絵を見て欲しいんだ」
 その言葉になにを思ったのか思いつめたような表情で、シャーリーは尋ねてきた。
「ねえ、それがルルの幸せの風景?」
 少し考えて、ルルーシュはもっともふさわしいと思う答えを返す。
「いや、それは幸せに繋がるものだな」
「?」
「見ればわかるさ。それと、さっき誤解していたみたいだが、ナナリーがいる風景が俺の幸せの風景ってわけじゃないんだ。俺の幸せの風景は、絵には描けないから、そういったんだよ」
 シャーリーが怪訝そうに顔を傾げた。
「絵に描けない……のに風景なの?」
「大事なものが抜けてしまうからな」
「相変わらず、ルルのいうことってば難しいよ」
「そうでもないさ。簡単なことだ、本当に、簡単なことなんだよ」
 ルルーシュは目を閉じて、そう思う。だけど、それを簡単に捕らえられないから人は迷う。特にルルーシュみたいな人間にとっては、わかっていてもそうできないことがあるから。
「うん、わかった。ルルがそういうならきっと、その絵を見ればわかるんだよね」
「わからなかったら、じっくり説明してやるから。一日中でも、一晩中でも」
「ふふっ。ありがとね、ルル。でも、その言い方はなんかえっちだよ」
 なぜか、シャーリーの笑顔は透き通るように透明で、ルルーシュは思わず不安を覚える。伸ばした手は、拒まれなかったけれど、シャーリーにまで届いていないような気がした。
「さあ、ルル。スザク君たちのところに戻らなきゃ」
 不安を解消することも出来ず、二人は互いの友人達のために笑顔を貼り付けて、彼らを祝った。
 結婚式は無事に終わって、一週間後に会う約束をして、その日はそれで帰路についた。ロロとナナリーは何か言いたげだったが結局何も口にすることは無かった。



 一週間は長いようであっという間だった。
 シャーリーは思いつめた表情でやってきて、ルルーシュの部屋の扉を叩いた。
 部屋の真ん中に、その絵がぽつんと置かれている。まだベールを被っていて、なにが描かれているのかはわからない。
「お邪魔、します」
 息を呑んでいるシャーリーを上げると、ルルーシュはおもむろにベールを剥ぎ取って見せた。シャーリーの反応が気になって、心臓がどきどきしていた。
「これが、ルルの見せたい絵なの?」
 シャーリーは呆然とした様子でそんなことを訊く。ルルーシュとしては、もっと驚いて、喜んでくれると思っていたのに、その当てが外れて少し残念に思ってしまう。
「シャーリーを描いたつもりなんだが、もしかしてわからなかったか?」
「ううん、でも、わたしこんな綺麗じゃないから」
「そんなことはない! 俺は見たままの君を描いたつもりだ」
「……でも、わたしが『一番』じゃないんだよね?」
「俺はそんなこといってないぞ」
「いったよ」
「俺はシャーリーの居る景色が俺にとって一番というわけじゃないっていったんだ」
「違いがわからないよ」
「その……だな。俺にとっての幸せの風景は、きっと、あー……シャーリーと一緒に見る風景だと思うんだ」
 そういって、ルルーシュはシャーリーの手を取ると、自分の傍へと引き寄せた。彼女の身体の暖かさが染みて、それがルルーシュの心を震えさせる。抱きしめたシャーリーの身体は最初強張っていたけど、二人の間の柔らかい熱に蕩けていくみたいに、ゆっくりとルルーシュにもたれかかる。
「だから、その風景だけを描いても、それは幸せの風景じゃないんだ。シャーリーが隣に居るぬくもりや気持ちまでは俺じゃ絵に出来ない」
「ルル……!」
 小さく悲鳴のように彼の名を呼んで、シャーリーは真っ赤になった顔を背ける。ルルーシュもまた顔をあわせられずにそっぽを向いていた。だけど、組み合わさった腕は分かちがたく、互いの身体をぎゅっと結び付けていた。
「あの、ねルル。わたしもね、そうだよ」
 小さな声がルルーシュを揺らして、それだけで満ち足りる気がした。
 そのまましばらく二人はそうして絵を眺めて、それからポツリとシャーリーが訊いた。
「それじゃ、幸せに繋がるものってわたしのこと?」
「ああ、それはほら」
 ルルーシュが指し示すキャンバスの中、シャーリーの左手の薬指には白金色のリングがはまっていて。
「わたし、すごく勘違い多いから。今日だって本当は別れ話を切り出されるんじゃないかって。そう思ってたぐらいで。だから……ルルにはっきりいってほしい」
 そうか、だからあの日、シャーリーの笑顔はあんなにも透明だったのかとルルーシュはいたたまれない気持ちになる。そうだ、言葉にしなければ伝わらない想いはあると、俺たちは良く知っていたはずじゃないか。だのに、傍に居てくれるから、信頼したつもりで言葉にしなかった。でも、それは信頼じゃない。怠惰で、相手の存在に対する甘えで、傲慢なんだ。
 緊張と興奮と、僅かに不安を混ぜたようにシャーリーの声は震えていた。瞳が潤んで、ルルーシュをじっと見つめていて、それを彼はとっても美しいと思う。
「あの、な。見たままに描いたんだ。嘘があるのは良くないだろう? だから」
 そして、後にまわして隠していた指輪のケースを彼はシャーリーへと差し出す。
「この指輪を受け取ってくれ。俺と結婚して欲しい」
 指輪を目の前にしたまま、シャーリーは動かずにポロリと涙をこぼした。
「……うーーーーー……」
 ぼろぼろと涙を溢れさせて、シャーリーはルルーシュを睨みつけている。
「シャーリー?」
 不安になってルルーシュが声をかけると、シャーリーがぽかりとルルーシュの頭を叩いた。
「なっ!」
「それじゃわたしは、絵のついでみたい」
「あ……い、いや待て、そんなわけじゃ」
 俺はなにを間違えた? とルルーシュの頭が真っ白になる中で、シャーリーがケースを握ったままの彼の手を優しく包む。
「でも、すっごく嬉しいよ……ルル」
 シャーリーはそのまま、力が抜けてほっとしているルルーシュに顔を寄せて口付けした。

 そして、シャーリーは指輪を左手の薬指へ通して、ルルーシュの絵と同じ顔で笑って見せた。
「これから、よろしくね」
 これまでとは同じようで全く違うこれからのために。二人にとっての幸せの風景のために。
「ああ、こちらこそよろしく」
 二人はそっと寄り添った。



あとがき
最近意識しないと女性キャラの名前がシャーリー以外出てきません。コードギアスとは何の関係もない読んでいた小説の女の子が可愛くて、○○可愛いなあと呟こうとしたとき、口から出てきたのはシャーリー可愛いなあでした。さすがに自分の口が信じられなくて唖然としました。
もう、R2の13話から4ヶ月も経つというのに、まだまだ熱は覚めやらないようです。
上のお話ですが、一応RELIVEのエンディング後を想定して書いています。とはいえ、書いている最中のRELIVEが最終的にこの話へと繋がってくれるかは作者の私にも正直ちっともわからないんですけど。
ただ、私がRELIVEで目指しているのはこういう幸せな風景です、ということを書いておきたくなって。
何せ、まだまだそこまでたどり着くには長い時間掛かりそうでしたからね。
しかし、まあ毒にも薬にもならない話といいますか、起承転結が書けていないといいますか。もう少ししっかり話を作らないといけないかなーと反省しています。あれもこれも書いておきたいと思って書いて、結局まとまりがなくなったみたいです。私の良くやる失敗ですが、まあこれはこれで書きたいものは書けているのでそれなりに満足はしています。
しかし、C.C.は何しにやってきたんだろう(オイ)。

2008/11/9 栗村弘

BGM コードギアス関連多種 かんなぎOP、ED 他多数(難産だったのが良くわかる……)

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