風よ、しばし、我が元にあれ


 アスと私は結婚する。
 その日が近付くにつれ、私は嬉しさとどうしようもない不安に蝕まれていた。皆、祝福もしてくれたし、問題となる事は一切無かったけれど。
 家柄の問題も、同格とは言わないがどちらも貴族だ。彼は嫡子でこそ無いが、よもや救国の英雄となったアスを不相応だと思う輩もいないだろう。
 そう、どちらかといえば、私の方がよっぽど彼に相応しく無いんじゃないかと思ってしまう。
 最初は全くだらしのない奴だと思っていた彼は、あっという間に私を抜き去っていた。彼の才能には、正直適わないと思う。それは、今でも同じだ。
 同じ戦場に立ちながら、私は彼が何を見ているのか解らない事が何度も有った。彼に惹かれている事を意識してからの私にとって、それはいつも胸をざわめかせた。もし彼が見つめるものを理解、共有出来る、そんな女性が現われたのなら……。
 例えば、彼の妹だったルフィーナ。預言者でも会った彼女にはアスの見ていたものが理解出来ていたのかもしれない。
 ルフィーナはまだ良い、妹だから。
 でも、彼と同じ高さで見る事の出来る女性がいないとは限らない。そんな女性とアスが出会ったなら?
 不安になると、私はどこまでも弱気になってしまう。アスの事を考えれば考えるだけ、自分がこんなにも弱い人間だったのかと思い知る。
 ううん、アスは私を愛してくれた。きっと、その言葉を違えることは無いだろう。
でも、不安になる。私は本当にアスに相応しいんだろうか。
 自分の騎士としての誇りなんてアスの前では何の役にも立たない。アスの前では、結局私も他の女性たちと同じただの女に過ぎないんだ。
 私はアスの前ではただの女になってしまう、でも、だからこそ、私はアスにしか嫁げないと思う。
 私はアスと結婚したい。でも、ずっと自分からそんな事を言い出せなかったのは、女からそう求めるのがはしたないと思っていたからだけじゃない。
 ただの女になってしまうのなら、私はアスにとってそれだけの価値が有るんだろうかと思わずにいられなかったから。
 所詮私は、女性として生きてはこなかったから、化粧の仕方もドレスの着こなし方さえ私には良くわからない。アスと出会ってから、少しでも綺麗に見せたくて、綺麗だって言われたくて必死に勉強した。それでも、そんなに簡単に女らしさが身につくはずも無い。 日々の鍛錬で傷ついた手は、宮殿の身奇麗な女官たちとは比べるべくも無いし、繊細でこまやかな彼女たちの仕草気遣いは私には出来ていないような気がした。アスがそんな女性たちと和やかに話しているのを見ると時折消え入りたくなってしまう。
 嫉妬なんて、情けないと思うけどどうにもならなかった。
アスは良く私と一緒にいてくれたが、私は胸いっぱいの幸せとほんのわずかな不安を抱えていた。幸せだから、余計にそれが怖かった。
 そして、それ以上にアスに尋ねてみたいことがあった。
 貴方の瞳がどこか遠くに感じるのは、今ここに居るためになにかを諦めているためではないのか。
 戦いの中追い求めていた何かを貴方は見失ってしまったのではないか?
 でも、それは聞いてしまえば、取り返しのつかない結果を招くだろう。
 わかっている、それでも、それが彼なのだという事は。
 そして、私はそんな彼のそのすべてを愛してしまったのだから。
 だけど、もうしばらくだけ、どうか神様。
 私がその言葉を口に出す勇気が来る日まで。
 私は祈る。
 あさましい自分を恥じながら、呪いながら、それでも祈る。
 少しでも長く、風を止めておきたくて。
 そしていつか、すべてを受け入れて風を送り出してあげる事が出来る様にと。
 今は、微笑みを浮かべていよう、私は幸せなのだから。


 そして、アスが迎えに来た。
「……行こう、クレア」
「はい」
 私は、ヴァージンロードに向かって歩く。今だけは私のものである大切な人の手を握って。



END

BACK



おまけ

「……そんな事考えてたのか、馬鹿だなクレアは」
「そんな、馬鹿って、私はアスの事考えて、考えて、ずっと苦しかったんだぞ」
「だから馬鹿だって言ってるんだよ。俺はずっとクレアにそばに居て欲しい。そう思ったから、結婚を申し込んだのに」
「でも、アスは……行くんだろう?」
「ああ、行くと思う。まだ全てが終わったんじゃ無い気がするんだ。一見何もかも片が付いた様に見えるこの世界。俺は、確かめてみたいんだ」
「やっぱり」
「おい、俺、自惚れてんだけどな」
「え?」
「クレア、俺と離れたくないだろう?」
「ふふ、本当だ、自惚れてるな。でも、その通りだよ」
「じゃあ、問題無いだろ!!」
「え、えっ、ええっ!?」
「俺は、どこまでもクレア、おまえを放さない。クレアも離れたくなかったら、絶対ついてきてくれよ」
「! ……はい、あなた」
「二回も、プロポーズした気分だ」
「ごめんなさい、でも、私は凄い幸せだな……」
「それなら、まあ良いか」
 アスは、照れくさそうに微笑んだ。