Mirror Labyrinth
第11話
まただ……
どこかの風景……
これは……誰かの記憶?
「起きてるか?」
床に横になったまま少女が顔だけそちらに向ける。
「お兄……様」
「お、お兄様? おいおい、熱そんなにひどいのか?」
「そんな事はない、けど……」
「それじゃ、お母様か」
「どうして?」
「馬鹿、それぐらいだろ急にそんな事言い出す理由なんて。で、言われたんだな」
「うん、私は病弱だから、お兄……様にご迷惑だから近付かないようにって」
「全く……移るような病気でもないだろうに……」
「それから、お兄様とお呼びするようにと。もしくは御当主様と」
「御当主……ねえ。確かに名目上父さんが死んでからは俺が当主だけど、物事を仕切っているのはそのお母様だろうに」
「……あまりお母様の事悪く言わないで……」
「ああ、ごめん。俺とはあの方は直接血のつながりはないけど、お前にとっては俺と同様の肉親だもんな」
「お兄様は、お母様の事が、嫌いなの?」
「正直言って、少し苦手だよ。父さんよりも厳しいところがある人だからな」
「ふふ、それは私も思う」
言って笑ってから、少女は軽くせき込む。
「おい、大丈夫か?」
「う、うん、大丈夫だから。気にしないでお兄ちゃ……あ」
「気にするなよ、何もお母様が覗いている訳じゃないんだから。俺と二人の時は遠慮せずにそう呼べよ。な?」
「お兄ちゃんって呼んで良いの?」
「ああ……お兄様なんて呼ばれるのは俺のがらじゃないよ」
「うん、わかったお兄ちゃん」
そっと、少女の熱を持った額に手をやる、青年。
「お兄ちゃん?」
「お前は家の家系が神様の血を継いでるって言い伝え、信じてるか?」
「えっと、なんだか天狗さんみたいな神様だよね……」
「うん、そうだ」
「信じられないよ、みんなそんなに鼻高くないもの」
「あはは、そりゃそうだ。……でもね、私には少し見えるんだよ……その人間以外の血の濃さと言うのかな……その人の受け継いだものがね」
「どういう事?」
「お前は一族中でも、空恐ろしいぐらいに濃い血を引いてる。だから、きっと体が弱いんだろうと思うよ」
「そんな……」
「麒麟児と呼ばれた私よりも、お前はもっと凄い力を秘めているんだよ。きっとね……」
「そんな力要らないのに……」
「私は欲しいと思うことがあるよ。いつだってたくさんの力が欲しいよ。そうすれば、出来ない事を無理に捻じ曲げる事すら出来るかもしれないのに……」
「私は、体が健康な方がいいよ。そうすれば、きっとお兄ちゃんと遊んでもお母さんも文句言わないだろうし」
「お前は可愛いな」
青年の手が少女の頭に乗せられると、少女はかぁっと頬を赤くした。
「俺は……」
青年が言った言葉を聞き取れなくて、少女が顔を上げようとするが、それを制して青年は出て行ってしまった。
「強い力、か……」
少女は自分の静脈が透ける腕を悲しそうに見やった。
誰だろう。
あの血溜まりの中に居た、あの子。
今こうして、床についている子。
顔が見えないのは、この子の記憶だからなんだろうか……。
これには一体なんの意味があるんだろう……。
「おい、起きろ。大丈夫か?」
頬を叩かれる感触。
「う、ううう……」
頭の方は起きてるけれど、体がついてこない感じだ。
「聞こえるか?」
ようやく目が開く。
目の前に、顔を隠した人が立っていた。
……忍者。
珍しい人種に会ったな……。
そういや、私は会うのは初めてだなあ……。
「おい、本当に大丈夫か?」
「ん。体がまだ良く動かないけど……一応大丈夫みたい」
「そっか……」
少しほっとした声が返ってくる。
「奴らに攫われたんだな?」
「え、えっと……あの……」
「む、薬でも打たれたのか?」
「いいえ、そんなことは無いけど・・・・・・」
「記憶喪失か?」
思い出そうとして真っ先に浮かんできたのは……花摘と『私』が抱き合っているシーン。
なんだか、確かに良く似てた。
ううん、まるで鏡に移したみたいにそっくりだった。目の前で見せつけられるとその事が良くわかったな〜なんてことだけ。
「……そんなもんかも」
私は少し混乱しながらそう答えた。
ま、どっちにしたってなんでここに居るか説明できないし。
「まあいい、こんなところにいつまでも居たら売り飛ばされるのがオチだぞ。体が動けるようになったらすぐ動こう」
「は、はい」
私はゆっくりと自分の体をほぐして行く。
世界を行ったり来たりすると言う事は体に結構負担のかかることなんだろうか。
体がぎしぎし言ってるみたいだ。
「そんなに怖いところなんですか? ここ」
顔を隠した頭巾の奥で表情が軽く歪められたみたいだ。
「……知らないならその方が良いんだが……もう、巻き込まれているわけだしな」
ため息……。
あれ、この人。
「ここは麻薬シンジケートの本部さ」
「シ、シンジケート!?」
「しっ、声が大きい。それで色々とね調査してる機関もあるってこと。私みたいな諜報員を送り込んでね」
それから、ふっと笑って忍者は続けた。
「まあ、個人的な怨恨もあるんだけどね」
最初の衝撃から少し落ちついた私はそこで、気にかかった事、そして今はほぼ確信に変わったことを尋ねてみる。
「あなた……まさか女?」
「まさかって……私はちゃんと女だけど」
少し鼻白んだらしい。
「いや、だってそのマスク、目しか覗いてないし男みたいな口調だから」
「声でわかるだろう?」
「……そのぐらいの声の高さの人なら居るかなって……」
「ふう、これでどうだ?」
そして、忍者はマスクを剥ぎ取った。
その下の顔は……結構良い女じゃない……。
「もっと、男みたいな顔してるかと思ってた」
「それ誉め言葉?」
「一応……」
「ありがとう」
ずいぶん皮肉っぽい口調だ。
……まあ、仕方ないよね。
「ああ、こんなところで、時間を取られている暇はあんまり無いんだがな」
「急いでいるの?」
「ああ、私の大事な人がここに囚われているんでな」
そして、彼女は、私が聞き逃せない言葉を放った。
「真一郎様……どうか、ご無事で……」
第12話
「ちょっと、今真一郎って言った?」
「なんだ、聞こえたのか」
ばつが悪そうに曖昧な微笑みを浮かべる。
「真一郎って、相川真一郎の事?」
「そうだが、何故知っているんだ? ……ええと……」
「七瀬、よ」
「それじゃあ、七瀬、どうして真一郎様の事を知っているんだ?」
「それはもちろん……」
……って、ここで変な事言えないじゃない……どうしよう。
「もちろん? なんだ」
「し、知り合いよ、知り合い!」
「なんだかごまかそうとしてなかったか?」
「してないわよ!」
「その割には随分答えるのが遅かったが……」
不審そうだ。
参ったなあ……こんなところで一人にされたら……今の私はか弱い女の子なんだからね。
「もしかして、私を陥れるつもりなのか?」
「陥れるって、私が何するって言うのよ」
「私が油断して後ろ向いたらとたんにばっさりとか」
「あのねえ、こんな可愛い女の子がそんな事出来るわけないでしょ」
「自分で、可愛いって言うか?」
かなり呆れ顔だ。
「うるさいわね。問題はそこじゃないでしょ」
「まあ、顔が良いのは認めてやるがな。それとこれとは話が別だ」
ちょっと嬉しかったりして。
まあ、ほんのちょっとだけど。
「私は実際にそう言う手管を使う知り合いもいる事だしな。私は性格的に無理だが、そう言う方法で人に取り入るのも常套手段だよ」
「それって……体を使うって事?」
「ん……まあ、そうかな」
「うわあああ。そんなことまで教わるの?」
私が聞くとじーっと何やら不審げに私を見てからこの女は言った。
「スケベ」
「な、なによう」
「いや、目が思いっきり興味津々だったぞ」
「う、そんなこと、言ったって……しょうがないじゃない、こちとら思春期真っ只中なんだから」
「ふふ、冗談だよ」
「性格悪ぅ……」
私の皮肉にも特に気にした様子もなく、彼女は話を切り返してきた。
「と言う事で、信用するだけの理由にはならないぞ」
「じゃあ、裸にして調べてみる? 時間の無駄だと思うけどね!」
少し悩んでから、彼女は首を振った。
「……やめておく。本当に時間はあまりないんだ」
全く、信用されてないわね。ま、良いけどさ。
「そう。で、私は答えたんだから今度はあなたの番だよ」
「なんの事だ?」
完全にわかってないって顔だ。
「もう忘れてる……あなたは真一郎とどういう関係なの?」
「とりあえずその質問を聞くのは初めてだが?」
なんだか、この人私と合わない〜!
「そんなことどうでも良いから答えてよ」
「う、その、だな。私はその、真一郎様の奥さんと言うか、お嫁さんと言うか、妻、だな」
「はあ?」
思いっきり聞き返してしまった。
言ってる内容もびっくりしたんだけど、それ以上にその慌てぶりと言うか、そこら辺がなんだか無性に……雰囲気が違ってた。
「凄く……嘘っぽいんだけど……」
「う、うるさい。本当に私は真一郎様の妻なんだ! ちゃんとほら結婚指輪だってしてるんだ」
「そんなの偽者でもわかんないけど……」
「う、それだったら……ちゃんと真一郎様の好みとか、だって言えるし……」
「そんなの私だって言える」
「ぐ……じゃあ、じゃあ」
……前言撤回。
この人結構面白いかも。でも……。
「ちょっと、しーっ、しーっ! ここ敵地じゃなかったの?」
「……そうだな、全く七瀬のせいで危険を招き入れるところだった。これが狙いか?」
あらら。まじめな顔でそんな事言わないでよ。
「ちょっと、そりゃないんじゃないの? それに、私はあなただけが頼りなんだからね」
「冗談だ。ここは安全だよ。入る前から下調べはすんでるし、元々はここでしばらく待機している予定だったからな」
「でも、さっき時間ないって」
「ああ、真一郎様が殺されかねなくなってきたんでな」
な〜んだそうなのかと言おうとしてしまって……一瞬思考が停止した。
「な、なんですって!」
「馬鹿、さすがにそんな大声立てたら!」
とっさに、彼女が私の口を手で覆った。
私は、うんうんと頷いて、ようやく手を離してもらった。
「ごめん……でも、真一郎がって……?」
「ふふふ、恥ずかしい話だけどな。私がこの事件の担当者だったんだ。ところがどじを踏んで、尻尾をつかまれてしまって……真一郎様の命と引き換えに事件を見て見ぬ振りしろとね……そう脅されたのさ」
「でも、それだったらどうして」
「私が、従うつもりがないって事がばれてしまったんだよ」
「なんで?」
「交渉場所の時間に私が出向かなかったからね。今ごろ、奴らが痺れ切らして戻ってきてるだろう」
「そんな、あなた真一郎の奥さんなんでしょう?」
「……私は、真一郎様を殺させないし、卑怯な取引にも応じない……」
血反吐を吐くようなそんな台詞だった。
「でも……」
「わかってる……それでも、私には出来ないんだよ」
「……」
私には絶対出来ない事だけど、その考えはわかる……ような気がするよ。
この様子を見ていれば真剣に真一郎の事この人が愛しているって事も……伝わってくるし。
愛情の形は小鳥さんとも私とも全然違うかもしれないけど、その事だけは私に共感できるよ。
だから、私はこの人を好きになれるかもしれないな。
「と言う事だ。もし、ここで大人しくしてるなら後で迎えに来ても良いが?」
「ここにいても本当に平気なの?」
「ああ、しばらくの間はね」
「しばらくってどれぐらいよ」
「私が、騒ぎを起こして帰ってくる間ぐらいは」
「ちょっと、私は一般人なんだから。騒ぎが起きたらどうすりゃ良いのよ」
「……悪いが、今は一旦外に戻っている暇はないんだ」
「私も真一郎に会いたい」
「どうしてだ? 何故そんなに真一郎様にこだわる?」
それでも少しだけ迷ったけど、私は決心した。
「まだ……時間、あるの?」
「ああ、少しなら」
「じゃあ、信じてもらえるかわからないけど。話すよ、私の本当を……」
「信じられると思うか?」
厳しい声音の彼女に私は即座に首を振る。
最初から、理解とか信用を期待して話したわけじゃない。
「ううん」
「……自分でその認識だけはあるんだな」
「でも、嘘は言ってない」
「そうか、なら……無理を承知でついてくるか?」
「……大丈夫なの?」
「元は七瀬が望んだんだろう?」
「でも、私は……正直死にたくないよ」
真一郎とは会いたいけれど、今度はもうどっちかが死人なんて、絶対ごめんだから。
「ふふ、そいつは私もだ。じゃあ、ここで待ってるか?」
「助かる確率はどっちが高いの?」
「半々だ……私としては任務の成功のためにはここに残ってもらいたいが、七瀬にはその分危険も増える。多分、ここの人間の誰にも敵わないだろうからな」
「じゃあ……」
「それに……こんな事言うのは本来忍者としてあるまじき行為なんだが……」
「え?」
「囚われの人物は、もう一人いるらしい。それも、真一郎様に酷似する人物、だそうだ」
「……うそ…………」
私の心の中に、その言葉が消せない波紋を呼び起こした……。
第13話
「まさか……真一郎なの?」
「決まったわけじゃない。むしろ……違う可能性の方が……聞いてるのか?」
「やっと、やっと……会えるんだね。寂しかったよ、真一郎。この1ヶ月……」
「おい、おい七瀬!」
「どこ? 真一郎どこにいるの?」
「しっかりしろ、おかしいぞちょっと」
「おかしい? おかしくもなるよ。私ずっと話してないんだよ。真一郎と」
「そう言う問題か?」
「いいから、真一郎に会わせてよ!」
「馬鹿、大声を出すんじゃない」
口を彼女にふさがれる。
「落ちつけ。あんまり、期待しすぎると、後で辛い事になるかもしれないぞ」
「……つらい……?」
ずきん。
あ、いた……。
痛い……。
「うん、ごめん……どうも真一郎の事になるとさ、私見境無くなっちゃって」
胸の中に、重苦しい痛みの余韻が残ってる。
自分が傷つくのを恐れる気持ち……。
でも、この場合の私にはそれも役に立った。
「……本当なんだな」
「なにが?」
「七瀬の話だよ」
「ああ、そっか信じてくれてなかったんだっけ。……ってことは信じてくれるの?」
「まあ、な。有体にいえばそう言う事だな」
「ありがとう……」
「少なくとも、七瀬に嘘をつく意図は無さそうだなって思う。それが妄想かどうかは私にはわからないけどな」
ありゃ……信じてくれるって言ってもそこまでなのね。
「すまないな。どうにも、そう言う事の経験が無いんでな」
「それは……普通無いわよね。わかってる、心の底からは受け入れてもらえない事はさ」
「私は、お前の……七瀬の事、なんとなく他人とは思えないんだ。……真一郎様の事を本気で愛してる、そのことがわかるからな。だから、信じられないけど、受け入れるよ」
じわっ。
「馬鹿、何言ってんのよ」
慌てて横を向いた。
本当に、なんてこと言うのよ。
真一郎に会えるまで、涙流さないって……決めたんだから。
でも、私と同じ事思ってたんだ……真一郎って、やっぱ凄いね。
「私も、自己紹介しておくよ。私は御剣……とと。相川いづみだ。よろしく七瀬」
「うん、よろしくね、いづみ」
「え?」
部屋から出て驚いた。
廊下から、外が見える窓があったんだけど……。
「そうだ、ここは船の中だよ」
「でも、さっきシンジケートの本部だって……」
「そうだよ。ここはその麻薬を運ぶ密売船であり、その本部でもある。何かと便利なんだろう」
「でも、変なの」
「……ああ、ここの親玉の趣味なんだろうな、本当のところは」
「ふうん、変わってるね」
「でも、今は危険な敵だよ」
いづみがそう重い口調で言う。それを聞いて初めて自分がとんでもないところにいるんだってわかったような気がした。
「大丈夫。七瀬は一般人だから私が必ず守るよ」
そんな気持ちを察したのか、いづみは優しくそう言ってくれた。
「ありがと、ちょっと緊張してるだけだから……」
「牙無き物の牙。それが御剣流の基本だからな」
でも、私はこれから、何度もそういう目に会うかもしれない。
ここで真一郎に会えれば、問題は何も無いんだけど……。
「ここで固まっているわけにもいかないんだ。ちゃんとついて来てくれよ」
「うん」
はっきり言って、迷路だってもっと優しく作られているんじゃないかって、そう思った。
と言っても、私はいづみについていくだけで精一杯だったんだけどさ。
「よくついて来れたな」
「ぜー、な、なんとか……ね・はー、はーはー」
息が苦しくてそれだけしか話せなかった。
「ここの中に真一郎様がいる……」
しばらくして、でもまだ私は荒い息をしていたけど、いづみが一つのドアを指し示した。
「なんで、わかるの?」
「何も調べずに入ってきたわけじゃないさ。七瀬のいる部屋の事だって知ってたろ?」
そうだけど……でも、不思議だと思うけど……。
「ん、まあ後でわかるさ。それより、先に私が入るから、合図したら入ってきてくれ」
「う、うん……」
なんだかそう言われたら急に心臓がどきどきしてきた。
「じゃ、行くぞ」
いづみは一瞬不安そうな表情を見せたが、すぐに笑った。
「大丈夫。必ず上手く行くよ」
そんな事言ったって、不安だよ。
やっぱり、気になるよ。
真一郎……。
入って行ってからしばらく経つ。
全然、何も聞こえてこない。
周りを見まわしてみる。
倉庫……なのかな? ここ。
それとも、真一郎を捕まえて拷問とか……してないよね。
手のひらがじっとりしてた。
早く帰ってきてよ。
がしっ!
そう祈っていたら、突然後ろから口をふさがれた。
「うぐ……む……」
後ろを向く事も出来ない。
がっちりと抑えられちゃってる。
あああっどうしよう!
「大人しくしろ」
低い男の声。
全身の血がさぁーっと引いていった。それこそ、めまいを起こしそうな勢いで。
「こんなところで何をしている?」
口を抑える手を、噛んでやろうかって思ったけど、顎ごとがっちり抑えられていた。
これじゃ喋る事も出来ないじゃない……。
どうやって質問答えろって言うのよ。
でも、体はがくがく震えてた。本当は怖くて怖くて仕方なかった。
話せない以上、相手は私が怯えてるのが良くわかってるはず……ちょっと悔しい。
「こんなところで、話すわけには行かないな。さあ、中に行こうか」
それは!
今中に行ったらまずいよ。
いづみと鉢合わせしちゃう。
そんな事になったら、きっと二人とも捕まっちゃうよ。
何とかしなきゃ。
でも、相手はさすがに荒事に慣れてた。
痛っ!
私がじたばたしようとした途端。ぎゅっと腕を背中にねじり上げられてしまった。
「無駄な事はするな」
もう、頷くしかなかった。
「七瀬!」
中から、真一郎に肩を貸して歩いてきたいづみに出会った。
「ほう、他にも侵入者がいたのか」
男の含み笑い……。
「くっ……」
ごめん、ごめんね。
なんとかしたいんだけど……ごめん。
私の目からその気持ちを読み取ったのか、いづみはふるふると首を振ってみせる。
真一郎はぐったりと寄りかかっているままだ。
がちゃっ。
金属の重い音がして、
「ふふふ、これ以上何をしようと言うんだ?」
私を押さえつけている男のさらに後ろから、声がかかった。
「……随分丁寧なお出迎えだな……」
「そりゃあ、お前ははミツルギの忍者だからな。こちらもこれぐらいのお出迎えはしないと、なあ?」
男は周りにいる者達に同意を求めたらしい。
「馬鹿な男だ……」
周りの他の男達が笑う中で、私を押さえ付けている男が私以外には聞こえそうもない小さい声でそう言った。
そして私を拘束したまま笑い声の主の後ろに下がる。
どう言う状況なのかは一目瞭然だったが、実際に目で見るとまた絶望感がこみ上げてきた。
何人もの男達が、撃鉄を起こした銃でいづみを狙っていた。
押さえられた口の中で、思わず「ひっ」と奇妙な声を上げてしまう。
「この状況では最早、手も足も出まい? それとも、まだなにか手があるかね?」
「……」
「さすがにどうしようもないようだな。ふふん、これまで色々と邪魔をしてくれたお礼をしようじゃないか。お前も女なんだろう? げひゃっはっはっは」
なんて、ど腐れども!
……でも、私がそう思っていたのはほんの少しの間だけだった。
すっ。
影が動いたと思うと……私の目の前の男達は声も立てずに倒れ伏していた。
私は突然自由になった手をみつめて、びっくりしながらその人に問い掛けた。
「あなたは?」
「すまなかったね。敵を欺くにはまず味方からと言う格言に従ったまでだが、君には怖い想いをさせてしまったね」
どきん。
う、なんかカッコイイかも。
「な、なんだ? 貴様は……」
「答える名など無いが、お前の部下ではない事は確かだな」
「く、くそ……」
男が懐から銃を取り出した。
構えは……私?!
「兄様!」
でも、いづみの声が聞こえた瞬間、銃は叩き落されていた。
うー、死ぬかと思った。
「おのれ……御剣の人間か……しかし、この船の中には大勢の部下がいるんだぞ、その男を連れて逃げられるかな?」
苦し紛れだけど、確かに、真一郎はとても歩けそうにない。
ぐったりしてて、まるで死んでるみたいだ……。
「真一郎、大丈夫なの?」
「ああ……眠ってるだけだよ」
「大丈夫だよ、そんな心配してくれなくともな。……もう少し、か」
私が、何? と聞こうとした瞬間だった。
どおんと大きな音がして足元が大きく揺らいだ。
「な、何をした貴様!」
「なに、少し船の底に穴をあけてやっただけだ。早く逃げないと、溺れ死ぬぞ」
「爆薬を仕掛けてきたのか?」
「そうだ、今頃は海の水が勢い良く流れ込んでいる頃だろう」
男は真っ青になって、飛び出していく。
「良いの、逃がしちゃって?」
「ああ、大丈夫さ。奴らは逃げられやしないよ」
「今の爆発では、本当には穴なんて開いてないのさ」
「はあ?」
「煙は上がってるだろうけどね」
「どうしてそんな事を?」
「我々は非常に多忙だからね。この件にそんなに人員を裂くわけにもいかなくてね」
「港に停泊中の船から煙が出てたら、海上保安庁の連中にも強引な捜査が行えるだろ?」
「そう言う事さ」
にっこり笑った彼を見た途端、私は気が抜けて座り込んでしまった。
「そうだ! ねえ、彼はどうしたの?」
私の口調に驚いて港から保安庁の働きを眺めていたいづみはびっくりして、こちらに向き直った。
「彼って……そうか、例の七瀬の真一郎の事だな?」
「うん、真一郎はいたの?」
連れて帰ってきていないんだから、いないに決まってるけど、でも、でももしかしたらいづみが忘れてた可能性だって……。
「……いなかったよ」
「そう、やっぱりね」
そんなに残念じゃなかった。
わかってたもん、そんな事だろうって。わかってたよ。
だから辛くないって。
「真一郎様が目を覚ましましたよ」
後ろから声をかけられた。真一郎――いづみの真一郎だけど――は連れ帰られてすぐ側の車の中に寝かされていた。
話によると、あのいづみのお兄さんはずっと前からあそこに潜入してて、真一郎が攫われてきた後も真一郎が酷い目にあわないように色々手を回していたらしい。
今も真一郎は睡眠薬で眠らされているだけらしい。
いづみが落ちついていたのはそういうわけがあったんだって。
でも、本当はとっても心配だったのは良くわかってる。
顔にしっかり出てたからね。
「はい、今、行きます」
慌てて車の中にもぐりこんでいくいづみ。
少しして、微かなすすり泣きが聞こえてきた。
でも、それは幸せだからの涙だから。
私は、お邪魔になら無いように――本当はちょっと辛かったからだけど――その場を離れようとした。
だけど、その時。
「七瀬!」
緊迫した声でいづみが私を呼んだ。
第14話
「七瀬!」
いづみの緊迫した声。
なんだろう。
せっかく二人きりにしたげようって思ってたのに。
「七瀬いないのか?」
「いるわよ、なに? そんなに大きな声で」
「それが……な」
「七瀬?」
中から真一郎が私の名前を呟いたのが聞こえた。
「まさか、そこに七瀬がいるの?」
「ええ、真一郎様。すぐそこにいるんです」
いづみのしおらしい声。
随分口調が違うじゃない。
でも、どういう事?
真一郎が、私のことを?
「七瀬、こっちに来てくれるかな……?」
私が恐る恐るそこを覗き込むと、真一郎が寝させられていたシートから身を起こしてじっと眺めてきた。
「転生したって言うけど、姿多少は似るもんなんだね」
!
頭の中が真っ白になった……。
「え? あ、ああ?」
「でも、七瀬は俺の世界の七瀬とは違うんだよね。その辺は彼に聞いたよ」
次の一言で私はまた呼び戻された。
「『真一郎』に会ったの?」
「うん……でも、いづみから君の事聞くまで、信じられなかったんだ」
「どういう事?」
「だって、自分だって言われても、おいそれとは信じられないからさ。しかも、年くってるし」
「そっか。しょうが無いよね。それで、どこにいるの?」
「……ごめん。俺はあの人がどうなったか知らないんだ……」
「え、どうして?」
「……どうしたんです? 真一郎様」
ズキン。
救いを求めるようにいづみに向けられた真一郎の瞳に、嫌な予感がした。
「七瀬、あんまり気を落とさないで……」
「な、なによ」
「逃げたんだよ。あの人は」
「逃げた?」
「うん、侵入者だったらしくて、奴らが捕まえてきたわけじゃないんだ。それで、殺されそうになって……隙を突いて逃げていったよ。七瀬に会うんだって言って……でも」
「もったいぶらないで、良いから教えてよ!」
「すぐ見つかったんだ。逃げてるのが。それで人が追いかけていく声が聞こえたよ」
「どうなったか……わからないの?」
「うん、逃げたとは正直思えない。銃声と人の怒号……俺は部屋の中で黙って聞いていたんだ」
「真一郎様」
「でも、それが俺の知っている全てなんだよ」
体を支える力が一機に切れたみたいだった。
さっきまでの特殊な体験の疲れが一気に襲ってきたみたいだった。
「ひどいよ……どうして、また、また真一郎いなくなるの?」
「おい、七瀬」
いづみの手を振り払う。
悲しい……ううん、苦しくて、そして……怒り。
「嘘だよ……こんなの嘘だ!!」
傷ついた。自分の叫びは余計に痛かっただけだった。
「ちょっと、良いかな?」
「兄様……戻られたんですか?」
「ああ、あっちの方はもう私がいなくてもケリがついたようだからな」
私の後ろから出てきたこの人はね真一郎に目を向けてぺこりと頭を下げた。
「今回の事では、迷惑をかけたね」
「いえ、覚悟はしてますから」
真一郎は弱々しい微笑みを浮かべた。
「……ありがとう。ところで、今、彼の話をしていたようだが……」
「そうか、兄様なら、詳しく知っていますよね。その人がどうなったのか」
「うむ、実は、こんな事言っても信じられるかどうかわからないのだが、とりあえず彼は奴らには捕まらなかった」
「……」
さっきとは違う意味で力が抜けた。
「良かったな、七瀬」
「うん、じゃあ。真一郎は私のこと、またどこかで待ってくれてるんだね……」
「それについてなんだが……」
「なに? まだ何かあるの? いいよ、もう何があっても」
「本当は、彼は追い詰められたんだ。だけど……彼は溶けるように消えてしまったんだ」
「消えた……?」
その言葉の意味を、理解するのに少し時間がかかった。
……
…………
さくらは、さっきから一言も喋らなかった。
「七瀬先輩に会いたいなら、ついてきてください」
そう、一言言ったきりで。
何故いなくなるのかと言う事についても、きちんと答えてくれていない。
“やっぱり、人間には人間しか側にいることは出来ないのかな”
真一郎は頭を振った。
種族の違いがあっても、そこに絆を結ぶ事は、決して不可能じゃないはずなんだ。
だって七瀬と違って、さくらは生きているんだから。
話も出来て、俺なんかよりずっと、理性的で良い子なのに。
そのさくらが、普通の人といっしょに暮らせないなんて、そんなはず無いよな。
「なあ、さくらちゃん」
「先輩、私の事でしたらどうぞお構いなく。私はその事を、誇りに思ってますから」
真一郎の、心の中を読んだようにさくらが答えた。
「ここには、先輩あれから来てないんですね?」
真一郎は言われて初めて自分が旧校舎の入り口に立っていることに気がついた。
「うん、なんだか、怖くてね……」
「そうですか」
真一郎が、飲み込んだ『七瀬がいないこの場所を見るのが』という言葉をさくらは言われずともわかっているみたいだった。
そのさくらの動きが急にぴたりと止まる。
「どうしたの、さくらちゃん」
答えない、さくらの視線を真一郎が追っていく。
するとその先には、こんな場所に似つかわしくない巫女装束の少女がこちらをじっと眺めていた。
「君は……」
「また会えましたね」
にっこりと笑う、花摘。
「たしか、そう花摘……さん。なんで、こんなところに」
「知り合いなんですか? 先輩」
「ええ、そうですよ。と言ってもほんの少し会った事があるだけですけど」
花摘の七瀬に良く似たその姿をここで見る事に、真一郎がどれほど胸を痛めているかは、他の事に気を取られているさくらには、わからなかった。
「うん、少しだけ……ね」
七瀬との関係までもが、短い間だったと思えて真一郎はわずかに自嘲気味に言う。
「お二人は、恋人同士だったんですか?」
花摘が突然そんな事を聞いてきたので、真一郎は首を振った。
「違うよ、ちょっとした、知り合いだよ。そう言うふうに見えるのかな?」
「さあ、ただ、こんな旧校舎に二人でいる理由が見当たらなかったので」
「とぼけているんですか?」
さくらが、無表情で言い放つ。
真一郎はその攻撃的な言い方にびっくりするが、花摘は全く動じなかった。
「なにを? さくらさん」
「ここにいる理由、がわからないのは、あなたも同じです」
さくらの攻撃的な意図がわからない真一郎は戸惑うばかりだった。
「そう、ですね。……それじゃあ忠告しておきますね。ここには近寄らないほうが良いですよ。恋人同士で来るような、良い場所ではないですから。ここは」
「どうして?」
一見普通に立っているさくらがひどい緊張しているのを真一郎は見て取った。
「……ここには、人ならざるものが巣食っているからよ」
「!……それは」
真一郎の言葉に、花摘がほんの少しだけ笑む。
「やっぱり関係者だったのですね。そして、さくらさん、あなたなら、当然知っていたんですよね」
「七瀬の事を話しているの?」
「七瀬? ……ええ、確かに」
花摘は一瞬戸惑ったようだったが、すぐに気を取り直した。
「それなら、七瀬はもうここにはいないんだ、成仏したよ」
「先輩」
不安そうなさくらの声。
さくらの警戒が薄れた一瞬だった。
「そう、そうだとしても、ここにはまだ淀みが残っている。私は使命を果たさなければならない……」
花摘が、すっと二人に向かって一歩を踏み出した。
「うっ……」
真一郎がうめいた。
辺りに満ちた気配に、体が動かなくなっていた。
「く、う……」
さくらも苦しそうな声を上げる。
だが、そのまま花摘は動けない二人の横を通り過ぎていった。
「帰りなさい。ここにいれば、見なくても良い物を見ることになります」
「待って!」
呪縛から解き放たれたさくらが、花摘に声をかける。
「それは、人ならざるものにとっても同じですよ。さくらさん……」
花摘の姿が2階へと消えていく。
「どうなってるんだ。一体、さくらちゃん?」
まだ震える体から、恐怖を振り払うように真一郎はさくらに尋ねる。
「先輩、急がないと、あの人が、七瀬先輩を……!」
「なんだって?」
「まだ七瀬先輩はここにいるんです。この旧校舎に!」
真一郎の震えがぴたりと止まった。
…………
……
第15話
あう……頭痛い……。
なんだかがんがんするよ。
色んな事が最近立て続けだから、やっぱり体調子崩してるのかな。
でも、なんだか、妙な夢だったな。
「私が……まだ旧校舎にいる……か」
ずきん!
「あつっ……」
頭が途端に酷く痛んだ。
「ああ、やっぱり調子悪いや」
あたりを見まわしてみる。
障子張りの部屋。
天井には本物の木目が入った和室だ。
「そっか、行くとこ無いし、いづみの家にいるんだっけ」
なんか私ってそこら中で、お世話になりっぱなしだなあ。
もし、もう一度会いにこれたら、みんなに色々お礼言わなくっちゃ……。
すっ。
「わっ」
音も立てずに部屋のふすまが開いた。
びっくりした私に、同じくびっくりした顔のいづみが声をかけてきた。
「なんだ? 悪い夢でも見たのか?」
……いや、見たけど。
そうじゃなくて。
「違うよ、急に入ってきたからびっくりしただけ」
「そうか……」
「所で、何?」
「いや、食事が出来たんでな、起きてたらどうかと思ってな」
なんだか、いづみはふ、と目を逸らしながら言った。
なんだろ?
「……うん、わかった。食べに行く」
外へ出ると、遠くから何かの音が響いてきた。
「太鼓とか……笛?」
「ああ、祭りが始まってるからな」
「へえ、お祭り……」
「ああ、行って来るか?」
「……ううん良いよ」
私は少しだけ笑ってみせる。
自分で、良い笑顔が出せたとは正直思えなかったけど。
「それより、真一郎は?」
「まだ寝ている……あの後また眠ってしまって」
そう言ったいづみの顔色はあまり良くない。
一晩中、真一郎の側にいたんだろうな……。
「なあ、七瀬。私は……間違ってると思うか?」
「え?」
「私の夢なんだ……家庭を持って、真一郎様の側で、ずっと尽くしたい……自分の憧れてる人の愛し方なんだ。ずっと、好きな人にそうしたいと思ってきた」
「なんか問題でもあるの?」
「……私は忍者だから、常に側にもいられないし、今回みたいな事だって起こる」
真一郎の苦しそうな横顔が思い浮かぶ。
「私は……忍者でいないほうがいいのかもしれない」
「どうして?」
「わからないか? 私は真一郎様をまた傷つける。今回も、危うく死なせるところだった」
「……そうだね。真一郎を危険な目に会わせるのは私も、反対したい……私が反対するような事じゃないけど」
「そうだよな……私も、そうしたい」
だけど、いづみの浮かべた笑顔は……胸の奥をぎゅっと絞られるようなそんな切ない微笑みだった。
「でも、忍者として……『牙無き人の牙』になることも私の捨てられない夢なんだよ……」
だから、私は……。
「両立すれば良いじゃない?」
「それが出来ないから悩んでいるんじゃないか」
やれやれといった感じで歩き出そうとしたいづみを袖を引っ張って止める。
ただの子供と思ってもらっちゃ困るわね。
「要するに正義の味方になりたいんでしょ?」
「……その恥ずかしい、呼び方は勘弁してくれ」
「だって、そうでしょ?」
「……うう……」
ふっ、勝った。
……まあ、こんな事勝ったところで嬉しくも無いけど。
「ま、良いけど。私は思うよ。何も依頼を受けて人々を守る為に働かなくたって、牙……えっと牙無き人の、牙だっけ? にはなれると思うよ」
「どうやって?」
いづみは少し興味を持ったように、聞き返してくる。
「普通に生活するんだよ」
「? ……それで?」
「それでみんなが困ったら、力を貸してあげるの」
私は困惑気味のいづみににっこりして言い返す。
「は?」
「色々出来ると思うよ。何も荒事だけが道じゃないよ。普通の人の普通の暮らしの中だからこそ見えてくる、そして忍者だからこそ解決できる、そんな何かがあるんじゃない?」
う、ちょっと恥ずかしい……。
がらじゃないよね、こういうの……。
「……驚いた……」
「何が?」
ちょっと、頬が熱いな。きっと赤くなってるだろな。
うう……。
「まさか七瀬にそんな考えがあるなんて……」
「失礼しちゃうわね。私をなんだと思ってんのよ」
うう、これじゃ私恥ずかしがり損じゃない。
「せっかく悩んでるみたいだったから相談に乗ってあげたのに!!」
「す、すまん。でも、七瀬はあんまりそういうことしないタイプだと思ったんで意外だと思ったんだよ。正直、なんで私のためにそんな……」
私はいづみの尋ねる瞳に耐えられなくてそっぽを向く。
「いづみの為じゃなくて、真一郎の為だよ。私は……やっぱり真一郎には幸せになって欲しいもん。たとえ私を選んでくれた真一郎じゃなくてもさ」
「七瀬……」
「それで、真一郎を幸せに出来るのはその恋人だけなんだから、当然でしょ」
泣き笑いに近いなんだか凄く嬉しそうな微笑みを浮かべながら、いづみは口を開いた。
「ありがとうな七瀬。その意見に従うかどうかはまだわからないけど。気分が少し楽になったよ」
「ふん、だ。お礼だったら、自分を選んでくれた真一郎にした方が良いよ」
「それは……毎日してる」
「ぷっ……あはははははは」
私達は顔を見合わせて笑った。
「なんだか、七瀬とは友達になれるかもしれないな」
「良いよ、なってあげても」
「そういう態度は頂けないけどな」
「うん。そうだね」
私は少し前から気づいてた。
いづみの表情が、それを雄弁に語っていた。
「随分殊勝だな」
「ううん、ありがとうは本当は私の台詞だね……いづみ本当は私が落ち込んでるんじゃないかと思ってそんな話してくれたんでしょ?」
「う……なんの話だ?」
思いっきりバレバレだってば、そんなにびっくりされたら。
「……まあ、その……」
遠くからまだ笛の音が聞こえてくる。
「やっぱり、お祭り行こうかな……」
「そうすると良い。案内するよ」
他の話題が出たので、気まずさを隠す為に必死ないづみ。
「ありがとう。うん、食事行こ?」
ちらりと見るとほっとした表情。
くすりと思わず微笑む。
祭り……か。
空は、ひどく高かった。
秋の空だ。
サマーセーターの私にはちょっぴり肌寒い。
秋の収穫祭だろうか。
そうだ、お祭りと言えば、昔――――――。
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