Mirror Labyrinth

 

外伝もしくは真のエピローグ? &後書き

 
 小鳥
 
 そこは、とあるところに有る病院の一室。
「ほあぁっ、ほぎゃあ、ほぎゃああ」
 立ちすくんでどうしたら良いのかとおろおろする男性の腕の中に、火がついたように泣き続ける赤ん坊の姿があった。
「真くん下手だねえ。ほら貸して?」
 そう言った可愛らしい女性に近寄って男性は困ったように赤ん坊を明け渡す。
「ふふ、良い子良い子」
 そうしてその女性が軽く胸元で揺らしただけで赤ん坊はぴたりと泣き止んでしまう。
「ずっこいよ、小鳥……」
 まるで御飯を取り上げられた少年のような表情をする。
「だったら、もう少し優しく抱いて上げなきゃ駄目だよ」
「って言われてもさ……。今度は○○の方抱かせてみてよ」
 保育器の中で眠っているもう一人の赤ん坊を指差して男性が言う。
「うん、泣かしちゃ駄目だよ……?」
「今度はちゃんと優しく抱くよ」
 ゆっくりと抱き上げ胸に抱え込んだ所で、それは始まった。
「おぎゃあああああああ」
「わ、わわ」
 合わせるように軽くもう一人の赤ん坊がむずかるが、女性が上手くあやしてそれを留める。
「もう、しょうがないなあ」
 女性は言うほど嫌そうではなく、抱えた方の赤ん坊を保育器に移す。
「ごめん。小鳥、頼むよ……」
「はいはい。ふふ、可愛い可愛い、ほら、ね〜んねんこ〜」
「そうしてると小鳥本当の母親みたいだな……」
 抱き締めて子守唄を唄い出した女性がむっとする。
「みたい、じゃないよ。母親なの」
「はは、ごめん。でもさ、可愛いよな」
「当たり前でしょ? 真くんの子供だもん」
「小鳥の子供でも有るよ」
「うん……本当可愛いよね」
「生んで良かったろ?」
「当たり前だよ……本当、案ずるより産むが易しって言葉どおりだね」
 女性はおかしそうに笑った。
「そうだよ、小鳥は悩み過ぎ、自分で溜め込み過ぎなんだ。俺だって役に立つんだからさ」
「ありがとう、真くん。……真くんはやっぱり私にとって一番大切な人だよ……」
 ほんのり涙のにじんだ女性の眦を指先で拭いながら、彼は言った。
「まったく、それは俺にとっても同じだよ」
 そっぽを向いてしまう真一郎に向かって小鳥は本当に幸せいっぱいの微笑みを向けた。
 
 
 いづみ
 
 男性が走ってくる。
 公園のベンチでまるで眠っているように動かなかった女性がふっと目を開けてそちらを確認する。
「はあっはあはあ……い、いづ……はあはあ」
「真一郎様? どうしたんです、そんなに急いで……」
 彼は少し怒った様に女性を見つめた。
「忍者を……や、辞めるんだって?」
「はい。ちょっともう無理みたいですから」
 少しだけ苦笑いした顔には悔しそうなそぶりは見えない。
「無理って……そんな。この間みたいな事があったからかい?」
「この間って……なんの事です?」
 女性は怪訝な顔で聞き返す。
「俺が誘拐されてしまったあの事件」
 恥だと思っているのか彼は視線を落として下唇を噛んでいる。
「あの時ですか……随分考えましたあの時には……」
 女性は遠くを見るように男性から視線を外す。
「自分が忍者をしているから、あなたに迷惑をかけたりするんだって悩んだりもしました」
「そんな事、気にする必要無いじゃないか」
「でも、私が忍者をやっていなければ真一郎様が誘拐なんてされなかったのも事実です」
「いづみ、俺は……」
「忍者をやっている御剣いづみが好きなんだ……でしょ?」
「あ、う……」
「わかってます。真一郎様が私のそう言うところまで会わせて好きで居てくれる事……とても感謝しています……」
「な、泣くなよ……」
「いえ、その事を今日ほど嬉しく思った事はなかったですから……」
「え?」
「真一郎様の子供をこうして身ごもる事が出来て……」
 そう言って笑う。
「本当かい? いづみ」
「はい」
「そうか。そうなんだ……俺も父親になるんだ……」
 男性は急にそわそわうろうろしだし、顔はこらえられないように笑みをこぼしていた。
「でも、なんだって早く言ってくれなかったの?」
「すいません。でも、すぐにお話するはずだったんですよ? 忙しくって時間を取ってくれなかったのはどなたですか?」
 ぷんっと顔を背けて女性はすねて見せた。
「……ごめん。でも、出張だったなんだって電話ぐらいしてもらえれば……」
「だって……電話じゃ話した時にこうして真一郎様の笑顔が見られないじゃないですか……」
「いづみ……あ……あー、う、うん。じゃあ、忍者辞めるってのは」
「はい……前からの話通り数年は育児に専念したいですから……」
「その後は、また、戻るんだね?」
「真一郎様が許してくださるなら」
「馬鹿だな……聞くまでも無いだろ?」
「はい、そう言ってくださると信じていました」
 いづみは穏やかな、幸せと言う唯一無二の表情で真一郎を見た。
 
 
 唯子&瞳
 
 鐘が鳴っている。
 荘厳な鐘の音が、二人の未来を祝福していた。
 新郎が新婦のヴェールをそっと上げ、誓いの口付けをする。
「唯子、真一郎……おめでとう。幸せにね……」
 それを見つめる一人の女性が居た。
 彼女の見つめる目線には深い色がある。
 共有する幾つもの想い出が彼女の中に去来しているのかもしれない……。
 だが、その視線は澄んでいた。
 新郎新婦の姿を見つめる彼女に苦しみは無かった。
 
 教会の外で待ちうける人々。幸せいっぱいの笑みを浮かべる二人。
「みんなありがとね〜」
 新婦が新郎に抱きついて頬に口付けする。
 活発で中の良い様子に周りがどっと沸く。
 その様子に見つめていた彼女も思わず微笑む。
 この様子なら心配はなにも無いなと思ってきびすを返そうとする。
 そのとき、わっと観衆が湧いてそれが自分の方に向けられているような気がして彼女は振り返った。
 ぱさ……。
 振り返った彼女の胸元に、軽い花束が着地する。
 考えるまでも無い、ブーケだ。
 思わず。彼女が花嫁を見ると微笑んでいた。
“……普通だったら皮肉かって思うようなシチュエーションよね。でも、そんな事思わせないところがあの子の人徳ね……”
「瞳さーん!!」
 花嫁が叫ぶ。
 さすがにビックリする女性。
「今度は負けないよ〜?」
“呆れた……これ、挑戦状の意味も兼ねてたのかしら……いいえ。この子の事だから激励も入ってるんでしょうね……まったく”
 思わず微笑ましくてこぼれそうになった笑顔を、瞳は引き締める。
「取れるものなら取って御覧なさい? 待ってるわよ、唯子」
 真一郎の側で可憐に笑う唯子はそれが嬉しそうだった。
 
 
 花摘
 
「花摘さん……手紙読んでもらえたでしょうか」
「はい……」
「もう1度言葉でも言うよ。好きなんだ。付き合って欲しい」
“この人と付き合えば私は幸せになれるみたい……”
 彼女は自分の中に浮かんでくる未来のイメージを、だけど首を振って否定した。
「ごめんなさい……私は付き合えません……」
「どうして? 花摘さん付き合っている人でもいるの?」
「いいえ……私はあなたに感じる事が出来なかったから……ただそれだけです……」
 
「花摘もさー、もっと理想追い求めないで付き合ってみるべきだよね〜」
「でも……」
 彼女がそう言うと友人達は呆れた様に溜息を付く。
「はいはい、いつか会った瞬間にこの人だって感じられる人に会える。でしょ? 全く、花摘もねんねなんだからなぁ」
「ごめんなさい……」
「ん、まあいいよ。そんでさ、今日は付き合ってくれるんでしょ? カラオケ」
 彼女はそれもすまなそうに断った。
「すいません。今日も……」
「えーっ? 花摘付き合い悪いよ〜。そんなんじゃ友達無くすよ?」
 友人の一人が彼女をそうなじる。
「まあまあ、そんなにいっちゃんもおこんないでさ。私らだけで行けば良いじゃん。花摘だって好きでバイトしてるわけじゃないっしょ?」
「ええ、まあ」
「ふうん、まあいいや夕理ちゃんは私らと付き合ってくれるよね」
「当たり前よ。マイクは離さないわよ? と言う事で花摘、また家返ったらケータイでもさ」
 曖昧な答えを返す彼女に目配せする様に友人の中の一人がその場をまとめて去って行った。
 彼女が自分から好きでバイトしているのだけれど、そんな彼女の事情を知っているから、フォローしてくれたのだ。
“ありがとう……私夕理ちゃんが幼馴染で良かった……”
 
 長い階段を上った先にその神社はある。
 正直言ってそれほど丈夫では無い彼女には辛い道のりだ。
「ふう……ようやく辿り着いた……」
 彼女が階段の一番上に辿り着いたとき、向こうから参拝客がやってくるのが目に入った。
 いつもの習性で軽くお辞儀を返そうとして彼女ははっとする。
 何故か、その人の姿から目が離せなかった。
 横を通り過ぎ、そしてその人が下って行こうとする。
「ま、まっ……」
 心臓が上手く打ってくれない。体がギクシャクとして振り向いた彼女は急激なめまいに襲われて足を踏み外す。
 一瞬の浮遊感が有って……。
 とさっ。
 彼女はしっかりと抱きかかえられていた。
「大丈夫ですか?」
 覗きこんで来る澄んだ瞳に花摘は胸が締めつけられるような切なさを覚える。
“ああ……この人なんだ。きっとこれがずっと私が探していた感覚なんだ……”
「すいません、抱きとめてもらえて」
 すぐに立ちあがり、ぺこりとお辞儀をする。
 だが、その動作が急だったのかまた花摘はふらりと揺れる。
「本当に大丈夫ですか?」
「はい。たびたび申し訳ありません」
 相手との将来のイメージを見る事は出来なかった……。
 でも、と彼女は思う。
“だからこそ、私はこの人を選ぶんだ……”
「あの、お名前を教えていただけませんでしょうか」
「え? そんなにたいした事をしたわけじゃないんだし。お礼とかなら気にしなくて良いよ」
「いえ、そんな無作法をしては父や母に怒られてしまいます。あ、私は花摘……相川花摘と申します」
 その一瞬、花摘は確かに輝いていた。
 
 
 さくら
 
「ふふ、私もお節介ですね……」
 そう言いながらもどことなく嬉しそうにしている女性は手元にある鏡を覗き込んでいた。
「なにを見てるの?」
 少しあどけなさを残したような青年がそんな彼女に声をかける。
「あ、先輩……この鏡を見てたんです」
「ふうん、さくらお化粧でもするの?」
「違いますよ。この鏡は遠い世界の出来事を映す力があるんです」
「へえ?珍しいものなんだね」
「あ、先輩。見ちゃ駄目です」
「え?」
「それは便利なだけの鏡じゃありません。そんな姿でも魔族の端くれなんです。普通の人が覗き込んだりすれば魅入られますよ?」
「魅入られるって……」
「魂を取られます」
「さくらは? 大丈夫なの?」
「はい、私は扱い慣れてますから」
 青年はほっと胸を撫で下ろす。
「そうなんだ良かった」
 彼はおかしそうに笑う彼女に少し照れくさくなってそっぽを向く。
「ところで……鏡の中で何を見ていたの?」
「遠い世界の……誰も知らない小さな奇跡のお話です」
 彼女の表情が柔らかく優しくなった。
「へえ? 今度聞かせて欲しいな。それはメモ?」
「はい。最近小説家を目指している人が知り合いに出来たんです。その人に教えたら喜ぶかと思って……」
「へええ。じゃあ、今度俺もその人に会わせてよ」
「そうですね。ところで先輩なんの用だったんですか?」
「ああ、クッキー焼いてお茶を入れたんでさくらもどうかなって思って」
「あ、そうですか……もちろんいただきます」
 二人は席を立ち、書斎から出ていった。
 後に残された鏡が虹色の不思議な色彩を放つ。
 何かが起こりそうな妖しい雰囲気。
 がちゃ。
「いけない、しまっておかなくちゃ……」
 戻ってきたさくらが鏡を小さな箱に入れる。
「さくら〜?」
「はい、今行きます」
 その箱にさくらは鍵を掛けて、1度だけ振り返って見るとまた部屋の外へと急いで出ていった。
 
 そして鏡は静かに眠る……今は再び不思議な輝きを持つ事もなく。ただ静かに……。
 
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後書き
 
栗村「や〜〜〜〜〜〜〜〜〜っと終わった〜〜〜っ!!」
七瀬「長すぎだわよね……。前作と比べるとその長さがさらに浮き彫りにされるわね」
栗村「う……苛めないでよ」
七瀬「散々話の中で私いたぶってくれたのは誰だっけ?」
栗村「もしかして恨んでる? うう、最後はハッピーにしたじゃないか〜」
七瀬「でも、人によって好みの分かれそうなオチよね」
栗村「まあ、それはしょうがないかな。一番書きたかったのって第1話だし(笑)」
七瀬「私が旧校舎で一人ってシチュエーションね?」
栗村「そう(苦笑)」
七瀬「やっぱりこいつ今のうちに殺しておくべきだわ……」
栗村「あう……まあ、最初スランプの時に書き始めたせいで全然先行き考えてないし暗い雰囲気になってたんだよね。丁度あのころってSS掲示板にダーク系の作品が多く載っててさ」
七瀬「……で自分も書いてみたくなったと?」
栗村「うーん、そうなのかなあ……。気分が落ち込んでた事は確かなんだけどね。まあ、ハッピーエンド好きだから後で苦労することになったけど(笑)」
七瀬「それで時間がかかったって弁解?」
栗村「……話のクオリティと時間の問題って難しいんだよね。特に連載だとさ。テンポ良く次のが読めないと、実時間で中だるみするでしょ。だから早く上げないとって意識は常にあったんだけど」
七瀬「あーうっとうしい!! ま、良いわよ、とにかく終わったんだし……そういや読者から質問受けたんだけど」
栗村「何? あ、ちなみに感想や質問は幾らでも受けつけますんで是非して欲しいな(笑)」
七瀬「この途中で出てくる手鏡って一体何?」
栗村「ああ、結局明かされなかった謎の1つだね。まあ、幾つか考えられるんだけどヒントとしてポイントを上げておこうかな……」
七瀬「偉そうね」
栗村「そっかな? まあ、自分の設定解説するのもなんか言い訳がましいじゃない? だから各人で考えるってことで」
七瀬「で、ポイントってのは?」
栗村「真一郎とさくらが花摘と一緒に鏡の魔を倒した時最後にどう処理してた?」
七瀬「鏡の魔をってことよね?」
栗村「そう」
七瀬「……! あ、じゃあもしかして……最後の合わせ鏡の一件とかも……」
栗村「あはは……まあ、そこら辺は読者が読み取ったことが真実だよ。私としては本編で語った事がすべてだし」
七瀬「もっともらしい答えよね……で、どうして私が今回のエピローグに出て来ないのよ?」
栗村「それはもちろん。真一郎との未来に関しては私がでしゃばるようなことじゃないからね。みんなの中でどう幸せにしてあげたいかって違うだろうし」
七瀬「でも、個人的には自分の書いたあれやあれに続くってイメージで書いたんでしょ?」
栗村「……のーこめんと(笑) ま、さくらで終わらせたのは実はプロローグがさくらだったからって話もあるし重要人物なのに夢の中しか登場シーンがなかったからって言うのもある(苦笑)」
七瀬「……さくらにはお世話になったし妥協しといてあげるか。さてとそろそろ私は真一郎とデートだから、行くわね」
栗村「あ、それじゃそろそろお開きだね。後書きも」
七瀬「うん、みんな、また会おうね!」
 
最後に、この作品を上げるに当たってチャットなどで感想してくれたり協力してくださったとらは倶楽部のみんなに感謝。
特に水凪さんには後半ほとんどの作品を上げる前に読んでもらって感想をいただき、大変感謝しています。
そして、ここまで読んでくださった読者の皆さんにも大いに感謝を。
この作品に感想くださった人にはさらに大きな感謝を。
 
2000.2.24 栗村弘
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