ノイズに愛を込めて
外は耳が痛くなるような程の寒さに包まれていた。
ほぅとついた溜息は白い色彩を撒き散らして消えて行った。
どうも、こんな日にはセンチな気分になってしまうのかもしれないなあ、と少しだけ苦笑いする。
今日は大晦日、あの人とわかれて既に半年以上が過ぎていた……。
電話が鳴った。
「あら、今頃誰かしら?」
おっとりした口調で言ったのは槙原愛。俺のただ一人の従姉妹さんだ。
「あ、俺が行きますよ」
席を立とうとした愛さんを制して俺が立ち上がる。
「そうですか。お願いしますね」
にっこりと笑う。
俺は一瞬だけ同じように微笑みを顔に浮かべると急いで電話に走り寄った。
ちょっとした予感が有ったのだ。
ゆうひが今この瞬間、俺に電話をかけてくるんじゃ無いかと言う、少しの希望の入り混じった予感が。
「はい、さざなみ女子寮です」
「もしもし、耕介……くん?」
「ゆうひ……」
その声は毎日俺が聞きたいと思って止まない声。
大好きで、だからこそ、哀しい声。
「ははっ、やっぱりゆうひか……」
「何笑うんや……せっかくウチが電話した言うのに」
そのとき俺は、想いが溢れ過ぎて、笑うしかなかったんだ。
「こめん、なんとなく、ゆうひからかかってくるような気がしててさ」
「ん……そか」
ゆうひが向こう側で微笑んでいるような気がした。
「なんか……嬉しい、な。こんだけ遠く離れとっても、ウチらはつながっとるんやね」
「ああ、そうだね」
こんなときにもっと気の効いた言葉が出て来ないのかと少し情けなかったけど、ゆうひはそれでも喜んでいるとわかった。
「そっちはどう?」
「順調や。ほんま、皆優しいし、言葉も大分わかるよになってきたし、な。……正直日本語が懐かしいけどな」
「関西弁の方が良いんじゃ無い?」
「あはは、そりゃそやけど贅沢は敵や」
ゆうひは少し押し黙る。
「ウチは、こうして耕介くんの声聞けるんが一番や……」
「俺も……。本当は側にいたいけど。……ゆうひ、頑張れな」
「うん、今日大晦日やろ? 約束……覚えてる?」
ゆうひの言葉に、俺は少し焦った。
“約束なんて、してたっけ……”
「ごめんな、ウチが言ったことなのに。……側に、居れんで」
泣き声のような、湿っぽい声。
あ……。
『来年もきっと、こんなふうに一緒に新年を迎えような?』
去年の大晦日に二人で抱き合っていた時の、その言葉。
“ゆうひにとってはきっと、大事な言葉だったんだろうな”
「だから、か……」
「うん、声だけでも……側に居たかってな」
胸の奥が熱くなる。
『覚えててくれた?』
その時、少し遠くの方でそんな声が聞こえた。
「ゆうひ?」
可愛らしい女の子の声はどこと無くゆうひに似ていた。
「ウチやあらへんよ……どこかと混信しとるようやね……」
『うん、もちろん』
今度は男の子の声だ。
「くすくす、なんや可愛らしい感じの男の子の声やの」
ゆうひは少し気分が持ち直したのかもしれない。
「恋人同士かな?」
『…………窓の見えるところにいる?』
『ん、窓際』
「そうかもしれへんね。きっとウチらと同じで、今、会いとうても会えないんやね」
ゆうひの声音は少し柔らかく、俺はゆうひが悲しいだけでそう言ったんじゃ無いってわかった。
「そうだね。俺らと同じ。今この時に、一緒に、側にいたくて……だから、声を届けるんだ」
その間にもどこかの恋人達の会話は続く。
『……不思議、離れてるし匂いもわからないのに、今、ちゃんと同じものを見て、同じ時を過ごしてるってわかる……』
『…………』
「そやね。側におれんでも、気持ちは通じる。……この子達も幸せになるとええな……」
「俺は今、ゆうひが側に居るって感じられるよ……」
「ふふ、ウチもや……なんや、暖かい気ぃまでしてきたわ」
ゆうひの吐く息が微かなノイズになって俺の鼓膜を震わせる。
「もうすぐだね……」
「ん、ウチはそっちの時刻わからへんから耕介くんからカウントダウンしてな?」
いつのまにか、どこかの恋人達の会話はノイズに紛れて聞き取れなくなっていた。
「30……29……」
俺の声に合わせるように、ゆうひは続け、またその後を変わるように二人は数えた。
「4……3……」
「……1……」
「「ゼロ!」」
「あけましておめでとう、耕介くん」
ゆうひの明るい声が飛び込んでくる。
俺は、ゆっくりと自分の想いをそのノイズにまで込めるようにゆうひに伝えた。
「あけまして、おめでとう。ゆうひ、来年も再来年も、一緒に年を越そうな……」
少しの間が有って、それからゆうひが応えた。
「……うん、うん……耕介くん……大好きや」
俺の想いが伝わったのか、ゆうひの声は切なくかすれた。
「俺も、大好きだよ……」
離れていても、気持ちだけでも側にいる事は出来る。
世界中どこだって、声は届くんだから。
な、ゆうひ……。
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