心地よい微風が俺の頬を撫でていく。
どうして、俺はこんな場所に来てしまったのだろう。
生まれ育った町を離れ、こんな遠くの町まで……。
「……い……」
耳の奥に少女の声が聞こえた気がした。
馬鹿馬鹿しい、聞こえるはずが無いのだ。
そんな声など。
俺はあの、人の退廃が淀んだような町で生まれ、そして、その中でだけ通用する方法で生き延びてきたのだ。
今更こんな町に出てきても俺にやれる事など無いのに。
「澄んだ空気だ……」
それが、妙に癪に障った。
町角を行き過ぎる少女達は皆晴れやかに笑っている。
俺は、公園のベンチに座り、行き過ぎる少女達を眺める。
一人の少女が俺の視線に気づいて、ぞくりと背を震わせると行ってしまった。
やれやれ、つい、品定めをしてしまったか。
俺の仕事は育て屋だ。
客の要望に応じた素材を見繕って、それを磨き上げるのが仕事だ。
だが、素材となる娘たちは、この町では誰一人俺については来ないだろう。
ここは平和な町なのだ。
もし、そんな事をしたら、俺はすぐに犯罪者として牢屋行きだ。
「……マスター……」
立ちあがって、その土地を去ろうとしたとき、俺は確かにその声を聞いた。
一人の少女が壮年の男に寄り添い、笑みを浮かべて歩き去って行く。
その面影に俺は声の少女を見た。
走馬灯のように蘇る多くの記憶。
育て上げてきた多くの少女達との記憶の奔流が、俺を一瞬押し流した。
そして、もっとも印象深かった彼女の記憶で流れは止まる。
「行きたくないよ……」
一言だけ聞けた、少女の声。
そうか、そうか……。
俺は、ようやく、自分が何故こんな町に来たのか悟った。
俺はもう1度、その澄んだ空気を吸い込み、消えて行った二人を眺めた後、予定より早い帰路についた。
俺には、似合わない空気だ。
その事を実感して、俺は少し笑った。
……パソコンを起動するとおなじみの声が俺にメールの着信を知らせてきた。
「マスター……」
切なげな少女の声が、俺を呼ぶ。
さあ、仕事だ……。
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