とらいあんぐる八犬伝
第61話 信
いつだって、ずっと怖いと思っていた。
自分の中に、とても嫌な自分がいる事に気付いて。
だから、人に強いとか誉められるのがひどく辛い事もあった。
「あなたたちは、そんな事を言って本当に強くなろうとした事があるの?」
そんな台詞を昔吐いた事がある。
荒れていた頃の話だ。
そんな自分に対しての誉め言葉など、お追従やおべんちゃら以外の何ものでも無い。
でも、本当はこう問い掛けたかったんじゃないかと思いかえす。
「本当の強さをあなたは知っているの?」
護身道に打ち込むようになってから、それは余計に瞳の心にあり続けていた。
皮肉な事に、護身道という目標が出来、礼節をもって行動するようになってから、周りの評価はまた、以前の優等生の物に変わった。
瞳の内面を見ない、非常にいいかげんで表面的な評価。
瞳さんは強い人ね。
千堂は決断力がある。
あなたたちは自分の何を知ってるというのか、と瞳は聞き返したくなる。
強いと言われる裏で、瞳が、その目標に向かってずっと鍛練を続けている事。
決断した後、ずっと本当に良かったのかと悩んでいる自分がいると言う事。
そんな事も知らない彼らに軽々しく言われたくは無かった。
自分の辛さが増していく。被らなければならない仮面はどんどん重くなっていく。
自分と周りの見る自分とのギャップ。
特に、正しさの為に自分の心を押し殺す事の多い瞳の決断は、自分の心さえ欺く。
それは瞳にとって上辺だけの強さ。
自分の心が強いわけではない事を思い知る時。
本心では望まない事をさも偉そうに口にする自分が時折、何より許せなく感じる事がある。
正しい事をしている。
それだけが、瞳にとっての救いだ。
自分が信じる正しさのために、行動する事が。
でも、極限の状態に置かれた時、それが、自分にとってどれだけの意味をもつのか。
瞳には自信がなかった。
自分が、怖かった。
こうして目の前に自分の弱さを形として叩き付けられて初めて、瞳は自分がそのことからずっと逃げていた事を知った。
「真一郎を、殺したくない。それぐらいだったら、世界が滅べば良い……」
自分の声音でそう語られるのを、瞳は呆然と見つめていた。
「どうしたの?」
『瞳』の声にはっと我にかえる瞳。
「……あなたは、私の偽者ってわけですね」
瞳は、落ち着きを取り戻そうと敢えて押さえた声で話し掛けた。
「丁寧な言葉つかったって、私はあなたなのよ?」
心の内を見透かされたような気がして、瞳は思わずかっとする。
「問答無用!」
瞳が、投げをうとうと懐に手を伸ばした。
ずだあん。
「う、ごほっごほっ」
投げられたのは瞳の方だった。
「覆い面……私を恐れてそう呼ぶ人もいるし、尊敬して言う人もいる。どう? 自分に投げ飛ばされるのは」
癖のある動き。
自分の好む戦いかた。
瞳は、相手が自分なんだという事を強く意識する。
「あなたは私なんかじゃありません!」
それでも、それを否定する瞳。
否定しないわけにはいかなかった。
自分の中の暗く弱い心を肯定する自分を。
「嘘吐き。わかってるくせに。私こそ本当のあなたなんだってわかってるくせに」
「違う! 私はそんな事考えていない」
「嘘吐き、考えてないわけないじゃない。真一郎の事大好きなのに、彼を殺しても良いなんて絶対おかしいよ。だって、私にとって真一郎は何より大切な人だよ……」
瞳の胸が揺れる。
「まだ迷ってるものね。いつもずっとそう。私って自分が大嫌い。凄いとか言われていやだと思っているのにありがとうなんて言ってる自分。そのくせそう言われないと不安でならない自分」
反論できない……。
皆本当の事だったから。ずっと自分でそんな醜い自分はいやだと戒めてきた事だから。
「決断力があるなんて言われても、私は決めたその後でもずっと悩んでるのに。大義名分とか、理想とか、そんな言葉で誤魔化して、いつだって自分の本心じゃないくせに」
「そんな事は、ありません!」
「まだ、そんな言葉で取り繕う気? 私はあなたなのに、だって、いまでも感じる……必死に自分の『正しさ』なんてものにしがみつこうとしてる可哀相な私」
「正しいことで何が悪いの?」
「じゃあ、正しい事に何の意味があるの? 他人が誉めてくれる? 自己満足? それとも馬鹿みたいに正義は必ず勝つなんて信じているの?」
「何かの為なんかじゃない……」
「それはただの暴力というのよ。瞳」
詭弁。
本当は、瞳にも、それは分かるはずの事。
ほんの少しずつ少しずつ、瞳の心は捻じ曲げられているから気付かない。
「逃げ続けているくせに。いづみさんを見てみなさいよ。真剣に自分の心に向き合ってる。その上で強くなろうとしてる。瞳、あなたが彼女に適うの? 真一郎の恋人になりたい、いくらその気持ちが強くたって、それでふさわしいと言えるの?」
瞳の視線の先で、想いを叫び、それを恥じないいづみの姿が見える。
「真一郎を殺すという言葉を口にしても、実際にどうなるか考える覚悟すらないくせに」
『瞳』は怒りを込めて、『自分』を睨み付ける。
「真一郎の、首筋に手を添えて、ぐっと力を加えていく。驚きに満ちた真一郎の顔。添えられた手が……」
突然、生々しく描写し始めた自分の言葉に思わず、恐怖で瞳は錯乱する。
「止めて! 止めてよ……」
顔を背け、もたらされた興奮を荒い息とともに吐き出そうとする。
「なんで、そんな酷い事が言えるの……?」
「その酷い事をしようとしてるのは誰よ! 瞳、あなたは本当に真一郎の事好きだって言えるの?」
「あ……」
「私は言える。大好き、真一郎が大好き。もし、世界が真一郎のことを拒絶するなら私は世界を敵にまわして見せる!」
瞳の胸は痛み続ける。
自分には『瞳』ほどの何ものをも顧みない潔さが在るのだろうか。
適わない。
心に芽生えるかすかな敗北感。
唯子のまっすぐな想いに打たれたあの時と同じ。
「自分にとって一番大事なものを護りたい。それだけじゃない。おかしいのはあなたの方でしょう? 瞳」
「それだって自己満足じゃない……」
混乱する。言葉は、もう、想いとかけ離れていく。
違う、何かが違うと頭の片隅にあるのに、それはまとまらない。
あるいはここに蔓延する負の空気のせいだったのだろうか。
「自己満足と、本当に自分が望むものが同一であるとは限らない。あなたは自分の本心にすら嘘を付いている」
簡単に『瞳』に返されて、その内容さえ頭に受けいれられない。
「でも……」
慈悲を求めて、『瞳』を見上げる。
「真一郎のいない世界にあなたは耐えられるの?」
心が瓦解する。
自己の崩壊。
がっくりと、膝を折って瞳はくずおれた。
シンイチロウノイナイセカイ……ソレナラワタシハ……。
「あなたは私。さあ、私と一緒に真一郎を護ろう……」
ワタシハ……アナタ……。
シンイチロウ……。
ダイスキ……。
『瞳』がにやりと笑みを浮かべた。
「うひひひひ。良いねえ。人を支配するってのは。体を操るにしろ、心を奪うにしろ」
シフが瞳の様子に舌なめずりする。
「裏切りに、不信。葛藤、後悔……人を支配するだけでこんなにも多くの負の感情が出てくるんだからねえ」
シフは支配するという事に取り付かれた女だ。
好んで使う術はいずれも他人を支配する類の術。
他人を支配する事で悦びを得る女なのだ。
「ここまでは、予定調和だ」
だから悦に入っていたシフは主の呟きのような声が良く聞こえなかった。
「は? 何かおっしゃられましたか? ゼオ様」
「いや、何でも無い。それより、お前はそろそろあの二人に決着を付けてこい」
「ご存知でしたか……」
シフが恐縮する。
ゼオには黙って話を進めていただけに、ゼオの静かな態度がそら恐ろしく感じる。
「しかし、まだ、さくらが残っています。こちらを片づけない事には」
「どうせすぐに何もかも終わるのだ。さくらには私を楽しませてもらうからな」
シフは、この顛末を最後まで見れないのは残念だったが、主の意向には逆らえない。
「はい、わかりました。ゼオ様のご随意に」
殊勝に一礼して、その場を辞する。
“ふふっ、まあいいさ。あの男に仕掛けたものをそろそろ使うとするかね”
考えていると次第にシフは愉快な気持ちになってきた。
“どうやって、あの二人を嬲り殺そうか”
そんなシフを、ゼオは薄ら笑いを浮かべて見送った。
しゅっ。
動く影が現れて、びっくりして弓華は飛びすさった。
「なんだ、ねずみが驚いて飛び出しただけか」
火影も緊張しているらしいな、と弓華は微笑ましく思う。
今、自分達に余裕はないはずなのに、こうして火影と一緒にいる事で、弓華は幸せを感じていた。
にゃぁ。
ネコが、まだ部屋の真ん中で体を毛繕いしている。
なんだか、妙に落ち着いた雰囲気だ。
また笑ってしまいそうになって、弓華は、はて? と思う。
もう一度部屋を見回して見る。
「どこにも、出口がないですね……」
「ああ、多分、シフとかいうやつを何とかしないと抜け出せないんだろうな」
「……ええ、そうですね」
あれから、何度か人形のような物を見つけて破壊して見たが、何も起こらなかったので違うだろうという結論になった。
ネコも殺して見ようかという案が出たが、出来ればそれは最後にしたかった。
なぜなら、出口がない部屋の真ん中でネコに死なれているのは非常に気分が悪い。
それに、わざと殺させようとしているように感じられる。
あのネコはどちらかというとまず間違いなく罠だと感じられた。
「探すしかない。手を止めずに頑張ろう弓華」
「あ……はい」
弓華が、考えを振り切って、再びがらくたの山に手をかけた。
ふと、30センチぐらいの木切れに弓華が興味を引かれる。
「なんだか、匂いがします」
弓華の声に向き直る火影。
「ああ、それは鰹節だな。魚の干物みたいな物だな」
「へえ、これが魚なんですか」
弓華が驚いた顔をする。
弓華は、子供の頃から、残念ながら家事をする機会などめったになかったし、鰹節は意外と日本以外では珍しいものだったりするからだ。
少なくとも弓華のいた地方では、使用されていなかった。
嗅いで見ると確かに魚の匂いがする。
「今はとりあえず関係無いな、帰ったら、弓華に料理を作ってもらいたいな」
「え、私にですか?」
思わず、鰹節を握り締めて火影を覗き見る。
「そうだよ、君の料理が食べて見たいんだ」
「……下手ですよ」
「ああ、弓華が作るならどんなものでも良いんだ。幸せを味わいたいんだ」
「……判りました。頑張って見ますね」
弓華は鰹節を投げ捨てる。
帰らなくちゃいけない約束がある。
再び、作業に取り掛かった弓華の耳に変な音が聞こえた。
がりっごり。
振り向いて見ると、猛烈な勢いでネコが鰹節にかじりついていた。
弓華は呆然と見ていたが、歩いていくとネコの前の鰹節に手を伸ばした。
しゃっ。
「痛っ」
ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅ。
ネコが餌を取られると判って弓華の手の甲を引っかいた。
弓華はその流れる血を見て立ち尽くす。
「何してるんだ弓華?」
火影が近寄ってくる。
弓華の足元ではまたネコが鰹節と挌闘し始めていた。
弓華が辺りを見回す。
そして、『それ』を見つけた。
「判った、判ったよ火影……」
「え?」
火影がなんの事だろうと、弓華の顔を覗き込んだ。
ギラリとした、戦いの目を弓華はしていた。
その時、突如として部屋の中に禍々しい雰囲気が満ちる。
「これは?」
反射的に二人が、その出所に目を向ける。
シフが姿を現していた。
「おのれ、妖怪め。とうとう、私達を殺しに来たのか」
火影は死ぬ気など毛頭なかったが、状況が悪すぎる。
「そう焦るんじゃないよ、美男子。あんたらにはその前にたっぷりと楽しませて貰わなくちゃならないんだからね」
「もうすぐあなたは死ぬ。楽しむ事など出来ない」
弓華が自信たっぷりに、シフに言い放った。
「何? くくくっ。面白い冗談だね。でも、その台詞はこれを見てから言うんだね!」
シフが左手を上げる。
ざすっ。
火影の左手が無造作に、狼牙丸を抜き、弓華に切り付けた。
「うあっ」
弓華が、弾かれたように転がって倒れ込んだ。
「弓華!」
火影の、身も世もない悲鳴。
だが、弓華はよろよろとしながらも起き上がる。
服とともに切れて垂れ下がった鎖帷子がじゃらりと音を立てた。
「ふふふ。恋人に切り付けられた感想はどうだい。……たまんないねえ、その表情だよ。私が見たいのはさ」
「貴様!」
火影が、切りかかろうとシフに体を向ける。
「無駄だよ。さっきあんたの肩に傷を付けた時、中に糸を入れたんだ。あんたはもう私の操り人形なのさあ!」
びくんと震える火影の体。
「ああ、あがああああ」
ゆっくりと、向き直ってくる火影を見て弓華は戦慄する。
まだ体は本調子では動かない。
“あれは……”
もう一度、『それ』を確認する。
火影の体が邪魔だった。
「くっ……」
火影の体を無視すれば、何とかなったかもしれない。でも、今の弓華にはそんな事など出来るわけが無かった。
がきん。
なんとか一撃目を弓華はしのぎきった。
だが、体勢が崩れたままだ。
打ち合わずに滑り込むように、体を預けて床へと転がり込む。
「ぎにゃっ!」
足がネコに引っかかって、驚いたネコが悲鳴を上げて逃げ出した。
といっても、タンスの上に戻っただけだが。
一方火影は、操られるまま、再び弓華に向かって狼牙丸を突き出す。
「ほら、楽しいじゃないか。女、裏切られた気分はどうだい。自分の手で愛する女を狩る気分はどうだい色男」
シフは嬉しそうに高笑いしている。
そのせいか、火影の動きに隙が出来た。
でも、一方的に追い込まれていた弓華には体勢を立て直すのがせいぜいの間だった。
だが、ここでもし体勢を立て直さなかったら間違いなく次は切られているだろう。
そう考えるとありがたい隙だった。
「感じられるよ、お互いの気持ちがだんだん、すれ違い始めるのをさ。どうにもならない現実にもてあそばれて、相手を恨み始めるのをさ」
そうしようとした弓華の耳に聞こえたシフの台詞。
そして、思い出した言葉。
弓華は、火影に背を向けた。
その背に火影の刀が迫る。
弓華が、冷徹な瞳で『それ』を見つめた。
その瞬間シフはようやく、そのことに気付いた。
弓華の手から、『それ』に向かって礫が飛んだ。
だが、火影の攻撃の方が僅かに早いようだった。
ぐしゃ。
そんな音を立てて、礫がシフの本体だったねずみの体を貫いていた。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああ」
シフが断末魔の叫びを上げる。
120年の間、吸血鬼と人間に脅威となり続けた、希代の魔女も、ここにそのあっけない幕切れを記す事になった。
そして同時に、火影を操っていた糸も消失する。
まさしく糸を切られた操り人形のごとく、床へと倒れ込む火影。
「大丈夫ですか?」
そこに、柔らかい笑顔の弓華が声をかけた。
まさに間一髪だった。弓華の首筋には、軽く切り付けられた血が滴っている。
「君は! 君はなんて言う事をするんだ!」
あまりの事に涙まで浮かべて、火影は弓華を抱きしめた。
「……信じてましたから。火影の事を。そして、あの言葉を」
「え?」
火影が、何のことだと弓華の顔を覗き込んだ。
「これからは私を信じてくれないかな。絶対に君を守って見せる……そう言ってくれました」
火影には、自分が、必死になって抵抗したから、あの瞬間僅かに弓華の攻撃のほうが早かったのかはわからなかった。
だが、弓華が信じてくれているなら、それで良いと思った。
じゃら。
ぽとりと、二人の間から何かが転がり落ちた。
「これは……!」
拾い上げた弓華が、驚く。
それは、くっきりと信の文字が浮かびあがった光り輝く珠だった。
「どうしてですか! どうして私達が戦わなくちゃいけないんですか」
いづみの叫びに瞳が棍の一振りで答えを返す。
それはいづみの体のぎりぎりの所を通過していく。
『八房』の力は借りられなかった。
手加減が出来ないのだ。
このまま戦えば、瞳を殺してしまう事になる。
真一郎と違って、自分の心に敗れただけだ。
正気に戻る可能性はまだまだ、あるはずだった。
「私達が、互いに相容れない想いを持っているからよ」
ばしっ。
瞳の持つ棍と、いづみの持つ『八房』がぶつかって重い音を立てた。
『八房』を持つ手にしびれが走って、いづみが顔を顰める。
瞳の方にはなんのダメージにもなっていないようだ。
「千堂先輩。本当に好きなら……負けないでください!」
いづみの声が届かないのか、瞳に変わった様子はない。
「はっ」
巻き込むように打たれた棍を受け損ねていづみが地面に叩き付けられる。
「こんなこと、本当に相川が喜ぶと思っているんですか!」
「いづみさんこそ、そんな事をしていいと思っているの?」
瞳が見下すように言う。
「……でも、これは仕方ない事です!」
いづみの、悲しみを押し殺すような声。
「そう」
瞳が辛そうに棍を頭上に振り上げた。
黒く染まった水晶球が七瀬の想いもどす黒く染めようとしている。
「いや、真一郎、真一郎!」
その叫びに、真一郎は答えてくれない。
実体化している体が徐々に闇に覆われていく。
さくらはそれを見ながら、痛む頬とそれ以上に痛み続ける心にまだ立ち直る事が出来なかった。
「馬鹿……さくら。あんただけなんだから……」
七瀬が苦しみの淵からさくらに切れ切れの言葉を送る。
「七瀬先輩……」
思い出したように、辺りを見回すさくら。
いづみと瞳は対峙したままだ。
七瀬は、押し寄せる闇に必死に耐え続けている。
『さくら』は倒れ込んだままびくともしない。
腹部からの出血はまだ止まっていない。
“戦えるのは私しかいない……”
判っている、そんな事は確認するまでも無く、わかっていた事なのだ。
でも、自分は果たして、先輩に立ち向かう事が出来るんだろうか。
助けて欲しい。
そんな弱い心が表に出て来てしまう。
「野々村先輩……」
僅かの期待を込めて、さくらが呼びかける。
「出来ない……出来ないよ……さくらちゃん……」
優しい先輩には、最初から無理だったのだろう。
“強制なんか出来ない”
“巻き込んだのは私たちなんだから”
優しい先輩。
さくらが憧れる、人の姿を持つ人。
さくらは“せめて野々村先輩達だけは護らないと……”と立ち上がる。
痛む胸を押さえて、大好きな人の姿を奪った悪魔と戦う為にその一歩を踏み出した。
「さくらちゃん……」
さくらが立ち上がって、向かっていくのを小鳥は呆然と見ていた。
好きな人が皆いなくなっていく。
真一郎とさくらが戦う所なんか見たくなかった。
目を逸らしてしまう小鳥。
どうしてこんなことになったんだろう。
ここはいつもの私の部屋で、本当は私は寝てて、ちょっと悪夢を見てるだけ。
そんな事なら、良かったのに。
小鳥は、もうくしゃくしゃになった顔にまた涙が伝うのを感じる。
「いやだよ、こんなの……」
小鳥は、手の甲で涙を拭った。
その時、
声がしたーー。
「……聞いて、私の大好きな小鳥……」
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