Vol.3    Candra  ─月─

              テラの太平洋シップベースを離陸した月直行便のスペース・シャトルは真っ直ぐにクレーターに向かって下降していく。

              立ち寄った地下都市のシャトル・ポートで乗っていた乗客の殆どが下船している。

              このクレーターの真下に広がる悪名高き都市は“月宮─チャンドラ・マハル─”

              一世紀以上昔に開拓民として送り込まれた各国の死刑囚、終身刑の受刑者、時には政治犯までもが過酷な生活条件の下で地底都市の造成に携わり、テラを望む月面の丘に骨を埋めた。

              地底に広がる鉱物資源に目を付けた商社が自社のエージェントを送り込み、その後エネルギー会社、運輸会社が次々に参入し、各国が利権の争奪戦を繰り広げ…その抗争終局の果てに現在の月都市の繁栄が築かれた。

              30年に及ぶ国家間抗争の間に、最初の開拓民となった犯罪者の子孫達は創生期に造営された月面基地を拠点に選んだ。

              ここではテラの法律も秩序も通用しない。

              彼らは自分達を“月の種族─チャンドラ・ヴァンシャ─”と呼んだ。

              今では犯罪者の隠語として使われている。

              テラで法を犯し手配された者達が闇ルートで密航し、テラのアンダーグラウンドとも連携を持つようになった。

              こうしてチャンドラ・ヴァンシャは勢力を増し、今では逆にテラの犯罪組織を支配するまでになっている。

              月宮は、まともな…俗に言う“かたぎの人間”が降りる場所ではなかった。

              テラでは廃墟として記録されている。

              YOUが取得した月への旅券も地下都市の首都ソーマまでだった。

              だが廃墟であるはずの都市までシャトルは行き着いた。

              チャンドラ・マハルのポート・ターミナルはエネルギーシステムが機能していないのか所々照明が切れていて薄暗かった。

              酸素だけは供給されているが、空気清浄機もまともに動いていないらしく黴臭い。

              だだっ広いラウンジに人は閑散としている。

              床がめくれ壁に亀裂が入っている。

              手荷物用のコンベアは錆び付いてカウンターは閉まっている。

              職員の着衣も古ぼけて汚れている。

              ソーマからの超過料金を払って到着出口に向かう。

              チェックインカウンターで手をかざし指紋と静脈を登録すると後は何の審査もない。

              セキュリティチェックも健康チェックも薄汚れた案内版に記されてはいるのだが…職員は誰もいない。

              何年使っていないのか、カウンターはゴミだらけで荒れ果てていた。

              テラの清潔な空間に慣れている目には、どこもかしこも汚れていて、漂う臭気が鼻を突く。

              聞きしにまさる…ごくりと喉が鳴った。

              「YO〜U〜さん?」

              「え?」

              小柄な黒髪の男が立っていた。

              黒いズボンに一昔前に流行った青いサテンにロゴを刺繍した派手なジャンパーを着ている。

              どう見ても…カタギじゃない。

              「ホントに来たんだ〜!ボンボンにしちゃ良い度胸してるわね〜…まあ来てくれないと商談が成立しないから困るんだけど」

              「あの…君は?」

              「あ、申し遅れまして…アタシ、テツロー。テッちゃんて呼んで」

              おかま言葉でにっこりと微笑んだ。

              「Gは…来ないの?」人影はまばらなので、わざわざ見回す必要も無いのだが…

              「立場ってもんがね…そりゃあアンタは近頃にないビッグなお客だけど、ボスが自分から迎えにくるっていうのはちょっと」

              「ボス?」

              「そうよ〜、見た感じでわかんない?もっのすごく威圧感あったでしょ?」

              思わず頷く。

              「何でボスが委託のクローン運搬業者なんてやってるの?」

              相手の馴れ馴れしい態度に思わずこちらも砕けた口調になる。

              「そりゃ商品の見定めは他人には任せないわよ。セクサドールって素材の見た目で100%決まりなんだから」

              こっちだ…と手招きしながらサテンのジャンバーが歩き出した。

              慌てて後を追う。

              ボコボコになったシャッターが半分降りたままのセンターゲートを潜るとテラ製の高級車が停まっていた。

              脇に立っていた黒ずくめの男が車中に合図する…とドアが開いた。

              「どうぞ」

              言われておっかなびっくり乗り込む。

              隣に“テッちゃん”が斜坐りで躯を寄せてきた。

              押し戻そうとした時…

              助手席に座った男が“テッちゃん”を振り返った。

              「出していいですか?」改まった口調だ。

              テツローが頷いた。

              強面のドライバーが車を発進させた。

              見掛けによらず…この出迎え人は偉そうだ。

              灰色の塵芥が舞う中を車はフワリと浮き上がり一気に加速した。

              ウィンドウには遮蔽ラップが貼られ外は見えない。

              やがて下降すると、強面のドライバーが振り返った。

              「テツローさん、着きました」

              ドアが開いてテツローが先に降りた。

              「アンタ達、今日はもう帰っていいわ」

              皺になったジャンパーを引っ張る。「ついてきて」

              誘われてYOUも車から降りた。

              「うわっ」思わず鼻を覆う。

              さっきまでのポート・ターミナルなど問題ではない。

              “空気が腐っている…”

              「ちょっと饐えた臭いがするけど、中に入ったら少しはマシだから我慢して」

              ただの饐えた臭いじゃない、これは腐臭だ。メタンガスだ。

              吐き気がしてくる。

              眉をしかめながら導かれるまま正面の廃工場に入る。

              エレベーターは軋んだ音がした。

              それがどんどん降下していく。

              “落ちないだろうな?”背中を粘い汗が伝う。

              「うわっ!」ドンと下から突き上げて停まった。

              グッググ…鈍い音がして、右横に滑り出した。

              傾く身体を汚れた壁に押し付けて支える。

              案内人はふらつくことなく立っていた。

              「最初に開拓された廃坑なのよ。掘るだけ掘って全部テラに吸い上げられて、何にも採れなくなったらポイよ。こんな所しかアタシ達の住処は無いの」

              テツローは自嘲気味にフッと笑った。

              「でも着いたらちょっと驚くわよ」

              ドアが開いた。

              眼前に眩い光に照らされたメタリックの廊下が現れた。

              床には厚いカーペットが敷かれている。

              クリスタルの遮光ドアが開いた。

              あの香水の香りがした。

              “G…”

              「ようこそチャンドラ・マハルへ。招待を快く受けて頂いて嬉しいですよ」

              あの時のままの…穏やかな表情を浮かべた青年が同じような黒衣を着て立っていた。

              差し出された右手を握る。

              “うっ!”握り返す力は半端じゃない。

              「紹介しましょう、我がファミリーbPのドクターです」

              奥から金色の長髪を無造作に束ねた痩身の男性が歩み寄った。

              「“C”と呼んでくれ。あんたのセクサドールの担当責任者だ」

              「すっごくいい出来よ〜。あんな綺麗な仔めったにないもの、ホントにお客さん目が高いわ〜」

              テツローはジャンパーを翻し、奥のドアに向かう。

              「ドク、今日引き渡すんでしょ?」

              「そのつもりだが…そちらの都合は?」

              細い金髪がさらりと白衣に掛かった。

              「連れて帰れるんですか?」

              「ああ、既に培養液が無くても外気に対応できるように処置してある」

              脳以外全て破損した場合、全身はクローン体となる。

              その場合、外気中で生活できるよう皮膚から内臓器官まで適応処置が施される。

              クローン治療が著しい進歩を遂げた現在、死亡原因の一位はノイローゼによる自殺だ。

              抗鬱剤の開発により精神障害は減ったものの、ストレスを抱えた現代人の突発性暴虐行為は自殺も他殺も…確実に増加している。

              従って次が殺人…移植治療が不可能なまでに破損しているケース…例えば脳を掻き出すとか骨も残さず強酸で溶かすとか…が殆どだ。

              その次が老衰…これは脳機能の老化によるものだ。

              脳はクモ膜下出血や血栓、血管瘤の場合のみ、その部分が移植されるが、それ以外の場所がダメージを受けた場合の移植はできない。

              老化や薬物乱用による脳萎縮も治療できない。

              つまり脳死となる。

              元々クローンの脳の中身はからっぽなのだ。

              その中に“記憶”をインプットする――セクサドールとしての…

              「ダウンロードした中にあんたのデータが入っている。マサはあんたをマスターと認識する。いつでも連れて帰れるよ」

              「マスター…」

              「ああ、呼び名は今後の調教で何にでも変えられるから。ご主人様でも旦那様でも…」

              「はあ」

              奥の部屋に通された。

              ステンレスの台に全裸のマサが眠っていた。

              半透明な乳白色のクリスタルで覆われている。

              「声をかけて、音声を記憶させる」

              「あ…」戸惑いを見せた客をテツローが、すかさずサポートする。

              「名前を呼んで。一番最初に名を付けた人がご主人様よ」

              「…Ma…sa…」

              クリスタルの中に金色の光がスパークした。

              「これで最終処理まで全て完了です」後ろから低い声がした。

              「テラに戻られたら残金を振り込んでください」

              「あ…一つ聞いてもいいですか?」

              「はい?」

              「あの時どうして…俺を管理棟内部に入れてくれたんですか?」

              ずっと気になっていた。

              そう、あの時…彼に背中を押された──

              確かに邪な性衝動はあった。

              だが、あそこで…Gによってここに眠る黒髪のクローンを見せられなければ…現実に手に入れたいとは、セクサドールのオーナーになりたいとは思わなかった。

              あの時の自分はどうかしていた──口火を切ったのはこちらなのだ。

              病院を出て、すぐに後悔した。

              担がれたのではないか?…それならそれでいい。

              無かった事にしよう…そう思っていた矢先に連絡が入った。

              添付された動画に“目を開けたMasa”が映っていた。

              売買契約に同意するなら半金を振り込めという内容だった。

              もし破棄するなら、このクローンは一般市場に…奴隷市の競りに掛けるという。

              疑心は当然あった。

              闇の犯罪組織と関わるという恐怖も強い。

              それでもMasaの見開いた漆黒の瞳が、じっとこちらをみているような気がして…すぐに指定先に金を振り込んだ。

              折り返し月宮への招待状が送信されてきた。

              楽団事務所には休暇届を送り、指定日時のシャトルを手配してここに来た。

              「確かに頼んだのはこちらです…でも」

              「誘拐しようと思っていました」

              「は?」

              「搬出用のパッケージに詰めてクローンとして月へ送ってしまおうと。チャンドラ・マハルに拉致してしまえばテラの警察は手出しができませんし、その大事な商売道具の指でも切って送りつければ身代金は取り放題…一瞬そう思ったのですが…」

              自分でも血の気が退くのが解る。

              「止めました」

              穏やかな口調は一転して威圧感を増す。

              「あなたはその年でかなりの有名人だ。地位もあり、人脈も幅広い。いずれ相続される私財は半端じゃない…我々には試算すらできない金額だ。これは将来にわたって親しくお付き合いした方が遙かに得策と考えました」

              黒衣のポケットから銀のチェーンを出した。

              「あなたは厚生省にクローンを預けていると言った…かなり反骨精神がおありだ。大成功しているのに現在の生活に不満がある。これは揺さぶってみる価値があると踏んだんですよ」

              本当にそれだけか?

              あの忌まわしい過去を知っているのかもしれない。

              遠く離れた月でもチャンドラ・ヴァンシャならば封印されたスキャンダルなど造作もなく探り出すだろう。

              ──あなた妻帯してらっしゃるんでしょう?これは成人男性ですよ──

              あれは探りだったのか…迂闊にも自分はそれに乗ってしまった。

              中央に蛇が絡まった細工が施してある。

              「読みが当たったということです。こちらが正体を匂わすとあなたは御自分から商談を切り出した。最高のスポンサー…いや友人になって貰えそうだ」

              脅迫するつもりならば“例のスキャンダル”をネタに幾らでもできるはずだ。

              それをしてこないということは…細いチェーンが光を弾く。

              幾本もの鎖で絡め取られたという事か?

              凍てつく視線が“一生涯逃がさない”と告げている。

              「お近づきの印に…奴隷用のチョーカーです」

              YOUの手に乗せる。

              「奴隷用の?」

              「可愛いペットには素適な首輪が必要でしょ?」傍らでテツローが微笑む。

              Cがステンレス台の傍らで操作している。

              クリスタルが開いた。

              「さ、命じて」テツローが脇腹をつつく。

              「え…なんて?」

              「調教のマニュアルソフトと器具を一式さしあげますよ、サービスです。それで勉強してください」Gもマサの仕上がりに満足そうだ。

              Cがこちらを見た。「こういう感じで…マサ起きろ」

              マサが目を開けた。

              ゆっくりと上半身を起こす。

              「おまけに催淫剤もつけてあげるわ、ここぞっていう時使うと躾ける時に便利よ」テツローがウィンクした。

              台から降りると、こちらに向き直った。

              「さっきも言ったが、脳にはあんたの映像が記憶されている。この中でマサが知っているのはあんただけなんだ」Cの解説は続く。

              「衣服はどうする?着衣のまま人間の振りをさせて一緒にシャトルに搭乗させるか、例のパッケージでクローンとして貨物室に積み込むか…好きな方法で持ち帰ってくれ。ただ一度服を着せてしまうと常時裸体でいるように躾ける場合は好ましくない。最も近頃は衣服を脱がせる行為にこだわる客が増えて…羞恥の感情をインプットしたセクサドールが流行なんだが、その場合はもう一日預かってそれ用のプログラムをダウンロードしないと…」

              「その前に…それを消して、臍を造形してほしい」

              YOUが指さす場所には白い腹部が息づいている。

              そこにあるのは生体b照射された黒色の文字…クローン識別認証と呼ばれる刺青だ。

              そして細胞分裂で生まれたクローンには臍が存在しない。

              「できるでしょう?脳移植した…全身クローンにはその刺青を切除して人間の証に臍の造形手術をするじゃないですか?」

              「………お望みなら…」CはGを見た。

              Gは横に首を振ると、客の注文に対して拒否の姿勢を示した。

              「下手をするとマーラーになる」

              「まーらー?」

              「“魔”って意味の隠語よ。そんなセクサドールが集まるとダイテイヤ…魔族になるの。今は集まる前に始末しちゃうけど、最初はわかんなくて大変な事になっちゃって…」

              そこまで言いかけてボスの視線に気付き、小柄な青年は慌てて口を噤んだ。

              「いや、そういった…あなたのように人間そっくりな性奴を希望される客もいます。形はヒト、でも中身は従順な人形。ヒトなのに何をしても許されるのですから人間関係に悩む方にとって格好のストレス発散材料です。でも…」

              Gの蒼瞳が光る。

              「そういったヒト型に改造したクローンには植え付けられたプログラム以外の感情や性格が現れる事例が報告されています。勿論全てではありませんが…それをマーラーと呼ぶのです」

              「彼らはマスターに反抗する。逃げようとする。殺意を…主人を殺しかけた事例もある。つまりダウンロードされた記憶を初期化してしまうんだ。そしてこれは未だに謎なのだが仲間同士呼びあい、共に生きようとする…人間として…」CがGの説明を補足した。

              「これを言うとCに咎められるのですが…」Gは目を閉じた。

              「カラの脳に霊体が入るのではないかと…」

              「馬鹿な…あれはなんらかの要因で起きるプログラムのバグだ」Cは吐き捨てるように言った。

              「だけど一旦マーラー化したクローンはデバックしても元には戻らないじゃない。ボスの説は的を得てるわ。だって霊体を持てば人間と同じ。ヒトと同じ形を持ったクローンだけがマーラーになるのは、彷徨ってる霊が空(カラ)のヒト型を探し出して取り憑くからよ」

              ──ダカラ脳ハ移植デキナイ───

              「マーラー化するのはほんの一部だ。その説は成り立たない」Cはテツローを睨みつけた。

              「よろしい、手術しよう。足の小指の先から皮膚を採取して引き延ばし腹部の切除痕に移植する、臍も同時に整形できる」CはYOUに向かって言い切った。

              「何があっても俺が最後までケアする。任せてくれ」

              「はあ」さっきの勢いは無い。

              Gが指摘したように…ただ“人間”を意のままにしたいだけなのだ。

              それでも言い出した手前、後には退けない。

              マサは再びステンレスの台に戻された。

              「一つ条件を出していいですか?」

              自らファミリーと呼ぶ医師の言動を黙って見ていたボスがYOUに向かって口を開いた。

              「条件?」

              「臍の造形手術ではなくて、腹部を穿ってピアスを通す手術に変更させてください」

              「どういう意味ですか?」

              「見た目は同じでしょうが…ヒト型に改造された訳ではないと、マサに認識させる為です」

              「わかりました…それでそのマーラーとかにならないのなら…」

              「大丈夫よ、マーラー化なんて滅多に起きないもの」

              客を安心させなくちゃ…そう思いながらもテツローは小さく呟いた。

              「ピアスなんて気休めに過ぎないかも…」


              ボスが直々に用意してくれたホテルは倒壊したビルの地下にあった。

              テラの住民は…いやチャンドラ・ヴァンシャ以外の月の住人達も月宮とはこのような廃墟だと思っている。

              月面地下に広がる貧民窟…その遙か地下にまさに月の宮殿という名にふさわしい不夜城が繁栄していた。

              ホテルはテラで一昔前にはやったデコラティブな家具と内装…ある意味ゴージャスな雰囲気だった。

              勿論どれもイミテーションだ。

              派手な輝きを見せるインテリアで隙間無く飾り立てられた部屋はテラの本物を知るYOUには妙に安っぽく見えてしまう。

              部屋には接待係のテツローがいた。

              「良い機会だから調教グッズの扱い方をおしえてあげる」そう言って押しかけてきた。

              店から連れ出したセクサドールを5体伴って…

              今、ソファーに腰掛け大きく広げた股間の間に座り込み、口腔性交しているのは水色の髪を植毛された♀体だった。

              性交の名残を見せる膣内はYOUの足の指で弄ばれていた。

              真っ白な乳房に汗が光る。

              時折上目遣いでこちら…主人の顔色を窺う。

              もう一体の♀は丸い猫足のテーブルの上で腰を落としM字開脚のまま自慰をしている。

              ぴちゃぴちゃと股間から溢れる愛液と注がれた精液をこね回している。

              声をかみ殺すために噛み締めた唇に白い歯が食い込んでいる。

              指の動きがせわしなくなった。

              自分の乳房を握る。

              腰がはねた。

              「あふうう!ああん」絶頂の叫びを上げる。

              途端に反対側のソファからその背中にラバー鞭が飛んだ。

              「しずかにおし!誰がよがり声を上げていいって言った!」

              既にその背中から白い臀部にかけて縦横に鞭打ちの痕が付いている。

              「わかった?言う事きかなかったら、すぐにお仕置き…時間おいちゃ駄目よ。してる最中でも蹴ったり叩いたり…その代わりちゃんと言いつけを守って我慢できたら頭を撫でて褒めてやるの」

              YOUに向かって解説すると、テツローはもう一振り鞭をしならせテーブルを打った。

              「お許しください、マスター!」

              透き通る銀髪を振り乱して♀は泣き叫んだ。

              ソファから立ち上がりテツローは♀の腕を掴んだ。

              テーブルから引きずり降すとYOUの前に背を向けて坐らせた。

              「これは赤くなるだけで傷にはならないの、次の日にはみみず腫れ程度。最も手加減しないと小指の骨くらいへし折っちゃうけどね」

              YOUに鞭を渡す。

              「さ、打ってみて…あ、血が見たい?なら薔薇鞭もあるわよ」

              「いや…これでいい…」

              ヒュンと風を切って打ち下ろす。

              「きゃあああ!」

              仰け反る背中にピシッと赤い筋が入る。

              「一回打った所はなるべく避けてね、腫れが引くの遅くなるから」

              鞭を受ける仲間を見て水色の♀の顔に怯えの表情が浮かんだ。

              気に入られようと必死で奉仕する。

              テツローは自分のソファに戻りながら絨毯に爪を立てて躯を震わしている♂の髪を掴んだ。

              「躯を起こせ、四つん這いって言っただろ?」

              全身に汗を浮かせた♂体は腕を振るわせ腰を掲げた。

              「そのケツをお客さんに向けて…そうそうずっぽり栓で蓋されてる所をよく見て頂きな」

              尻に刺さったアナルバルブが震えている。

              脇にはテツローから注がれた浣腸液の入っていたエネマシリンダーが転がっていた。

              “セクサドールは生活の全てが主人によって管理されるのよ…排泄は特に重要”

              クローンとのSEXパーティーが始まるとすぐに、慣れた手つきで浣腸液を吸い上げながらテツローの指導が始まった。

              “排泄を見たがる人もいるけど…”慌てて首を横に振る。

              “そう…でも、これはアナルで奉仕する性奴として必ず毎日一度はさせきゃならない事よ。腸内に排泄物を貯めておかないように、ちゃんと躯で覚えさせるの”

              それからずっと放置されている。

              いや、喘ぎ始めたところで“この仔はおしりで達く癖がついてるから”とテツローは先走りの液を滴らせたコックを黒革のペニスサックで締めてしまった。

              屈み込んだテツローはアナルバルブを指で押した。

              「ひいいいいいいー!」

              「どう、この仔?肌の色も髪と眼の色もマサちゃんと似てるでしょ?」

              凝視するYOUにウィンクすると自分のいたソファに戻る。

              そこには短髪で長身、褐色の肌をした♂と厚い胸板と盛り上がる筋肉を誇示するかのように黒光りさせた♂体が主を待っていた。

              すぐに躯を擦りつけ、舌で奉仕してくる。

              「ああ…似てる」YOUは乾いた声で間をおいて答えた。

              マサもこんなふうになるんだろうか…いや、Cの説明では既にこれ…排泄の躾はインプットされているはずだ。

              すでに一体づつクローンの裡に射精していた。

              さっきも水色の髪を掴みのど元深く突き立てて出したばかりだ。

              だが…白い肌に脂汗を浮かせ悶える黒髪を見ていると再び欲情してくる。

              「…ご主人…さ…ま…おねが…い…」たどたどしい言葉が洩れる。

              さっきから何度も許可を欲している。

              「お…ねが…い…出さ…せて…くだ…さ…」

              背中が小刻みに揺れだした。

              肌が桜色に上気している。

              「あふうう!ううっ…」

              グルグルと鳴る腸の痛みと射精できない疼きで半狂乱になった♂は絨毯を転がり、のたうち回った。

              もう命令も守れない…“そろそろ限界ね”

              テツローはお客に声を掛けた。

              「はい、“トイレに行け、出していいぞ”って言って」

              「トイレに行け、出していいぞ」口調も真似てリピートする。

              哀れな性奴は膨らんだ腹部を抱えながら這い寄り、YOUの足先に接吻すると、よろけながら洗面室に入って行った。

              「アナルバルブを主人が抜くのがOKの合図って教える人もいるけど、抜いた瞬間粗相される場合もあるからねえ。お客さんにその趣味がないんなら、この方がいいでしょ。個体によって違うから際どいタイミングだけど、そういう調教するのがオーナーの醍醐味なのよ」

              テツローはにんまりと笑う。

              「この仔達はお店で飼われてるから、買われたお客が一時のご主人様になるようにインプットされてるの。だからある意味誰にでも懐くし合わせられる…その変わり明日会ってもあなたの事は忘れているわ」

              褐色の♂を引き上げて唇を奪う。

              「アタシの事もね…そのてん、マサちゃんはあなただけのモノ。誰にも懐かないわ…うらやましい」

              YOUの脳裏に黒曜石の眼が浮かんだ。

              あの時…起きあがったマサは真っ直ぐに自分を見た。

              “慕う”などいうレベルのものではない。

              ただ一人寄る辺なき身を救う相手だと…漆黒の瞳が縋っていた。

              背筋がゾクリとした。

              帝王の快感だった。

              だから…その仄白い腹部に打たれた刻印が許せなかった。

              同じ人間に恋い慕われたい…同じ立場のモノを支配してこそ征服欲が満たされる。

              精神(こころ)に受けた傷が塞がるような気がする。

              例え、それが外見だけのモノであったとしても…

              マーラーか…聞いたこともない。

              それ程大きな事件になっているとは思えない。

              「なあ個人所有のセクサドールは誰にも懐かないんだろ?もし先に主人が死んだら残ったクローンはどうなるんだ?」

              「溶けて消えるわ」あっさりとテツローが答えた。

              「そりゃクローン持ってるなんて知れたら犯罪だもの。誰だって死んだ後で犯罪者の汚名は着たくないでしょ?それに自分が抱いた性奴を他人に渡したくないじゃない。だから主人が死んだ、もしくは主人に捨てられたと自覚したセクサドールは自分から消えるように自壊プログラムがインプットされてるのよ」

              「自壊プログラム?」

              「ええ、ここと…」褐色の♂の後頭部を指さす。

              「ここに…」腰骨の上だ。

              「溶解液の変換チップが組み込まれてるの。自壊モードになると、これが作動して血液が溶解液に変わって…あとは病院の処理施設と同じ、分子のレベルまで溶解されて最後は水分が蒸発して証拠は何も無くなるから大丈夫よ」

              安心して、そう簡単にアシは付かないから…テツローはにっこり笑った。

              「まあ、滅多に起動しないわよ。こっちが先に死ぬなんて…ホントにオーナーが高齢で死んじゃった時とか、あ…殺されちゃった場合もあったけど。だってこの仔達使い捨てよ。お客さんだってこの先マサちゃんがダメになったら次の仔買うでしょ?その時はまたウチから買ってね」

              「じゃあ、さっきの話は?マーラー化したクローンが主人を殺そうとしたって言ったけど…」

              「やーだ、気にしてんの?マーラー化なんてホントに滅多に起きないのよ。だけど、もし万が一起きちゃった時、お客さんがそういう情報知らないと手遅れになるでしょ。だからボスは一言いったのよ」

              「手遅れ?」

              「逃げられて外部の人間に保護されたりしたら…一番やっかいなのは警察…なんだけど大丈夫よ、ウチのボス、テラの警察に顔が利くから」YOUの不安げな顔に慌てて付け加える。

              「逃げたって気付いたらすぐにこっちへ連絡して。自分であちこち探し回ったりしないでね。そういう事すると追いつめられたクローンがバグって主人に手を挙げるようになるから」

              「…………………」それは本当にバグなのだろうか?

              ──カラの脳に霊体が入るのではないかと…──Gは何故あんな突拍子もない事を言ったのか?

              どうしてヒト型にあれほど危惧するのか?

              彼は何か知っている…

              「大丈夫よ、Cが引き受けてくれたんだもん。今頃マサちゃんピアス通して貰ってるわ」

              黙り込んだ客に接待係が明るく声をかける。

              マサ…縋り付く視線…

              マサを抱く前に他のセクサドールを抱いた事が急に後ろめたく思われた。

              「もう、いい…放せ」

              髪を掴んでコックを♀の唇から引き抜いた。

              「そうそう、そんな感じ。お客さん飲み込みがはやいわ」

              接待係がすかさず“よいしょ”する。

              一晩掛けてテツローから命令の仕方に躾のノウハウ、調教グッズと薬剤の使い方を実践コーチされた。

              こうしてYOUのチャンドラ・マハルの滞在は約一日の予定超過で終わった。

              一抹の不安と共に…

              Vol.3    Candra─月─ fin

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