vol.5 愛人

            寝返りを打った姿勢のまま肩先から洩れる寝息を聞いている。

            同じ格好で、こちらの胸にピッタリと背中を付けてマサが眠っていた。

            YOUの内にすっぽりと収まり、下になった右腕を枕にした寝姿はしどけない。

            何故ならその裡には萎えたYOUのモノがまだ挿入(はい)ったままだった。

            自在に収縮できるように修練されたアヌスはきつく締め付けたまま愛するモノを逃がさない。

            初夜…と呼べるのかどうか解らないが、あのYOUを初めて迎え入れた夜から一ヶ月、器具と薬剤を駆使して夜毎仕込まれる快楽とあらかじめ刷り込まれた“記憶”によってマサの躯は見事にセクサドールとして開花していた。

            逆に後ろで達くことを覚えた躯は我慢が効かなくなって、主人より先に登りつめ“ご奉仕”の途中で何度も失神してはYOUに折檻の理由を与えてしまう。

            あの性奴の嗜みである“絶頂を迎えた申告”すらも泣き喚いているうちにできなくなってしまい、今は絶叫が“申告”の代わりになってしまった。

            最もそうして訳が分からなくなるまで追いつめ、嬲る事も調教の楽しみだった。

            最初は羞恥に身を捩り、声を漏らすまいと指を噛んで耐えているが、一旦乱れ始めると思いもかけぬほどの痴態を晒す。

            縋る視線に媚が混じる。

            さらに深く咥え込もうと腰を打ち振る。

            あの培養液に浮いていた楚々とした白い躯の何処に、これ程淫乱な種が潜んでいたモノか?

            一度しゃぶり付いたら離さない。

            こちらの体力にも限界がある。

            貪欲に快楽をむさぼる性奴に調教する側が疲れてくる。

            わざと愛撫の手を止める──すぐに自分で慰めだすのだから始末に負えない。

            自慰を始めると縛って放置する時もある。

            散々悶える姿を楽しんで、最後のトドメはYOUが刺す。

            淫蕩の極みにある姿態と、時折我に返って恥じらう表情のギャップが堪らない。

            密着する腰に巻いた左手をそっと外す。

            乱れた黒髪を掻き上げ、安らかな寝息を立てる愛奴の顔を眺める。

            さっきまでの喘ぎまくった淫ら顔が嘘のように、安堵しきった…満ち足りた表情だ。

            “可愛い…”

            後ろから、そっと頬に口づけする。

            「う…ん…」微かにマサが身じろぎをした。

            右腕から頭が落ちた。

            どろり…その途端、腰が外れて注いだ精液とともにYOUの男根が外に出た。

            「…………」もう一度身じろぎをしたが、それでも目を覚まさない。

            YOUは起きあがると躯を丸めて眠るマサにケットを掛けてやった。

            “今日は疲れたからな…”

            いつもなら精を賜ったモノを口で清めたあと、シャワーを使い定められた寝床で一人休むのがマサに躾けられた“夜の営み”である。

            主人のベッドで、しかも腕に抱かれたまま眠ってしまうなど初めての事だった。

            “あれだけ出来れば上出来だ。今夜は褒美にこのまま寝かせてやろう”

            今日、来月に迫った演奏会の最終打ち合わせに主立った楽団員、スタッフ、関係者を自宅に招集した。

            マサが来てから初めての来客である。

            通いの家政婦とセキュリティー保安員には貴重なデータの入った機材があるので寝室にだけは絶対に入らないよう注意していた。

            勿論マサに中からロックさせる事も教えた。

            それでもセキュリティー保安員は暗誦番号を知っているから、その気になればロックを解除できる。

            他人が家の中にいる間はクロゼットの中に隠れているように命じてあった。

            それから一ヶ月、ついに披露目の日を迎えた。

            リビングにひしめく大勢の人たちの前でマサは先月ソーマへ行った時に連れ帰った青年だと紹介された。

            弟子志願とするには音楽の専門知識が必要だと思い諦めた。

            楽器の弾き方からスコアの読み方まで教えている暇はない。

            ソーマの滞在先に留学中に世話になった師からの紹介状を持って訪ねて来た──“テラに行きたい青年がいるので宜しく頼む”と託されたのだ…という触れ込みにした。

            扱いはプライベート・アシスタント。

            今までYOU自身が行っていた、ここでの作業と事務所との連絡・調整役である。

            いや、行うつもりで行われていなかったと言った方がいい。

            もともと自宅での活動はプライベートと仕事が癒着している。

            朝から晩まで作業に没頭する日もあれば、煮詰まってぶらりと行く先も告げずに出かけてしまう時もある。

            時には期日までには到底処理できない程の膨大なデータが送りつけられ、そうかと思えば幾日待っても何も上がってこない…そんなスタッフとの調整役にこの青年を雇ったと説明した。

            「マサといいます。テラは初めてで…音楽も解らない事が多いので、これから一生懸命勉強します。宜しくお願いします」深々と一礼した。

            「よろしく」と応じる声があちこちで上がり、拍手で迎えらえた。

            呼ばれるままに挨拶をして回った。

            教え込まれたソーマでの生い立ちも如才なく話した。

            プライベート・アシスタントか…理由は一応もっともだ。

            表向きはみんな納得し、スタッフとして認めた形だが…

            帰りの道すがら、誰もがあれは先生の恋人だろうと噂した。

            妻とは一女を設けてはいるものの、書類一枚の仲…つまり“一度たりとも躯の関係は無いのだ”とYOU自身が公言している。

            人工授精された娘も未だ認知されていない。

            「だって“YOU様”だよ、おかしいって」

            「先生って、そっちの気あったの?」

            「えっ?知らないの?留学した音楽院のマエストロに…」

            「あ、それ私も知ってる。なんかそこのお嬢さんとも出来ちゃって痴話喧嘩で大変だったって」

            「うあ、バイかよ、俺危なかったかも…」

            「あんた鏡見たら?先生のお好みはマサ君みたいな美青年よ」

            「ま、冗談はさておき、留学途中で帰ってきたの、その為らしいよ」

            「…違うの。その後があるの」

            「えっ?これだけでもかなりスキャンダルじゃない?」

            「音楽院に居づらくなったんでコンクール受けてスカラシップで違う国に行ったんだって。そしたら、そこの寄宿舎で…」

            「何?」

            「もう、絶対オフレコよ」

            「誰にも言わないから、早く…」

            「もったいぶるなよ、君が知ってるって事は他にも知られてるって事じゃないか」

            「あのね、レイプされたんだって…先生背が高いけど華奢じゃない。ゲルマン系って音楽青年でも結構がっしりしてるから力づくじゃ適わないわよ。それも集団で…留学中ずっと犯(や)られて、寄宿生の殆どに輪姦(まわ)されたんだって。それで精神と躯を病んで緊急帰国。お金の力でスキャンダル封印、あちらの音大も伝統と格式に傷がつくから事件は見事に揉み消されて幕。で、精神療養後にさっさと婚約者と華燭の典というわけよ」

            「へ〜。精神療養したってのは聞いてたけど、そういう経緯(いきさつ)だったのか。まあ今でも先生、紙一重のところがあるからな」

            「でも何か可哀想…そんなになっても帰国しないで頑張ってたんだ」

            「よっぽど親の七光りに照らされるのが嫌だったのね」

            「わかんねえよな、御曹司の悲哀って」

            「まあ御曹司だからパトロンになれるって事もあるけどな」

            「うん、彼綺麗だったね」

            「ソーマ生まれって何かエキゾティックじゃない?」

            「もしかしてチャンドラ・ヴァンシャってことないよな?」

            「まさか、あんな弱々しいアウトローいる?」

            一人が吹き出すと皆一斉に笑った。

            さすがに、そのチャンドラ・ヴァンシャによって横流しされた破棄処分のクローン体だとは誰も考えが及ばない。


            演奏会は大賞受賞記念と銘打たれ各界を代表する著名人が招待された。

            楽団の後援団体である文化財団理事長の挨拶で始まった本年度のオペラハウス最初のコンサートは大盛況のうちに公演日程を終了した。

            世評も芳しい──といっても招かれた評論家は財団の顧問に名を連ねる御歴々ばかりだったのだが…

            その文化財団理事長つまりYOUの母が、一段落ついた息子に表向きはコンサート成功の祝福、実は噂の恋人に会うために訪れたのは打ち上げから三日後の事だった。

            「そう、マサさんていうの。よろしくね」教えられた通りお茶を運び挨拶を済ませると奥へ引っ込む。

            “確かに綺麗な子ね”ティーカップに口を付け、何と切り出そうかと迷う。

            息子のトラウマを一番案じているのは母親の自分だ。

            夫も…今まで放っておいたくせに世間で息子の評判が上がるに従って、あれこれ口を挟み始めた。

            せっかく上手く行きかけたのに、またスキャンダルか?
            その恋人って奴は金目当てじゃないのか?
            身元は大丈夫なんだろうな?
            お前が甘やかすからだ、そいつの品定めをしてこい。
            親に心配ばかり掛けおって!

            ──勝手にまくし立てて、いい気なもんだわ。何でもこっちに押しつけておいて、YOUがちやほやされる時だけ父親面するんだから…

            適応試験で、実業家に向かないと判定された途端、息子とは口もきかなくなった。

            当時まだYOUは八歳だった。

            彼が欲していたのは息子ではなく事業を引き継ぐ者、文字通り跡継ぎだった。

            YOUに言わせれば親子の縁を先に切ったのは父の方だ。

            その分母親は我が子を溺愛した。

            どれだけ自分が嫌われているか解ってないんだから!YOUがウチを出たのは誰のせいだと思っているの?

            自分だけがYOUの味方だと自負している。

            だが彼女自身の名誉欲もある。

            自慢の一人息子が人目を憚り、世間の片隅でひっそりと暮らす…そんな惨めな思いはしたくなかった。

            かつて精神療養を理由に結婚をしぶった婚約者側に“繊細な神経を病むことは芸術家の勲章だ”と言い切った。

            このままでは終わらせない。

            絶対に音楽界の頂点に立たせてみせる。

            父親の後を継がずにバイオリニストを目指した愛息の挫折を“ソレ見たことか、所詮お坊ちゃん育ち”と嘲笑った社交界の連中を見返してやる。

            それは文化財団理事長としての意地でもあった。

            精神に傷を持ったYOUはあの事件以後、恋愛などしなかった。

            対人恐怖症は克服できたが、人と接する事は苦手であった。

            希薄な人間関係しか結べない。

            恋愛以前の問題である。

            正直“ソーマから連れてきた青年と同棲中”と聞いた時、ああ、あの子もまだ恋ができたのか…とほっとした。

            すでに妻も跡継ぎもいるのだから恋人くらい構わないし、芸術家には同性愛者が多いから別に相手が青年でも咎めるつもりはない。

            ただ…

            「ひとつ聞かせて。あの子を将来どうするつもり?」

            「将来?」YOUは紅茶に口も付けず、過保護なパトロネスを見ている。

            自家を避けているのは過干渉な母親(あなた)も要因だ…と面と向かって言えたらどんなに楽だろう。

            「そりゃ、国籍を変えれば同性でも結婚できる国はあるけど、まさか彼女と離婚して男と再婚しようなんて考えてないわよね」そんな世間体の悪いこと…母親の危惧はそれだけだ。

            「いえね、あなたが将来養子縁組して財産の譲渡を考えているんじゃないかって…あちらのご実家から泣き付かれたの」嘘ではない…だからそれを口実に息子の胸の内を探ろうとやってきた。

            もし、そう考えているのだとしたら…

            「あなたまだ子供を認知してないでしょう?そこへ持ってきて恋人連れてきたってスキャンダル…あ、噂なのよ。プライベート・アシスタントだってママはちゃんと理解してるけど…でもあちら様としては心中穏やかじゃないわけ…」止めさせなければ…何処の馬の骨とも解らぬ男に財産はやれない。

            「養子って、あいつは俺より少し年下なだけですよ」使い捨てのセクサドールに将来はない。

            「そうよね、でもこの国じゃ同性同士の結婚ってその方式がとられるんでしょ?だからあちらも気にして…」その気はなさそうだ、取り敢えずほっとする。

            「認知っていうけど、俺はまだ娘の顔も知らない。写真どころかメール一本よこさない。分娩室で別れたきりです」父親なんて冗談じゃない。

            今まではプライベートの無聊と思い出したくない過去に苛まれ仕事に打ち込んできた。

            子供が欲しいといわれ、娘でもいれば退屈を紛らわす術にでもなるか…と精子の供出に協力した。

            マサを手に入れた今、子供などどうでもいい。

            「最初から養育権はないんだし人工授精の医療費も、分娩費用も言われた分は負担しました。向こうにとやかく言われる筋合いはありません」

            …十分ある。

            生まれた娘を抱きもせず、夫は勝手に帰ってしまった。

            謝ってくるかと思えば、事務所に休暇届を出して月まで旅行に行ったという。

            演奏会の準備で忙しいのだろう、終わればきっと何か言ってくるから…実家の母親に宥めすかされ我慢を重ねていた妻の耳に夫が恋人…それも男と同棲しているという噂が飛び込んできた。

            激怒した妻は夫の実家に談じ込んだ。

            放ってもおけず、その話を受けて母親は息子の元へやってきた。

            「まあ、あの娘さんはあなたには合わないんじゃないかってママ以前から思っていたのよ。あの人この前の演奏会に一度も姿を見せなかったでしょう?第一線で活躍する経営プランナーかもしれないけど、芸術家を夫に持った女性としては失格だわ。招待した皆様にママ一人で挨拶したのよ、夫の晴れ舞台に妻がいないなんてみっともない…」

            「いいじゃありませんか、今回に限ったことじゃない。彼女は一度も俺の演奏を聴いた事なんてないんだし…」あっさりと突き放す。

            「だから、困るんじゃないの!」優しい子…と普段は褒めている気性も、こういう時は不甲斐なく感じる。

            「彼女はしっかり者だし、社会的地位もあるわ。実家のお父様ともパパの仕事関係で繋がっているし、いずれ我が家の嫁として財団理事になって貰おうと思っていたのよ。理事長候補としてね」

            それはあなたの勝手な都合だ…辟易した視線を送る。

            「でも無理かもね…ホントに失礼な嫁だわ。ウチに来てね、家政婦がいる前であなたの悪口を延々と言ったのよ。ママ呆れちゃったわ」キラリと目が光った。

            「仕事関係って言っても立場はパパの方が上だし、何と言っても家の格が違うもの…ウチの嫁には相応しくないわ。あなたが嫌なら別れてもいいのよ、彼女も仕事第一主義だし独り身の方がいいでしょう」

            但しマサと再婚──つまり養子に迎えるのだけはダメだ…と念を押した。

            「YOUの気持ちは分かったわ。ママに任せてちょうだい、あちらには上手く言っておくから」

            紅茶を飲み干すと勝手にまくし立てて母親は帰っていった。

            「何だったんだ…」玄関をロックしてリビングに戻る。

            「マサ」インターホンで呼ぶ。

            奥から現れたセクサドールはメイドとしての仕事も完璧にこなす。

            「ティーカップを片付けろ」しなやかな指が手際よく動く。

            本当にこいつが妻ならよかったのにな…一瞬そう思った。


            「先生…」マサがソフトで変調させたコードのディスクファイルを渡した。

            「うん」チェックもせずに受け取る。

            「今日は戻らない」マサの視線が絡んだ。

            「帰るときは…」軽く指輪を擦る。

            マサがそっとチョーカーの蛇に手をやった…指輪からのパルスで居所がわかる。

            このパルスが近づいてくれば主人はこちらに向かっていると感じる。

            「はい…いってらっしゃいませ。皆さんもお気を付けて」周りのスタッフにも頭を下げた。

            パルスが遠ざかる。

            「YOU様…」もう一度チョーカーを指で弾く。

            「あ…」首筋に指先が触れた。

            ピクン…つい自分でシャツの襟元から胸の突起へ手を滑らせてしまう。

            「はあ…」そこには朝方に付けられた主人のキスマークが紅く残っている。

            しばらく留守にするから…と一晩中嬲られた。

            躯の火照りが消えない。

            「ああ、駄目。仕事しなきゃ…YOU様からの宿題いっぱいあるんだから」

            不在中のメールチェックは特に重要だ。

            内容を判断して、緊急を要するものはYOUに転送しなければならない。

            留守を任されている…自負が芽生えた。

            愛する主人の信用と期待に応えたい…新しい課題も追加された。

            「しっかりしなきゃ」マサは頭を振って意識を切り替えた。

            マサがプライベート・アシスタントとなって一年が過ぎようとしていた。

            YOUはセクサドールにPCの簡単な操作を教えてみた。

            いつまでもお茶出しだけでは済まないと思ったからだ。

            表向きはプライベート・アシスタント…つまり私設秘書なのだから、やってくるスタッフの前でキーの一つも叩いて見せないと格好がつかない。

            ──こいつはセクサドール最新版だ。作者の俺にとっても最高傑作さ…大事にしてくれよ──

            Cが装備してくれた最新のAIがどこまで機能するのか試してみたくなった。

            駄目で元々…時間の無駄を覚悟だったが、直ぐに覚えた。

            データフォルダーの整理をさせてみた。

            三ヶ月ほどでこれもできるようになった。

            スコアの読み方も覚え、例しに弾かせたギターもそれなりにつま弾く。

            その頃には二人だけの時は“YOU様”人前では“先生”と呼び変えができるようになっていた。

            セキュリティー会社のモニターカメラの作動ランプを確認することも忘れない。

            そして、カメラのスイッチを切ってからYOUにまとわりつく。

            生活に必要な電化製品は全て使いこなせる。

            毎日が覚える事だらけだった。

            マサにとって何もかもが日々刻々と、目まぐるしく変化し続けた一年だった。

            それはセクサドールとしての一年でもあった。

            ベッドの中の絶対服従は何時如何なる時も継続している。

            こいつなら、任せられる。

            絶対に自分を裏切る心配がない。

            親の七光りを使ってもバイオリニストとしては鳴かず飛ばずだったが、作曲家としては認められた。

            その時、経験の無さから盗作まがいの被害に遭った事がある。

            それから未発表のスコアの管理には神経質になった。

            五年以上一緒に活動してきたスタッフすら信用できなくて、アレンジもマスタリングも自宅スタジオで行い、完成データを楽団本部内のメインスタジオに持ち込むという形で作業してきた。

            当然一回では終わらない。

            各パート事にアレンジも変わる。

            楽団員から意見を聞き、その度にまた自宅に持ち帰って作業する。

            最終データとYOUが認め、楽団員が納得するまで、これを繰り返す。

            タイムリミットが近い時など、持ち込む時間すら惜しい。

            その運搬をマサに託そうと計画した。

            まず手始めに外に慣れさせねばならない…大した用事でなくても、マサを伴い外出した。

            最初は怯えてぴったりと寄り添っていたが、近頃では煩雑な主人の代理として事務所や文化財団本部まで使いに行くところまで成長した。

            勿論、一人…いや単体である。

            決まった場所とはいえ、乗り物を乗り継ぎ、命じられた仕事をこなし、成果を持って帰ってくる。

            やらせてはみたものの、初めの頃は玄関のモニターにマサが写るまで気掛かりでならなかった。

            が、これも難なくクリアして、連絡係はマサの重要な仕事の一つとなった。

            この頃は、初めての場所でもナビを持たせて使いに出す。

            マサの存在が周囲に浸透してきた。

            と、同時に“あれが先生の愛人だ”という噂も一気に広がっていった。

            そんな周りの思惑などマサは知るよしもない。

            今日もYOUから覚えるように言われた映像を見ている。

            それは食事の映像だった。

            マナーとか箸使いといった高度なものではない。

            ただ、テーブルの上に置かれた大小様々な皿やボールからフォークやスプーンを使って食事する…それだけである。

            YOUは連絡係の大任をクリアしたマサを、今度は本格的に秘書として使おうと思っていた。

            外部との打ち合わせにも同行させる。

            そうなれば一緒に食事に招かれる場合も出てくる。

            その為の準備だった。

            セクサドールは床に置かれた餌入れに顔を突っ込んで食べる。

            四つん這いのままだ。

            絶対に手は使わない。

            服を着せて飼っている場合も、汚すので餌を与える時は全裸にする。

            顔の周りが汚れた場合、始末は自分でさせるが、長髪のセクサドールは髪も汚れるので、餌遣りのあとシャンプー、シャワーという飼い方をするオーナーが多い。

            この後、オーナーによっては髪を結い、化粧を施し、好みの衣装で着飾って同好の士に見せるための写真を撮ったり、その手の場所…秘密クラブなどへ連れて行って披露する。

            餌の内容は飼い主つまりオーナーの食生活によって様々だが、大体は主人の食べ残しの残飯をひとまとめにして餌入れに入れてやる。

            一日一食が基本、ただし栄養剤を水に混ぜておく。

            YOUもマニュアルどおり家政婦に余分に作らせ、わざと残り物にしてマサに与えていた。

            外食が続いた時は作り置きの食事が無くなり、ペットショップから大型犬用の缶詰を取り寄せてやってみたが口臭がきつくなったので今は残飯をフリージングして使っている。

            水はこれもペットショップに売っている室内犬のボトルスタンド──つまり水の入ったペットボトルを逆さまに立てて、吸い口を咥えて強く吸うと水が出るという飼育グッズを使っている。

            そのマサにYOUは人間と同じ食卓に付いて同じ物を食べるという、セクサドールにとっては画期的な食事方法をさせようとしている。

            なにせ、手掴みですら食べたことがない──躾けられる方も大変だ。

            外での餌は“特別に”食器を使う──主人と一緒ならば“特別に”椅子に座って食べてもいい。

            外は“特別なのだ”と区別させれば問題ないだろう。

            帰ってきたらテストに何処か食事に連れて行こう…勿論個室を予約して。

            その意図で与えらえた課題だ。

            “人間の食事”をじっと見つめるマサのチョーカーに“食べてもヨシ”のパルスが伝わった。

            PCを落とし書斎を出る。

            キッチンに行き、自分でフリーザーからパック詰めの残飯を取り出し、解凍する。

            自分の居場所、寝室の奥のクロゼットに入る。

            中身を餌入れに開け、服を脱いだ。

            チョーカーに触れる。

            「YOU様、いただきます」

            一人…いや単体で食べて、餌入れを洗い、シャワーを浴びる。

            まだ、寝られない。

            全裸のまま寝床に寝そべって、あのパルスが来るのを待つ。

            「あ…」待っていた波長が届いた。

            浣腸液を満たして待っていた。

            ヱネマシリンダーをアヌスに宛がい中のモノを注入する。

            自分で入れる時は小さいシリンダーでないと粗相するので30tを二回入れる。

            「う…くうっ」その後自分の手でプラグを押し込む。

            次の“トイレに行ってよし”というパルスが来るまでひたすら我慢する。

            「YOU様…あん…YOU様あ…」せつない。

            今までにも留守を守った事は何度かある。

            でもこんなに長く、放っておかれたのは初めてだった。

            自分で餌を出して、躯を清め、浣腸し…それを三回繰り返した。

            これで四回目…パルスだけが主人と自分を繋いでいる。

            YOUが出て行って四日が経った。

            予定ではあと二日で帰る。

            だがマサにはそれが解らない。

            もともと時間という観念が無いのだから一日という時間を把握する方が無理だ。

            この数字が変われば一日が過ぎるのだと教わったけれど、主人の戻る時はパルスが強くなるから解る。

            朝出かけて夜帰る日も、何日かして帰って来る日も“パルスが強くなったら帰ってくる”とだけ理解している。

            それでいい──YOU様はそう言う。

            いつもなら浣腸が終わり躯を清めた後、必ず抱いて貰えるのに…

            躯はそう躾けられている。

            快感が癖になっている。

            つい自分で慰めてしまう。

            駄目だ…YOU様に叱られる──堪えようとしても、勃ちかけた陰茎をまさぐる指が止まらない。

            「YOU様…マサにお情けを…はしたない…躯ですが精一杯勤めます…どうかトイレに…行かせてください…」

            いつもの台詞が口をついて出る。

            “願い”を聞いてくれる主人はいない…

            「きゃう!」パンパンに張った腹を擦りつけて悶えるマサに“許し”のパルスが来た。

            “感謝”を込めて接吻するべき足は無い。

            物足りぬ思いを抱いたまま、トイレに行き始末を終える。

            これで一日の飼育メニューが終了した。

            「まだお帰りにはならない…」

            トイレから戻ったマサは自分の寝床に行きかけた足を止めた。

            YOUのベッドに近寄る。

            主人の香水の香りがする。

            「YOU様…」枕に頬擦りした。

            あと何回こうした夜を過ごせばいいんだろう…チョーカーを握りしめる。

            微かに伝わる波動に心を委ねる。

            鞭打たれてもいい、ここで眠りたい…マサはYOUのベッドに潜り込み、主人の残り香を吸い込んだ。

            うとうとと微睡みかけたマサの目にベッドサイドで点灯する光が映った。

            玄関に来客を告げるアラームだ。

            モニターカメラでチェックする。

            記憶された情報から見知った顔だと確認する。

            既に何度もここを訪れている顔だ。

            YOUの信頼を得ている、楽団担当の事務所のスタッフだ。

            人に会うときは服を着なければならない──クロゼットの脇に吊されたマサ専用の服…普通に売っている服だが、裸体が基本とインプットされているマサにとっては、全部が特別な“セクサドールの衣装”である。

            「今日はこれ」選んでくれる主人はいないから、最後に着せて貰った服を替えずに着ている。

            「先生はご不在ですが…」応対に出たプライベート・アシスタントに向かいスタッフは軽く頭を下げた。

            「こんな時間に御免ね、明日どうしても必要なデータが先生のPCにしか格納されてないんだよ」

            YOUよりかなり年長な男は優しい声で謝った。

            「上がってもいいかな、コピー取ったらすぐ失礼するから」

            YOUからの指示がない──それならば一部コピーしてディスクを送るようYOUから緊急連絡がくるはずだ。

            「先生からの連絡がありませんので、勝手にデータのコピーは出来ません。先生がお帰りになったら伺ってこちらからデータを送りますから」

            立ち塞がる。

            「待てないんだよ、帰ってくるの明後日だろう?先生には事後承諾でOKだから」躯をおされた。

            「待ってください」

            「いいから、いいから」上がり込まれてしまった。

            YOUの周りにいる人は皆エチケットを守った紳士淑女ばかりだ。

            こんな強引な事をする人はいない。

            それはYOUの前でだけ…だとYOU自身は解っている事なのだが、マサには理解できていない。

            初めての事に動転した。

            留守を任されているのに…勝手に入り込むなんて──止めなきゃ!

            男は勝手知ったる他人の家とばかりに書斎へ向かった。

            マサが追いついた時にはPCを起動していた。

            「やめてください!」

            立ち上がり掛けたPCを落とそうと手を伸ばす。

            その手首が掴まれた。

            「いつもながら挑発的な格好してるね、マサ君」

            「放して!」荒く編まれた白いニットセーター一枚にピッタリとした綿パン…編み目から肌が透け、小さめのパンツが食い込んで、腰から下のラインが際だって見える。

            「ウチの事務所で、あんたセクサドールじゃないかって噂になってるの知ってる?」

            「!」

            それは…否定できない──自分はセクサドールだから…

            「いやあ、気にしないでいいよ。俺はちゃんと恋人、いや愛人って言った方がいいかな?そう思ってるから」

            ぐいと引き寄せらえた。

            「だからさ、証拠見せてよ…人間だって」セーターの裾を持って一気に剥がされた。

            袖を抜かないまま、後ろ手に括る。

            抗う躯を後ろ抱きにして、パンツのジッパーを降ろす。

            「へえ、下着付けてないの?先生もいい趣味してるね」

            男はセクサドールの愛好者だった。

            秘密クラブに入って散々遊んでいる。

            財団法人から支給される報酬はその辺のサラリーマンの三倍以上だったが、その殆どをクラブの会員費に当てていた。

            会員の望みは自分だけの性奴を得る事だが、普通の生活を送る中産階級クラスではクラブの会員になるのもやっとの事なのだ。

            それなりの資産家でも中古…気に入ったセクサドールを店から払い下げて貰う──古い言い方では身請けするのが精々だ。

            この一年、YOUとマサの関係を見ていて、もしや…と疑い始めた。

            クローンに埋蔵された電子チップでは高度な内容を理解することは不可能だという事は知っている。

            マサはメイドからスタートしてアシスタント業務をこなし、今ではみんなが認める立派な秘書である。

            自分が通う店のセクサドールとは雲泥の差だ。

            だから、性奴を疑うたびにまさか…まさか…と否定してきた。

            外に連れ出さないのはテラに不慣れな為だろう…そのうち一人で外出もするようになると、ああやっぱり人間だった──と落胆した。

            しかし何度と無くマサからクローン独特の雰囲気を感じる…どんなに心酔していても人間がここまで純粋に尽くすことなどあり得ない。

            YOUの指示を受けるマサの「はい、先生」には絶対服従の響きが感じ取れる。

            他の人間には解らない、微妙な空気が漂う。

            それを嗅ぎ分けたのは、男がYOUと同じく人間相手では自分の意志や感情を満足に表す事ができない、現代人特有のストレスを抱える人種であったからだ。

            そう、男は人間相手では性欲が湧かない。

            クローンでなければSEXできない。

            あいつはクローンなのか?──確かめたくなった。

            いや、確かめずにはいられなかった。

            YOUの不在を知り、チャンスだ──と胸を躍らせたが、実際にやろうと思うと行動に起こせない。

            ここ何日か迷いあぐねて、明後日YOUが戻るというこの夜、ついに口実を作ってやってきた。

            実は確かめたい…というのも男が知らず知らずのうちに自分に与えた口実に過ぎない。

            一度だけマサを抱きたい!──早い話が横恋慕なのだ。

            一度だけ──危険な火遊びだが構わない。

            無理矢理手籠めにした後、写真に撮って“黙っていろ”と脅せば言うことを聞くだろう。

            もしクローンならばもっと楽だ。

            写真など脅迫材料を用意しなくても、人間の命令には絶対に従うのだから…

            引き下ろした綿パンが足に絡まり、マサの躯が床に倒れた。

            男は部屋の照明をMAXに上げる。

            荒い息を吐き震える腹部は真っ白だった。

            クローン識別認証の刺青がない。

            臍のピアスが銀色に光を反射している。

            “人間だった…”

            だったら、口封じに写真に撮るしかないな──

            最後まで犯しちまおう…手足を拘束され、床を転がって逃げようとするマサの髪を掴んだ。

            ズボンを降ろす。

            マサの下腹部を見ただけで勃ちかけた逸物を扱いた。

            俯せに引き倒して、真っ白な双丘の間に指を挿入た。

            「あんた人間だったのか、先生は俺と同類で人間相手じゃ駄目だと思ってたんだが、こんな愛人持つなんてやるねえ」中で指が蠢く。

            「いやぁーっ!」マサの混乱と動揺は頂点に達した。

            人間?違う…僕はYOU様の…

            YOU専用のセクサドールとインプットされたシステムでは対応しきれない。

            クローンのベースは人間への絶対服従である。

            マサの不幸は“夜の営み”を迎える準備、つまり“一日の飼育メニュー”が終了した後だった事である。

            あとは主人を迎え、喜ばし…自らも快楽を得ることだけが残っていた。

            これを踏まえて、いままで格納されていた基本システムが解凍された。

            店に飼われたセクサドールと同様のプログラムに切り替わった。

            店のオーナーは絶対普遍の君主であり、大概のセクサドールはマスター、マダムまたはママと呼ぶ。

            店に来る客は、一時だけの主人となり、旦那様、奥様、御嬢様から男女問わず使われる御主人様まで好みの呼び方で仕える。

            プログラムが上書きされ、指示を開始した。

            マサの躯から抗う力が抜けた。

            アヌスに突き立てられた指を締めた。

            腰を擦りつける。

            「うほっ?」男は急な変化に驚きの声を上げた。

            こう呼べ──という指示がないから、言葉は交わさなくていい、その分躯で示せ…新しい記憶がマサを導く。

            足首から綿パンを抜いた。

            大きく膝を開いて腰を高く掲げる。

            ごくり…男の生唾を飲む音が書斎に響いた。

            あとは微かなマサの吐息だけ…それが指の動きにあわせ、艶めかしくなっていく。

            「ほ…ほしいのか?欲しいんだな!」

            男は指を抜くと先走りの液を擦りつけ、一気に押し込んだ。

            「ああああん」マサの顔が仰け反った。

            後ろ手にされたセーターを引っ張り、顔をこちらへ向けさせる。

            パンパンと腰を打ち付ける音に合わせて、表情が歪む。

            色っぽいじゃないか…店のセクサドールのように、卑猥な俗語を喚かないから、かえって新鮮な色気がある。

            なまじっか“いい”だの“感じる”だのと、のべつ幕なしに喘がれては興ざめする。

            この方が陵辱しているという征服感を味わえる。

            人間でも十分満足だ。

            人間──こいつは色情狂の気があるな…相手は誰でもいいんだ。

            自分から腰を踊らせ、背を波打たせる。

            「あん、あん、あん、あん、あん、あん」突き入れるたびに洩れる声が大きくなる。

            先生一人じゃ満足できないんだな、これは脅すより“また抱いてやるから”と因果を含めて共犯にしちまった方が得策だ。

            こんな事なら、先生の目を盗んで、もっと早く手を出せばよかった…

            ふん、何が先生だ、あんな若造!

            白く滑らかな臀部を撫で回す。

            クイッとアヌスがすぼまった。

            「おおう!」我慢できない!

            射精した。

            年にも合わぬ夥しい精液が迸った。

            裡が微妙に収縮した。

            中に幾つも締め付けるチューブを持っている。

            「うおおおお!」射精が停まらない。

            一滴も残さずに吸い尽くす…蠕動する肉壁に意思がある。

            「も…もう、いい…放してくれ」男は息を荒げて、腰を掴み、萎えきった男根を引き抜いた。

            ドロリ…マサの開いた肛門から放ったモノがゆっくりと滴る。

            こんなに溜まっていたのか…ゼエゼエと腰を着いたまま肩で息をする男の前にマサが這い寄った。

            いつのまにかセーターから腕を抜いている。

            萎えきった逸物に指を沿えるとぱっくりと咥えた。

            「い、や…勘弁してくれ、直ぐにはできないよ」

            そう言って拒んではみたが…「くうう…」

            右手で扱きながら鈴口を吸い上げると、裏筋を舌先で舐め上げる。

            左手で陰嚢を揉みながら指は蟻の戸渡りを這い回り、肛門を愛撫する。

            「お前…どこでこんな…」出し切ったと思った男根が屹立した。

            先生、あんたが仕込んだのか?

            上目遣いで見上げながら男根を頬張る紅い唇に妄想が生じる。

            あの先生が…YOUに仕えるマサの姿態がオーバーラップした。

            くっそお〜、成り金の小倅が偉そうに!

            「おい、出すぞ!呑めよ」髪を掴んで引き寄せた。

            男のツボを知り尽くした口腔愛撫にひとたまりも無く昇天し男は再び放った。

            当然のように嚥下すると、両手で捧げ持って舌で清める。

            十分に満足した。

            フラフラと立ち上がり脱ぎ捨てたズボンを穿く。

            「おい、先生には黙ってろ。また抱いてやるから」こっちが癖になりそうだ…

            今度はあの肌を舐め回してやろう…だが今日の所は、もう体力がない。

            それに夜が明ければ人目につく。

            YOUが不在の深夜に迂路ついているのを見とがめられたら大変だ。

            「ああ、コピーは先生が帰ってからもらいに来るから」

            戸口からセンサーで辺りを確認し付近に人がいないと確かめてから、そっと出て行った。

            誰にもばれない──男が判断したようにマサがただの欲求不満の若者だったら、そうだったかもしれない。

            しかし、マサはYOU専用のセクサドールだった。

            マサの性衝動はプログラムで波長に変えられ、チョーカーから主人であるYOUの指輪に送られた。

            YOUは急いで打ち合わせを中断した。

            自慰ではない…指輪の波長を携帯端末に送る。

            変換された映像がはっきりと見えた。

            マサのチョーカーに付いている蛇の眼に写った映像だ。

            誰かがマサを貫いている!

            裡に放っている。

            マサが…自分から咥えた?!

            目の前が真っ暗になった。

            椅子に座っていなければ倒れていただろう。

            許さない!

            怒りの激情で狂いそうだ。

            「予定を切り上げる、今夜の便を手配してくれ」必死で声を和らげる。

            「明日はレーベル主催のパーティーが」

            「打ち合わせが目的なんだ、それさえ終われば用はない!」怒鳴りつけていた。

            「は、はい」スタッフが飛び上がる。

            普段温厚なYOUからは想像もつかない。

            「他のスタッフが出席するんだ構わないだろう。俺は先に帰ると会社に伝えてくれ」

            急いで打ち合わせの続きを再開しなければ…一本でも早い便で帰るんだ。

            「あ、あの先生…」

            YOUはそそくさと控え室を後にした。

            「まったく芸術家の気まぐれにも困ったもんだよ」担当者は溜息をつくとエアポートの空席状況にアクセスした。


            “お客さん”はなんの指示もしないで帰ってしまった。

            シャワーを浴びて躯の中のモノを始末してもいいのか…服はこのままでいいのか…命令がないから動けない。

            緊急事態でいきなり呼び込まれたプログラムは完全に機能されていなかった。

            今までのマサとしてのプログラムが平常な状態に戻ったと確認して、動き始めた。

            いつもならば、YOUの指示がなくても自発的に状況判断と過去のパターンから検索し最も適した行動を起こす。

            しかしAI内では二つの異なるソフトが際限なくクリ−ン・インストールを繰り返し、マサは書斎に座り込んだままだった。

            「あっ」マサの躯がピクリと動いた。

            チョーカーのパルスが強くなった。

            「YOU様が帰ってこられる!」途端に従来のマサのプログラムが全面作動した。

            緊急作動した基本システムは再びフリーズされ、格納された。

            玄関が開いた。

            他に人はいない──“先生”ではなく“YOU様”と呼べる。

            「YOU様、おかえりなさいませ」命令がないので抱きつけない──かわりに床に正座してYOUの靴に頭を擦りつけた。

            どんなにせつない思いで待っていたか…愛人なら口に出して媚びるだろうがセクサドールには許されない。

            躾けられた中で、恋い慕う気持ちを表す精一杯の表現だった。

            見下ろすYOUの顔は青ざめていた。

            マサの額から靴を外す。

            「来い!」書斎へ向かう。

            マサのセーターは伸びきり、所々穴が開いていた。

            綿パンのジッパーも壊れ、腰で止まっているに過ぎない。

            何より、その口元にははっきりと残滓がこびり付いている。

            スタッフより先に帰ってきたのは正解だった。

            愛人でも恋人でも、どう噂されようと構わないが、マサのこんな姿は絶対誰にも見せられない。

            いや、知っている奴がいる。

            この姿にした張本人だ。

            パルスを通じて、まるで自分が犯されているような錯覚に陥った。

            許さない…だが、チョーカーの蛇は相手の顔を映さなかった、

            その分怒りはマサに向かう。

            鞭を手に取った。

            書斎には生臭い匂いが漂っている。

            床に白濁の零れた汁がシミとなっていた。

            鞭を見てマサは平伏した。

            なんで折檻されるのか解らない。

            自分はちゃんと留守を守ったつもりだった。

            「脱げ」

            慌てて綿パンとセーターを脱ぐ。

            “あれ?おかしい、ジッパー壊れてる”…その時ちらと思った。

            「その痣は何だ?」白昼の光に晒された白い肌に付いた愛撫の痕をみれば何が起きたか解るだろう。

            「…わかりません…」今、言われて気付いた。

            「こっちに尻をさしだせ」

            四つん這いになって尻を掲げる。

            「ぎゃあ!」YOUの指が4本差し込まれ、秘奥の底を抉った。

            「これは何だ」どろりと悪臭を放つモノが、屈んだマサの鼻先に突きつけられた。

            「…わかりません…」去っていったお客は消去される。

            客が安心して遊べるように、来店から送り出すまでの、客に関する全ての記憶がリセットされる仕組みになっている。

            そのシステムは固められ格納されてしまった。

            だからマサにはベッドから起きあがってからとYOUが帰宅するまでの、この一両日の記憶が無い。

            YOU様のベッドに勝手に入ったから折檻されるのだ…そう思って身を屈めている。

            マサの抑揚の無い返答にYOUは激怒した。

            ラバー鞭を思い切り振り下ろした。

            「あひっ、お許し!」

            白い背中から尻に掛けてみみず腫れが走り、真っ赤に腫れ上がった。

            「お許しください!お許しください!」泣きじゃくる躯に何度も何度も振り下ろされた。

            皮膚が破れ血が滲む。

            「お許…し…」それでも鞭の勢いは止まない。

            転げ回るマサの胸と言わず腹と言わず、庇った腕ごと顔面にも振り下ろされる。

            折檻が止んだのは哀れな性奴が股間を打たれて悶絶し、完全に気を失ってからだった。

            鞭を捨てた。

            振り下ろす衝撃で、握った手の皮が剥けて血が滲んでいる。

            何でこんな事になった…

            熱いモノがこみ上げる。

            涙が溢れた。

            白目を剥いて倒れているマサを抱きしめた。

            腫れ上がった皮膚が火のように熱い。

            徐々に冷静さを取り戻す。

            “…わかりません…”嘘をついているようにも、相手を庇っているようにも見えない。

            勿論マサは、指輪から自分が不倫…いや浮気、とにかく主人を裏切る行為をしているという情報が伝わっているとは知らない。

            隠すつもりならばこんないかにも犯されました…という格好でいるだろうか?

            しかも胎内に相手の精を残したまま…

            犯された…怒りが困惑に変わる。

            壊れたジッパー、形を成さないセーター…誰かがマサを犯した…だがそれをマサ自身は覚えていない。

            どうしたらいいだろう…

            マニュアルにもこんな事は書かれていない。

            自分が付けた傷の手当てをしながら考え込む。

            まてよ、マニュアルに書かれていないのなら…

            マサの躯を寝床に横たえ、テツローが“折檻しすぎた時に”と持たせてくれたクローン用の化膿止めと鎮痛剤を注射する。

            テツローに聞いてみよう。

            急いでPCを立ち上げ、秘密のコードにアクセスする。

            これが何度か経由され、月面地下のチャンドラ・マハルに辿り着くまでに一時間掛かる。

            その間、こちらの身元が照会されて、バリアが外され、やっと繋がる。

            事情を手短に説明するつもりが、つい非難交じりに長くなる。

            ――マサちゃんはあなただけのモノ。誰にも懐かないわ…うらやましい――そう言ったのはどこの誰だ!

            延々と続いた状況説明と苦情──最後は愚痴と泣き言になってしまった顧客からの“質問”を聞き終えたテツローが溜息混じりに言った。

            「そういう事なら、アタシより担当者の方がいいわ。マサちゃんの中身は複雑すぎて他の人じゃわかんないのよ」

            スクリーンの向こうでテツローはいつものシナをつくり、Cを呼び出してくれた。

            金髪が画面に現れた。

            今日は白衣を着ていない。

            こうしてみると水商売の関係者だ。絶対に医師とは思えない。

            「あらかたの話はテツローから聞いた。で、どうしたい?」

            「どう…したいって」どうしたらいいのか解らないから、危険を承知でチャンドラ・マハルにアクセスしている。

            「つまり他の奴に抱かれた性奴は嫌だって言うんだろう?だったら捨てる前にこっちが引き取りに行くから待ってくれ」

            「え?」そんなつもりは…

            「引き渡す時にも言ったがあいつは最高傑作なんだ。あんたこの前の定期チェックの時、呼び分けと単体外出行動をマスターさせたって自慢したよな?それくらいあいつに搭載したAIは凄いんだよ。プログラムを初期化すれば中古でも高価な売値が付く。捨てられたと自覚すると自壊モードが動いて溶けちまうから、その前に回収したい。下取りってことで次のセクサドールは優先的にあんたに回すように手配しよう」

            「ちょっと待って…マサを手放す気はないよ」

            「はあ?」Cは一瞬躊躇した。

            店のセクサドールじゃ飽きたらずに専用を持つ客は、他人に抱かれた躯が嫌だから…が一番の購入理由だ。

            その為、何かの都合…今回のように強姦されたりした場合、それを嫌って売り払ってしまう。

            他人のアレを知った躯などに価値は無いという訳だ──が、この大金持ちの音楽家は違うらしい。

            「何が聞きたいんだ?」質問を変える。

            「何でマサは何も覚えていないのかと…このままじゃ相手が誰かも解らない、また姦(や)られたら…と思うと…」

            「あのなあ」…呆れたようにCは相手の苦情を遮った。

            「あいつの基本ソフトは店に飼われてるセクサドールと同じだ。性交の知識も排泄の習慣、餌の食い方まで記憶としてベースに持っている。その上にあんた専用のプログラムを乗せている、何らかの…つまりあんた以外の男と無理矢理にでもSEXした時は、混乱から専用プラグラムが機能停止して、基本モードが動く。するとあんたを店の主人、つまり絶対君主だな…と認識して、襲った相手を客にシフトする。客が帰れば全てリセットされるから、マサのAIには何も記録が残っていない…ってことは何度姦(や)られってマサは覚えていないんだよ、つまり無かった事になる。あんたさえ気にしなければ何も問題ないじゃないか?」

            「気になるだろう?自分のセクサドールが他人に…」

            「解らんな…だから気になるなら、売りに出して新しいモノに買い換えろとさっきから言ってるじゃないか?」

            「マサは手放さない!」

            Cの目が細まった。

            「まさか、あんた…セクサドールに惚れたんじゃあるまいな?」

            「え?」そんな…馬鹿な…意識したこともない…

            「いいか?セクサドールは性交用愛玩体だ。あんたに調教され完璧に好みの性奴に仕上がってはいても、他の相手を宛がえば躯を開いてしまう、はなからそういう代物なんだよ。あんたに対する服従や慕情、まあ恋心と言ってもいいか…それはプログラミングされた中で発生したモノだ。その何だっけプライベートアシスタントの仕事ってのも調教の過程にあるモノと認識してプログラムが対応したに過ぎない」

            Cは一気にまくし立てると、ディスプレーの向こうからじっとYOUを見据えた。

            「どんなにあんたが惚れ込んで嫉妬しても…愛人にはなれない」

            嫉妬?…この感情が嫉妬?

            我を忘れるほどの怒りの原動力は嫉妬なのだろうか?

            「何度も言ってるだろう?クローンと認識しているなら何をさせてもいい。あんたみたいな飼い方してりゃ周りに人間と思いませなきゃ飼えないからな。だがあんただけは人間扱いしちゃ駄目だ、どんな時も…」

            YOUは一方的にアクセスを切った。

            vol.5 愛人 fin

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