脳裏に浮かんだ遙ちゃんの顔が、ただ、俺を真剣に見つめていた。
純粋すぎるくらい真摯な彼女の想いを直接訴えてくる瞳だった。
ああ、そうだ。
俺は、あの瞳を見て決めたんだ。
あれだけひたすらに想えること、それは強さなんだと思う。
彼女のその強さが、俺は羨ましかったのかもしれない。
だから、告白を受けた。
俺もまた、本当に人を好きになれるんじゃないかって思って。
あの時の遙ちゃんは美しかった。
きっと、その彼女の心が余計にそう見せたんだろうと俺は思う。
ぐっ、と拳を握り締めた。
瑞帆も、そんな風に輝いていた女の子だった。
でも……。
俺は、扉を開け、下宿へと戻った。
荷物を降ろすと、言い知れない喪失感が沸いてきたが、同時に何かからようやく開放された気もしていた。
「ごめんな、……さようなら瑞帆」
その後、少しだけ泣いた。
俺はその日、試験の後のデートで、初めて遙ちゃんの唇を奪った。
……
…………
………………
……………………6年後
「ん、斉さん、どうしたの?」
声に気付いてそちらに視線を向けると、ベッドから眠そうな瞳でこちらを見ている遙の目と出会う。
「あ、起しちまったかい?」
俺は、ライターの火で燃やしていたそれを灰皿に放り出して、微笑んだ。
「うん。それ……手紙?」
遙は、体にシーツを纏うようにして、体を起す。既に体の隅々まで見た仲だけれど、いまだに彼女はそういう慎みを忘れない。
「ああ、ちょっと、昔のね」
遙はそれだけで、なんとなく気付いたのかもしれない。少しだけ哀しそうに「そう」とだけ言った。
女のカンって奴は恐ろしいな。
思わず、苦笑いが浮かぶ。
下手に想像をたくましくされても困るし、機先を制して言っておく事にする。
「昔、付き合ってた娘から最後に貰った手紙なんだ」
あの後、奈緒から渡されたものだ。懐かしい筆跡がそこには踊っている。
でも、結局その中身は読んでいない。
何度か中身を読んでみたい衝動に襲われたが、結局今日までその封を開けることは無かった。
そして、これから先も。
結局、瑞帆の行方はその後も分からなかったが、俺もあえて深く知ろうとは思わなかった。
「良いの?」
こんなときに心配そうな顔つきをする遙が愛しくて、なんだか熱いものがこみ上げてきた。
やべ、大事な日を明日に控えて、俺も感傷的になってるのかもしれないな。
ぐい、と遙を抱き寄せ、その髪に顔を埋める。
リンスの爽やかな匂いと、彼女の甘やかな体臭が鼻腔を刺激する。
俺に抱かれるようになってから、遙はますます美しくなった。
それが前の美しさとは違う、女性らしい柔らかさを身に付けていくようで、俺は嬉しかった。
それはきっと、遙の心が豊かになっているということでも有るんだと思う。
こうして抱きしめていると、すぐに遙の体も熱くなっていく。
「あ、斉さん……」
切なげな声が俺を呼ぶ。
「する?」
「っ、……その、はい。優しく、してくださいね」
俺のストレートな発言に顔を真っ赤にする遙。
「全く、明日、俺の嫁さんになってくれるんだろ? 慣れなくちゃ、だぜ」
遙が、小さく頷くのを見て、俺は、一歩ベッドに近づく。
ふと振り返ると、灰皿の上の火は、もうほとんど消えかかっていた。俺は、それが消えるまで、じっと見守っている。
ふと、遙の視線を感じた。
何かを見極めようとするかのような、不思議な視線。
悲しみも喜びも、有っていいはずの感情はそこには浮かんでいない。
「どうかした?」
「いえ、なんでも」
俺の声を合図にするように、彼女の顔には表情が戻る。
気のせいだろうと、首を振る。きっと、彼女も明日という日を控えて複雑な心境なんだろう。
「早く、して欲しかった?」
「斉さんの……ばか」
また真っ赤になった遙に、俺は、甘いキスをした。
エンディング bP 遙に一生監視される。
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