幸せな嘘


「ふう」
 俺は、思わず溜息をついた。
 目の前には、どっしりした門が開かれている。
 天神音楽大学。
 ゆうひの通っている学校だ。
 どうして俺がこんな所にいるかといえば、少し前に寮にかかってきた電話の所為だ。
『あ、耕介君? うちや、ゆうひや。あの〜、そんでな優しい耕介君に頼みがあるんやけど……』
 ゆうひの猫撫で声で大体何なのかは察しが付いた。
『忘れ物、か?』
 思わず苦笑いを浮かべてしまう。
『あはは、そや。な、耕介くん頼むわ、今から大学まで持ってきてくれへん?』
『そりゃ構わないけど……』
『うちのピンチなんや。助ける思って、な? 時間があったらその後デートもするから』
『デート? ……そんな暇あるのか?』
『うん、ちょっとした用事が済んだら、後はもう講義無いさかいな今日は』
『でも、俺の方に時間があんまりなさそうなんですけど……』
『耕介くんのいけず……』
 まるでゆうひが頬を膨らませているのが見えるようだった。
『わかったよ、持って行ってやるよ。ところで何をもっていけば良いんだ?』
『本当か? あのな……』
『わかった、すぐもって行くよ』
『ありがとな、本当、耕介くんは大恩人や、神様や』
 と言うわけでゆうひのためにわざわざここまでやってきたわけだが。
 バイクで来るとデートがしにくいとか言うゆうひの話でバイクはパスだ。
 ちょっとここまでバス停から歩いてくるのは面倒だった。うーむ、体が鈍ってんのかなあ。
 しかしそんなに大事なものなのかね? これ。
 紙袋に包まれたもの……。
 むむむ、気になる。
 ……中身、見たら怒られるよな。
「ああ、馬鹿な事考えてないで待ち合わせの場所に行くか」
 本当、いくら恋人同士になったからってそんなのは覗き趣味だよな。
 最近ゆうひの奴色々と忙しくてデートも出来なかったとは言え、ね。
 待ち合わせ、噴水のところといってたな。
 しかし、大学ってのは広いねえ……。
 人もいっぱいいるし……俺も大学に行くって言う選択肢があっても……ま、良いか。
 俺はさざなみ寮の管理人になれて幸せなんだから、な。
 お、……あれかな?
 噴水の周りにはたくさんの学生達が休み時間を満喫してるみたいだ。
 そういや、丁度昼飯時か。
 ゆうひは……と。いたいた……あれ?
 見回してみるとその目立つ容貌はすぐに見つけることが出来た。
 だけど、側には話し掛けている男が一人。
 丁度ゆうひが微笑みかけているところだった。
 ……その時余裕がなかったら、もしかしたら俺は嫉妬してたかもしれない、けど。
 その微笑みを『見慣れていない』俺にはすぐに事情を察することが出来た。
「ありがとう。それじゃさいなら。な?」
 そう、男をあっさりと容赦なく袖にする間も微笑みは絶やさない。
 結構、ゆうひって怖いかもな……。
「ゆうひ?」
 ゆうひの顔がぱっと輝く、それこそ、さっきまでの作り物の笑顔を向けられていた奴が敵ながら憐れになるほどに。
「あ、耕介くん。持ってきてくれたんやね?」
「ああ、でも、なんなんだ? これ、あんまり大学には関係なさそうだけど……」
「中、見たん?」
 受け取ってゆうひがじと目を向けてくる。
「いや、見てないけど、デパートの紙袋に入ってるものが必要とは思えないだろ?」
「ふふん、それは秘密、なんよ」
「なんだか気になる言い方だな……」
 にっこり笑い直し、ゆうひが腕を取って来た。
「そんなんええから、行こ? 久しぶりのデートきっちり楽しんだらな、あかん」
 俺は半ば引きずられる様に、連れられて歩いていった。
 さっきのナンパ男くんが呆然として、こっちを見ているのがすこし笑えた。
「こっちこっち、耕介くん。このあたりはうちのほうが詳しいんやから……」

 それから随分と色々な場所を二人でうろついた。
 ゆうひの大好きだと言う甘味処にも寄った。
 周りが女の子ばかりで落ち着かないことこの上なかったけど。
『えへへ。でも、うちには専属コックさんが居るからな。本当はそれが一番美味しいんやけどな』
 と言ってくれたので満足した。
 景色の綺麗な丘とやらにも案内してもらった。
『初めて会ったあそこの高台思い出すな』
 と言って甘えてきたゆうひをかいぐりかいぐりしてやった。
 残念ながら途中から天候が崩れて雨が降り出したので二人で必死になって町まで走ったけれど。
 辿り着いた頃には、雨は止んでしまっていて、二人で笑った。
『なんかうちら二人まるで馬鹿やね』
 遊び疲れたのか帰りの電車の中でゆうひは俺にもたれかかって寝てしまった。
『本当……こいぬみたいな奴だよな……』
 思わず微笑ましくてしっとりと少し濡れてしまった髪を撫でる。
『くぅん』
 と、どうやら少し前から起きていたらしい。
 こいぬが甘えるような声を出して、ゆうひは笑った。
 電車に乗っている間に雨はまた振り出していた様だった。
 ついてみると空は真っ黒で、雨がいやぁな感じで降りしきっていた。
「はわぁ……また、走らなあかんかしら」
「今度はそこらへんで雨宿りしてからゆっくり帰ろう……とそう言うわけにも行かなかったか」
「なんで?」
「皆が夕食待ってるだろう?」
「でも……この雨だとずぶ濡れになるよ?」
 確かに……仕方ない。
「じゃあ電話して迎えにきてもらうか?」
「……うん、そやね……」
 ゆうひがなんだか少し考えるそぶりをしてから言う。
 ?
 とりあえず近くにある電話ボックスに走ろうとすると、ゆうひが俺を引きとめた。
「あ、耕介くん。うちが電話するわ」
「なに? なんか用事でもあるの?」
「内緒。女同士の内緒の会話があるんや。だから、ここはうちに行かせてな?」
 なんかちょっぴり釈然としなかったけど、そんなに無理して聞く気もなかったので、「わかった」と言ってゆうひに任せた。
 ゆうひは何度かこっちの様子を見ながら電話で話している。
 何話してるんだろ……。
 にっこり笑って手を振るゆうひに振り返す俺。
 ……何やってるんだろ、俺。
 間違いなく周りから見たらこっ恥ずかしい奴だな。……幸せだけど。
「愛さん帰ってきとったよ。少し用事が有るから迎えに来るのは時間かかるって」
「そか、じゃあそれまでここで雨宿り、かな」
「うん、二人っきりのデートが少し延びて良かったやろ?」
「……」
 苦笑いで誤魔化した俺をゆうひが問い詰める。
「なんや? 嬉しく無いんか?」
「いや、雨に感謝してる」
 そう言った途端にゆうひが破顔する。
「ふふ、楽しかったな」
 ゆうひは大事そうに紙袋を抱えたままくすくすと笑う。
 ……って紙袋?
「ゆうひ……一つ聞きたいんだが、その紙袋このまま持って帰って良いのか?」
 びっくりした顔のゆうひ。
 ついで、おろおろと困った雰囲気。
「あ、あはは……これは、良いんや。ほんまは耕介くんとデートするんが目的やったんや……怒ってる?」
 そう言う事か。
 まあ、そう言う風に言われたら……悪い気はしな行けど。
「……今度からは、ちゃんとそう言えよ。ゆうひがしたいんなら俺だって暇ぐらい作るさ」
「うん、ごめんな。今度からは、そうするわ。……ちゅう事で、今日は付き合ってくれてありがとな」
「良いよ、俺も楽しかったし」
 そんなこんなするうちに愛さんがいつものミニで二人を迎えにきてくれた。
「二人とも、楽しかったですか?」
 ニコニコと愛さんは聞いてくる。
 いつもの事だけどこの人の微笑みは本当嬉しそうだな。
「はい。でも、すいません。管理人なのに寮の方」
「ああ、良いんですよ。ゆうひちゃんの忘れ物を届けにいったんでしょう?」
「あはは……」
 こら、ゆうひ笑って済ませて良いのか?
「まあ、そう言う事になりますけど……」
「良いんですよ、気にしなくても、それだって大事な事じゃ無いですか」
 う、罪悪感が……。
 でも、言うわけには行かないしなぁ。
「ごめんな? 耕介くん」
 ゆうひが困ったように謝ってみせる。
「いや、良いよ」
「そうですよ、耕介さん」

 そして、わずかな時間の後。
 俺はさざなみ女子寮の玄関の扉を開けた瞬間に固まっていた。
 パ〜〜〜ン!
 パパ〜〜〜〜〜ン!!
「誕生日おめでとう、お兄ちゃん」
「おめでとうなのだ、耕介」
「おめでとうございます、耕介さん」
「おめでとうです〜、耕介さん」
「誕生日おめでとうございます、耕介様」
「良かったな、耕介……知佳のやつが腕を振るって料理作ったんだからな」
「誕生日おめでとうございます……耕介さん」
 ミニを置いてやってきた愛さんも後ろから声をかけてくれた。
「誕生日、おめでとう。耕介くん」
 ニコニコとしたゆうひ。
 そのままリビングに追い立てられる。
 そこにはあからさまな飾り付け……。
 ……はめられた。
「ってことは、その紙袋は」
「うん、実は誕生日プレゼントや」
 最初から……仕組んでたんだな。全く……皆馬鹿だよなあ……。
「……呼び出したの……やっぱり怒ってる?」
 少しいたずらっぽく笑いながら言うゆうひを抱き寄せながら。
「ああ、怒ってるよ」
 と俺はきっと嬉しそうに、笑いながら言った。
 
BACK
TOP