今が一番大事

 
 車の中……私はいつまでもこうしていたいような、それでいて早く止まって欲しくも感じてた。
 今日は私の16歳の誕生日。
 
 真一郎が、私をデートに誘ってくれた日。
 
 覚悟していた……とうとう来るべきときが来たんだな……。
 
 でも、それでも、不安……。
 だって、今の私は初めてなんだもん。
 
 どきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどき。
 
 心臓の音、うるさいよ。真一郎が何言ってるか聞こえやしないじゃない。
 もう、なんだってこんなに恥ずかしがってんのよ……。
 あの時はいっぱい、愛し合ったじゃない。……本当の体じゃなかったけど。
 
 それに、もう真一郎とはそう言うことはいくらかしていた。
 生まれ変わってからの体でも……でも……。
 あの時も……
 
 
 
「ごめん……」
 体が震えていた。
 涙が出ていた。
 簡単なことだと思ったのに……。
 怖かったんだ、私。
 だって、まだ私は初めてを経験したことがなかったんだから。
 前のときは幽霊だったから……初めてなんて関係なかったし。
 それに、記憶はあるけど、感覚は良く思い出せない……だって、普段のときにはエッチの感覚なんてよく思い出せないじゃない。
 それに、その前……生きていたときの記憶になると、もうだいぶぼやけてる。
 両親のことも覚えてるし、一度真一郎に連れていってもらって会いに行ってみた……。
 遠くから眺めるだけで帰ってきちゃったけどね。
 だって、もう、思い出でしかなかったから……。
 
「気にするなって……俺は七瀬が準備できるまでいくらだって待つよ」
 ぽんぽんと頭をなでられる……。
「キスして……」
 頭をなでられるのは嫌だった……大好きな真一郎とその年齢の差を感じちゃうから……。
「ああ、今はこれで十分だよ七瀬……」
 ちゅ……。
「ん・んんん、あ……あむ……ぅ」
 ボーっとする、さっきまで燃え上がらされていた体はすぐに熱くなってくる。
 欲しい……。
 真一郎は全然満足していないはず……私だって……いくときは手じゃなくて真一郎の……
 かぁぁぁぁぁ。
 頬が赤くなって興奮してくる。
 でも、体の芯にはまだ恐怖が残ってる。
 じっとりといやな感触がまとわりついている。
 今はまだ、私の覚悟が足らない……真一郎を好きなのに……。
 ……それとも、まだ想いが足らないのかな。
 
「んく、あぁ……」
 真一郎が顔を離していき、唇同士の短い逢瀬は終わりを告げる。
 
「真一郎……好きだよ」
「俺も七瀬が好きだよ」
 切ない声。
 いつも、そんな声で私を呼ぶ。
 少しだけ不安が頭をもたげる瞬間。
 いつかある別れを感じているような声に、私は泣きたくなってしまう。
 自分が、かつての自分がそうであったように。
 
 でも、真一郎がそう言っているなら私にはなんにも出来ない。
 その言葉を信じること。
 それができること。
 
「今日は帰ろう、七瀬……」
「う、うん……ごめんね。真一郎」
 真一郎は笑う。どこか無理した壊れそうな笑顔で。
 
 そんな顔しないでよ……。
 私だってただの女の子なんだから。
 
 
 
 車が止まった。
 目の前にそこそこ高級そうなホテルの姿……。
 
 どうしたって不安になる。
 だって、今は真一郎の方が大人だから……私よりたくさんの事を知ってるから。
 長く見ているだけならそれは私の方が長いけど……所詮それは高校までの限られた生活の中……。
 私にとって、その先は未知。
 真一郎の傍には誰か綺麗な女の人がいるんじゃないか……高校生の持ってる幻想なんか通用しない……しがらみがあるんじゃないか……。
 
「真一郎……」
 声が震えてる……。
 このままじゃきっと今日も駄目。
 いやだ……真一郎に嫌われたくない……。
 
 ……あ……私、いつから真一郎に嫌われたくないなんて考えるようになったんだろう。
 
 真一郎が知らない世界にいる。
 その事が怖くて、だから真一郎の気持ちがわからないって、傍にいないといつも怖くて……。
 
 でも、そんな気持ちのままじゃ抱かれたくない。
 そんな不安を抱えてるから、最後の最後で、怖くなるんだ。
 
「真一郎……私、私……」
 不思議そうな顔で見つめる真一郎。
 話さなきゃ……思ってる事みんな。
 絶対的な年の差。
 そばに居れない事が不安な事。
「真一郎……真一郎……」
 話すそのうち、言葉は叫びのようになってきて、真一郎は泣きじゃくる私の背中をそっとなでてくれた。
 
 ……
 …………
 ……………………
 
「落ち着いた?」
「うん……ごめん……私……真一郎に……」
「そんな事で、悩んでいたんだ……」
「『そんな事』じゃないわよ、大切な事だよ」
 それとも、真一郎にはもう大切じゃ無くなったのかな……。
 だとしたら、私は何をしたら良いんだろう。
「違うよ……馬鹿だなって思ってさ」
「え?」
「……俺の方だよ、悩んでいたのは。俺なんか……おじさんだよ? 七瀬の青春それを一緒の場所で共有してやるわけには行かないし、それにもっと若くてそばに居てやれる恋人ができちゃうんじゃないかって……そうしたらどうしたら良いかなって凄く悩んでたんだぞ」
 え……。
「そ……うだね。私おじさんはあまり好きじゃないしね……」
「やっぱ、そう思うか……」
 真一郎何さびしそうな顔してんのよ。
「でもね、真一郎は好きだよ。だって真一郎はおじさんじゃなくて……私の真一郎だもん」
 当たり前でしょ。真一郎は私の大好きな真一郎なんだから。おじさんとかなんとか、そんなの二の次だよ。
 ぎゅっ。
 すぐ傍に真一郎の顔。
 私はそっと目を閉じる。
 唇に触れる感触……。
 忘れないようにしよう。この感触を、大好きな人と触れ合う時のこの感動を。
 大丈夫、真一郎だったら大好きな真一郎になら、全部あげられるから……。
 
「七瀬……部屋行こうか」
 食事が終わって、真一郎がそう言った。
「うん……」
 もう怖くないつもりだったけれど、のどがからからだった……。
 緊張してる……。
「部屋に行くと少し驚くかもしれないな」
「え?」
 そんな私に笑いかけて、真一郎が言った。
 扉を開けて中に入り込む。
 特に何があるわけでもない……普通の部屋だよねえ?
 真一郎はつかつかと窓へ歩み寄っていく。かけられたカーテンを開いて私を手招きする。
「あ……あれは」
 覗き込むとそこにはあの旧校舎が見えた。すぐ傍にではないけど、輝く夜景の中にしっとりとした雰囲気を持って佇んでいた。
 切ない思いが体の中を駆け抜けていく。
 真一郎……。
「七瀬は、昔の事、やっぱり気にしてる?」
「うん……」
 少しは気にしてた……。
「今の私が好きなのかな、昔の私を忘れちゃったんじゃないかな。矛盾しているのに、どちらもいやだった……。真一郎に『好きだ』っていつも約束を貰わないと心細くて仕方なかったの、意味がなくても……」
 真一郎が、泣きそうになった私をしっかりと優しく包み込んでくれる。
「約束って私、嫌いだったはずなのにね」
 真一郎のその胸に顔を寄せて私はつぶやいた。
「人は変わるものだよ。変わっていく部分も含めて七瀬を好きになったんだよ。昔の……あの旧校舎の記憶――あそこで過ごしたって事実、それが何もかも無くなったってわけじゃないでしょ?」
 無くなるわけない。大事な思い出だもの。
 頷く私に真一郎は続きを話し出す。
「あれはあった事で、だからこそ今の俺達がいるわけだよね。七瀬にとって前世の事でも、それ無しで今の俺達はいないでしょ? それで良いんだよ」
 でも、変わると言う事は永遠の愛なんてないってことだ。
「でも、悲しくない? 今の想いと昔の想いは違う。変わってしまっているのに……」
「どうして? 昔の俺の気持ちは昔の七瀬が受け止めてくれたよ。今の俺の気持ちは今の七瀬に受け止めて欲しい……」
「じゃあ、昔の私はもう好きじゃない?」
 真一郎はなんて答えるんだろう。
「違うよ……俺の中に昔の俺もいるんだ。昔の七瀬を好きだったその部分。そして今の七瀬を好きな部分。でも、それぞれ全然違うものじゃないんだよ。昔の俺がいるのは俺の生きてきた証の積み重ねだから。そうやって人間は成長していくんだから。だから今が大事、昔は昔でその時その時が大事、未来だって同じ。きっと未来の俺がその時を大事にしているよ……」
「じゃあ、どうして結婚するの? 未来を誓い合う事じゃないの?」
「今の俺が七瀬と結婚したいから。確かに俺だって未来の事は何一つわからないよ。今の俺にあるのは七瀬が好きだって気持ちだけだ。でもね……」
「なに?」
「七瀬を好きだっていう今の気持ちはいつまで経ったって無くなったりはしないんだよ。俺が昔の七瀬を好きなのと同じように」
 真一郎は、難しい顔をした。
「なんだか、難しいけど、昔の事を気にしていても昔の事はもう変わったりしない、未来の事は見えないし、だから今の気持ちを大切にしたい……って言う事なんだけどね」
「今の気持ち……」
「自然になるってのも無理だと思うけど、あんまり気にしない事じゃないかと思うよ。いつだって大切だって思ったことを素直に信じればいいと思うんだ」
 真一郎の言葉がゆっくりと自分の中に染みとおっていく……。素直に自分の思ってること、私は何を想ってる?
 
 ……見つけた。
 
 私にとってたったひとつの大切な素直な想い。
 
「ある。一つだけ……やっぱり、なにより真一郎が好き。過去より未来より、今真一郎が好き。これは私の素直な気持ち」
「ありがとう七瀬。実は……だから、ここにしたんだ。七瀬にプロポーズする場所はきっとここ以外にないなと思ったから」
「え……プロポーズ……?」
 真一郎が静かに頷く。まるで時間が止まったように感じられる。
「俺と結婚して欲しい、七瀬」
 そして、永遠にも等しいような時間が過ぎて。
「はい」
 自然に答えを返していた。
 涙が、ほろりと流れていった……。
 
「今、ね。私、素直に言える事がもう一つあるよ……」
「なに?」
「私……真一郎と結ばれたい。大好きだから一緒になりたいよ……」
 それでも、恥ずかしい。真一郎が顔に手をかけて上向かせてくれるまで、私はじっとそうしていた。
 口付け……。
 甘い、そう感じるよ。これまではきっと余裕がなかったんだね。真一郎に任せきることが出来なかった。
 離れて真一郎が上気している私の顔を覗きこんでる。
「七瀬の体ばっかり求めてるから嫌がられてるのかって思ってた」
「好きでもないのに触らせたりしないよ、私は……」
 真一郎に触られるのは好き……ただ、私がまだ甘えていたかっただけなんだよ。
 好きだからってだけで一緒になれないし。
 でも、今はそれが一番大事だって思ったから。
 私はこれからずっと真一郎のそばにいる覚悟が出来たの。
 色んな辛い事……悲しい事、嬉しい事、楽しい事。みんなを分かち合って生きていく、そのための覚悟が必要だったの。
 
 真一郎と一緒なら不安も乗り越えていける。自分を信じていられる。
 こんなに大好きだから、その確信が欲しかったんだ。
 流されるまま、別れが判っていたあの時みたいになりたくなかったんだと思う。
 今度こそ、幸せに二人でいるために……。
 そして、真一郎は私にその確信をくれた。
「愛してる、真一郎」
「俺も愛してる。七瀬」
 心が柔らかく緩んでいく。
 
 真一郎の指が、優しく私の頬を撫でていく。
 首筋……服の上から胸に触れる。
「くっ……」
「七瀬?」
「大丈夫……もう私の体ある程度は知ってるでしょう?」
 ある程度なんて物じゃないはずだけどね。
 私がどんなところで感じるとか……。
「なんだか……俺もはじめてみたいな気分なんだよ」
「ふふっ、なんだか嬉しいな……」
 なんだか照れて赤くなっている真一郎は、すいっと服に手をかけた。
 あっという間に上半身は下着姿にされてしまう。
「嘘吐き……」
 すねる私に、真一郎はくすりと笑い返す。
 
「胸は……気持ちいい……」
「ここは?」
 ちゅっと脇腹のあたりに口付けされる。
「く・はっ……あ、あぁ……」
 そこら中に繰り返される、真一郎の愛撫。
「駄目……どんどん、どんどん……」
 体中燃え上がってくる。興奮で、おかしくなりそうだよ。
 でも、それがいつもより楽。
 気持ちいい、心地いいって言える。
 真一郎の優しさが私の心を蕩かせているから。
 
「七瀬、痛くないように、少し……するね」
「ん……」
 見られている事に耐えられなくて横を向きながら静かに頷く。
 ちゅ……。
「あぅっ!」
 立て続けに襲ってくる強い感覚に、手の甲から漏れた私の声が響き渡る。
「強す、ぎる……怖いよ……」
 でも、もっと欲しい……真一郎を感じたい。
 真一郎と……一緒になりたい。
 ふっと真一郎が目を向けて尋ねる。
 その視線で……。
「うん……真一郎……きて」
 
 っ!!
 痛み。でもそれほど痛くない。正直良かったと思う。
 真一郎と一つになるために耐える事は出来たと思うけど痛くないにこした事はないもんね。
 ただ、それでもずきずきと心臓が痛みに合わせて鼓動を速く刻み始めていく。
「はぁ、はぁはあ……く、あんっ」
 息が浅く速くなっていく。
「大丈夫か?」
 真一郎の声……ああ、私は真一郎といるんだね。
 じわじわと暖かいものがこみ上げてくる。
 痛さとは違う、心地いいもの。
 好きって気持ちそのものみたいな感覚。
 そのおかげでかろうじて「うん」って言える。
 
 …………
「ようやく……ここまで来たね」
「うん……長かった」
「でも、楽しかったよ」
「俺も……これからもっと楽しくなるよ」
「うん。いつもいつも今を大切に、生きていこうね。真一郎」
「ああ、七瀬」
 真一郎に口付けをねだる。
 真一郎はかすかに笑い声を漏らしてからそっとキスしてくれた。
「さし当たって、七瀬の両親に了解を得ないと、な」
「お父さんは結構難物かもね」
 苦笑いする真一郎に、私も微笑みかける。
 
 信じられる。真一郎と一緒にこれからずっと歩んでいける事。
 私にはわかってるよ。真一郎。
 この直感は絶対間違いないんだからね……。
 
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