俺の創作活動


第一話『俺の日常』

俺の名前は五月雨 光喜(さみだれ こうき)。
私立高校に通う17歳だ。
ごく普通の一般的高校生だ、などというつもりはない。
そもそも、一般的な高校生ってどんなのだよ。
そんな風に簡単に表されるような人間性なんてくそくらえだね。
とにかく、一般的とか普通とか、俺は気に食わない。
だから。
俺は悪の秘密結社をやっている――。


「おはよぅ♪」
のんびりと通学路を歩いていた俺の背中に思わずぞわりとするぐらい甘い声がかけられた。
毎日のように聞きなれている俺でも、時折この有様なのだから、さぞ他の連中は毎日戦々恐々としているのだろうと思ったら、存外そうでもないらしい。
何故だ。やつらには対音声兵器機能でも搭載されているのか。
「ねぇ、挨拶したんだから、返事しないといけないんだよぅ?」
どわあああ。
だから、その語尾を微妙に間延びさせるなっ。
考え事に耽っている隙に、耳元でその音響兵器を炸裂させられた俺は思わず飛び退ってそいつに振り向いた。
「毎日毎日……言ってるだろーが、るりか! 後ろから声かけるなら、もっと滑舌良く喋れ」
俺の声に傷ついた表情をしたのは、女子の制服に身を包んだ、身長156cmの一見中学生に見まがうような可愛らしい子だ。
そう、あくまで『可愛らしい子』だ。
実際に、年齢が見た目相応なら、将来に大きな期待が持てそうなそれなりの顔立ちなのだが……。
高校生でこれでは、その期待は本人にとって重いものにしかなるまい。
「ひっどぅい、光喜ちゃん。私の声そんな聞き取りづらくないよぅ」
ふわふわの金髪と、パッチリした蒼い目が特徴の俺の幼馴染、篠崎るりかはその特質通りのハーフだったりする。名前からはちっともその辺がわからないのだ が。
発音が悪いのはその所為だとでも言いたいのか。なんだかむやみやたらに腹が立ってきた。
「ハーフだからって、その発音は許せん、納得いかん!」
「あぅ〜、また光喜ちゃんがおかしくなったよぅ。それにぃ私はクォーターだってばぁ」
ありゃ、そうだったか。
だが、まあ、ハーフだろうがクォーターだろうがそんなことは些細な違いだ。
「お前もそう思うだろ!?」
「い、いきなりそんな事言われてもぉ……」
そのままじっと見つめつづけると、るりかは可愛らしい目をそっと伏せ、なぜか頬を少し赤らめながら「……ぅん」と首肯した。
……なんだか大変間違った行為を犯したような気になってきたが、気にしない。
したらきっと負けである。
「でも、もぅ癖だもん……光喜ちゃんは私の発音嫌いなの?」
少しだけ発音に気をつけてるりかが喋る。
「いや、嫌いでも好きでもない。場合によっては有用だと認めているぞ」
「ゆ、ゆうよう……?」
うむ、と大仰に俺は頷いてやる。
「ともかく、眠くて油断しきっている朝方に背中から声をかけなければ良い」
「なんか、酷いよ……やっぱりぃ」
ふふふ、酷くて当り前だよるりかくん。この俺を誰だと思っているのかね。
「ね、ねぇ……それよりも、あの事だけど」
「なんだ、あの事って?」
「ほ、ほら……あの、あの事だよぅ」
なにを言っているのかさっぱりわからないが、恥ずかしそうに辺りを見回しながら小声で喋るるりかは俺の嗜虐心をそそる。
むう、さすが我が幼馴染。ツボを心得て居るわ。
「わからん。さっぱりわからんぞ。お前の話は5W1Hがなってない。そんなんで言葉が伝わると思うな。ほれ、恥ずかしい言葉を言うが良い」
途中まで真面目だった俺の論調が極端にずれたので、るりかは目を丸くして俺を見つめている。
「え……え?」
「なんだ言えないのか? 言わないと何もしてやらんぞ」
「えっとぅ、光喜ちゃん何の話なのぉ?」
俺がいじめていると言う事に気が付いたのだろう。少し涙目になったるりかが回りの人を気にして俯いた。
「いいか、じゃあ俺の言った事をそのまま復唱するんだ。『ごしゅじんさま、このはしたない……』」
調子に乗ってそこまで喋ったとたんに口をふさがれた。
「いゃぁん、もぅっ!!」
ゆでだこのように真っ赤になったるりかは、そのまま逃げ出していくかと思ったが、数歩先で、ぴたりと足を止めて振り返った。
「ねえ、光喜ちゃん、やっぱり、私たちと一緒にやろうよ、ね?」
滅多に見ないほど真剣な瞳の幼馴染に心動かされなかったかと言えば、それは嘘になる。
が、俺の答えは決まっている。
「馬鹿いうな。誰が正義の味方なんぞ素面で出来るんだ」
俺が正義の味方と口にしたところで、またしてもるりかの手が口元に延びてきたが、体を起してそれを避ける。
ちっこいるりかが俺の口をきちんと押えるなんてのは、俺の方がわざと受けてやらなければまず出来る芸当じゃない。
「中途半端な気持ちでやってるんなら、お前も止めた方が良いぞ。ほんと」
心からの忠告も加えてやる。
ああ、俺ってこいつには甘いなあ。
「私……中途半端なんかじゃないよぅ」
「そう思ってんならそれでもいいけど、とにかく俺はおまえたちといっしょにはやれねえよ」
しばらく、じっと俺の顔を見つめていたるりかが、振り絞るように言葉を口にする。
「私たち、もう昔みたいに仲良く出来ないの?」
「お前が、こっちにこない限りはな」
「……それは、できないよぅ」
「だったら諦めるんだな。まあ、いつでも待ってるぜ。るりかが、俺に体を任せたくなったらな」
にやりと笑うと、またるりかは真っ赤になって今度こそ振り返らずに駆けていってしまった。
やれやれ、だ。
「セクハラ大王ですね」
冷静な機械じみた声が背中からする。
またか。どうしてこう俺の背中から声を掛けたがるやつが多いのだ。
「レイチェル。俺に話し掛けるときは姿を見せてからにしろといっただろ」
言うと、なぜか目の前の電信柱の影から、すらりとしたモデルのような身のこなしで女が姿を表した。
なぜか意味不明なひらひらコスチュームを身にまとって。
「申し訳ありませんでした、光喜様」
俺の前で、ぴしりと直立したままレイチェルがお辞儀をする。その意味不明に深く切り込みを入れられた胸元から、大きく実ったたわわな果実が良く見えた。
というか、既に先っちょに引っかかっているだけのように……。
「あ、あー。いや。その……やっぱ隠れて、ごめん、お願い」
「何故でしょうか?」
一昔前のアイドル顔負けの衣装を平然と着こなし、レイチェルは僅かに不審そうな顔つきをしてみせる。
「いいから早く隠れろ!」
ちょっと泣きそうだ。おのれ。何で俺の方が苛められねばならんのだ。
夜になったら覚えてろよ、レイチェル。
レイチェルは頷くとさっと姿を消した。
と同時に、向こうの方で通行人が数人ばたりと倒れこんだ。
回りの人間が驚いて駆け寄っていくのが見えた。
……何をした、レイチェル。
「光喜様が事実を隠匿したいようでしたので目撃者を消しました。完璧です」
妙に誇らしそうな声が返ってくる。
俺は、頭を抱えた。
俺は悪の秘密結社をやっている。
レイチェルは俺の唯一のまともな部下だと言って良い。
……まともなんだぞ、これでも。
「で、やっぱりセクハラか?」
倒れた奴の事は気にしない。どうせ、赤の他人だし、レイチェルの奴がどうやったか見てた奴は皆無だろう。
俺でさえわからんし。
「ええ、間違いなく、会社で上司と部下の会話だったら、光喜様は慰謝料を払わされますね」
まあ、それはわざとだから仕方ない。
「変態駄目親父みたいでした」
「こらっ、レイチェルてめえっ」
「客観的に見ると、今の光喜様は辺りに誰も居ないのに突然騒ぎ出す電波受信者ですね。ふふっ」
「……ぐあ」
こいつ、やっぱりわかっててあんな衣装で出てきやがったな?
「急がないと遅刻されますよ?」
余裕のある声。
気に入らん。どっちが立場が上か、教えてやろうじゃないか。
「駅前だ」
「はい?」
「さっきの格好で駅前に行って、『活動』して来い」
ここで言う活動ってのはもちろん、悪の秘密結社としての行動だ。
「……先ほどの格好ですか」
なにをとは聞き返してこない。こういう時に自由にしてもいいぐらいの裁量権は与えてある。
何か計画でもあるときならば話は別だが。
「そうだ。隠すんじゃないぞ。俺たちがやってるんだってわからせなくちゃいけないんだからな」
そう、悪の秘密結社なんて胡散臭い代物が地味に社会の裏側で活躍していてなんになる。ひたすら目立たなくてはいけないのだ。
「いけず」
どうやらこいつは口の利き方がなってないらしい。
「それは上司に対する反抗かレイチェル?」
「いえ。それでは、行って参ります。光喜様、御油断なされませんよう」
「大きなお世話だ、行け」
「はっ」
声が途切れ、そこは日常の風景に変わる。
はあ、本当にやれやれだぜ。
ようやくのんびりと登校出来ると俺が思ったその時。
遠くから無駄に荘厳な予鈴が鳴り響いてきた。
「レイチェル、やっぱり後でお仕置きしちゃる!!」



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