俺の創作活動


第ニ話 魔法の在る日常。

三時限目が始まる鐘の音を聞きながら、俺は首をかしげた。
さて、駅で活動させているわけだから、いつもならそろそろのはずだが……。
それとも、活動が目立っていないのか?
一体、レイチェルの奴は何をやってるんだ?
うーむ。
特別指示しなかった事がこうなると少し心配になってきた。
あれでも、レイチェルは俺の正体を知っている数少ない人間なわけだし、へたに向こう側に捕えられて口でも割られると困る。
もちろんるりかも俺の事を知っているんだから、奴らに対して誠実であろうとすれば、俺の事を話しているはずなのだが、今の所そういう素振は見られない。
というか、わざわざその葛藤を横で見て楽しんでいるのだから、レイチェルにばらされてしまっては面白みが全くなくなってしまうというわけで。
ばれた所で、俺は普段通りの生活を断固として続けるつもりなので、その事に問題は全くない。
いや、あるかもしれないが、その無理を押し通すだけの力が俺にはある。
要するに俺が重要視しているのは、あくまでるりかのジレンマ、葛藤である。
そんなことを考えていた俺の耳に、いつもの放送が聞こえてきた。
『2年D組の篠崎るりかさん、2年D組の篠崎るりかさん。至急職員室にいらしてください。繰り返します……』
がたがたっと教室の前の方で席から立ち上がるるりか。
「先生、あのぅ〜」
体育教師としか思えない歴史の教師前島悟郎が呆れ顔をして手を振った。
「ああ、もう、わかったわかった。良いから行って来い」
「はいぃ」
るりかは、クラス中に向けて騒がした事のお詫びにぴょこんと頭を下げ、急いで飛び出していこうとして、その一瞬ちらりと俺に視線を向けた。
“またぁ、光喜ちゃん何かしたんでしょぅ?”
ちょっとだけ哀しそうな、すねたような、そんな顔をしていた。
“しらねえよ。いいから、早く行って来いよ、正義のヒロイン様”
幼馴染だから通じるアイコンタクトを早々に打ち切り、俺は意地悪く笑う。
“むぅぅぅぅ”
どがん。
「きゃぅん」
廊下で俺のほうを見ながら走り出そうとしたるりかが盛大にこけた。
前見て歩け……。
「篠崎ー廊下は走るなー」
教師にやる気のない声で注意され、鼻を押えたるりかは立ち上がり、涙ぐんだ。
「はいぃ〜すみませぇん」
教室中が失笑に包まれ、るりかがもう一度すねた表情を作った。
が、いつまでもそうしているわけには行かない。るりかは急いで今度は歩いて廊下を去っていった。
しばらくすると、
『3年E組の護堂志乃さん、3年E組の護堂志乃さん。至急職員室にいらしてください。繰り返します……』
と放送が入った。
教室の中で、誰かが定番の二人だなと言った。
まあ、それはそうだろう。
護堂志乃(ごどう しの)も正義の味方の一人だからな。
二人とも、駅前で現在起きつつある事件に対して呼び出されたんだろう。
しかし、本当になにをやってるんだ? レイチェルの……や、つ……。
窓際の席で校門に向かって走って行くるりかの姿――おいおい、職員室に寄らないのかよ――をじっくり眺めていた俺は、ふとその目的地である駅のほうに眼を 向けて愕然となった。
「ああああっ!」
思わず授業中だと言う事も忘れ、大声を張り上げてしまった。
可哀相なのは歴史担当35歳花嫁募集中の前島氏だが、俺はそんなこと知ったこっちゃない。
駅の方角の空にゆらゆら揺れる見慣れないものがあった。
レイチェルの奴、あれを使ったか……!
うはーこりゃ見物だなーおい。
何人かが俺の視線に気付いて窓の外に目を向け、ゲッとかうわあとか様々な声を上げている。
そりゃまあ当然の反応だな。
高さ百数十メートルはあろうかという毒々しい花がそびえているのを見れば。
普通、花に対してそびえるなんて言葉は使わないが、その威容は正にそびえるが如くだ。
さて、例の術の効果範囲は花から約300メートル。風はこっちが風上か。ならばここまで影響が及ぶ心配はないな。
しかし、悪知恵の働く奴だ、レイチェルの奴。本当に。
ちらりと、教室を見回すと、ほとんどの目がその花に注がれていた。
視線が自分からずれている隙に、俺は机の中に手を突っ込んであるものを取り出す。
金色に輝く六芒星の魔方陣――。
俺の力の源。
ウィザーズクレスト・クリエイトシンボル。
身も蓋もない言い方をすると『魔法のアイテム』だ。
昨今はゲームというものが流行っているので説明するのが楽でいい、とはるりかの爺さんの台詞だったが……。
こいつは簡単に言うと、誰でも魔法使いにしてくれるアイテムだ。
この異世界の産物であるウィザーズクレストは全部で13あり、それぞれ使える魔法の系統が違う。
俺の持っているこれは、創造の象徴と言う名のとおり、創造系魔法を使うためのものだ。
本来は魔術書のようなものらしいのだが、この世界ではこいつの元々存在した世界と理が違うので、呪文そのものは全く役に立たない。しかし、異世界から持ち 込まれた際に変質したのか、ウィザーズクレストが異世界の端末のような役割を果たして、所有者の魔法を有効にさせるのだ。
つまり、それぞれのシンボルで使える魔法に差があるのは、そのシンボルが引き出せる異世界の理そのものが違うと言う事なのだ。
これをくれた人――るりかの爺さん――が俺にそう説明をしてくれた。
クラスの連中はまだざわめいていたが、今すぐどうにかなるものでもないとわかったのだろう、ざわめきの質は落ち着いたものになっていた。
さてと、そろそろ始まるってわけだ。
俺は胸ポケットから、めがねを取り出してかける。
このめがねは俺が『創造』したものの一つだ。
俺の視力は両目共に1.5あるので、視力矯正の必要はない。一見普通にしか見えないこのめがねの価値は、目の前に広がる光景に有った。
巨大な花が駅のホームを押しつぶさんばかりにそびえたち、下で人間が右往左往している。
ふむ、どうやらレイチェルの奴もいいつけどおりにあの格好だ。
だが……大方の視線は空に向いているので、奇抜な服装ながら注目度はそれほどでもないようだ。
目立ってっていったろうが。
しかし、この様子だと、まだ例の仕掛けは使ってないのか。てっきり既に使用済みと思っていたが。
そのレイチェルが何かを見つけたようだ、顔に貼り付けられた笑みが深くなる。
「そこまでだっ!!」
ダン!
と足を踏み鳴らした女が手に持った繊細な装飾の剣をレイチェルに向けた。
利川譲(りかわ ゆずる)、るりかの仲間の中でも特に好戦的な危ない奴だ。
長髪をポニーテールに結い、不敵な面構えで周りを見やる。スリムパンツにTシャツというありえないほどの軽装だが、だからと言って侮れる相手でないことは 俺もレイチェルもよく知っている。
「遅れてごめぇんなさぁい……。はぁっはぁっ……はぁはぁはぁ」
そこへるりかが走って到着した。いつの間に着替えたのかその姿はさっきまでの制服とは違い、真っ白なゴスロリ風のふわふわドレスだ。
しかし、似合いすぎだぞ、るりか。
ちなみにこの服は俺からのプレゼントだが着ているのは始めて見る。
実はこいつも俺の創造物で、かなり特殊な一品だと思うが、まあ効果はそのうちわかるだろう。
「……参上」
そこへボソッと一言だけ発して現れたのが、護堂志乃。
……なにをとち狂ったか巫女装束なんぞ着て、弓なんぞ持っていやがる。
3人とも顔を晒しているが、実は全身に忘却障壁を張っている。
見た人間は、その場では彼女たちの顔や表情を認識できるが、見失った途端どんな顔立ちをしていたか、どんな容姿だったかと言う事を残らず忘れてしまうの だ。
効果は写真やテレビ画像になっても有効なので、彼らの正体がばれる事はまず考えられない。
「あらあら三人も来てくれましたか」
レイチェルと三人の視線が交錯する。
「こんなでかい花咲かせやがって、人の大迷惑だ!」
美人台無しな荒々しい口調で譲が叫ぶ。
なにか嫌な事でも有ったのか?
「すぐに皆さんそんなこと気にならなくなりますよ」
余裕の笑みを崩さないレイチェルに譲が鼻白む。ただでさえ1対3なのだ、譲は自分たちが圧倒的優位だと信じて疑わないのだろう。
「なんだと?」
「貴方たちは死ぬんですから」
「……上等」
これは志乃の言葉。言葉とは裏腹に全く感情のこもらないぼそぼそ声。
るりかだけは少しおろおろしているが、使命感に溢れた瞳は揺らいでいない。
手に、俺と同じようなウィザーズクレストを現している。
「ならば戦おうか、ノワールゼロ。正義の前にひれ伏すがいい」
この三人の中ではもっとも能弁な譲が交渉役と言う事になるのは仕方ない所だが、こいつと来たら悪即斬が信条のいかにもなヒーロー気質だから、あっという間 に決裂する。
もっとも、その方が話が早くてこちらとしても非常に助かるが。なにせるりかにいつまでもこんな事止めようよと諭されつづけるのは正直鬱陶しい。
ちなみに譲の言ったノワールゼロと言うのは組織の名前だ。対抗して奴らの組織の名はブランインフィニと言う。
俺らを決して受け入れないという強い意思表明だそうだが……。語呂があまり良くないので、通常インフィニと呼ばれる。
「うぃざーずくれすとぉ、えんちゃんとしんぼるぅ。りあらいず!!」
手に掲げたウィザーズクレストがるりかの指示に従って、アーティファクトへと変貌していく。
乳白色の下地に赤とピンクで模様付けされたそれは、ハンマーだ。
と言ってもでかくてごついようなものではなく、普通の小さな木槌の柄だけが1メートルも伸びた物だ。
「ぽいっぽんはんまぁ!」
がくっ。という効果音が入りそうな風景だった。食い入るように見つめていた周りの一般人連中が口をあんぐりあけて、引きつった笑いを浮かべている。
いやあ、まず間違いなく初見の人間はその名前を聞くだけで突っ込むね。
由来はきっと一部の人間ならわかると思う、かなり昔に放映されていたアニメだ。俺とるりかがそれを見たのは何度目かの再放送の時の話で、魔王に連れ去られ た幼馴染を助けに行く少年のお話だった。その中で、夢の国から来たという人形が使っていたミラクルだかなんだかいう魔法のハンマーが元になっている。
だから知る人が見ればるりかのアーティファクトにはその面影を感じる事だろう。
俺的には、あのアニメは魔王が少女をさらっておきながら何もしていないことがやけに不満だった記憶があるが……。
残る二人はるりかのアーティファクト化を待ち、自分の持つ得物を構える。
譲の持つ繊細な細剣も、エレメントシンボルの『アトミニオンレイピア』、志乃の持つ弓はカースシンボルの『呪装弓 月華夢残(げっかむざん)』といずれも ウィザーズクレストのアーティファクトだ。
ウィザーズクレストは本来他世界の物質で構成されているため、そのままだと、激しい戦闘中は魔法の集中を切らしやすい。
それをこちらの世界へと実体化させアーティファクトとする事で、魔法の使用を容易にする目的がある。
いわば、一般的な魔法使いのイメージで持っている杖のようなもんだと思えばいい。
また、その魔法の武器としての力にも一目おくところが有るのは間違いない。
「さあ、あんたもアーティファクトを出してみな」
「残念ですが、私と直接戦えるなんて思わないで下さい」
レイチェルが右手を大きく横に払った。
その途端バカン!と大きな音がして、彼らの頭上にあった花がはじけた。
「な、なに!?」
「なんだこれは」
「……」
はじけたと見えたのは、つぼみだった花が急速に花開いたからだった。
そして、驚く彼女たちの上へと、大量の花粉が舞い降りる――。
ふふふ、さぁて、正義の味方諸君、どう対処するかな?

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後書き
というか余談?
今回作中で出てきた昔のアニメがなんというアニメかわかった人にはダブルアップチャーンス!(なにがだ)
ちなみにそっちの方のハンマーの名前はオカルトハンマーね。
それで魔法を使いながらものを叩くんだけど、その時の効果音だか掛け声だかがぽいっぽーん(と私には聞こえる)なのね。