俺の創作活動


第三話 無に帰す女

「毒か?」
口元を覆った譲の声に、るりかが真っ青になった。
「そんなぁ、こんなにたくさん人が居るのにぃ」
語尾を伸ばすせいでどこか緊迫感が足りないが、るりかはおろおろと周りを見回している。
「みんなぁ逃げてぇ!」
だが、るりかの台詞は既に無駄なものでしかない。300メートルもの範囲に花粉は飛び散っているのだ。中心部のるりかたちを遠巻きにしていたとはいえ、今 更逃げだしても短、中距離の世界記録保持者だって逃げ切れない。
「くっそ、こっち来い、二人とも」
『アトミニオンレイピア』を振りかざしながら譲が二人を呼んだ。
「大気よ!」
まっすぐ降り注いでいた花粉が不自然な形に流れる。
譲の作る空気の盾だ。あれを結界代りに使おうというところだろう。
それを横目で見ていた志乃は、無視するように顔を背け『月華夢残』を舞わせるように振り回す。
弦が風を切る音が、不思議な音色を奏でていく。
「……枯渇」
弓を止め、その腕の先を花に向け言い放つ。
志乃の持つカースシンボルによる呪いの魔術、『月華夢残』の旋律が呪文の詠唱代わり。
正義のヒロインとは思えない忌むべき力を振るう巫女装束の少女、だが、彼女はこれまでに何度もその力で仲間を救い、敵――俺たちのことだけど――を呪いの 力で打ち滅ぼしてきている。
見る間に真っ黒な斑点が10メートルはある葉の一枚に広がった。水分を失い、大きな葉が見る間に萎れていく。そのまま、それが拡散していくかのように見え たが……。
「……失敗」
葉の一枚は、そのまま落葉し、その根元からまた新たな一枚が生えてきただけだった。
「早く、こっちだ!」
もう一度ちらりと譲の作る空気の盾を見て、志乃は頷くとその下へと身を滑り込ませた。
残るはるりかだが、おろおろと辺りを見回すばかりで、何をしたらいいのかもわからないらしい。
「アリスなにやってんだ!」
アリスと言うのはるりかのこと。いくら忘却障壁を張ってあっても、名前を素で言うのはまずいので、彼女達はコードネームで呼び合う。
だが、るりかはそれでも迷いを振り切れない。逃げ惑う一般人の群れに心を残している。
「でも、でもぉみんながぁ」
「ちっ。……偉大なる大地よ、我らの行く手に、平坦なる道を恵みたまえ。我らの歩みを速くせよ! カンフォートブルロード」
譲が唱えて地面に手を付くと、そこからるりかまでの地面が一瞬光った。
「え? わ、わわわぁ……」
るりかは突然動き出した足下に堪えきれず、すてんとしりもちをついてしまう。
だが地面はそのまま動き続けて、るりかを譲の元へと運んでいく。
「ごめぇんなさい……」
余計な魔力を使わせたことを気に病んでいるのだろう。
「いや、それより、あの女どこに?」
譲の言うとおり、レイチェルの姿が辺りから消えていた。
花粉の影響はこちらにも及ぶからな、さすがに俺もレイチェルにそうまでしてそこに居ろとは言えない。レイチェルはおびき寄せるだけで良かったというわけ だ。
本当に悪知恵の働く奴。俺は心の中でお仕置きレベルを一段階上げた。
「本当だ。いないねぇ」
「逃げられたか」
そうこうしているうちに、最初の花粉が人々に降り注いでいく。
「ちっ。なんだかわかんないけど、こんなもの!!」
降り注ぐ花粉を空気の盾で防いでいた譲が、剣の刃の中心辺りに手を当てて、突き出す。
「炎獄より来たれ、闇を灼く獣ログラウドよ。その爪で燃やし、視線で焼き、吐息で灰にせよ! バー……」
今しも呪文を発動しようとしていた譲の肩に引き止めるように手が置かれ、
「……沈黙」
途端に譲が言葉を失って口をパクパクさせる。
「!!▲○■☆!・?」
振り向いた瞳が志乃を焼き貫くように睨んでいた。
だが、志乃は全く動じず険しい顔で、首を横に振る。
「……粉塵爆発」
珍しく4文字喋った志乃の言葉に、譲とるりかの顔が青ざめる。
既に辺り1面を黄色い粉が舞い散る中、確かにこれが引火すればどういう事態になるかはわかるはずだった。自分たちの周りに空気の盾で花粉がないことが、譲 に判断を誤らせたのだ。
「……解除」
志乃がもう一度そう言って肩に触れると、譲はまた言葉の自由を取り戻した。
これは志乃の持つカースシンボルの力も有るが、志乃本人の力でもある。
シンボルを持つ魔法使いたちの中で唯一、護堂志乃は元からこの世界の『魔術師』だった。
「くっそー。でもこのままじゃまずいだろ」
「でも、確かに火は危ないよぅ」
「じゃあ風でみんな吹き飛ばしちゃうか」
その時、最初の異変が花粉を被った人間たちに起こり始めた。
「え、えぇーっ? きゃあああっ!」
三人の中で最初に気が付いたのは回りの一般人を気にかけていたるりかだった。
「なんだ? って……うおわぁぁぁっ」
譲が見て、同様に驚きの声を出す。
無理もない、いきなり振り向いた先では男が一糸まとわぬ姿で歩いていたのだから。
いや、男だけじゃない、女も子供も花粉を浴びた人間は自ら服をかなぐり捨てて裸になっているのだ。
「もしかして、これってぇエッチな罠ぁ?」
ふっふっふ、その通りだよ、るりかくん。
るりかの瞳が少し潤んでいた。横にいる譲も普段強気な顔に戸惑いと羞恥が表れている。
楚々とした見た目からは以外だが、実はそうでもない志乃だけが割と平然とあたりの狂態を眺めている。
「……貧相」
近くにいた男の一物を見てそんな事を言う余裕さえあった。
「志乃ちゃぁん」
真っ赤になったるりかが抗議をするが、逆に志乃はむっとして言い返す。
「……名前」
「あ……ごめん、し……『巫女さん』」
おや……志乃のコードネームは『巫女さん』ではなかったと思うのだが。今回から変わったのか?
「ばか、『巫女さん』じゃなくて、シズカだろ、アリス」
「ううぅ。ごめんなさぁい、ゆず……。トモエちゃん」
譲と言いそうになって、途中からコードネームに変更するるりかことアリス。
我が幼馴染ながら情けなくて涙が出るぞ、るりか。
要するにイメージで選ばれているようだ。巫女装束が似合う志乃には白拍子の静御前、男勝りな譲には巴御前、るりかはルイスキャロルの不思議の国のアリスと 言った所か。
「ったく、普段からコードネーム使っとけば良いんだよ」
「でもぉ」
「……注意」
くだらない口喧嘩をしそうになった二人を志乃がつかんで引き裂く。
「っと、確かにそれどころじゃないな」
なるべく辺りを見ないように、譲が巨大花を見上げる。
「でも、これ、人を裸にするだけなのかなぁ?」
るりかにしては鋭い台詞だ。
「それもそうだが、何故裸になるんだ?」
「……認識」
「え?」
「……常識」
「あのさ、シズカ。いつも思うんだけど、もう少しわかりやすく喋れよ、なんだかわかんねえってそれ」
それを受けて、少し顔を顰めた志乃は裸の人間たちを指す。
「なんだよ、あんまり見たくないんだけど……」
「……会話」
「会話ぁ?」
るりかは話かける事だとでも思ったのだろう。だけど、裸の人間に話かけるのが怖くて、困った顔をする。
だけど、そんな二人の疑問はすぐに解消された。
「なんて破廉恥な格好だ! 服を着ているなんて」
るりかと譲が理解できないというように目を点にする。
なにをこの人は馬鹿な事を言ってるんだろうと思っているようだ。
「そうだそうだ、いくら正義のヒロインだからって」
さらに他の人間から続けられた言葉に二人はさらに混乱する。
考えても見ろよヒロイン諸君。普通に考えれば何もなくて服を脱ぎ始めるわけないだろう?
当然にあの花粉のせいに決まっている。いわば、彼らは
「……洗脳」
そう、洗脳されたんだ。人間は裸でいることが正しい姿だってな。
正確に言えば認識矯正といったところだろうけど、二人に説明するにはそのぐらい簡単な言葉の方が良いだろう。
二人もようやく事態の深刻さに気がつき始めたようだ。顔が青ざめている。
そう、当然裸にするだけの洗脳のわけがないよなあ?
「違うわ、正義のヒロインだからこそよ」
「そうだ、脱げ!」
「脱げ!」
「脱がんか、この変態ども!」
周りからるりか達に向かって罵声のような言葉が浴びせられ始めた。
「な、なんだ……?」
見ると花粉を浴び全裸になった人々の目が血走っていた。しかも降り注ぐ花粉を嬉しそうに吸い込む口元は泡を飛ばし、薬物中毒者のような有様だ。
「こ、こわいよぅ……」
「ば、馬鹿、あんなのただの一般人だろ、とにかくこの花をなんとかすれば……」
だが、割と正確な所に気付いているのか、志乃は険しい顔を崩さない。
「……疑問」
「じゃあ、どうするってんだよ」
二人が言い争う間にもまわりの罵声はやむ事がない。
それどころか、実力行使に出ようと彼女たちに近づいて来ている者達までいる。
「……束縛」
志乃が呟き、弓を構えた。完璧な『会の型』だが、残念ながら矢が無いと思った瞬間、そこにまとわりつくような闇が凝縮する。
カースシンボルにふさわしい闇の矢。おぞましい怨嗟の声でも聞こえてきそうな禍々しい矢がそこに出来上がっていた。
ヒュン!
と音をたててそのうねくる闇の矢が飛んでいき、騒ぎ立てている人間たちの中心に落ちた。
「ひぃっ」
落ちた途端に闇が弾け、周りの人間たちへと襲い掛かっていく。
闇に捕まった人間はその場で動きを止め、石のように体を硬直させる。
「な、なにしてんだよ!」
「……停止」
譲の問いかけに相変わらず淡々とした答え。だが、一方を阻止したとはいえ、彼女たちに迫る魔の手はそれだけではない。
「でもぉ、この人たち、正気じゃないよぉ。なんとかしないと」
「アリスはなんかできないのかよ」
「でも、私の力って魔力付加だし……こんな大規模なのにどうしたらいいのぉ」
るりか、教えたろう、大事なのは発想力だ。どんなに強い力があっても、使い切れない力は無意味だ。――もっとも、るりかが力を使いこなすのに必要なのは、 冷静さと、自分の発想に対しての自信の方だが――。
そして、例え力が僅かであっても、100%、120%に使いこなせば大抵の状況には対応できるものだ。
ウィザーズクレストに一つを除いて上位下位はないんだからな。
それにな、あんまり悠長にしてる時間はないんだぜ、るりか。
巨大花はいまだにばふばふと花粉を降らせ続けている。
もって一時間か……さあ、早くしないと犠牲者が出るぜ?
「ったく。やっぱり、風で吹き飛ばすしか」
「駄目ぇ駄目だよぅ。そんな事したら吹き飛んだ先がこうなっちゃぅ」
「じゃあどうすれば良いってんだ、このまま放っておいても被害が拡大するだけだろ」
「……提案」
「なんだよ、シズカ」
「……結界」
結界を張ろうというのか。だけど、どうやって?
空気の盾の下で動けないお前達が、どうやって300メートルにも及ぶ範囲に結界を張れる?
俺と同じ疑問を覚えたらしい二人が志乃を見る。
「……特攻」
ぼそぼそ呟くと同時、志乃は空気の盾から抜け出し、花粉の中をひた走っていく。
残る二人が止める暇もなかった。
「シズカ!」
「……委任」
答えた志乃は言葉だけ。振り返りもせず、最外周に向かって走っていく。
見ていた俺は思わず口笛を吹き鳴らしそうになった。
「くそっ、こうなったら一刻も早くあの化け物花をなんとかするぞ。アリス!」
「うんっ」
るりかはごそごそとポケットの中を探り、何かを取り出した。
「えーい、ぽいっぽーん」
放り投げたそれは小さな動物形の消しゴムたち。それをアーティファクトのハンマーで軽く叩いた瞬間、ぽいっぽーんと間抜けな音が鳴り響いた。
いや、この間再放送見てみたが、俺にはやっぱりぽいっぽーんとか聞こえなかったんだが……。
という俺の疑問を置いて、その場では魔法が効果を表し始めていた。
むくむくと大きくなっていく動物消しゴム。いや、それは既に消しゴムではなく、本物と同じ毛並みを持ち、生きているかのように動き始めていた。
それに、でかい!
ビルの屋上まで届きそうな首を持ったキリン、駅舎程もありそうなサイ。
それらの何体もの動物が、その場に生み出されていた。
「動物さぁん、あの花を食べちゃえぇ!」
「なるほど、考えたな、アリス」
「えへへぇ。っていうか、私、今日ぅ、これぐらいしかタネを持ってきてなかったんだよ。みんな学校に忘れてきちゃったのぅ」
「まあ、何でも良いさ、これで少しはこっちも派手に動き回れる」
不敵な表情をした譲が飛び出していこうとする。
「トモエちゃぁん、どうするのぉ?」
「ここで私だけ何もしないなんて、ヒロイン失格だからね。ちょっとやってくる」
「でもぉ、花粉が……」
志乃に何も影響が出ていないわけはない。ここで譲まで無謀に突っ込んで行くのは認められなかった。
「大丈夫。私はちゃんと対抗策とっていくからさ。アリスはそこに居てくれよ」
ぱっと走り出して行く譲。花粉がその身に降り注いでいくが、それらは譲に触れることは出来なかった。
水か。
薄い皮膜のような水が譲の全身を覆っていた。
降り注いだ花粉はみんなその水に飲まれ、譲の体にまでは届かないのだろう。
水鎧といった所か。
しかし、呼吸はどうしてるんだろうな。
まあ、元素(エレメント)を操る彼女にそんな心配は無用か。

一方、志乃は、最外周を走りつづけていた。
被害者は組織で何とかすることになるだろうが、この花粉は感染する。自分に発症して、ようやくその事に気が付いたのだろう。
走りながら、裸の人間を見るたび束縛の呪いを打ち込みながら、どうしようもない羞恥に頬が赤くなっていく。
“なんて、恥ずかしい格好をしているんだろう、私”
志乃の心の声が聞こえる。
思わず俺は微笑んだ。認識錯誤が志乃の中にも楔として打ち込まれてしまっている。自らの抵抗力には自信があったのだろうが……、そう簡単に行っては上手く 無いからな。そこには落とし穴がある。
そして、『魔術師』である志乃ならば気がついたはずだ。
後一時間もしないうちに本当の発症をする。
裸の認識錯誤はそれの前段階に過ぎない。
「……くぅ」
熱い吐息を洩らす志乃の瞳が潤んでいる。
何度か両手が弓を離し、服をかなぐり捨てようと、無意識にびくびく動く。
それでも、志乃は走りつづける。
感染者が人間でなくなってしまう前に。
これは、淫魔を作り出す魔法植物だ。
認識錯誤、性格矯正、肉体変貌。
花粉はそれ自体が小さな淫魔のようなものだ。いや淫魔の脳細胞のようなものと言うべきか。それ自身に意志はないが、集まり組織を構成する事で、淫魔の意識 を感染者に植え付けていく。
そして、なお最悪なことにそうなった感染者は完全な淫魔と化し、粘膜接触を行った異性に残らずその花粉を感染させるのだ。
「……淫魔」
志乃の瞳が焦点を失い、足が止まる。激しく運動し、呼吸と共に花粉を吸入しつづけた結果、誰よりも早く志乃にはその限界が訪れようとしていた。
口の端からつう、と僅かな涎がたれる……。
からん、と『月華夢残』が地面に転がった。
太ももがプルプルと震え、弓から離された右手が自らの胸にゆっくりと這って行く。
「……た・いま」
途切れながら志乃の言葉が紡がれ、再び志乃の瞳に力が蘇る。
「……耐魔」
もう一度同じように呟き、静かに、浅く呼吸をする。
ごほっという音と共に志乃の口から花粉が舞った。
既に大分侵されている……今吸い込んだものでもなく、これまで吸い込んだものでもない。志乃の体内で花粉が既に増殖を始めている。
“持つだろうか……ここでそんなものになるわけにはいかないのに”
いますぐに自分の力で治療を開始すればもしかしたら何とかなるかもしれない。
だが。
ぐっと、笑いそうになる膝に力を入れて志乃はアーティファクトを拾い再び走り出す。
後、三箇所に呪を打ち込めば結界が完成するのだから。
しかし……と俺は、眺めながらほくそえむ。相変わらず、志乃の心は美味しい。
とはいっても、俺が心を食べたりとか言うわけではなく、見ていて楽しいという意味な。
まあ、志乃に関しては心が読めることも含めてこれからもいろいろと楽しませてもらおう。
その時、ふと、懸命に走っていた志乃がまっすぐに俺を見た。まるで俺が見て居ることに気が付きでもしたように。
だが、視線はすぐにそらされ、また、志乃は走り出した。結界の要の地点で立ち止まる。
志乃は息を飲み弓を構え、震える手で懸命に弦を引いた。
お?
俺の見て居る前でその背に小さな魔法陣が現れた。志乃は気がつかない。
あの魔方陣は、トランスファーシンボル。レイチェルの持つウィザーズクレストだ。
俺の目の前で、虚空から現れたレイチェルが実体化していく。そしてレイチェルはにやりと笑った。
「ふふふ、シズカさん、頬が真っ赤ですよ?」
突如として背後に現れたレイチェルに志乃は反応できない。
「……あぅ!」
振り向こうとした途中で後ろから抱きすくめられてしまう。
半ば淫魔化している志乃の全身はそれだけでも、大きな刺激だったのか、びくびくと震えて膝が折れた。
巫女装束などという隙間だらけの衣装では脇から入り込むレイチェルの手を防ぐ事も出来ない。
「……ゃあ」
何とか引き離そうとする志乃の手には全く力が入っていない。
眦に涙を浮かべ、快感に耐える美少女の姿はなんともそそるものが有る。
その間に脆い志乃の防壁を突破したレイチェルの手が、和服に包まれているとわからない志乃の豊かな膨らみにたどり着いた。
「うふふふ。とっても柔らかくて、美味しそうです、食べてしまいたいぐらい」
柔らかく淫靡な手つきで撫でまわしながら、レイチェルが志乃の耳元にそう囁きかける。
何か声を上げようとした志乃の先手を取り、レイチェルがそのまま耳たぶを甘噛みする。
「……っ。うぁぁ」
はあはあと荒い息をつきながら官能のなすがままに操られていく志乃。
いやこういうのも悪くはないが……、見ているだけはちと辛いな。
既に理性が蕩かされてしまったのか、胸元に入り込んだレイチェルの手に添えられた志乃の腕は、どちらかと言うと押し付けるような動きを見せている。
「うふふ、美味しいですよ、本当に。お礼にたっぷりと感じさせてあげますね」
耳の穴の中まで舌で舐めていたレイチェルが顔を上げて妖艶な笑みを浮かべた。
胸元をはだけるように広げられ、志乃の形のいい乳房があらわになる。
興奮に紅く染まった乳房の中心では乳首がつんと立ち上がっていた。
それを親指と人差し指の半ばでそっと摘み上げるようにレイチェルが刺激する。
志乃の目に浮かぶ涙が、すーっと頬を伝っていく。
「気持ち良いでしょう?」
その問いかけに、快感に支配された志乃が素直に頷く。
「もっと、して欲しいですよね?」
「……は、い……ひ・くぅ」
刺激に息を途切れさせながら、再び志乃が頷く。
まだ刺激のない下肢を擦り合わせながら、期待に満ちた目をレイチェルに向けている。
「だったら、ほら、抵抗しないで、貴方のナカの衝動に任せてしまったほうが楽ですよ?」
ゾク、と志乃の体が震える。
「……だ・め」
「じゃないでしょう?」
否定しようとする志乃をレイチェルは思う様奏でていく。乳首を転がして哭かせ、首筋を舐めて仰け反らせ、脇腹を撫で上げて切ない溜息をつかせる。
胸を触るのと反対側の手で袴を捲り上げ、ずっと前から志乃が意識せずには居られなくなっていたその場所にじりじりと気が狂いそうなほどにゆっくりと近づけ ていく。
じく、と志乃のその秘められた熱い唇がほころび、溢れだした蜜がレイチェルの手へ向けて伝う。
「……あぁ、あぁぁ」
全く余裕を無くした志乃が、食い入るようにその自分を這う手を見つめている。
その頭に過ぎるのは理性を失う恐怖と快感への期待。
“ああ、あれが……私の、そこに触れたら――――っ”
志乃本人にも自分が早くとどめを刺して欲しいと思っているのか、それとも止めて欲しいと思っているのかもう理解が出来ない。ただ、もうこのままではいられ ないという、焦燥感ばかりがどんどん弄り続けられている胸のうちに湧き上がっていく。
「さあ、人間としての生など捨ててしまいなさい。素晴らしい世界が待っていますよ」
そんな事言うお前は一応人間だろうが。それにそういう意味だったら……。
ぎりっと志乃が奥歯を噛み締めた。
瞬時に全身に力が行き渡る。ドン、と地面を踏み鳴らし、体を捻る要領で背後のレイチェルに向かって掌底を突き上げる。
間一髪で首をそらしてかわすレイチェル。その髪が拳風を受けてなびく。
距離を取ったレイチェルの前にぎらぎらと両目を光らせた志乃が居た。
「貴方一体……?」
珍しいことも有るもんだ。あのレイチェルが驚愕している。
「……不許可」
「え?」
「……不許可不許可不許可不許可不許可不許可」
狂ったように同じ言葉を繰り返す志乃。
まるで壊れた機械のように。
その狂った志乃が右手を振ると『月華夢残』が形を失い、ウィザーズクレストへと戻った。
「なにをするつもりですか?」
余裕がなくなっているのはレイチェルのほうだった。だったらすぐに逃げれば良いものを、志乃の変貌に呑まれている。
これは、手を貸してやらんといけなくなるかもな……。
「……『無常』」
クレストに戻ったはずのカースシンボルが志乃の言葉でもう一度アーティファクト化していく。だが、その姿は弓ではない。
志乃の背丈ほども有る、大きな鎌。死神の持つような鎌『無常』だった。
普通はありえないことだ、一つのシンボルが同じマスターにおいて二つのアーティファクトを持つことは。
だが、彼女だけには特別な事情がある。
そして鎌が現れるや、――神速!
レイチェルの首が胴を離れて飛んだ……。
ように見えたが、間一髪、レイチェルはその攻撃を回避していた。
いや、やはり無理か……。
俺がそう思った途端、レイチェルの首から鮮血がしぶき、そのまま地面にぐらりと倒れこむ。
避けきれなかった空気の刃がレイチェルの頚動脈を断ち切っていた。間違いなく致命傷だ。
「……ぼ・が」
もはや、レイチェルは言葉を話す事すら出来ない。
だが、それに満足することなく、志乃が第二撃を放つ。
ギィィン。
志乃の持つ『無常』と俺の創り出した鉄柱が激突した音だ。
驚いて辺りを見回す志乃の上から俺は声をかける。
『志乃、眠れ』
俺の言葉が終わると同時に、志乃の手から『無常』が滑り落ち、膝からくずおれていった。
「……う……ごぼ……ぎ」
『喋るなレイチェル。結構頑張ったな、お仕置きは軽いので許してやる』
苦しみの最中、少しだけレイチェルの表情が緩んだ。だがその間にも首元を押えたレイチェルの指の隙間から夥しい量の血が地面へと流れ出ていってしまってい る。
死なせるわけには行かない。
だが……上手く行かないものだな、なかなか。
倒れこんで意識を失った志乃を見ながら俺は苦笑いを浮かべる。
あまり時間はない。
これほどの遠距離で魔法を作用させるのはなかなかに一苦労だ。
まるで現場に居るかのように振舞っているが、俺が現在居るのはあくまで遠く離れた2年D組の教室だ。声も魔力もここから送っているものだ。
レイチェルの患部を拡大する。
クリエイトシンボルの魔力を引き出し、レイチェルの頚動脈を繋ぐ血管を作り出す。ぴたりと出血が止まるが、すでに致死量の血が抜け出てしまっている。
『戻ってこれるか?』
レイチェルの目はうつろだ。だが、まだ俺の言葉に反応して少し瞳が揺らめく。
無理だな、と判断する。
『志乃』
俺は意を決して志乃を呼び起こした。


視線を駅中央に戻すと、巨大花と二人のヒロインの戦いは熾烈を極めていた。
「雪の冷気よ、雹の礫よ、氷の槍よ! 猛威の吹雪となりて、全てを凍てつかせよ! ブリザードシュート!!」
かざした『アトミニオンレイピア』からまるで大砲のように氷雪が噴出して一直線に巨大花へと突き刺さった。
バキバキバキと音を立てて、茎が凍っていく。だが、それでも。
「く、まだ、まだなのか。でかすぎるんだよ、畜生! はあ、はあはあ」
そう、所詮あれだけの大技を繰り出してもまだ遠い。花の部分にさえ届かない。
あれから、譲がどれだけの攻撃を繰り返し、るりかの操る動物たちがどれほど巨大花を傷つけたのか知らないが、結局の所それはなお先ほどよりも巨大化してい るように見えた。
疲れが、譲の表情から、余裕を奪っている。
絶望が、僅かに滲み始めている。
それを眺めながら、心配そうにしながら、るりかはただ守られているだけだ。
「駄目だよぉ。こんなんじゃ、私ぃ。……光喜ちゃん。ぐす」
おい、そこで俺を頼るな。お前が、そんなんだから……。
ぎり、と噛んだ唇から血の味がした。
魔術師に必要な要素は幾つか有る。
判断力、冷静さ、発想力、自信。
この中で、るりかが優れているのは発想力だけだ。
判断力も冷静さも、極めて低い水準。何より、自信が足りなすぎる。
自信と言うのは、己を知り、己を信じること。
るりかにはそのどちらもない。
誰かが、例えば俺が支えてやれば、るりかは何とか答えを導き出せるだろう。だがそれは魔術師としては失格なのだ。
巨大なサイが、植物の蔓に絡め取られて、息絶える。
首を伸ばして巨大花の葉をかじり茎をボロボロにしたキリンに向かって薔薇の刺のようなものが突き刺さる。
「ああぁ。サイさん、キリンさん……」
馬鹿るりか。誰よりも強い発想力を持ちながら、冷静さと自信がないために発揮できない愚か者。
お前は何があったら思い切れる? 誰か味方が犠牲にでもならなければ動けないのか?
その周囲でとうとう、淫魔化しかかった人々による乱交が始まりだした。
「え? 何ぃ? 何で、こんなことぉ……」
「きゃああああっ」
戸惑うるりかの元に悲鳴が聞こえてくる。
それは近くのデパートの中からだ。
花粉が入り込まなかった建物の中にはまだ正気な一般客が多数残っているのかもしれない。
その仮定に青ざめるるりか。
小さな拳をぎゅっと握り締める。
「そ、だよねぇ。そうだよねぇ。私、ようやくなれたんだもんね。ずっと、こうなりたかったんだもんねぇ?」
泣きそうな顔で、それでも堪えるように唇を引き結んで、『ぽいっぽんはんまぁ』を頭上に掲げた。
「ぽいっぽぉん!」
なんでシリアスな場面でも、それかね……。
だが、気の抜けたこちらとは裏腹に、るりかが地面に叩きつけたハンマーは道路に一直線に不思議な図形を浮かび上がらせる。
地面をエンチャント!?
アスファルトがバキバキと音を立てて浮かび上がる。
るりかの前方のアスファルトが浮かび上がり、ドームのように上方を覆う。花粉を避けるための屋根代わりか。
「ぽいっぽぉん」
ととん、と足を揃え、るりかは自分の靴に向かってハンマーを叩きつける。
小さな羽が生えたかと思うと、目にもとまらぬ速さで、るりかは駆け出す。
目標は先ほどのデパートの中。裸の男女には目もくれず、一気に電化製品売り場にやってくる。
キキキキーッととても人間の止まるような音ではない音を発して、るりかがあるものの前で静止する。
無造作にハンマーを構え、るりかはそれに叩きつける。
「デパートさん、ごめんなさぁい、後で、お金は払いますぅ。ぽいっぽぉん!!」
叩かれたソレが、ドクンと、震えた。
「いくよ、掃除機くぅん!!」
コンセントも繋がっていないのに、るりかがスイッチを入れると、物凄い音が辺りにこだました。
ぶぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお。
物凄い勢いで、吸い込んでいく掃除機。
近くにある、コーヒーメーカーや洗濯機までが空を飛んだかと思うとありえないことにしゅぽんしゅぽんと音を立てて吸い込まれてしまう。
「わ、わわわわわぁ。えっとぉ、これぇ!!」
たたみ専用とか、そういう用途切り替えスイッチを操作するるりか。
赤いバックに黄色い文字で書かれた花粉専用という表示に、俺はあきれ返る。
「んな馬鹿な」
思わず漏れた言葉に、授業中の教師前島がむっとした顔をしたが、それ以上は突っ込まなかった。きっとこれ以上授業を遅らせたくないのだろう。
それはさておき、るりかの方は、小脇にその掃除機を抱えると、うりゃぁーとか喚きながら走り出す。
そして、裸の人間の傍に近づくと、掃除機のノズルが勝手に枝分かれし、伸びて、ずみょみょみょみょみょととっても気色の悪い音を立てて、彼らの体内から花 粉を吸い上げていく。
花粉を吸い取られた犠牲者は、どうやら完全に正気に返ったらしく、裸の自分に気付いて悲鳴をあげ、何とか隠そうと、両手で自分の体を抱きしめている。
あまりにも無茶苦茶なるりかの手段とパワーに、俺もただ呆然と事の推移を眺めていた。
そして、るりかは、外に出ると、さらにその掃除機に向かって、ハンマーを振り下ろす。
「ぽいっぽぉん! ぽいっぽぉん! ぽいっぽぉん、ぽいっぽぉん。ぽいっ……ぽぉん」
ハンマーで叩くたび、掃除機は、二つに分かれ、数を増していく。見ていて、ポケットの中のビスケットを叩く歌を思い出した。
だが、事はそれほど簡単じゃあない。いくら、桁外れの、異世界の魔術師の孫娘の魔力でも、そんなことにはどだい無理がある。
ごっそりと削られていく魔力と体力。見る間に、可愛らしいるりかの顔から血の気が引いていく。
ハンマーを持ち上げる手に力がなくなり、ぶるぶると震えだす。
それでもるりかは、計30台近くの掃除機を生み出すと、笑って言った。
「みんな花粉モードねぇ? それじゃ自立起動で、こんな花粉綺麗にしちゃおぅねぇ?」
ぶるるるるぅぅぅん!
一斉に掃除機のモーターが回り、まるでるりかの言葉に答えたかのように聞こえた。
「えへへぇ」
走り去っていく掃除機たちを見送ってるりかが、がくりとその場に膝をつく。
「……やれるだけの事は、やったよねぇ? ちょっと疲れたから、休んでぇ……それからぁ、ゆず、る……ちゃんを」
かくんと、るりかの頭が落ちる。
馬鹿、また本名で呼んでるぞ。譲に聞かれたら怒られるぜ? ……全く、本当にお前は、ありえない奴だよ、るりか。
俺は、そう感想を述べると、そっと、呪文を呟いた。


志乃は、結界を張り終わる最後の地点にやってきていた。
酔っ払いのように、ふら、ふら、と左右に揺れながら、かろうじて歩みつづけている。視線はうつろ、口元からは涎が伝い、志乃の通った後には股間から滴った 蜜がぽつぽつと跡を残していた。
「……ぅ、あ……最後」
もう志乃の頭にはまともな思考が宿っていない。
ただ、ひたすらに、結界を完成させる事、それが使命感として、刻み込まれている。
自らに刻み込んだ呪詛で、志乃はそれまで服を脱ぎ去る事も昂ぶりきった自分を慰める事も出来ない。
ごくり、と喉が鳴る。
これが終われば、それで、もう自分の好きに出来る……。
思う存分、いじって、果てることが出来る。
“触りたいよぉう。早くぅ早くぅぅぅぅぅぅ”
もう、危機感など欠片も残っていない。
それがはしたない事だなどと欠片も思えない。
人間でなくなってしまうかもと言う事に対する恐怖感すらなかった。
当然のように、あたりのことに気を回せる余裕などまるでなかった。
「……要呪」
最後の気力を振り絞って『月華夢残』を引いた。
そうして、結界が閉じ、花粉も、半淫魔達も中へと閉じ込められた。
だが、今の志乃にとってはそんなこと、もうどうでもいいことだった。
「……あぁ、あああぁぁぁっ」
ボロボロと涙がこぼれ出た。
ようやくようやく――――っ!
「あらあら、シズカさんともあろうお方が敵の陥計にこうも易々とはまるとは」
一瞬、志乃の体を焼き尽くしていた欲情の炎が確かに弱まった。
そんなことに裂く余裕などなかったはずなのに、ちらりと目が声の主に引き付けられる。
「……ジャンヌ」
その言葉を受けて、彼女は鷹揚に微笑んで見せた。
正義のヒロイン達の中のエース、イレイズシンボルの持ち主、弓剣美氷(ゆづるぎ みひょう)こと、ジャンヌだった。
「わたくしが来たからには、これでこの事件も解決ですわ」
静々と歩んでくるその姿は、何か独特の気品に溢れている。
身を包むのは男子生徒の憧れ、近くのお嬢様学校の制服だ。
さっきまでの焦燥感などが全て消え去り、志乃は呆然と美氷を見つめていた。
「ご安心下さいな。シズカさんの体に巣食った魔毒はわたくしが消し去りましたわ。少し、そこで休まれているといいでしょう」
花粉がぱらぱらと降ってくる中を優雅に日傘を差して歩いている。
本来風に乗って巻き込む花粉を日傘なんかで完全に防げるはずがない。
けれど、彼女の周り30cmほどには一切の花粉が舞っていない、避けるように舞い落ちているのか?
否。
その30cmの空間に入り込んだ花粉は全てどこかに吸い込まれるかのようにその姿を消し去っているのだ。
イレイズシンボル。
全ての魔法を打ち消し、魔法物質を消し去り、呪縛を解く。
それだけのこと。だが、それはウィザーズクレストを力の元と頼む魔術師同士の戦いではワイルドカードになりうる。
この女のおかげで、俺の部下の一人はいまだに癒えぬ傷を負った。
インフィニ最強の女、ジャンヌ。
それ以上、志乃には目を向けず、徐々に花粉を打ち消す範囲を広げて歩み去っていく。
志乃は、少しぽかんとした顔で、自分の胸を強く揉んだ。
普通に痛かったらしい。
「……感謝」
そう言う志乃の言葉の裏に何があったのか、俺はあえて覗き込もうとは思わなかった。
「いいえ、どう致しまして」
そう微笑んだ美氷の笑顔は憎らしいほどに涼やかだった。

「なんだって、ジャンヌの奴が!?」
突然鳴り出した携帯から聞こえてきた救援の到着の報に、譲は思いっきり顔を顰めた。
「なんであいつなんだよ、他に来れる奴はいなかったのか!?」
「あら、随分なお言葉ですこと、トモエさん」
遠くの方からかけられた声に、譲がびくりとする。
「ジャンヌ……」
「トモエさん? そんなにわたくしに来てほしくないのならば、この程度の敵は早々に片付けてほしいものですわ」
「なんだと!?」
譲は、巨大花のことも忘れて、美氷の前へと飛んでいくと今にもつかみかからんばかりの様相を見せた。
「だいたい、貴方は力の使い方がなっていないのですわ」
だが、そんな譲の様子にも動じた様子を見せず、冷たい言葉を投げかける美氷は僅かに口の端を嘲笑にゆがめていた。
「私の力の使い方が下手だって言うのか?」
「端的に言えばそうなりますわね。貴方の力は派手なばっかりで、結局の所力押しの攻撃手段にすぎませんわ。もう少し、力の使い所と使い方に気を使ったらい かがです? そんなだから、アリスさんたちが苦労するのですわ」
くるり、と日傘がまわり、譲の体から怒りと共に無意識に発散された雷撃を打ち消す。
「攻撃に力を使ってなにが悪いって言うんだ。アリスやシズカの力の特性を考えたら、私が攻撃を担うのは、当然の事だろ」
考えながら言葉を繋ぐ譲を見て、美氷は嘲笑を引っ込めた。
「確かに、アリスさんやシズカさんの力は攻撃に不向きです。けれど、ならば一つお聞きしましょう? 今回の敵に貴方の攻撃はどれぐらい有効だったのです か?」
冷徹な真理をつく言葉に、譲の顔が引きつる。
「ぐ……」
「言ってあげましょうか? 今回のあの花への有効打は、わたくしが散見した限り、アリスさんの放った動物たちが与えたものが全てですわね」
ちなみに俺の見解も同じだ。
「なんだって、私の攻撃がみんな無意味だったって言うのかよ」
「ええ、そのとおりですわ。その証拠にトモエさんの与えた攻撃のすぐ後に、噴出する花粉の量がかなり増加していました。つまりこれは……」
美氷の語った内容に愕然とした表情を見せた譲がその続きを口にする。
「馬鹿な、私たちの魔力を喰らって花粉の材料にしてたってのかよ?」
さすがにジャンヌ。インフィニのエースだけはある。遠くのヘリからの映像などだけでよくそこまで分析したもんだ。
「あら、さすがにその程度には頭が働くのですね?」
「く、うるせぇ!」
しかし、こいつらは本当に水と油だな、毎回のように喧嘩してやがる。
「あらあら、乙女ともあろうものがそんな品のない言葉遣いをなさるものでは有りませんわ」
「お前の喋り方のほうが100万倍も気持ち悪ぃんだよ!!」
「仕方ないですわね、余裕のない方は。まあ、宜しいですわ。そこでわたくしの仕事振りを見ていらしては? どうやら随分とお疲れのようですし」
「疲れてなんかいねぇよ! いいか、こんなでか物、いますぐ私がぶっつぶしてやらぁ」
「そうですか。ではお手並み拝見いたしますわ」
美氷はゆったりと余裕の笑みを浮かべて、口元を押えると、ゆっくりと背を向けた。
「ふん」
それを見送りながら、苦々しげに顔を歪める譲。
「それだけ言い切ったのですから、くれぐれもわたくしの手を煩わせないで下さいね?」
去り際にそう言った美氷に譲の怒りが爆発する。
「いいから黙って見てろ!」
叫んで巨大花の方を振り返った譲には、再びぎらぎらとした、力が満ち溢れていた。
あれは、狙ってやったのか、それとも素でなのか……。判断に難しいところだな。
まあ、どちらにしても、侮れん女であることは確かだな、弓剣美氷――。
トン、トン、と少し苛立ったように譲の爪先が地面を叩く。
だが、表情は、先ほどまでよりも随分落ち着いている。
にこりと笑った口元が、かすかに何かを呟くように蠢く。
「〜♪」
いや、あれは、歌か。
す、とすべるように譲が動き出した。巨大花に近づくほど激しくなる棘や小さな葉の攻撃を優雅な動きで避け、手にした『アトミニオンレイピア』を振るって払 い、とうとう譲は巨大花の根元までやってきた。
そこまで来て、何を思ったか、レイピアを宙に放り投げる譲。花に向かって投げた? いや、だがあの角度とスピードでは到底、届かないはず……。
だが、『アトミニオンレイピア』は譲の意志を受けたものか空中でぴたりと止まると、剣の先から、風の刃を譲の前方に向かって吐き出していく。譲を迎撃しよ うとして繰り出された巨大花の防衛機構は脆くもその中に消え去っていく。
その跡を追って譲は走り出した。最後に僅かに跳躍した譲の右手は、巨大花の茎にぴったりと添えられていた。
「チェックメイト」
くるくると回って落ちてきたレイピアが後ろに伸ばした左手の中に収まる。まるで、新体操の演技でも見ているかのような動きだった。
新体操? そう言えば、高校時代は、譲は新体操の選手だったか。
「炎獄より来たれ、闇を灼く獣ログラウドよ」
その一節を聞いて、思わずギョッとする。
それは様子を見ていた美氷も同じだったらしい。
「何をするつもりです。トモエさん!?」
「魔力を食ってるっていうなら、私の攻撃は確かにほとんど効かないだろ。けど、私は今日一度も使ってない元素の攻撃がある。こいつが仮にも植物なら、この 力受けてただではすまないだろ?」
「およしなさい、何を考えているのです!」
「お前こそ何を考えてんだ? これは戦いだ。怖いなら、そこで伏せてな!」
「炎獄より来たれ、闇を灼く獣ログラウドよ。その爪で燃やし、視線で焼き、吐息で灰にせよ! バーニングフレア!!」
何か言おうとした美氷の言葉が轟音に飲まれる。
だが、粉塵爆発は起きない。
起きなかった。
「何故? 運が……良かった?」
「ちげーよっ。こういう、ことだよ」
譲が巨大花の前でにっと笑っていた。
相変わらず、巨大花の表面はつやつやしていて、魔法で焦げた様子も見られない。
だけど、何か、違う――。
ずぼっと譲の手が引き抜かれる。引き、抜かれる?
それを合図に、ぐらりと巨大花が揺らいだ。
なるほどな。
「まさか……中だけ、焼きましたのね?」
「へっへ。さすがにご明察」
得意そうな顔で巨大花から離れた譲に、美氷が近づく。
「どうよ、これで私のこと少しは見直したか?」
「お見事でした――と言いたいところですが。詰めが甘いですわね」
「なんだとっ」
怒って詰め寄ろうとした譲と美氷の間を何かが爆音を立てて横切った。
「根が残ってますわ」
いまだに二人の目の前でのたくっている根がするするっと伸びて、呆然としていた譲を捕まえた。
「ぐ、ぁぁぁぁぁああっ」
もう一本現れた根が美氷を狙うが、彼女の絶対防衛圏内に触れることも出来ずに消滅。
「ちっくしょ、油断した、こいつも、焼き払ってやる!」
怒りと共に譲が炎を呼び出そうとした刹那。
「あ……ひ?」
絡みついた根から、さらに微細な根が、譲の体に突き刺さる。
「す、吸われるぅ……」
「譲さん!?」
「魔力が……」
見る見る弱っていく譲。
命に別状は無いと見て取った美氷はほっと溜息をつく。
「譲さん、確かに貴方の言ったとおりでしたわ」
「……え?」
「この根、攻撃力、防衛力共にかなりの強さを誇っています。あなたの力を吸い尽くし、水の防御をかいくぐった強さは特筆ものです。では、何故そんな奥の手 をこの巨大花は隠していたのだと思います?」
魔力を吸われて、意識まで朦朧としている譲には答えるどころか考えるのも億劫のようだった。
「『仮にもこれが植物であるならば』この根こそが最大の弱点だと言う事ですわ」
「だから、その姿を最後の最後まで見せようとしなかった。そう言う事ですわ」
言い終わると同時、譲を捕えている巨大花の根に向けて美氷の手が振られた。
「灰は灰に、塵は塵に。有らざる全ての事象は有らざるままに。マナゼロ」
途端に、蠢いていた巨大花の根が、光の粒子になって消し飛んでいく。
「さあ、面倒な事になる前にわたくしたちは撤収いたしましょう?」


ふふん。
これで、今回の活動は終わりか。
まあ、思ったよりは楽しめたな。
しかし、弓剣美氷、今回は、アーティファクト『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』を抜かなかったな。
あいつにとってはそれほどの事態でもなかったと言う事か。
まあ、こちらにとっても余興だったからな。
……その割に担当した部下は死にかけたりしたけどな。
あ、なんか少し落ち込んできた……。
こんなんで大丈夫か、うち?

第4話へ


後書き
と言うわけで、やけに長くなったアクション&お色気シーン。
特にお色気担当の志乃さんお疲れ様でした。次回もよろしく。(笑)
志乃「……屈辱」
と言うわけで、多分次回は丸々ほとんど18禁シーンになるもよう。
期待して待て!
いや、期待してもそんなに早く上げられるかどうか、つか、本当にきっちりエロ書くのかどうか(オイ)