俺の創作活動


第5話『ウィザーズクレスト』

 異空間に浮かぶ城。
 それが我がノワールゼロの本拠地『黄昏の空』だ。
 個人的には機能美の塊である和風の城と行きたい所だったが、想像もしてくれ。
 異空間に浮かぶ日本の城を。
 余りにミスマッチだ。というか、一回作ってから、余りの見た目に絶句して消し去ったりしたのは秘密だ。
 そのため、やむなく欧州様式の城になっている。
 まあ、それはそれでいいのかもしれないと、最近は思うようになった。
 少し寒々しいが、実際にはふんだんに組み込まれた科学技術のおかげで、年中快適な空間をお約束しよう。
 もっともこの異空間に季節感なんてものは欠片もないんだが。
 ちなみにこの異空間というやつは世界と世界の狭間の、世界になり損ねた世界だ。

 もしくは――滅ぼされた世界。


 城に入って少しすると、廊下に面した扉が開いて中から女性が姿を見せた。
「エルシー……」
 扉を閉めた彼女が俺の呟きに気づいてこちらを向いた。
「やあ、光喜。今日のアレはなかなかうまくいったみたいじゃないか」
「ああ、エルシーが協力してくれたからな」
 エルシーは一応俺の部下という形だが、実際の権限は俺となんら変わらないものという形になっている。
 というか、言う事聞かないからな、どうせ。
「んな事気にすんなって。俺だって美味しい思いをさせてもらうんだからよ」
 そう言って、ついと口の端をあげて微笑むエルシー。
 ぬらりと光る唇の紅に近いピンク色が妙に艶かしい。大胆というよりは、過激すぎるカットに包まれたエルシーの露出した肌も、触れればこちらの指に吸い付 きそうなそんな艶やかさを見せている。
 そして、見事に整った肢体。だがそれは完璧なバランスからわずかに狂いを生じ、美というより淫靡。
 蓮っ葉な口調がそんな女の魅力にあふれた彼女を余計に魅力的に感じさせる。
 それは、彼女の特質というよりは、彼女の一族としての特質なのだろう。
 ばさりと、彼女の上機嫌さを象徴するように、彼女の背の羽が羽ばたき亜麻色の髪を揺らした。
 そう、彼女の背には蝙蝠のような羽が生えている。
 彼女は淫魔なのだ。
「まあ、途中でジャンヌに邪魔されているがな」
 慎重にエルシーの様子を見ながらそう口にすると、見る見るうちに不機嫌な影がその面を覆った。
「いつもの事じゃねーか。いい加減あの女に痛い目見せてやんないとな」
 エルシーとジャンヌの間には大きな因縁がある。
 脇腹の辺りにうっすらと残る傷跡。それはジャンヌのアーティファクト『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』による傷跡だ。
 傷跡自体は彼女が後何人か食い尽くせば消えてしまうようなものだが、エルシーの矜持、そして複雑な想いは傷つけられたままだろう。
「ジャンヌはお前がケリをつけたいんだろ?」
「たりめーだ。もし俺以外の誰かがやりやがったら今度はそいつをぶちのめしてやんよ」
 彼女がいつも発散している身にまとう淫気のようなものが、彼女の怒りに触れて別の物へと変わり、俺はほっとする。
 正直こいつに迫られると俺でも抗するのは難しい。
「それで、いつごろ仕掛けるつもりだ?」
「そーだな。あと、一週間ってところか」
 何かを考えるように顎にエルシーの指が添えられる。
「その時が来たらこっちでもバックアップしてやろう」
「ああ、ありがたいね。うまくいったらその後は楽しもうぜ、レイン」
 レインというのは、ノワールゼロでの俺の名前だ。
「命がけでしたいほど女に縁がないわけではないぞ俺は」
「命がけ結構。だから良いんじゃねーか。いつにも増して眩い、燃え尽きる一瞬の輝き」
 刹那の快楽が至上のものなのだろう。そういう種族、いやそのような魂魄の持ち主なのだと理解はしている。
 ジャンヌたちは決して彼女のようなものを受け入れようとしないだろうが。
「本当、命がけだったよな。あん時ゃ俺も死ぬかと思ったぜ」
 けらけらと笑いながら、俺の肩をたたくエルシー。
 一度だけ、誘いに応じてこいつを抱いたことがある。
 余り思い出したくない記憶だった。
「あれやられたら普通の女じゃ発狂するからやめとけよ? あ、それともそういうのの方が好みなのか?」
「するか。……まったく……」
 もう少し可愛げが欲しいものだといいかけて、それを言ってしまうと負けた気分になるので口をつぐむ。
 だが、エルシーはすべてを心得ているかのように、お得意の口の端だけをあげる笑みを見せ。
 ――目の前に着物姿の少女が立っていた。
 おかっぱの真っ黒な髪の上に紐状の赤いリボンが飾られている。目線を俺の目よりもわずかに下へ向け、人形のような白い肌に恥じらいの朱をまぶした頬。紺 地に藤柄の清楚を通り越して地味な着物の前で両手を揃え、その手に黄色の小さな巾着袋を持っている。
「……お兄ちゃんは私の方が良い?」
 可憐な声が俺に呼びかける。
「……水萌(みなも)」
 目の前の少女に聞こえないように口の中だけでつぶやかれた言葉。
「姿を変えれば良いってもんじゃねえだろ」
 とたんに、少女の笑みに毒が混じる。
「へ、レインの趣味はこういう女かもとか思ったんだがな」
「ん、それは否定しない。いつものお前より、素直でいい感じだったからな」
 瞬時にエルシーの頬が紅潮した。羞恥か、それとも怒りか。
「くだらねえ」
 言い捨てるとともに、先ほどまでの姿に戻ってしまう。
「悪かったな。俺はお前のそういうところも嫌いじゃねえよ」
 にやりと笑って、エルシーに口付けた。
 少し驚いた顔をしたエルシーが、目の前にいる。だがさすがは本職。
 すぐに目を閉じると、唇を開いて舌を絡めてこようとする。
「ん、く……ちゅ……ぴちゃ……るろ」
 主導権を握ろうとするような攻め合いが少し続いて、だが、最初に譲る姿勢を見せたのはむしろエルシーの方だった。
 意外に思って俺は途中から瞑っていた目を開けたが、エルシーは酔いしれるように目を閉じたままうっとりと俺の舌の動きを受け止めている。
 だが、それでも淫魔だということを思い知るのに時間はかからなかった。いや、むしろそうだからなのか。
 絶妙な締め付け、わずかに口蓋に触れていく感触。そして、エルシー自体が高ぶっていることが俺にとって最高のスパイスとなり。
「ん……。あはぁ……んぅ」
 キスを終えた時にはしっかり下半身で準備が出来てしまっていた。
「なぁ、やっぱり、やってかないか?」
 口の端に垂れた唾液を指ですくって舌でなめとる仕草に、脳髄がしびれる。
「物凄く魅惑的なお誘いだが、魅惑的過ぎるんでやめとくよ」
「けっ、たく。このキス魔が。男のキス魔なんて痴漢と同じじゃねーか」
 とたんに不機嫌そうに口を尖らせるエルシー。
「痴女に言われたくねーよ」
「痴女大いに結構、だぜ。俺は淫魔だから褒め言葉。ってな」
 ニヤニヤと笑うと、エルシーは出てきたばかりの扉を開けて中に舞い戻ろうとする。
「おい。それだけで帰るのか」
「うるせー。てめーが中途半端に焚きつけるからだろーが」
 中の様子をちらりとのぞき見ると、哀れな犠牲者たちが転がっていた。
「おかげで、後2.3人食わねーと治まりそうにねーよ。んじゃな、レイン」
 エルシーの姿を見た犠牲者たちが、期待と絶望のため息をつく。
「う、あぁぁぁー」
 誰かの悲鳴のような声が途切れるとともにぱたりと扉が閉じられた。
 ――弓剣水萌。
 いつも美氷の後ろをちょこちょこと歩いていた、可愛らしい少女。
 俺を見るたびに頬を染め姉の陰に隠れ、それでもどこか嬉しそうに微笑んでいた少女。
 サモン(召喚)シンボルを持ち、姉とともにインフィニにおける戦力として活躍した少女。
 そして、シンボルを暴走させ、異世界へと消えた。
 帰ってきたのはエルシー。
 その間何があったのか、エルシーが水萌なのかはわからない。
 だが、エルシーはジャンヌに執着し、俺に執着し、インフィニを敵に回して戦う。
 わかっているのはそれだけで。
 だが、それだけで良い事なのだろう。
 所詮何もかも思い通りに出来るのは神だけなのだから。
 神になろうとあがくだけが、俺たちの出来ることだ。
「ほんと、くだらねーよ」
 俺はため息をつくと足早にその扉の前から歩み去った。


 謁見の間にあたる場所に来ると、二人の人影が見えた。
 一人は無表情に玉座の横に立ち尽くすレイチェル。
 もう一人は俺の部下の最後の一人。
「あー、やっと来ましたね、レイン様」
 ニコニコと笑いかけてくる邪気のない童顔にこちらもつられて笑みを浮かべてしまう。
 だが、この女の本質は誰よりも悪女だ。
 にっこり笑って人を絞殺できる真正の悪魔だ。
「もう、ずっと待たされたんですよ。本当に酷いんだから、レイン様ったら」
「いつから待っていると言うんだ」
「そうですね。4時間ぐらい前からでしょうか?」
 余りに疑わしい答えにレイチェルのほうに視線をやるがレイチェルは我関せずといった感じでそっぽを向いている。
 この女はジャンヌと同じお嬢様学校の学生で、あの学校はジャンヌでさえ理由をすべて打ち明けてようやくあのタイミングで抜けてこられる厳しさなのだ。
 というわけで、学園関係者だけはジャンヌがブランインフィニの一人であることを知っている。
 まあ、よくもそんないかがわしいものに関わるのを頭の固い学校関係者が認めたものだと思うが、その裏には目の前の女――椎原林檎――の暗躍がある。
 椎原林檎こと、ノワールゼロの魔術師シーリスは、ヒュプノ(催眠)シンボルの持ち主。
 人を操り支配することに悦びを見出す魔性の女だ。
 しかし、件のお嬢様学校はもう少しでシーリスの手の内に落ちるところだったのだが、案の定弓剣美氷に看破され、洗脳、催眠による学園支配は水泡と帰し た。
 それでも、自分の正体だけは誰にもつかませなかったと見え、シーリスは自分に危害が及ぶのだけは免れた。
 痛み分けという結果ではあるが、シーリスのその真っ黒の腹の底は煮え繰り返っていたに違いない。
 ともかくその功績――というか負い目だろうか――があるから、学園側もジャンヌの行動を許しているところがあるのだ。
「もしもしお聞きになっていらっしゃいます? あらいやだ、耳が腐り落ちてしまったのかしら。まったく反応がありませんね。もしかしたら、耳の穴に腐り落 ちた肉塊でも詰まっているのかもしれませんわ。レイチェルさん、ドリルでも用意していただけません?」
 人に口を挟ませない早口でそう言い切って、シーリスがレイチェルに手を差し出した。
「おいおい、ちょっと考え事をしていただけで、いきなり何する気だ」
「あら、もちろん冗談ですわよ。レイン様が余りに無反応なので拗ねたくなっただけですわ」
 嘘をつけ、お前が拗ねたくなるような柄か。
「と、だからレイチェルも素直にシーリスにドリルを渡すんじゃない!」
 シーリスの手から無理やりドリルをひったくるとレイチェルにそれを返す。
「戻しとけよ、まったく」
 物体呼び寄せ(アポーツ)の呪文でも使ったんだろうが、いったいどこから引っ張ってきやがった。
「で、何の用だってシーリス?」
「今日の作戦についてですわ」
「ん、今日のレイチェルの活動の件か?」
「ええ、エルシーさんの体組織を使って創られた異界の植物という珍しい物を失ってまで行った作戦で、この体たらくはなんですの?」
 そのある意味もっともで、嫌味なくらい説明的な指摘を聞きながら俺は頭の中で全然別のことに気をとられていた。
 なんでこいつは俺たちの前でまでこんな喋り方を続けるんだか。
 政界の重鎮の椎原修氏の愛娘、椎原林檎。
 厳しく躾けられ、政界の汚さを見せ付けられ、そんな自由もなく希望も持てない生活に彼女が歪むのは当然だったろうか。
 そんな彼女にとって悪の組織である、現実をぶち壊すノワールゼロからの誘い、そして、ヒュプノシンボルの獲得は大きな意味を持っていたはずだ。
 まあ、だからといって、彼女の用心深さが和らぐというものでもないか。
「その件に関しては俺が許したんだ。なんならお前にも分けてやってもよかったが」
「うふっ、ご冗談を。誰かさんの二番煎じでは効果は薄いですわ。こういうものは一番最初にどう手を打つかが勝負ですのに」
「そうかそれは悪かったな、次はお前に任せるとしよう」
 そう良いながらちらりとレイチェルの顔を見たがまったく何の変化も見られない。いわば無能扱いされているというのにだ。
「それはありがたくお受けしますわ。ですが、レイン様は甘すぎますわ。本当にインフィニを倒すつもりがおありですの?」
「無いと、思うのか?」
 俺の声に秘められた温度を感じ取ったのだろう、シーリスは口をつぐんで唾を飲み込む。
「……いえ、どうやら失言でしたわね。とにかく、もう少し効果の上がる作戦を練っていただきたいものですわ」
 それでも強い口調で苦言を吐くシーリスに俺は頬を緩めて笑う。
「わかったわかった。それより、お前のほうも何か準備を進めているのだろう?」
「ええ、それなりに。ですが、私の領域は所詮人の心の闇。すぐには効果が見えてこないこともありますわ」
「ああ、そうだな。気長に期待しておくさ」
「そうしてくださいまし。それではそろそろこの辺で失礼いたしますわ、余り遅くに帰るといろいろとうるさいものですから」
 そういってきびすを返すシーリス。
「まて、レイチェルに送らせよう」
 移動を司るトランスファーシンボルを持つレイチェルなら、帰りも楽だろうとたまには気を利かせたのだが。
「いいえ、お気遣いは結構ですわ。では、ごきげんよう。レイン様」
 謁見の間から出るあたりで、一度こちらに振り向いて一礼すると、廊下へ足を踏み出しながらシーリスがポツリと口にした。
「なら何故、貴方はブランインフィニにもウィザーズクレストをばら撒いたんですの?」
 俺がその言葉に意表を突かれて動けないでいる間に、最初から答えを聞く気がなかったのかシーリスは軽い足音を響かせながら奥へと消えていってしまった。
「ち、やりにくいやつだよな」
 レイチェルはよくわからんという感じで俺のほうを見ている。
「あー、気にすんな。まだ放っとけ……いずれ何とかしなくちゃいけないんだろうけどなあいつも」
「光喜様、シーリス様はゼロ様の事を尋ねておいででしたが」
 さらに良くない話だな。
 ゼロというのはノワールゼロの首領だ。
 要するに親の総取りってわけだな。だから実はブランインフィニの名づけ方は見当違いなんだが……わからん? いや、まあそれはいいんだ。
 とりあえず、ゼロが姿を現すことはめったにない。
 それは当たり前だ。あれは俺の作った人形だからな。
「危険な兆候だと思われますが」
「いや、既に俺がウィザーズクレストをばら撒いたって事まで知ってるんだ、ゼロの事を知っても今さらだろうよ」
「ですが、本当の事を知られたらいささかまずいのでは?」
「気にするなと言ってるだろ。あいつは打算で動く女だ。俺たちに利用価値がある以上裏切りはしないさ。もっとも、裏切られても構わんがな」
 そのぐらいの方がシーリスにはふさわしい。あの女は悪女なのだから、ぞくぞくするぐらい、攻撃的で計算高く誰も信用しない。そして、すべての人間を利用 して自分が利益を得ることしか頭にない。
「よくわからないお話です」
 真面目な声で応じるレイチェルに俺は少し呆れを隠さずに言った。
「そうでないと、ちっとも面白くないだろ」
 それこそが俺の本音。
 悪の組織を作り、正義の味方を誘導し、舞台を整え上げた俺の望むところ。
 るりか、美氷、譲、志乃、レイチェル、シーリス、エルシー。そして、残りのウィザーズクレスト使い達。
 さあて、どれだけ俺を楽しませてくれる?
 小さく笑みを浮かべた俺にぼそりと無感動な声が投げかけられた。
「一つだけわかることがありますね。光喜様は変質者です」
 俺は変態で変人だが、変質者じゃねえ!!
「レイチェル!!」
 振り向いた先にレイチェルの姿はなかった。
「あ、あんにゃろう、また逃げやがったな……」
 なんだか今朝も昼休みもそんなことをしていたなと、思い返して俺は長い溜息をついた。

第5.5話へ
第6話へ

あとがき
 あれ? もっと説明的な話になるはずだったのに……。
 ウィザーズクレストというタイトルに偽りありな感じに。(汗)
 まあ、一番大事な話はさりげなく(?)含ませたから良いかな(笑)
 でもやっぱり残りのインフィニメンバーや譲の話なんかもするはずだったのに。
 まあ、これ以上時間掛けるのもなんだしこの辺が妥当なのかも。上記の事柄なんかはいずれ語られていくことでしょうし。
 ちなみに親の総取りがわからない人は検索して調べてね。聞かれれば答えるけど。
 そういえば。まだ、ノワールゼロの戦闘員みたいなのが出てきてないなあ……。
 やっぱりキィーーーとか奇声を発しないといけないのかなあ。(笑)
 あ、レイチェルの過去も書き忘れてた……。

表紙へ