俺の創作活動

第5.5話『私の強化活動?』

 結局光喜ちゃんは昼休みの後帰ってこなかった。
 帰ってきたのは、光喜ちゃんそっくりの人形だった。
 光喜ちゃんそっくりの人形はよく出来てるけど、よく見たらすぐ本人じゃないってわかる。
 でも、他の人は誰も不思議に思わない。
 忘却障壁を利用した認識阻害能力……っていうのが『付加』されているから。
 光喜ちゃんそっくりの人形を見ているうちに、私はざらざらと胸のうちを逆なでされているようないやな感じに襲われた。
 私が見ても、人形の光喜ちゃんは何も反応を返さない。
 ふと、教室の光景が遠かった。先生の声も、皆がノートをとる音も、自分が触れている机の感覚さえ。
 胸がぎゅっと絞られるような感覚。――寂しい?
 それはそんなに強い感覚ではなかったけど、一瞬確かに私の心に押し寄せて、小さな痛みを残していった。
 違う、私は孤独なんかじゃない。
 確かに私の1/4はこの世界の人間じゃないけれど。
 だけど、今はたくさん友達がいる。自分と同じ『魔法』を使う仲間もいる。
 ここが私の居場所なんだ。
 たとえ、光喜ちゃんがいなくても。

 そのまま人形はじっと光喜ちゃんの席で授業を受け続け、放課後になると同時に帰宅した。
 私はそれを見送って、インフィニの会合に急ごうと思ったんだけど、仲良しの夕理ちゃんと葉子ちゃんと花摘ちゃんに捕まってしまった。
「るりかちゃん、クッキー焼いてきたんだ。甘いよ、食べて食べて」
 ニコニコ笑ってクッキーを差し出してきたのは葉子ちゃん。ほにゃっとした感じの、言っては悪いけど、少し天然ボケって感じの女の子。私も同じだって、夕 理ちゃんは言うけれど、 葉子ちゃんほどじゃないと思う。……きっと。
 夕理ちゃんと花摘ちゃんは机を4つ集めて、小さなテーブルを作っていた。その上に、香ばしい匂いの美味しそうなクッキーが乗っていた。
 う……。
 気がついたら、みんなと席に座って談笑していた。
 クッキーは美味しかった。アーモンドが細かく入っていてさくっとしたクッキーの中の違った感触。あんまり食べると太っちゃうかななんて思いながら、なん となくなんとなくでクッキーをつまみ続けてしまう。
「紅茶が欲しくなってくるね」
 夕理ちゃんの言葉に嬉しそうに笑った葉子ちゃんが魔法瓶を差し出した。
「え?」
 ポニーテールを揺らして夕理ちゃんが驚いた声を上げる。
「ちゃんと持ってきてま〜す」
「なんだ、それだったら最初から出してくれれば良いのに」
「えへへ〜」
 夕理ちゃんと葉子ちゃんは仲が良い。幼馴染で小学校からずっと一緒らしい。
 私と、光喜ちゃん……とはだいぶ違うよね、女の子同士だもん。
 活動的で明るい夕理ちゃんとおっとりのんびりの葉子ちゃんはすごく良い組み合わせなんだと思う。
 で、残りの花摘ちゃんは実は葉子ちゃんの従姉妹で、才媛って言葉の似合う凄い人。
 勉強も運動もとにかくよく出来るし、人が困ったときとかさらりと助け舟を出してくれる。
 でも余り笑ってくれないし、なに考えてるんだかよくわからないことがある。女版光喜ちゃんみたいな人だ。
 でも実は、自分のお兄さんのことになると、ちょっとおかしくなる。うろたえたり、怒ったり、困ったり。見ててそのギャップがとても楽しいので、葉子ちゃ んにその事でよくからかわれている。
 実は夕理ちゃんはそのお兄さんのことをずっと片思いしてるので、本当は夕理ちゃんの方がそういう事をしそうなんだけど、自分からはなかなか話を振れない らしい。
 多分、花摘ちゃんもそのお兄さんのことが大好きなんだろう。ブラコンって言ったら悪いかな。でも、絶対普通のレベルじゃないと思うあれは。
 だから夕理ちゃんも遠慮してるような雰囲気があるんだよね。私はその人のこと見たことはないんだけど、とっても格好良い人らしい。
「んー、良い匂いだねー」
 紅茶も美味しかった。
 いいなあ、葉子ちゃんはお料理うまくて。私も出来る方だと思うけど、到底葉子ちゃんには適わない。
 この中で一番もてるのは葉子ちゃんだ。高校二年の一学期が始まってから一月で、私の知ってるだけでももう3回告白されていた。
 かなり美人だし、胸も大きいし、優しい感じが良い、らしい。
 そして、従姉妹というには良く似すぎている花摘ちゃんは逆にそういう話をまったく聞かない。多分、花摘ちゃんのことをいいなあって思ってる人はたくさん いると思うんだけど、いつもきりっとしてるから近寄りがたいのかもしれない。
 夕理ちゃんも結構もてる。
 でも、夕理ちゃんはびっくりするぐらい奥手だし、件のお兄さんがいるから、いつも断っている。
 逆に葉子ちゃんは結構オーケーしてるみたい。でも、あんまり長く続かないんだって少し嘆いていた。
『大体一月ぐらいでふられちゃうんだ〜』
 っていつもと同じほわほわした感じで。
 どうして告白してきたはずの男の子にそんなに短期間でふられてしまうのか私には良くわからない。
 ただ、いつも葉子ちゃんは夕理ちゃんと一緒にいるし、逆に付き合っているという男の子と一緒のところをめったに見たことがない。
「んで、山岸君とはどうなってんのよ」
 夕理ちゃんが葉子ちゃんに水を向けると、葉子ちゃんは少し困った顔をしながら「別に普通だよ〜」と言っていた。
「普通じゃ駄目でしょあんたは」
「駄目そうだねぇ」
 あきれた感じの夕理ちゃんに私も同意する。
 最後に私だけど、私も、それなりにラブレターをもらったりする。
 初めて貰ったときは信じられなくて、絶対いたずらだと思った。
 でも、そのうち、そうじゃないってことは感覚的にわかってきた。
 どっちにしても私の髪と目の色は目立つんだなって。
 そう思うと、なんだか、やっぱり本当は嬉しかったそれがひどくつまらないものに感じられるようになって。
 小学生のころ、私はこの髪と目の色でどんな仕打ちを受けたか忘れていない。
 あの頃――。
 ザ……ザザ……。
「あら?」
 花摘ちゃんが黒板の上のスピーカーに目を向けた。
「呼び出しかなぁ?」
 言ってから気がついた。私かもしれない。
 時計を見ると、結構時間が経っていた。
「あ、私、もう行かなきゃ。ごめんねぇみんなぁ」
 カバンを持って立ち上がる。
「あ、そうだったんだ。引き止めちゃった?」
「ううん、楽しかったよぅ。またねぇ」
「さようならるりかさん。お気をつけてお帰りくださいな」
 やけに丁寧な花摘ちゃんの挨拶に、私は手を振って。
「うん、気をつけるよぅ」
 教室を出るぐらいになってからのんびりした葉子ちゃんの声が聞こえた。
「また明日ーるりかちゃん」
 やっぱり葉子ちゃんはテンポがずれてるなあ。
 頬に思わず笑みを浮かべながら私は昇降口へと急いだ。
 あれ、でもそういえば……放送じゃなかったのかな?
 結局あの後もスピーカーからは何も流れてこなかった。
 私がそのことを不思議に思ったのは、昇降口を出て校門へ向かっているときのことだった。
「まぁ、いいよねぇ」
 急がないとみんなに悪いから、私はすぐに頭からそんな疑問を打ち消して、校門へ走っていった。


 インフィニの会合は、シトランという喫茶店で行うことが多い。
 もちろん、インフィニの偉い人――お金を出している人って事だけど――たちに報告会みたいなのをするときはちゃんとした場所でやるけど。
 今日もそのシトランで集まることになっている。
 一応組織外のお店だから本当は良くないらしいけど、みんなの家から近いからって理由で使われてる。
 本当はケーキが美味しいからじゃないかな……ってのは私の邪推かもしれない。
 どっちにしても、『組織』の人はここでの会合にあまり良い顔をしていないみたい。
 私たちはいくら魔法が使えるからって何でもかんでも魔法で解決するわけにはいかない。 体力的、資質的な問題だってあるし、シンボルマスターはインフィ ニ全体でも私たち6人だけだし。だからどうしても、そういうバックアップしてくれる組織は必要で。
 被害を受けた人たちに対する保障や治療みたいなこと。時たまは口止めなんかもしているって。後はノワールゼロの使う兵器とか魔法の分析とかそういうこと も。そして、今日美氷ちゃんも送ってもらっていたように、現場への移送とか。
 だから、インフィニってのは、そういう人たちも含めて結構大きな組織だったりする。
 実働部隊の一員に過ぎない私だと、組織の全貌ってのは大きすぎて見えてこない。
 カランカランと軽快な音がして、扉が開く。バラード調の曲が静かに流れてきた。
 いつもの場所は4つの席が埋まっていた。
 昼間一緒に戦った、美氷ちゃんと、志乃先輩。それから、チームのリーダーである兵頭茜さんと、情報担当で組織との橋渡し役を兼ねる兼島玲ちゃん。
「ごめんなさぁい、遅れましたぁ」
「こんにちは、るりかさん。他にもまだ来てらっしゃらない方もいますし、そのことは気になさらないでも平気だと思いますわ」
 やさしく美氷ちゃんが笑ってくれてほっとした。学校ではごきげんようとか挨拶してるらしいけど、私にはこんにちはって挨拶してくれる。
『大切なお友達ですから』
 そう言って笑ってくれたときのことを私は忘れない。
 奥まって、ほとんど他の席からは見えないその一角に私は腰を下ろす。
「玲ちゃん、お久しぶりぃ」
 玲ちゃんは、サーチ(探索・伝達)シンボルの使い手だけに普段の戦闘にはまず関わらない。その代わり、さっき言った人たちといろいろ話し合いをしたり、 分析の手伝いをしたり、やることはたくさんある。
 だから、こっちの普段の会合なんかだと、来られない事も多くて、会ったのは確か一月ぶりぐらいだと思う。
「はいっ、そうですね」
 玲ちゃんはとっても元気そうにニコニコ笑っていた。少し前までは、丸ブチ眼鏡で三つ編みの素朴な感じの文学少女だったのに、今はだいぶ垢抜けた格好に変 わっている。眼鏡は相変わらずしているけど、細いフレームでなんか格好よく見える。
「眼鏡変えたんだぁ」
「はい、本当はコンタクトにしようかなーって思ったんですけど、やっぱりコンタクトは怖くって」
「でも、そのメガネ、とっても似合ってるわよ」
 言ったのは茜さん。実は光喜ちゃんの従姉妹で、美氷ちゃんのお父さんのお屋敷のメイドさんをやってたりする。
「そうですか? えへへ、ちょっと不安だったんですけど、茜さんにそういってもらうと自信つきます」
 茜さんは大人の女性って感じだし、着こなしとかとってもセンスがあるから、その言葉は本当に自信になるだろうな。
 ただ、私も似合うって言われることがないわけじゃないんだけど……。
 茜さんがすすっと私の隣の席に寄ってくる。
 あ、またかな……。
 ふわ、きゅうっと茜さんの腕が首の後ろに回り、抱きしめられてしまう。
「んー、やっぱりるりかちゃんは可愛いわー!」
「わ、わほわわわぁ……」
 大きな胸に押し付けられて私の声は言葉にならない。
 うー、それにしても大きな胸……。
 う、羨ましくなんかないもぉん。
 そんな私の気持ちも知らないで、茜さんは私の髪の毛を撫で回したり、ほっぺをぷにぷにして遊んでる。
 もう、まるでこのときだけは茜さん子供みたいなんだから。
 そして、ますます私に押し付けられる胸。
 やわらかくてとってもふかふか……ううう〜、やっぱり羨ましいよぉ。
 横目でちらりと、志乃さんが手に持った文庫本から目を離してこちらを見ているのが見えた。
 志乃さんも結構胸大きいよね。もし、あれくらいの胸があったら、光喜ちゃんも……。
「ところで、今日着てた服も可愛かったわねえ。あれ、どこで買ったの?」
 ぱっと、茜さんが抱擁を解いてくれたので今のうちにはふはふと息を吸い込んでおく。
「えっと、あのぅ、あれは……」
 茜さんが言っているのはきっと、昼間の事件のときに私が着てた服のことだよね。
 あれは、光喜ちゃんから一番最近に貰った物だ。光喜ちゃんはめったに私にプレゼントなんかくれないから、数えたらあれを含めて5本の指で足りるくらい だ。
「光喜ちゃんから貰ったんです」
 少し悩んだけれど素直に言っておくことにした。
 茜さんは光喜ちゃんの事知らない仲でもないし、というかここにいる人はみんな何らかの形で光喜ちゃんと関わりのある人たちだから。
 ただ、私はそう言った時の志乃さんの反応が気になって、ちらりとまた志乃さんの方を見たけれど、びっくりするぐらい無反応だった。
 ほっとすると同時に、どうしてか胸の奥のほうが痛んだ。
「五月雨くんが?」
 言ったのは、美氷ちゃん。小学生の頃私と光喜ちゃんと同じクラスだったことがあって、そのときあった事件は美氷ちゃんにとっては忘れられないことだと思 う。
 だから、美氷ちゃんは私がインフィニに参加していると知って、自分も微力をと申し出てくれた。そしてその所為で、妹の水萌ちゃんが行方不明になった。
 その美氷ちゃんにも私はレインが光喜ちゃんであることを教えることが出来ない。
 みんなのことは裏切りたくないと思う。
 でも、光喜ちゃんは裏切れない。
 結果的に私はずっとみんなを裏切り続けている。
 何とかしたい。みんなが幸せになれれば良いのに。
 どうして光喜ちゃんは悪の組織なんかに加担しているんだろう。
 私は馬鹿で、どうして良いかも光喜ちゃんの気持ちもわからない。でも、悩んでいても先には進めなくて。
 だから、自分に出来ることを頑張りたいと思う。それはきっと、私が弱くて、結論を先延ばしにしているだけなんだろうけど……。
 想う。
 多分光喜ちゃんはこの中の誰より強い。
 それは、魔法使いとしての戦い方、シンボルの特性を一番知っているから。
 本来の持ち主の私よりずっと。
 おじいちゃんが私にじゃなくて、光喜ちゃんにウィザーズクレストを遺したのは当然のことだと思う。
 もし本気で光喜ちゃんが私たちと戦うとしたら、そのとき私たちは光喜ちゃんに勝てるんだろうか?
 ううん、それ以前に私は、戦うことが出来るんだろうか?
 光喜ちゃんに貰ったこの服を着て、光喜ちゃんとの大切な想い出を胸に宿して、私は刃を向けることが出来るんだろうか?
「うん、大切に着てくれってぇ」
 本当はその言葉の後に、『それは必ずお前を守ってくれるから』と続いていた。でも、そんなことは言えなかった。この服に魔法がかかっているのはみんなな らわからないわけがないから。
「魔法で強化してあるのね」
 やっぱりすぐに茜さんに気付かれてしまう。
「うん、普段はちょっと恥ずかしくて着れないけどぉ、戦闘中じゃすぐ破れちゃうかもしれないからぁ」
 だから言い訳はもう用意してあった。
「そっか、でも彼の前で着てあげたほうが良いんじゃない?」
「でも……」
 そういってちらりとまた志乃さんの様子を見るが、相変わらず手元の文庫本に視線を落としたまま何の反応も見られなかった。
「やっぱり、そんなことできませんよぉ」
 私の視線を追って、茜さんも気がついたようだ。
「そうね、でも、そんなに気にすることはないんじゃない? 五月雨君とるりかちゃんは幼馴染なんだから」
 そうかもしれない。
 ううん、本当はそうなんだろう。
 でも、それは私にも光喜ちゃんにもそれ以外の気持ちがなかった場合の話。
 そうだよ――これ以上、私は裏切りたくない。
「良いんですよぉ。光喜ちゃんはたまにはぁ、冷たくしてやったほうが良いんです」
 私は少し元気を込めて言ってみる。ただの幼馴染の、友達としての関係に見えるように。
 そのとき、志乃さんの視線がぱっと持ち上がり辺りを見回した。その様子に私の胸はどきんと脈打ってしまう。
 ただ、それだけのことにそんなに反応するなんて、今日の私おかしいな……。
 でも当たり前かな、だって。
「……まだ?」
 志乃さんの疑問。短くて要旨がいまいちわからないけど、美氷ちゃんはすぐにわかったみたい。
「ええ、譲さんが来ていませんから」
 困った様に眉を下げる美氷ちゃん。
 でも、志乃さんだって、そんなことはわかっているはずなのに。
 少し違和感の残る志乃さんの行動は自分の邪な気持ちを見抜いていたようでいたたまれない。
「……そう」
 そう応えた志乃さんは今度は文庫本に視線を戻さない。
 みんなの様子を観察するようにぼうっと見やっている。
「えと、何の本を読んでるの?」
 気まずさに負けて質問してから、しまったと思う。
 周りの人たちの雰囲気が一斉に緊張した。
 だって、志乃さんの本の話題は私たちの間ではタブーだったから。
 なぜなら……。
「……これ」
 ぱらりとブックカバーがはがれて表紙が現れる。
 顎をそらして、真っ白な喉を見せ付けている色っぽい女の人のアップ。
 タイトルは『義姉悶絶』……紛う事なき官能小説だった。
 周りの人が気まずそうに顔を背ける。
 譲さんがいなくて良かった。譲さんがいると、猥談に発展して、美氷ちゃんが怒って、それを茜さんが止めて、とばっちりで玲ちゃんは突っ伏していて……。
 ああ簡単に想像がつくよぅ……。
「……朗読?」
「しなくていいですわ! もう、志乃さんはなんだってそんな本ばかり……」
 美氷ちゃんが真っ赤になって志乃さんに文句を言うけど、志乃さんはほとんど表情を変えなかった。
「……本能」
 あまりに生々しい解答にさすがの美氷ちゃんも口をつぐんでしまう。
 みんなの反応が一段落したからか、志乃さんは再び文庫本に集中し始めた。
 だけど、私はどうにも気になってしまって、ちらりちらりとその姿に目を走らせる。うちの学校指定のブレザーを内側から押し上げている豊かな胸のふくら み。下に視線を向けている所為か、さらさらと黒髪がその上を滑り落ちていく。
 綺麗な人だなと思う。
 美氷ちゃんや茜さん達もとっても綺麗だけど、志乃さんにはまた別の美しさがある。
 華やかさとは違う、切れ味の鋭い刀のような……。
「……ぁっ、ん……」
 志乃さんが読んでいた小説に反応してかわずかに声を漏らし、頬を染めた。
 なんだか物凄く恥ずかしくなって、目をそらす。
 うぅ、見てると同性なのに変な気分になってきそうだよぉ。
「え、えっと、最近どうですか?」
「う、うん、甘くて美味しいよ」
 玲ちゃんは何とか雰囲気を変えようと話しかけてくるけど、全員が志乃さんの事を意識していて、噛み合わない会話が続いた。

 結局すごく微妙な雰囲気は譲ちゃんが遅れてやってくるまで続いた。

「というわけで、今日の反省は終わりだけど、もう一つお話があるの」
 茜さんが、皆を見回してそう言葉をかけた。
「ん、なにさ」
 さっきまで美氷ちゃんと口論していて言い負かされた譲ちゃんは少し不機嫌そうだった。
 どうしてこの二人こんなに仲悪いのかなぁ。
「るりかさん、いいかしら」
「え、あっはいぃ。私ぃ?」
 突然話を振られて私は驚いてしまう。
 そして、この間の会合で話された内容を思い出した。
「もしかして、EWPのことですかぁ?」
 Enchant Warrior Project――強化戦士計画。
「ええ、どうなのか、実現可能なのかって、せっつかれているのよ」
 茜さんが苦笑いを浮かべている。
「私はぁ、賛成できません」
 私はこの前もはっきり言ったつもりだ。でも、言いながら私は俯いてしまう。
「二人で話していないで、こっちにもわかるように話してくんないかな」
「譲さん、少しはお待ちなさいな」
 そうは言うものの美氷ちゃんもずいぶん気になるみたい。
 茜さんは溜息をついて、説明を始めた。
「今ね、私たち以外にノワールゼロに対抗出来る人たちを増やそうっていう計画が持ち上がっているの」
「……疑念」
「うん、魔術師に普通の人が立ち向かうなんて無謀よね」
 魔術師相手に数の理論は通用しない。
 ゲームとか普通のファンタジー小説に出てくるような魔術師ならそれでもいいかもしれない。
 でも、相手はどこに居るかもわからない、一方的に襲ってくる相手だ。それに対して組織的に抵抗するなんてほとんど不可能。
 そのたびごとに撃退に成功したとしても、被害はそれまでよりもはるかに大きくなるだろう。
 それじゃ何のために私たちが皆を守っているのかわからなくなっちゃう。
 でも、もしも……。
「魔法強化された武器を持った戦士たちならどうかしら」
 その言葉の意味が染み渡ると同時に皆が私を見る。
 私のシンボルエンチャントシンボルはその名の通り、普通のものに魔法的な力を持たせること。だから私ならそれが出来る。
「そりゃいいことじゃん。毎回毎回私たちばっかり戦うってのも不公平だしさ。あいつら偉そうなんだから自分でも戦えばいいのさ」
「そうは言っても、あくまで彼らの役割は補助よ。最終的には私たちがケリをつけることになると思うわ」
 それでも、やりやすくなることは間違いないんじゃないかと思う。
「そうだよね。あんまり事件のときばかりいなくなると、いくら忘却障壁があってもいつかばれちゃいそうだもんね」
 美氷ちゃんは何かを考え込んでいるみたいだけど、他の人はどうやら賛成みたいだ。
「……反対」
 と思ったら意外な所から声がした。
「志乃さん?」
 志乃さんは、何度か言葉を捜すように口を開いて、それからぽつりと言った。
「……危険」
 少し、びっくりした。志乃さんがじっと私を見ていた。その瞳は貴方も同じことを危惧していたんでしょう? と訴えかけているよう。
 うん、とうなずくと志乃さんがにっこり笑った。
 すごく珍しい。志乃さんが私に笑顔を見せるなんて。
「そんなの承知の上で戦いたいやつらなんだろ?」
「違うよぉ……危険なのはぁ、普通の人たちだよ」
「え?」
 魔法と魔法の戦い。私たちはまだきちんと制御できる。でも、もしも、魔法強化した戦士たちが戦うことになったら。
 彼らは一般人を守りながら果たして戦えるか。自分たちの力の流れ弾で一般人を傷つけないといえるのか。
 間違いなく戦いは今より激しくなって、巻き込まれてしまう人の数も増大していくだろう。
 そして、何より、魔法を持つ底辺が広がれば、中にはそれを正しいことだけに使わない人だって絶対に出てくる。
 エンチャントされた魔法の武器は、所詮道具に過ぎないんだから。
 そんなこと、考えたくはないけれど。
「……アメリカですか?」
 美氷ちゃんが良くわからない質問をする。
 だけど茜さんにはわかったのか、また苦笑いを浮かべて頷いた。
「そう、あっちからの圧力みたい。相変わらず自分達が主役でないのが我慢ならないのよ。往年の力をなくしてしまったことで、余計にね」
「アメリカ国民総意としてもノワールゼロは憎き敵でしょうからね」
 美氷ちゃんの言葉に私はノワールゼロの起こした最初の事件を思い出す。
 たった一人の魔法使いがアメリカ、中国、ロシアの主要都市を沈黙させた事件を。
 各都市では未だに多くの人が目覚めぬ眠りについている。
「そういや、それの魔法消去の依頼ってどうなったんだよ」
「……現地に行ってみましたわ。でも、あれでは」
 言葉を濁らせる美氷ちゃんを見て譲さんは不満そうに口を尖らせる。
「いったいなにがあったんだよ」
「魔法消去をかけると罠が発動するようになってましたの」
「……罠?」
「ええ、簡単に言うと、魔法で支えられた大量の瓦礫が町を覆っていたんですわ。魔法消去をかけた途端、その瓦礫が町を埋め尽くすように」
 町一つもの大きな範囲への魔法。それだけでも大変なのに、それを選択的に作用させないといけないなんて、絶対無理だ。
「その瓦礫どかせないのか?」
「魔法でなら出来ないこともないでしょうけれど、罠を作動しないようにイレイズシンボルと私だけで事を運ぼうとしたら一つの町ごとに一月はかかりますわ」
 当然その間黙って見ている敵でもないだろう。
「ち、ノワールゼロのやつらっ」
 譲ちゃんは怒っているけど他の人の顔は少し沈みがちだ。自分達が魔術師だからわかる、各都市を一日と経たずに機能不全に陥らせたその魔術師の力の程が。
「魔術師レイン、か」
 他の人の口から彼への嫌悪を感じると、胸が痛かった。
 違うよ、光喜ちゃんはそんな……。
「話がずれたわね。で、るりかちゃんはやっぱり反対なのね」
 首を振って茜さんが私に確認する。
「ごめんなさいぃ。でも、この力はたくさんの人が持つものじゃないと思う。普通の人はこんな力知らないほうが良いんだよぉ」
 志乃さんのことを想う。水萌ちゃんのことを想う。光喜ちゃんのことを想う。魔法はいろんなことが出来るけど、手に入れたことで、幸せじゃなくなってしま う人だっている。
 だからお爺ちゃんはあんまり魔法を使わなかったんだ。
 私には渡さず光喜ちゃんだけにウィザーズクレストを受け継がせた。その光喜ちゃんがこうして皆に渡してしまったことは皮肉だけれど。
 でも、これ以上の拡大は防がなくちゃ。
「そう。仕方ないわね。皆には悪いけど、これからも私達だけで頑張りましょう」
「みんな、ごめんねぇ」
「いえ、いいのですわ。私もそれで正しいと思いますもの」
「うん、そうだな。美氷と同じってのはいけ好かないけどな」
 ああ、そんな事言うと。
「あら、先ほどは楽になるとか仰っていたではありませんか」
 譲ちゃんが皮肉気な微笑を浮かべている美氷ちゃんに苛立ちを込めた視線を投げつける。
「ったく。本当に腹立つやつだなお前は。危険だとか考えたことなかっただけだ」
 バンと机を叩いて譲ちゃんが立ち上がる。それを美氷ちゃんは冷ややかに見つめている。
 だんだん険悪な雰囲気になってきて、いつものことだと思うけど、でもこんなの嫌だった。
「ごめんねぇ、私が悪いんだよねぇ。だから、二人で喧嘩しないでほしいな」
 二人が顔を見合わせて仕方ないなあって感じで笑った。
「いや、るりかに文句があるわけじゃないし……あー、悪かったよ」
「いえ、どうやら私も言いすぎたようですわ」
 パンパンと手を叩いて、茜さんが注目を集める。
「はいはい、仲直りもすんだ所で。じゃあ、組織にはそのように伝えるわね」
「ごめんなさい、面倒かけてぇ」
 きっと、この事でインフィニの人達を説得したり交渉するのは大変になったはずだと思う。
「いいのよ。迷惑だなんて思わないで。これは私が選んだことだもの」
 ニコニコ笑いながら、私の頭を撫でてくる。
「そうですよ。私も及ばずながら力を尽くしますから……なんて。えへへ」
「……玲ちゃぁん。うん、ありがとうねぇ」
 〜♪ 〜ザ、ザザ……〜♪
 あれ、やだな、なんか涙出てきちゃった。
「あ、るりかさん、泣かないでくださいよ」
「う、うん、なんだか、ごめんね」
 こんなに私涙もろかったかな……ん、でも、いいよね。
「今、何かおかしくありませんでした?」
 声の方を見ると、美氷ちゃんが少し怪訝そうな顔をしていた。
「え、何かあったぁ?」
 周りの人も知らないと首をかしげていた。
「そうですか。気のせいならよろしいのですけれど」
「……っと、今日はこのあたりでお開きにしようぜ。みんなも用事があるだろ?」
 その言葉で、玲ちゃんは、あっと口を押さえて立ち上がった。
「いけない、私も用事があったんです」
「そう、それじゃあ、この辺にしておきましょう。次の定期会合は二週間後だから、今度は遅れないでね、譲さん」
「へいへい、わかりましたって。今度はしっかり来ますよ」
 そういって譲さんは玲ちゃんと一緒に出て行った。
「私もあまり留守にしているわけには参りませんから」
 それを見やってから優雅に美氷ちゃんが立ち上がる。
「あ、私もそろそろお買い物行かなくちゃ」
 私も美氷ちゃんと一緒にみんなに手を振って別れた。

 商店街について、献立を悩みながら買い物をする。なかなか1人分の材料を買うのは難しい。1人分だけ料理するのもだけど。
 ちょっと寂しいなと思うけど、今はお義父さんもお義母さんもいないしね。
 お義父さんお義母さんって言うのは私の両親じゃなくて、光喜ちゃんの両親のこと。本当のお父さんお母さんは私が生まれてすぐに亡くなったらしい。
 それで、おじいちゃんは私を光喜ちゃんの両親に預けていることが多くて。幼い頃は私は二人を本当の両親だと思っていたぐらいだから。
 でも、光喜ちゃんもまた二人の本当の息子じゃない。私が小学校の4年生のとき養子に貰われて来たんだ。
 光喜ちゃんがそれまでどうしてきたかとか、二人がどうして養子を貰うことになったのかとかは知らない。
 別に知らなくてもいいことだと思う。
 そのおかげで光喜ちゃんと知り合えたし、二人にはその後もずっと優しくしてもらったから。
 そういえば光喜ちゃんは、ちゃんと自炊してるのかな?
 お義父さんとお義母さんが宝くじに当選して――あの宝くじ当選は絶対光喜ちゃんが何かしたんだと思う――旅行に出かけてから、あの家で光喜ちゃんは1人 だ。昔ほど私も光喜ちゃんの家に遊びに行ってないし。
 時折は従姉妹の茜さんが食事を作りに来ているのは知っているけど。
「ん、ちょっと頑張って光喜ちゃんの分も作ろう、かなぁ」
 私は、何を作ろうかなって材料を選びながら、少し微笑んだ。

 少し、たくさん買いすぎたかも。
 商店街からの帰り道、重い荷物を抱えてよろよろしながらちょっとだけ後悔する。
 作るものは温野菜のサラダと、春巻きにした。光喜ちゃんは、中華が結構好きだから、喜んでくれると思う。
 久しぶりだから、気合が入りすぎてしまったのかも。
 何でこんなに今日はそんな気分なんだろう。
 ふと、考えるけど、それを振り払う。
 いいんだ、悪いことじゃないんだから。
 料理しながら、少し話をしよう。
 テレビのこと、クラスのこと、昔のこと。
 楽しいことをいっぱい話したい。
 でも、光喜ちゃんが本当に今のこの状況を望んでいるのか聞いてみたい。
 どうして、ノワールゼロなんかに与しているのか。
 ううん、私が本当に一番聞きたい事はそんなことじゃない。
 二年前に私と別れて光喜ちゃんはどう思ったのか。
 今は、どう……。
 どくん!
 心臓が打ち抜かれたような気がした。
 自宅近くまで帰ってきた私が顔を上げた先。
 光喜ちゃんの家の玄関に、志乃さんが立って私を見つめていた。
 冷や汗と悪寒が背筋を伝う。
 同時にさっきまで自分が考えていたことが、羞恥という名前の火にくべられて盛大に燃え出した。
 何も言えず、私は重い材料を持ったまま駆け出した。
 顔をうつむけて、光喜ちゃんの家の前を通り過ぎる。
 ちらりと見えた志乃さんの手には私と同じような買い物袋。
 志乃さんが不思議そうな視線で見ているのが、見なくても感じられた。
 私が自分の家に急いで飛び込む頃、隣から光喜ちゃんがドアを開けて嬉しそうな声を上げるのが聞こえてきた。

 ベッドがやわらかく私を包み込む。
 荷物は玄関に放りっぱなしだ。冷蔵庫にしまわなくちゃと思うけど、立ち上がれない。
 おかしい、おかしいよ。
 そりゃ、光喜ちゃんのことは好きだし、今だって忘れられないし。
 だけど、これまでずっと抑え込んでこれたのに。
 あんな不審な態度とっちゃったら、私の気持ちが志乃さんにばれちゃうかもしれないのに。
 どうして、抑えきれないんだろう。
 大体、振ったのは私のほうなのに。
 うく……。
「や、やだ。何でぇ、また涙ぁ……」
 すん、とすすり上げてから思う。
「光喜ちゃんが悪いんだ。キスなんかするから。恋人でもない私にキスなんかするから」
指で、そっと唇に触れる。
 その感触が懐かしい記憶を思い起こさせる。
 中学三年の夏。
 ぎらぎらした太陽と、海の音。
 水着姿で抱き合ってした初めてのキス。
 加減がわからなくて、息を止めたままでいて、倒れてしまったこと。
 恥ずかしさと幸せな気持ちが夏の日差しに火照った肌をさらに熱くしたあの日。
 ザザ……ザザザ……。
 ああ、波の音が聞こえる。
「く、ぅん!」
 気がつくと、私の手は、唇から自分の胸へと這い下りていた。
 膨らみを下からなぞるようにして、その頂に近づけていく。
 背筋がぞくぞくした。
「ん、ぁ……やだぁ」
 自分の涙声に興奮する。
 光喜ちゃんに弄られたときと同じ、私のいやらしい声。
 まだ、本当に気持ちいいところには触らない。
 もう一方の指を唇に持っていき、光喜ちゃんとのキスの代わりにする。
 まだ。
 くるくると、寸前の部分で指を回す。
 光喜ちゃんはこうして私を焦らすのが好きだったから。
 私もこうして焦らされると、ずっと感じた。
 中学三年の一年間、最後の一線を越えることこそなかったけれど、私はたくさん光喜ちゃんと愛しあった。
 私は、その一年間で自分がどうしたら感じるのか気持ちいいのかってことを散々叩き込まれてしまった。ううん、光喜ちゃんのすることに感じる体にされ ちゃったと思う。
 光喜ちゃんと恋人同士でなくなったからってそれは元に戻ったりしない。
 だから、これまで何度も、こらえられなくてすることはあった。
「……でも、すご、凄いよぅ」
 いつもよりずっと感じる。恥ずかしい声が押さえられない。
 いつもなら枕に顔を押し付けて我慢するんだけど、そんなことも出来なかった。ううん、したくなかった。
 まだ、決定的なところにぜんぜん触ってないなんて信じられなかった。
 頭の中に、光喜ちゃんにされたことが後から後から蘇ってきて、自分で触らなくても昂ぶっていってしまう。
「やっぁ……。こんな、に私、エッチだぁ」
 キスしていた指でスカートのファスナーをおろして、何とか足から抜いた。
 そっと下着の上から、その部分に指を這わせる。
「熱く、なってる私の……アソコ」
 体の奥からじゅん、という感触が湧き出す。
 そちらを刺激しながら、胸を這わせていたもう一つの指で、乳首をきゅっとつまむ。
「くぅ……ぁん、じんじんするよぉ」
 いつも光喜ちゃんは私の意識がそれた瞬間を狙って、そういうことをした。
 滑らかな下着をすべる指の感触で、私の奥に熱が蓄積していく。
 もう一方の胸が寂しい。自分だけじゃ、愛撫しきれない。
 体制を入れ替えてうつぶせになる。
 それでも枕には顔を埋めない。
 恥ずかしい声を垂れ流す自分を聞いていたい。
 シーツに擦り付けるようにもう一方の乳首を刺激する。
「うんっ……いたっ。ん、ん。んんぅ……」
 少し、強すぎて痛かったので、押し付けるように転がすやり方に変える。
「ぃ、よぅ……きもち、い……。あ……きもちいいぃ」
 お尻が、愛撫をねだるように上げられていく。
「ん、触ってぇ、光喜ちゃん……」
『いいぜ』
 幻聴が聞こえる。
 それと同時に、直接襞の表面に触れる感触。
 くち、くち、くちゅ……。
 濡れてた。
「あ、は……ゃぁっ、恥ず、かし……ぃっ」
 さっきまでと違う涙がこぼれた。
 今の私は、きっと、凄く恥ずかしい顔してる。
「は、……ぁは……いや、光喜ちゃん、それぇ」
 擦るたびに腰の奥、子宮に快楽の内圧が高まっていく。
 自分が恥ずかしいことをしていると感じるたびに、心臓がどきんと高鳴って、蜜が指に絡みつく。
「光喜ちゃ……ぅ、はん。もっと……強くして、いいよぉ」
 自分の言葉で、興奮で熱い頬がさらに熱を持っていく。
 割れ目の入り口でこすっていた指を少し内側へ埋める。
 明らかにさっきよりも音がぷちゅぷちゅと大きく鳴って、恥ずかしい。
 どきどきしながら、そっと、まだ包皮をかぶったままの淫核を押さえた。
 腰がぴくんと揺らめいて、自然と、足に力が入ってしまう。
「あ、はっぁ……とまらな……。ん、もっとぉ」
 もっとしてほしい。そう口にするのは恥ずかしかったけど、光喜ちゃんとの行為の中で、その台詞は何度も口にさせられた。
 だから、1人でも昂ぶるとつい、そう口にしてしまう。
 頭の中がぐずぐずで、全身が蕩けてしまいそうだった。腕に、汗が絡みつく。こんなに必死になって自分を愛撫しているのが、少しだけ悲しかった。
 でも、今更止まれなかった。
「きぃ、好きぃ……んぁっ! あ、んんんぅっ」
 もう、少し痛いぐらいに強くしたほうが気持ちよかった。
 強めに乳首をつまんで、爪の先で引っかくように刺激する。
 痛いのか、気持ちいいのか、でも刺激が無いと、たまらない。
 ううん何でもいい。今の私は、強い刺激があれば、たどり着ける。
 次第に、こもり始めていた内圧が、弾けそうになっている。
 奥に指を差し込んでみたい。
 でも、それだけは我慢して、代わりに、包皮を剥いて、むきだしになった、淫核を親指の柔らかい腹でこする。
「ぁっ、あ、ああっ、あん、くぅ、は、はぁん」
 息が途切れ途切れにしか出来なくて、声が意味を成さない。
 もう、あんまり深く考えることが出来ない。ただ、体の奥が本能的に何かを求めて熱く猛っていた。
 指でもいいから、ほしい。
 でも……怖さが瞬時快楽を上回ってしまう。
 私はまだしてもらったことはなかったから。
 とろとろのぐちゃぐちゃになるまで責められたこともあったけど、それでも私はまだ処女だから。
 膣中に入れてもらうのがどんな感覚なのか、私は知らない。
 怖くって、いつも拒絶してたけど、本当は私も中で光喜ちゃんを感じたかった。
 二人で一つに溶ける、そんな感覚を味わってみたかった。
 でも、空想の中なら私は、素直に光喜ちゃんの言葉にうなずける。
「うん、きてぇ」
 ぎゅっと、淫核を強く擦った。
 涙が思わず浮かぶほどの刺激が、強制的に私を打ち上げていく。
「ひぃっ!! んぁああっ、ぁーーー、あぁぁーーーーー」
 刺激の強さに声が高く途切れた。
 全身ががくがくと震える。ふくらはぎと足の裏がつりそうなぐらい力が込められて反っていた。
 気がついたら、力が完全に抜けて、突っ伏していた。
 指一本動かす気になれない。
 頭の芯が痺れていて、気持ちのいい霧の中でゆらゆらしていた。
「イッちゃったぁ……」
 自分で口にしながら、なんだか良くわからない。
 ただ、けだるくて、その中にずっと沈みこんでいたかった。
 なぜかはわからないけど、正気には戻りたくなかった。
 幸い、私のその願いは、間をおかずに現実になった。
 私はそのまま闇の中に吸い込まれるように意識を失っていった。
 その私の頭の中で、小さな騒音のような潮騒のような微かな音が鳴り続けていた……。


 ……
 …………

 シノザキルリカニタイスル、マホウエイキョウヲカクニン。
 モクテキヲソガイスルオソレアリトハンダンス
 ――――ヲモッテ『イレイザー』ヲキドウ
 マホウニヨルアクエイキョウヲショウキョスル


 ショウキョカンリョウ
 フタタビスタンバイモードニイコウ

 …………
 ……


なぜなにうぃざーずくれすと
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後書き
さて、いろいろ伏線張られまくりのこの回。
視点がるりかの物なので、物語的には番外ですが、かなり重要な回といっていいでしょう。
いろいろな所にちらりと触れては、ちらりと隠し……焦らし小説?
いや、単純にうまいこと一回で状況説明できないだけか。
ただ、るりか関連の過去も多少は見せることが出来たし、まあ、これはこれでよしですかね。
問題は果てしなくエロがエロくなかった気がするところか。こんなんで、満足してもらえると良いんですが。
というわけで次回は、誰かさんと誰かさんの絡みがメインです(大嘘)


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