RELIVE
ずぶりと、突き立った剣が彼の胸を貫いていく。
痛みよりも先に、強い衝撃。
――熱、痛み、喪失感。
どれもが激しく彼を揺さぶるが、まだだ。
伝えていない。
『…………』
自分を貫く仮面の男に、彼は感謝と謝罪を込めて言葉を送る。
『…………』
男の返答がかすかに聞こえて、剣が引き抜かれる。
血が流れ落ちていく。
立ったままでいようと思っても、もはやそれもままならない。
死ぬのか。そう自問する。悔いはなかった。やるべき事をやった。胸の中にはその満足感だけがある。
これで、ようやく全てが終わる。
彼の役割、命、悲しみ。
眼に映る景色がぐるんと回転する。何が起こっているのかよくわからない。また強い衝撃が今度は全身を打つ。
血が抜けすぎているのか、単に頭に血が回らない所為か、もう目の前も朧に見えない。ただ、傍に人の気配があるような気がした。
“シャーリー?”
目の前に笑っている彼女が見えた。
いや、これはいつかの彼女だ。本当の彼女は、もう。
ああ、そうだ。ようやく、彼女の元に逝ける。
彼の頬が、僅かに緩む。
全てが終わったのだ。かつての誓いを果たさなければ。
“シャ……ーリー、き、み……を”
全身がどこかに吸い込まれるような感触の後、彼は意識を失った。
そして、第99代神聖ブリタニア帝国皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは死んだ。
2018年。ここに、全ての人民は解放され、世界は明るい未来へと歩き出そうとしていた。
だが。
魔王とまで呼ばれた彼の数奇な運命はまだ終わっていなかった。
数ヶ月前。
「それで、ルルーシュが死んで終わりか?」
不機嫌そうなC.C.の声にルルーシュは平坦な声音で返す。
「そうだ。それで全てが上手くはいかないにしろ、前へ進む一歩にはなるはずだ」
「ふうん、それは結構なことだな」
馬鹿にしたような口調にさすがにルルーシュが鼻白んだ。
「C.C.お前はなにが言いたい」
「世界などどうでもいいんだ私は。それより、私との契約は。それはどうなる」
ルルーシュが眉を寄せて眼を逸らした。
「すまない。すまないとは思うが……」
だが感情的になったC.C.はルルーシュに最後まで言葉を紡がせない。
「マオを退けたあの日、お前はビルの屋上で私になにを言った!?」
ルルーシュの胸の奥にあの時のC.C.と手を繋いだ感覚が蘇る。
「シャルルが私のコードを奪おうとしたとき、お前はなんと言った!?」
ルルーシュからそれに対する答えはない。
ただ、僅かに頭を下げ、もう一度「すまない」とだけ口にした。
「謝るだけか」
「すまない」
ただ罵倒されるだけの姿にC.C.は強い彼の決意を見る。だから、それが許せない。
「本当に死ぬ必要などないだろう!」
「そうはいかない。俺が本当に死ななければ、世界は不安を残したままになる。完全に死ぬことが必要なんだ」
「私の、コードを奪え」
ルルーシュとC.C.の真剣な瞳が交錯する。
「そうすれば完全に死に、それでも生きながらえる」
先に眼を逸らしたのはルルーシュだった。
「撃っていいのは、撃たれる覚悟があるやつだけだ」
「なに?」
「やはり、出来ない。俺にはもうやることがない。それに、そこまでして生き残ることは俺には出来ない。俺はそれだけのことをするんだ」
心の中だけで、もう一つ付け加える。
“それに、コードを奪えばいつ死ねるかもわからない。そんなにも長い間、彼女を待たせ続けるわけにはいかないんだ……”
「僕も聞きたい。そこまでする必要があるのか?」
それまでずっと黙って成り行きを眺めていたスザクの介入にC.C.は驚いて振り向いた。
「枢木……」
「ふ、さっきまで俺を仇だと言っていた奴が言う台詞か?」
「だが……」
眼を逸らすスザクにルルーシュは力を抜いた微笑を見せた。
「多くの人間が死んでいった。それに、これから多くの人間を俺は殺す。だから、俺だけが許されていいはずがない。違うか、スザク」
「それなら、僕でも」
「馬鹿、死にたがりにそんな役目を押し付けても意味がない。それにお前はいざとなったら死ねないだろう?」
「……君のせいじゃないか、ルルーシュ」
最後に憎まれ口を叩くと、スザクは首を振って引き下がった。
「そういうことだ。悪いが新しい契約者を見つけてくれ」
C.C.が憎憎しげにまたルルーシュをにらみつける。
「お前は私から力だけ借り受けて恩は返さない、そういうことだな?」
今度はルルーシュは眼を逸らさない。
「……そうだ」
逆にうつむいてその表情を隠したのはC.C.のほうだった。
「力があれば、生きられるかと、聞いたのにな」
その声は酷く弱弱しく、ルルーシュには聞き取ることは出来なかった。
「……ああ、もういい、もういい。お前らは勝手にしろ」
首と手を振り、怒りもあらわに立ち去ろうとするC.C.。
「せめて、それは僕に出来ないか? 僕が替わりに君と契約をしても良い。どうせ僕は死ねない」
そのC.C.へとスザクが一歩近寄った。
「お前が?」
訝しさを隠そうともしないC.C.。
「スザク。お前この力を嫌っていたんじゃ」
ルルーシュも僅かに驚いた様子を見せる。
それに答えて頷きながら吐き捨てるような口調でスザクは言う。
「当たり前だ。人の心を捻じ曲げる力なんか欲しいとも思わない。だけど、誰かが受け継がなくてはいけないのなら、わかっている人間の方がいいはずだ」
「ふん、無理だと思うがな」
そういいつつも、C.C.はスザクの手を掴んだ。
不思議な共振現象、眩暈のするような感覚を経て、二人は離れる。
「どうだ?」
C.C.の問いにスザクは困惑した顔で自分の身体を見やる。
「わからない、僕は何か、変わったのか?」
「ということは、能動的なギアスではないということだな」
「マリアンヌのような死ぬと発動するようなギアスかもしれん。どちらにしろそのタイプではコードを受け入れられるほどには強くならないだろう」
軽く溜息をついたC.C.は、それでも余り落胆を見せずにいた。言葉どおりたいした期待もしていなかったのだろう。
それに、本当のところ、契約のことは建前に過ぎないとルルーシュたちもわかっている。
「そうか。役には立てなかったようだ、ルルーシュ」
それでも、贖罪の気持ちがあるからか、それとも義務感からかスザクは僅かに顔をしかめた。
「構わんさ、元々俺が不義理の咎めを負うつもりだったんだからな」
「私だけが割を食うというわけだ」
皮肉気にそう言ったC.C.に突然真面目な顔になったルルーシュが頭を下げた。
「ありがとう、C.C.」
「何の礼だ?」
「お前本当は、俺がコードを奪おうとしなくても、無理やり押し付けることだって出来るんだろう?」
「知るか! お前らは本当に度し難い。とっとと死んでしまえ」
そういったC.C.の頬が僅かに赤らんでいるのをルルーシュは気づかない振りをしてやった。
まぶしい。
強い光が彼のまぶたを貫いて覚醒を促してくる。
まだ寝ていたい、と思うと同時に、その思ったことで彼の意識はまとまりだしていく。
難儀な性分だと彼は思う。
“昔から眠りは浅かったが、ここ最近は夜もおちおち眠る暇がなかったからな”とそこまで考えて彼はぱっと眼を開いた。
手を見、胸を見て、彼はうめく。
「バカな」
それから周囲に眼を向けて、彼は絶句する。
彼にとってひどく見覚えのあるこの景色はアッシュフォード学園の中庭だ。
自分が着ているものも皇帝の礼装ではなく、学園の制服だった。
「一体これは……」
かさ、と背後から音がして、彼は反射的に振り返る。
「きゃ……」
そこに現れた人物に彼は全身打たれたような衝撃を受ける。
「シャーリー……」
彼女は勢いよく振り返った彼の様子にびっくりしたらしく、彼を眺めたまま何も言わない。
いやそれとも、別の何かに気をとられて出てくる言葉が思い浮かばないのだろうか。
「ここは、天国なのか?」
大真面目にそう口にした彼に向かって、シャーリーはぽかんと口を開く。
「はい?」
「違う、のか?」
思わずといった感じでシャーリーが笑った。
ずっと彼が見たいと思っていた朗らかな笑み。
「天国だなんてやだな、わたしはまだ生きてるよ。それより……」
彼女の言葉を最後まで聞いていられる余裕はなかった。
彼女の手を引き、強く胸の中へと抱きしめる。
「良かった……良かった……死んでなかったのか」
滂沱のごとくあふれ出す涙。
だが、次の瞬間。
「いやっ! やめて、ルルーシュ君」
はっとして、ルルーシュはその抱擁をとく。
混乱する頭の中で、ルルーシュは考える。
“何故シャーリーが俺をルルーシュ君と呼ぶ?”
逃げ出すように立ち上がったシャーリーの顔を見て、ルルーシュはさらに衝撃を受ける。
怯えている。
“シャーリーが俺を恐れて……いるのか?”
「あ、あのね、いきなり抱きしめるとか、そのあんまり良くないよ……?」
怯えを押し隠そうとしながら必死に平常を装おうとする彼女の姿にルルーシュは既視感を覚える。
「あ、ああ、すまない。ちょっと夢見が悪くて、寝ぼけていたみたいだ」
その答えにほっとシャーリーは息をついた。
「そうなんだ、良かった。びっくりしたよ」
さっきのものとは違う僅かに硬さの残る笑顔。
“そうだ、俺はシャーリーのこの表情を見たことがある。これは、あの時のシャーリーだ……”
「恥ずかしいから、みんなには内緒にしておいてくれないか?」
「うん、わかった。あ、それとミレイ会長が呼んでたから」
「会長が?」
「うん、学園祭のことで、だって」
ざわ、と背中があわ立つような感覚。
「なあ、少しだけ聞いていいかな」
立ち去ろうとしていたシャーリーに声をかけると彼女は警戒した様子で振り返る。
「え、何かな?」
その様子に胸の奥が鈍く痛む。だが、もし彼の予想が正しいのなら。
「エリア11の副総督は誰かな?」
その質問にシャーリーは戸惑ったように口を濁すが、おずおずと答え始める。
「えと、ユーフェミア皇女殿下……だけど。あの、もしかして、わたしがさっき突き放した時に頭打ったとか……?」
ユーフェミア!?
激しい驚愕を彼は鋼の自制心で顔へ出さないように押し込める。
「いや、すまない、まだ寝ぼけているのかな。顔を洗ってからいくから少し遅れると会長には言っておいてくれ」
「うん、でも、なるべく急いで来てね」
シャーリーはそう言うと、逃げるように去っていく。
その背をずっと眺めて見送り、それから彼は空を見上げた。
「ここは、いや今は2017年なのか」
何故こんなことが起きたのか。
答えを導き出すには情報が不足しすぎている。
ゼロレクイエムは、成功したのか?
今の彼にはそれを知ることは出来ない。
彼はまだこれが彼が死に逝く間に見ている幻ではないかという疑いを捨てることが出来ない。
スザクはどうなった。ナナリーは……世界は……?
だがもしこれが死に逝く彼の見る幻だというなら、何故こんな辛い現実を彼に見せる。
死の寸前まで彼に苦しめということか。
だが、この景色が、肌をくすぐる柔らかな風が、秋めいてきた木立の匂いが、幻だとは思えなかった。
だとしたら、どうして。
なぜこの時期に俺が。
ふと、思う。
もしもこのままやり直すことが出来るなら。
その考えは彼の胸を焼き尽くすような熱を吹き込む。
「う……ぐ……」
さっきまで涼しくさえ感じていたのに、いつの間にか額に汗が滲んでいた。
「俺は、シャーリーを助けられる、のか?」
それだけではない、今のこの瞬間からならば、ユフィを。あの不幸な彼の妹をも。
ゼロレクイエムを行ったことに後悔はなかった。
ああして終わりを迎えたこともそれは彼の真実で、どんな不幸なことがあっても、それでも彼は精一杯生きた。
だから、悔いはなかった。
だが、この現状を呼び寄せたものがなにであれ、ここでそれを突きつけるというのか。
彼に、あれ以外の生き方を選べと、そういうのか?
やろうと思えば、彼にはもう一度同じことが出来る。
ユーフェミアに罪を着せ、殺し、ナナリーを奪われスザクと対峙し、記憶をいじられて、取り戻し、シャーリーを喪って……。
「駄目だ、それだけは……」
ギリ、と力を込めて拳を握る。
もう二度と、あんな形でシャーリーを喪うことは耐えられない。
それに今見た彼女は生きていた。
生きているのだ。それがどれだけ尊いことなのか既に彼は知っている。
それをみすみす死なせてしまうことなど、見殺しにするなど許せるはずがない。
だが、ならば、彼の生きたあの一生はどうなる。
あれが無駄なことだったと、そう言うのか?
それもまた彼には許せない。
あのわずかなひと時、確かにあのシャーリーは彼を愛し、そのために死んでいった。
ここから全てを変えれば、それさえも冒涜するようで、ルルーシュは一人空を見上げる。
「ぐ、うう、うおおぉぉ…………おおおお」
彼は獣のような雄たけびを上げて、慟哭していた。
だが、どんなに煩悶しようとも、時間は待ってはくれない。
「やれというのなら……やってやる。今度こそ、俺は『救い』を喪わずに『願い』を叶えてみせる」
こうして、ルルーシュ・ランペルージの新しい物語は始まる。
to be continued
あとがき
読んでいただければわかるように、やり直しものです。
もっといい言い回しがあったような気がするんですが思い出せないのでやり直しもので。
まあ、ギアス後半が自分にとっては辛すぎたって言うのと、最終回のエンド後に巷に溢れた実は生きている説が気に入らなくて書いたというのが一番の理由のような(オイ)
まあ、なのに生きているわけですが、これなら生きていても可かなあと。
ただ、作中ルルーシュが煩悶しているように、私はあの終わりはあの終わりで尊重すべき形だと思っています。
その形をこれから思う存分台無しにするわけですが(苦笑)、その本編に対するリスペクトの気持ちを私が持っていることはここに明言しておきます。
あくまでオマージュという形を貫きたいと思っています。
さて、これからの展開ですが、多分本来私が書きたいようなルルーシュとシャーリーのラブラブものにはならない気がします。
いや、まああの展開から唐突にそうなるわきゃないですが。
とはいえ予定は未定。
出来る限り早く次の話を上げられるよう頑張りたいと思います。
2008/10/8 栗村弘
BGM Hitomi「Masquerade」 Hitomi「Stories」 Hitomi「innocent Days」 折笠富美子「晴れのち夏の雨」
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