vol.7 Get back

              コンサートツァーはYOUの急病で6回の公演を残し中止された。

              チケットの払い戻しや、ホールや現地関係者との補償交渉で事務所スタッフは連日総動員で走り回った。

              YOUは激務となった彼らをおもんばかってか、一人で戻ると言い、体調を案じるスタッフに見送られ帰国の途に付いた。

              「マサ君がいなくなったのがホントにショックだったんだな」

              「ああ、あんな先生初めて見たよ…気が違ったんじゃないかと心配したもの」

              「以前にも精神療養で入院してたっていうし、再発したんじゃないかってヒヤヒヤした」

              「正直、先生が早めに倒れてくれてホッとしたな。あのまま知らない国でマサ君探して彷徨つかれたら、付き添うこっちは躯がいくつあっても足りないよ」

              「そうよ、こんな外国で先生の身に何かあったら理事長が…」

              「でも、息子があの状態で帰ったんじゃ、どっちにしても理事長は半端じゃなくキレるぜ」

              「それでなくても公演中止でまたスキャンダルが増えたって大騒ぎだものね」

              「どこに行ったのかな?マサ君…」

              「時々考え込んだり独り言を言ったりしてたけど…それって前からだったから気にもしてなくて」

              「そうよ、いなくなる直前まで何も変わったところは無かったのよ」

              「先生が思い当たる節が無いって言うんだから俺等になんかわかりっこないって」

              「先生…ホントに何も気付いていなかったのかな…あんなに目をかけていたのに」

              「それを言うなら“愛してた”だろ?」

              「おい…」

              「先生が奥さんの前で自分から愛人だってばらしたんだから、いいんだよ、はっきり言っても」

              錯乱と失神を繰り返し衰弱していくコンサート・マスターの世話から解放されたスタッフは本業の問題を処理するために各セクションに戻っていった。

              そのコンサートマスターは乗ったはずの便から降りてこなかった。

              エアポートまで迎えに出た理事達に客室乗務員がYOUからの伝言を伝えた。

              『当分戻らない…探さないでください』

              連絡を受けた理事長は半狂乱になって倒れ入院した。


              太平洋シップベースの到着ロビーにYOUの姿があった。

              海上に建設された人工アイランドは24時間離着陸を繰り返すスペースシャトルの専用ポートである。

              マサが消えた国を出て、途中で機を乗り換えここへやってきた。

              そのまま一晩をこのロビーで過ごした。

              「マサ…」指輪に反応するはずのチョーカーは今は同じ手の中で空しく輝いている。

              ぼんやりと坐るYOUの鼻先にあの香りが漂った。

              「お待たせした…」膝下までの黒衣のロングコートが見えた。

              振り仰いだ眼に…ボスを筆頭に見知った顔のチャンドラ・ヴァンシャ達が並んでいた。

              「海底のホテルにいるかと思ったー、ここで待っててくれたのぉ?」テツローが隣にすとんと坐り、しなだれかかった。

              押し戻す気力も失せている。

              「でもちゃんとアタシの言う事守って一人で探そうとしなかったのは偉いわ」寄りかかったままでも客の“よいしょ”は忘れない。

              「探せなかったんだ…」見知らぬ街をどれほど探し回っただろう…しかし何の痕跡も見いだせなかった。

              「あ…え?…それ…チョーカー…」テツローはYOUが差し出した銀細工を見て言葉を失った。

              「まさか?今までこんな事をしたセクサドールはいないぞ」CはYOUの手からチョーカーをひったくった。

              「ただのマーラー化じゃない…あのピアスは?」

              YOUはポケットからのろのろと銀のピアスを取り出した。

              「それも外していったか…」Gは低い声で呟いた。

              「譫言を言い始めたと聞いた時に一抹の不安はあったんだ…だがマーラー化したクローンはすぐに失踪する。その後の定期チェックにも何の問題もなかったから、単なるAIの一過性のバグだと…すまん、俺の判断ミスだ」CはYOUに頭を垂れた。

              「身内を庇う訳じゃないけど、Cにとっても初めてのケースなの…あんなに機能を搭載したセクサドールはいないもの、不測の事態が起こってもCだけの責任じゃないわ」テツローもYOUに頭を下げる。

              「そしてあなたの責任でもないのよ…自分を責めないで…」テツローにマサ失踪の連絡を入れてきた時のYOUは半狂乱で自責の言葉を羅列していた。

              「初めてのケースって?さっきから聞いてると…マサはただマーラー化したんじゃないのか?」

              「僕が話そう、ドク急げ」GはCの背を押した。

              「アタシも行くわ」テツローが屈強な男達を従えて後を追った。

              「ああ見えてテツローはどこの地下組織にも顔が利きます、あのパルス電源…チョーカーを外されたのは確かに初めてのケースだが、ウチの情報網をもってすればマサをキャッチできるでしょう」

              Gはテツローがかけていた場所に腰を下ろす。

              「それにあのチョーカーはマサのAIとリンクしてあるので、波動を伝っていけば見つかる可能性もありますし…」ただしキャッチできる範囲は限られているから受信モードを増幅させるアタッチメントを付けるのだと説明した。

              「じゃあ、みんなはあの国に向かったのか?」

              「そうです…搭乗手続きに行きました。では先ほどの話の続きですが…」

              YOUは立ち上がった。

              「YOUさん、あなたが行ってもどうにもならない」Gはその腕を掴んだ。

              「そうかもしれない…でも俺も探したいんだ…もう一度マサに会いたい」

              Gの眼が力を帯びた。

              「目の前でマサが溶けるのを見たいのですか?」

              「えっ?」YOUは相手がチャンドラ・ヴァンシャのボスである事も忘れ、襟元を掴んでいた。

              「どういう事だ?」

              「テツローから聞いたはずですよ。逃げたクローンは回収して強制的に自壊モードを作動させるんです…証拠隠滅の為に」

              「そんな!デバックしてくれ」

              Gは渾身の力で締め上げるYOUの腕を軽く振り解いた。

              「クローン識別認証を消し臍を作るという依頼をされた時に言ったでしょう?一旦マーラー化したクローンにデバックは効きません」

              「そんな…マサは俺にとって大事な…マサじゃなきゃダメなんだ」YOUはずるずると床にへたり込んだ。

              「正直Cも惜しがっていました。しかしあなたのセクサドールは単なるマーラー化ではない。このまま放置する事は危険なのです」

              YOUの躯を抱え上げ、隣の椅子に戻す。

              「落ち着いて聞いてください。我々はあなたからの連絡を受けてすぐにテラの地下組織を動かしました。マーラーは群れたがる…テツローが言ったかもしれませんが魔族(ダイテイヤ)となって徒党を組みます。従ってセクサドールの配給先をしらみ潰しに当たれば見つかるケースが殆どなのです」Gは指先で自分が誂えた銀のピアスをもてあそんだ。

              「そのサーチに引っかかってこない…では指輪からパルスを発信して受信するチョーカーを追えばいい。そう判断して貴方の指輪を借り受ける為にここに呼び出したのですが、何とマサは自分からチョーカーを外して逃げた…普通クローンにそこまでの知能はありません。マーラー化すれば、ただ逃げ出す事しか考えないのです。高度なAIと貴方が教え込んだ経験がマサにそこまでの…人間並みの知能を働かせる結果となった…」

              「何故その…マサは群れないんだ?俺もあの国のセクサドール倶楽部に大金を積んで内偵させた。マサらしい姿を見かけた店主も客もいなかった」

              「そこです…以前僕があなたにクローンの脳に浮遊霊が憑依するのではないかと言ってCにたしなめらえたのを覚えていますか?」

              そういえば…

              「その説を発展させればマーラー化した…始まったといった方がいいかもしれないが、なぜすぐに失踪しなかったのか、なぜ仲間の元へ行かないのか…という推理の答えが成り立ちます」

              「始まった?あの譫言や独り言の事か?しかしCは発熱によるAIのバグだと言った」

              「そうです、今までのクローンならば…僕はマサに憑依したのは霊団つまりそれ自体が魔族(ダイテイヤ)なのではないかと…あなたや周囲から人間扱いされたマサのAIは簡単に人間と同じレベルの多重人格を引き起こした。例のレイプ事件で異なるプログラムが重複するという経験もきっかけになったのかもしれませんが…僕はマサのAIが自己意識を確率するまでに進化──人間化したのではないかと推測します。マサはあなたを心から慕っていた、愛していた。愛される幸せが続く事を願っていた…だから最後まで失踪を強要する憑依霊(ダイテイヤ)達に抗いあなたの側にいた」言葉を選びながらGは低い声でゆっくりと語った。

              「では抗しきれなくなったと…」

              Gは頷いた。「長い時間をかけて乗っ取られたのでしょう。マサ自体がダイテイヤならば群れる必要はありません、だから彼は単体…いや一人で逃げているのです」

              YOUは再び立ち上がった。

              「悪いが俺はどうしてもマサに会いたい…会わなくちゃならない。たとえ溶かされても最後にマサの…あなたの言うマサ自身の声を聞きたい」

              「もしマサのAI全てが乗っ取られているとしたら?」静かな問いかけに一時沈黙が流れた。

              「…その時は…自分の思いだけを伝える」──愛していると…

              「……………」Gは瞑目した。

              最初から彼はクローンでなく人間としてマサを欲していたのだ。

              この男自身がセクサドールが人間に成ることを望んだ…

              Gの眼が開き、立ち上がったYOUを見上げた。

              「分かりました。次の便でC達の後を追いましょう、ただし僕から離れて単独行動はしないように…」

              「わかった」

              「もう一つ、あなたが見たこと聞いたことは全て胸の内に閉まってください、一生涯…」

              Gの蒼眸が光を増した。

              ごくりと息を飲んでYOUは何度も首を縦に振った。


              再び機中の…それも二日前出国したばかりの国へ向かう機中の人となったYOUは眼下にたなびく雲海にマサの姿態を思い浮かべていた。

              隣に坐るGは黙したまま小型のPCを広げ、ずっと操作している。

              ディスプレイに現れるモノは記号と数字ばかり…全て暗号化されているので周囲の者が見ても分からない。

              「何か情報が?」端正な横顔に向かってYOUは遠慮がちに声をかけた。

              「どうやら国境付近でパルスが反応したらしい、位置を絞り込むと連絡が入りました」

              「国境?」自分は首都近辺しか探さなかった…見つからないわけだ。

              いや、チョーカーを外して逃げたのだから、何処に居たって自分の力量では見つけ出すのは不可能だった。

              言葉も分からない、金も持たないマサがどうして異国の国境までたどり着けたのか…

              想像はつく。

              躯を売った──セクサドールを基本ソフトに持つ逃亡者が出来るのはこれくらいだ。

              のし掛かる男…腰を締め付ける女…喜悦にのけぞるマサの顔が浮かんだ。

              「あなたの事を聞いてもいいだろうか?」頭を切り替えようと疑問をぶつける。

              「お答えできる範囲なら」Gは質問者に顔を向けた。

              「何故クローンの脳に浮遊霊が憑依するとか言うのかと…今どき宗教者でもなければ神だの霊だのの存在を信じている人はいない。その…アングラな組織に身を置いているあなたがこういった話をするのが不思議なので…」

              「神は…悪魔もですがそれは存在するかどうか分かりません」Gは出会って以来初めて笑った。

              「でも、霊はいます」笑いが消えた。

              「我々が売ったモノがこういう不祥事を起こしたのですから、客であるあなたには本当の事を言いましょう…全て胸の内に留めてくださる約束もあることですし…」

              GはYOUの耳元に口を寄せて囁いた。

              「僕には彼らの姿が見えるのです」

              「え?」

              「見えるだけじゃありません。声も聞こえる…会話もできる」口元に手を当て一層声は低く密やかになる。

              「あの…」霊能力とか心霊というのだろうか── 一昔前の記録には映画、TV、書物などで取りざたされ人気があったジャンルであったとは記されている。

              「僕がカミングアウトしたのは貴方が初めてです。物心ついた時から備わっているモノなのですが、Cやテツロー…身内にも黙っています…親は気味悪がって、これが原因で捨てられたものですから。何世紀か前にはこの力で商売する人もいたそうなので多分僕は隔世で能力を得たのでしょう」

              Gの顔が離れた。

              「お互い過去に…そして今も心に傷を負っている者同士として打ち明けました」眼を白黒させる相手に再び微笑む。

              「やっぱり俺の過去を知っていたのか…」

              「友人ですから…しかし片方の秘め事だけが知られているというのはアンフェアです。これでお互いイーブン…」

              蒼い瞳がキラリと輝く──自分の後ろに霊の姿を見られたようでYOUは思わず身をすくめた。

              それきり会話は途絶え、やがて着陸ランプが点灯した。

              一緒に到着した客とは離れ、Gの一行はエアポート関係者以外立ち入り禁止とされた廊下に入った。

              ロックされた場内整備員専用のドアは、Gの配下の手でたやすく開いた。

              「このまま建物の外へ出ます」付いてくるよう手招きをしてGは先に立った。

              鉄骨が組まれた中は幾多のパイプが這い回り、時には身を屈めて通らねばならない場所も、センサーが張られ床を匍匐前進するような場所もあったが、G達の身振りを交えた指示で難なくクリアできた。

              気が付くと入国審査も、身体チェックも受けずにまたあの国に立っていた。

              どこでどうやって調べたものやら、完全に出入国管理の網をすり抜けている。

              このやり方でチャンドラ・ヴァンシャはどこでも行ける──今更ながらに彼らの力を思い知る。

              「もうすぐ迎えが来ます、すぐに国境へ行きましょう」

              近づいた白い大型車からテツローが降りてきた。

              「早く乗って、マサちゃん見つけて捕獲したから」

              「どこにいたの?」YOUの質問にテツローは言いにくそうに下を向いた。

              「いいよ、テツロー大体察しはついてるんだ。他の男…女かなと一緒なんだろう?」具体的な問いかけにチラとボスを見る。

              Gが頷いた。

              「それが相手一人じゃないのよ…売春宿っていうより乱交倶楽部ね…店で飼われてた仔ならまだしもマサちゃんは専用モードでしょ?いくらマーラー化したってあんな色情狂になるなんて…正直見つけた時はショックだったわよ、相手誰でもいいっていうか誰かに抱かれてないといられないの」

              「引き返しますか?」唇を噛み締めたYOUにGは尋ねた。

              「行く…」YOUの首が横に振られる。

              「Cは?」ボスの問いにテツローは一瞬口ごもった。

              「着いたらばれちゃうんだし、しょうがないわね…捕獲してからデバッガかけたの」

              「やっぱりな…」Gはふっと笑った。

              「あなたと同じだ。彼もマサを諦めきれない…最も彼が惜しがっているのは最新のAI履歴だけだろうが…」

              「それもあるけど、Cは担当者としてお客さんに顔向けできないって…一生懸命に手は尽くしたけどダメだったの、わかってあげて」

              ──何があっても俺が最後までケアする。任せてくれ──あの時の言葉を思い出す。

              「うん…Cはやるだけのことはやってくれたんだろう?」YOUは力なく頷いた。

              ちょっとはにかんだテツローはGの方に躯を向けた。

              「ねえ、ボス…マサちゃんいろんな声で独りごと言うのよ…もう、罵ったり、泣き喚いたり…そうかと思うとハミングしたりケラケラ笑うの…アタシもいろんなマーラー化したクローン始末してきたけど、あんな仔初めてよ」

              項垂れた首を上げて思わずYOUはGを見上げた。

              「Cは高度なICチップが変革おこしてるって言うんだけど、アタシ気味悪くって…あの仔アタシに“お前の中に死んだ双子の片割れが入ってる”って言うのよ…アタシ双子の妹が生まれてすぐに死んでるの、でもそんな事ボスにだって話した事ないでしょ?」

              ゾクリと寒気がした。

              そうだ──居なくなる少し前から、あいつは時々こっちを見てブツブツ何か言っていた。

              小さな声で何か──思い出せ…あの時は意味が分からなかった…

              “Y…様を愛したマ…トロは自…たんですね…今も後ろに…いる…”

              “Y…様を愛したマエストロは自殺したんですね…今も後ろに…いる…”

              “YOU様を愛したマエストロは自殺したんですね…今も後ろに付いている…”

              「!!!!」

              自殺した?まさか?そんな話は聞いてない…

              「俺の後ろに年取った男がいるか?」Gの前に顔を突き出した。

              Gは頷いた。「銀髪に右目が褐色…上品なヨ−ロピアン…時折バイオリンを弾く仕草をしています…顔の左半分は吹き飛んで表情はわかりません…」

              半眼になったGは呟いた。「彼は…あの病院で初めて出会った時から…A管理棟で貴方が僕に声をかけた時からもう…ずっと後ろにいたのですよ…」

              「もういい…やめてくれ…」シートに崩れ落ちた。

              恩師訃報の情報をシャットアウトしたのは母親だろう…彼女ならそれくらい…

              「もうすぐアジトにつくわ…お客さん、ホントにマサちゃんと会って大丈夫?」

              それくらいYOUの顔は血の気を失い青ざめていた。

              「YOUさん、マサが何を言っても気にしてはいけませんよ。すぐに消却するんですから」Gは念を押した。

              深く頷く。

              …一言伝えらえたら、それで思いは叶う…

              国境を行き来する行商人相手の酒場がチャンドラ・ヴァンシャのアジトだった。

              休業のプレートが掛かった入り口に黒服の男が例の目つきで立っていた。

              車から降りた幹部を見るとロックを外し、ドアを開ける。

              テツローとGに挟まれ地下への階段を降りる。

              扉が開いた。

              酒蔵だった。

              鈍い灯りの下に酒瓶が詰まったケースを留める杭が等間隔に並んでいる。

              その杭に両手両足をばらばらに手錠で拘束され、大の字に寝かされた全裸の青年がもがいていた。

              「ねえ、抱いてよ…これを外して…」

              「ああん、舐めて…咥えて…」

              「こっちの手だけでも外してぇ…擦らせて…」

              「しゃぶってあげるからパンツ脱ぎなよぉ」

              「してー!何でもいいから突っ込んでよーっ」

              「マサの声じゃない…」YOUは呟いた。

              その声に悶える躯がビクッと反応した。

              だが、すぐに艶めかしく流し目を送る。

              その躯には残滓がこびり付き異臭を放っていた。

              「…なんだ…やっと来たの…遅かったじゃない」

              「お前はマサじゃない!マサをどこへやった?」

              「ここにいるじゃない、貴方が浣腸して鞭打って着せ替えを楽しんだマサが…」身をくねらせて笑い声を上げる。

              「マサを出せ!」

              「……………」プイと横を向いた。

              「もういいだろう、消去させてくれ…何度デバッガしてもこの状態なんだ」Cの顔には疲労の色が浮かんでいた。

              GがYOUの肩に手を置いた。

              「気が済んだでしょう?残念ながら僕の仮説が当たったようだ、ダイテイヤには貴方の声は届かない。始末しますよ」

              YOUの眼に涙が光った。

              「テツロー、YOUさんを外に…」

              YOUが足取り重く酒蔵を出ようとした時──

              しまりかけた扉の隙間から──「YOUさまあ!」

              「マサ?」

              マサの声だ!散々探して、恋いこがれたマサの声だ!

              テツローを突き飛ばし、躯を反転させて扉を開けた──

              マサが繋がれていた場所に溶け崩れた肉の塊が蠢いていた。

              腐食していく筋肉と押し出された内臓が吐き気を催す悪臭を放っている。

              まだ崩れていない指先がこちらへ伸ばされ、床を掻きむしった。

              鼻と口を腕で覆っていたGの配下が悪臭と息苦しさに耐えきれずカーテンをあけ、換気用の天窓を開いた。

              昼間は人っ子ひとりいない場末の歓楽街の地べたの脇にポッカリと開いた窓から秋の陽光が細長く差し込んだ。

              陽光は溶けていく肉片から顕れた骨を白く浮かび上がらせる。

              やがて骨も燐光を発しながら燃えて次第に細くなり消えていった。

              まるで太陽に焼かれていくように…

              扉の前で固まったままのYOUの耳に─YOU─という…自分を呼ぶ声が聞こえた。

              その声はもはや蠢くこともしなくなった肉塊の…頭部とおぼしき辺りから聞こえた。

              すでに唇も頬も溶け白い骨と歯が見える。

              その間からヒューという音が…洩れた。

              落ちかかる眼球にYOUの姿が映っている。

              ──ヒュー…YOU…さま…──

              やがてその骨と歯からも白い煙が立ち上り、溶けた頭蓋骨の中からドロリと灰色がかった脳が溢れた。

              それもブツブツと気泡を出しながらどす黒く変色し崩れ…中から陽光を反射する小さなプレートが顕れた。

              「あれがAI…マサの本体だ」Cは倒れそうなYOUを支えながら言った。

              その本体が発火した。

              蒼い炎を上げながら溶けて消えた。

              「マ…サ…」がっくりと頭を抱え、YOUは崩れ落ちた。

              床に広がる人型の赤黒いシミはシュウシュウと音を立てて大気に気化し、やがて生臭い匂いと手錠だけを残して全て消え去った。

              “失恋の痛手から立ち直るまで、次の商品のセールスは無理ね”泣き崩れる大金持ちの背後でテツローは溜息をついた。

              金色の陽に舞い上がる埃がきらきらと光っている。

              “ダイテイヤは四散したか…”Gは柔らかな光に覆われた虚空を見上げていた。


              YOUは帰国してのち、以前療養していた精神リハビリセンターに入院した。

              退院後、家は売り払った。

              家具も楽器も…PCも食器も…

              あそこにはマサの思い出が詰まっていて生活ができない…取り敢えず実家に戻った。

              母親は大喜びで息子を迎え、事務所も再び開設されスタッフが呼び戻された。

              復帰事業に向けてプランが練られ、やがてYOU自身もミーティングに加わるまでに容態は回復した。

              復帰第一作となるスコアが完成し、久しぶりにスタッフ、楽団員とジョイントした──そんな日の夜…

              久しぶりの緊張と興奮で寝付けない。

              躯は快い疲れを感じているのに、神経が立っている。

              うとうととしては目覚め…寝返りを打とうとして…

              “躯が動かない?”

              まばたき一つできない。

              見開いた目に黒い影が映った。

              微かにサブランプが照らすベッドの上に…足下に影が立っている…

              「ひ…」“誰だ?”と問いかけようとする声はヒューという音に変わった──あの溶け崩れたマサのように…

              足首から膝、腰から腹…重みが移動する。

              恐怖で引きつる。

              影が枕元…YOUの顔目掛けて進んできた。

              胸を押され息苦しい。

              “やめてくれ!たすけてくれ!”

              それでも躯は身じろぎもできない。

              “YOU…さ…ま…”頭の中で声がした。

              あの…最後に聞いた絶叫と同じマサの声が…

              黒い影がじっと上からYOUの顔を覗き込んでいる。

              “YOU…さ…ま…”

              “マサ?”胸に沸き上がる思いが恐怖を消し去った。

              “マサ!愛してる!それだけをお前に伝えたかった…”YOUの頬を涙が伝った。

              “助けてやれなくて、すまなかった…一時はお前の事を忘れようとした…でもダメなんだ、お前の声が聞こえたような気がして…何をしていても、いつの間にかお前の姿を探してしまうんだ”

              重さがすうっと取れた。

              「マサ…」その途端、声が出た。

              息を大きく吐く。

              “躯が動く!”

              飛び起きて照明を点けた。

              「マサが…来た」

              YOUは顔を覆って慟哭した。

              夜半になって降り出した冬の雨が、窓ガラスに銀色の滴を垂らしている。


              YOUは仕事の再開をペンディングにしたまま、月に向かった。

              チャンドラ・マハルの住人達は大金持ちの顧客がやっと次の商品を買う気になったのかとポート・ターミナルに揃って出迎えた。

              「やつれたわね」一年ぶりに見るボスの友人は頬がこけ、生気を失った眼をしている。

              “マサちゃんに似た仔を取り揃えたんだけど、かえってまずかったかも…”テツローは配下に急いで違うタイプのクローンを用意するよう指示を出した。

              だが、それは全くの徒労に終わった。

              ボスの友人のオーダーはあらゆる犯罪に手を染めてきたチャンドラ・ヴァンシャにとっても前代未聞のモノだった。

              「人間が欲しい…これから受精して生まれてくる男子を買い取りたい」

              勿論、金に糸目はつけないと言うが…その受精させる卵子と精子、そして着床させる子宮までも指定してきた。

              この時点でGは部屋からテツローはじめ幹部全員を…Cすらも退出させた。

              友人同士二人だけになった後、しばらく沈黙が続いた。

              「躯が欲しいとマサが言うのですね…」Gの視線はYOUの右肩にあった。

              YOUは頷いた。

              「あの病院に手配してくれないか?マサの本体は結婚したんだろう?」

              「子供を望まなければ卵子を提出する事はありませんが…今のテラで、子供がいないという既婚者は考えられませんから、多分…」

              Gの指がパネルを操作して、病院内のカルテにアクセスを果たした。

              「保管されていますね」

              「出産用クローンは?」

              「MariaVタイプが一体…」

              「そのクローン細胞からもう一体コピーを作ってくれ」

              「……………」

              「やってくれないのか?」

              「成功するとは限りません。病院内の保全管理は非情に厳しい…ウチのファミリーに訳を話しても誰も納得しないでしょうし…」

              「頼む…助けてくれ…マサが…毎晩泣くんだ…」鬼気迫る形相の友人の眼に涙が浮かんだ。

              「………………」その肩先に縋り付く影は溶け崩れ人の形を成していない。

              このままでは大事なスポンサーが取り殺されてしまう…

              「卵子とクローン細胞を盗み出すまでは僕が個人として引き受けましょう」

              「じゃあ…」

              「このオーダーはそれが成功した段階で受注させてください。ウチがファミリーとして関わるのはそれ以降という事に…」

              「ありがとう…」YOUは深々と頭を下げた。

              Gは微かに微笑んだ。

              「ああYOUさん、あなたの後ろにいた銀髪の紳士…彼は消えましたよ…」


              Gは三度目の進入でようやく卵子とクローン細胞の窃取に成功した。

              カルテの卵子と細胞の管理個数がハッキングで書き換えられたのは言うまでもない。

              チャンドラ・マハルでCが管轄する病院施設はテラの大病院と全く変わらない規模と装備を揃えた。

              「どういう事なんだ?」

              その最新研究施設で今回も責任者に指名されたCが憮然とした表情で細胞増殖が完了したクローンをGに披露しながら詰問していた。

              MariaV──小振りの乳房に細く括れた腰、曲線を帯びた臀部、微かな翳りの内にぴったりと閉じた陰裂…だが白く張り切った太腿は途中で寸断されたように切れている。

              肩先から伸びる腕もない。

              そして、マサそっくりな美貌を湛えた頭部も…

              「着床は?」詰問の返答を避けて、逆に質問する。

              「細胞が安定したら…」

              「なるべく早く頼む、あのままでは依頼主の命が持たない」

              「はあ?」依頼主の命?まあ確かにやつれたとは思うが…

              「どういう事だ?」さっきと同じ質問をぶつける。

              「訳を話したら、また怒るだろう?」

              「怒らない…あんたが自分からヤバイ橋を渡ってまでも肩入れしてる御曹司は俺にとっても最高のパトロンなんだ」

              辺りを見回す。

              研究設備を最新機器に総入れ替えした──パトロン様々だ。

              「マサに取り殺されそうなんだ…」

              「は?」

              「マサにそのつもりはなくても、ずっと取り憑いて陰気を送り生気を吸っている…YOUは若いから何とか保っているが時間の問題だろう」

              Cはフンと鼻を鳴らした。

              「つまりこの…本体から作ったクローンに、本体の卵子とマサの精子を受精して…生まれた子にマサの幽霊を憑かせるというんだな?」

              「さすがに察しがいいな」

              「AIが霊体を生じたと言うのか?」Cの眉間に皺が寄った。

              「あんたの言う幽霊に取り憑かれたICチップは燃え尽きている!どこにマサがいるって?」

              「ほら、怒った…」Gは微かに微笑んだ。

              「それがクライアントの意向なんだ…この病院の設備も君の研究室の装置も最高のパトロンからの内金で最新のモノを買いそろえた、今更、医学者としてそんな話は納得できない…と返金する訳にはいかないよ」

              「馬鹿な事を…あんた正気か?どうして生まれてくる子供にマサの霊が入ったって解るんだよ!」

              「解る…僕も、そしてYOUも…」

              Cは白衣を脱ぎ捨てた。

              「勝手にしろ!こっちは自分の仕事だけをやる。どうせ一回しか出産させないで、産後は消却するんだろう?だったら子宮さえ出来てりゃ他の内臓細胞が未分化でも問題ない、今すぐにでも着床させてやるよ」

              荒々しく手術用の滅菌服に袖を通す。

              「そうしてくれ…ああ、マサの精子の男子染色体選別を忘れないで」Gは培養シリンダーを押して慌ただしく去っていくCの後ろ姿に声をかけた。

              YOUに途中報告を送ろうとPCを開いた。

              Cの意見を──不本意ながら引き受けた…と書き添える事を忘れない。

              ──AIが霊体を生じたと言うのか?──Cの意見は正しい。

              所詮、機械は機械…人工物に霊が入ることはあっても生じる事はない。

              自分に見えた映像だけで推理すると…マサに取り憑いたのが霊団(ダイテイヤ)だったからという理由が表れる。

              霊団の中に居た古い霊体──長い年月の間に記憶が風化して、名前も姿も恨み彷徨う目的すらも忘れ去ったモノ、それがマサの意志を継いだ。

              YOUの後ろのマエストロを‥テツローの内に潜む妹を…マサの口を借りて教えたのはその霊だ。

              マサの意志を継ぐとは…ICチップの意識本体に同化したと言うことか?

              ICチップに同化した霊体?

              …いや…違う…“逆”なのではないか?

              クローンに埋め込まれたAIがマサという意識を作成した…その意識が自己を忘却した霊体を“逆に”乗っ取った。

              マサとなった霊は寄るべき金属片が燃え尽きたあと、恋慕の情が断ち切れずにYOUの元に迷ってきた。

              このプラン――“本体の卵子に異性体クローンの精子を掛け合わせ、本体クローンの子宮に着床する”という稀代のアイデアは果たしてYOUが考え付いたものか?

              ヒトの霊魂を手に入れたマサの願いが“人間になりたい”ではなく“生まれ変わりたい”という情念に変化したのだとしたら…

              誰も…YOUすらも知らない――溶け崩れながら床を掻き毟る指は真っ直ぐにYOUに…愛しい人に向かっていたのだと。

              ──ヒュー…YOU…さま…──あの後に続いた言葉は命乞いでも、助けを願うものでもなかった。

              “…YOU…さま…側に…いたい…”

              そこまで書いてGは手を止めた。

              これは伝えずにおこう…所詮は一霊能者の私見、誰が考えたプランであるにしろクライアントはあくまでYOUなのだ。

              YOU自身がマサとの再会を願っているのならそれで構わない…

              何の事はない相思相愛じゃないか…Gは誰もいない部屋で一人笑った。

              その後20週を超えた頃、YOUから“無事に受胎したのではないか?”とのメールが入った。

              MariaVの腹は括れが無くなり、腹部が軽く張り出して、陰部も開いてねっとりとした分泌物を垂らしながら茶褐色に変色した内襞を晒している。

              「どうして解ったのかしら?安定期に入るまで黙ってるつもりだったでしょ?」

              テツローは首を捻った。

              YOUの依頼を受けたと発信したあとはGもCも何の連絡も取っていない。

              交信記録をみればわかる。

              「Cに言わない?」

              「な〜に、ボス?意味深ね…」

              「いや、言うと怒るからさ」クスリとGは笑った。

              「マサが来なくなったんだよ」

              「へ?」

              「まあ、友人の生命力が保つ間に孕んでくれてよかったということさ」

              「意味わかんないわ!Cじゃなくても気分悪いわよ」プイと横を向いたテツローは含み笑いをするボスに流し目を送った。

              「ね〜え、なんでYOUさんにそんなに入れ込むの?な〜んか妬けちゃうわね」

              「ずっと前から彼の事、頼まれててね」

              「誰に?」

              「銀髪の品のいい紳士…」


              白い腹がボコボコと蠢いている。

              分娩台に留められたMariaVの血塗れの股間から水が溢れた。

              「破水した、もうすぐだ」

              診療ブースでCがクライアントに声を掛ける。

              「……………」食い入るように滅菌室を見つめるYOUの隣には黒衣のGが付き添っている。

              Gは分娩後、即座に不適出児として登録できるようテラの政府機関にハッキングしていた。

              出生登録の名は勿論“マサ”だ。

              そして登録後YOUの養子として戸籍がインプットされ、不適出児ではなくなる。

              不適出児──夫婦合意のうえで受精、着床させても途中で両親が離婚または失踪、死別などで、どちらもが親権を破棄してしまった子供…一昔前で言う孤児だ。

              勿論、親権破棄が役所に受理され病院で手続きが終われば、すぐに着床母胎クローンごと処理されるのだが何らかの理由、例えば金銭的な問題などで処置費用が払えなかったり役所の受理が遅れたりして子供が生まれてしまうケースがある。

              胎児の時から孤児となった子供はご多分に漏れず専門施設で養育され、そこで養子縁組されるのを待つ。

              施設を出る15才までに親権取得希望者が現れない場合は一人で生きていくしかない。

              今生まれようとしている子供は卵子とクローン細胞の所有者も知らないうちに受胎した…盗品から出産される嬰児なのだから不適出児として登録するしかない。

              そして奇特な金持ちが養子として貰い受ける──よくあるパターンだ。

              YOUは娘を認知しようと思っている。

              但し条件付で…

              養子との婚約がその条件だ。

              養子を貰ったと妻が知ればタダではすまない。

              このままでは養子に全ての財産が渡ってしまうのだから、一大事だ。

              逆上した彼女にあれこれと詮索され、知られては不味いことが暴露されては困る。

              最もここに居並ぶチャンドラ・ヴァンシャが証拠を掴まれるような失態をするとは思えないが…

              逆に何も出てこなければキレて裁判沙汰も起こしかねない。

              それでも司法手続きの末、無理矢理認知されたとしても娘には財産の半分しか渡らないのだから我慢できないだろう。

              だが養子と結婚すれば名義は書き変わるが実際の財産分割は起きない…彼女にすれば願ったり叶ったりだ。

              所詮あの女にとって娘も、自分すらも俺から財産を奪う道具にすぎない。

              物心ついた時から彼女と婚約していたが、いつからあんな守銭奴になったのだろう?

              そうとも婚約に年齢は関係ない、6歳に見えても実際は娘は2歳児なのだし…

              いや、待てよ…年齢か。

              「成長促進剤って6歳までしか効かないの?」Gに尋ねる。

              「脳内にシナプスが発生し、定着するのが3歳頃と言われています。脳神経とのバランスでみるなら6歳というのもギリギリでしょうね」低い声で答えたのは一般理論だ。

              「しかし貴方から寄付された研究設備とCの頭脳を持ってすれば限界は簡単にクリアできますよ」友人はまたも金次第だと諮詢する。

              「更なる資金援助が要るぞ」Cも背を向けたまま応じた。

              「で、どの位の年齢にしたいんだ?」指はパネルの上でめまぐるしく動いている。

              「15歳…」即座にYOUは答えた。

              「成る程、すぐにベッドパートナーになれる年齢だな」Cのあけすけな言い方にYOUの頬が赤らんだ。

              だが抗議はしない。

              図星だから…散々世話になったセクサドールの担当者に今更なんの見栄を張る必要があるだろう。

              幼児を性愛の対象にする輩も多くいるが、自分には興味がない。

              6歳児の肛門などいくら拡張しても狭すぎて使い物にならないじゃないか。

              それに精通が無い子供など…快楽に喘ぐ相手でなければ嬲る楽しみがない。

              「13あたりから仕込んだらどうです?15の頃には素晴らしい愛人になりますよ」Gの薦めに従う事にした。

              6歳と13歳のカップルか…だが本当は2歳児と0歳児だ。

              最も娘にマサを渡す気はない。

              自分達と同じ書類一枚の夫婦だ。

              13歳のマサ…初々しい躯を想像するだけで…あの邪な性欲が湧いてくる。

              裂けるまで広げられたMariaV…その陰部に流れる血すら艶めかしい。

              ずくん…淫靡な欲情が下腹部を熱くする。

              識別番号が記された腹部がボコボコと盛り上がった。

              「テツロー、子宮収縮が始まった、スタンバイしろ」Cの指示がガラス内の滅菌服のスタッフ達に伝わる。

              「こっちはいつでもOKよ」スピーカーから顔をマスクで覆ったテツローの声が返ってくる。

              バッと鮮血が溢れた。

              何か黒々としたモノが会陰切開された膣口から覗いている。

              「うぅ」YOUは思わず股間を押さえた。

              「すぐに逢いたいでしょ、お客さん?」その劣情を悟ったかのようにスピーカーから声がした。

              「さっさとやっちゃうから、もう少し待ってね」

              テツローの動きは手早い。

              メスを膣口上部に当てると一気に産道を切り裂いた。

              そのまま子宮頚部から子宮まで切開し、胎児から胎盤を切り離す。

              分娩台は血の海だ。

              裂けた下腹部から腸を押し出しながらグビグビとのたうっていたMariaVは大きく痙攣すると股間を開いたまま動きを止めた。

              テツローはこちらに向かい血塗れの塊を掲げた。

              口にチューブを入れ羊水を吸い出す。

              GがYOUの背を押し、Cが脇にずれた。

              ガラス越しに白い胎脂と赤黒い粘血にまみれた嬰児と対面する。

              胎盤から切り離された管の先が縛られている。

              今度こそ彼はヒトとして最初から臍を持って誕生した。

              それを誇示するように握られた小さな拳が何度も腹部に振り下ろされる。

              「マサ…」思わずガラスに張り付いた。

              その時…

              赤ん坊がゆっくりとこちらを向き、見えない目を開いた。

              …YOU…さま…

        ────異類異形の物怪どもが

                  形を人と変じたれ

                          おもしろやの田楽かな

                                おもしろやの田楽かな──

              vol.7 Get back fin


              Dybbuk 完 よろしければSupplementaryを御覧下さい

              back.gifDybbukTOPへ