巻之六
くちゅ…ぐちゅ…
“あう…あぁぁ”
ずちゅ…
“ひっ”
貫かれる───
抉られる───
引き裂かれる───
許しを請うた…
のたうち回った…
もう、今はただ喘ぐだけ…
際限なく注ぎ込まれる強大な“気”に“裡”が壊されていく。
ピチュ…
口腔を塞がれ白い腹が苦渋に震える。
押し入ったモノは口内から喉を押し開け、さらに奥へと…
口づけではない…拷問であった。
究極の快楽と極限の苦痛。
愛撫という名の折檻。
力なく横たわる竜王の身体が押し寄せる苦痛にうねる。
じゅる─
胸の奥底まで差し込まれた触手がぞろりと引き抜かれる。
激しく身体が捻れ、触手から注ぎ込まれた液を嘔吐した。
“思い出したか?肺に異物が満たされる苦しさを…これがそちが今一度立ち返りたいと願うヒトの感覚じゃ”
うつろな眼を開けたまま、大きく口を開け苦しい息を吐く。
その裡には未だ抜かれる事無く大~の滾りが打ち込まれたままだ。
“誰のモノでもない、これはそちがヒトであった時の記憶、さあ、もっと返してやろう…受け取るがよい”
“ぎゃあー”
大~の楔がさらに深くオツヒコを犯した。
オツヒコは大~が封じた雅王の記憶を返して欲しいと申し出た。
大~は愛姓の願いを聞き届けた─ただし最も淫靡で、残酷な手段によって。
蒼碧の瞳が蠢く寵童を射抜く。
あの時─雅王(自分)は淵の中で…もがいていた。
水が鼻から口から入ってきた。
暴れようにも腕は斬られ、脚は折られ…縛り付けられたまま沈んでいった。
蒼碧の水が俺の血で真っ赤に染まる。
辺りには屍が重なって─
あれは竜宮へ渡れなかった者達の末路。
黄ばんだ髑髏に藻のように黒髪が張り付き揺れている。
姉さん…龍神の嫁になれずヒトとしても弔われない可哀想な姉。
では、俺は?
俺は渡れるのか?
いや、俺は丸太に逆さに縛められたまま、溺れ死んで─
ああ、落ちるとき岩に当たって顔が潰れている─
肩の付け根から白い骨が見えている─
潰れずに残った右目の瞳孔が開いている─
何も見えない眼に大~の腕に抱き取られ、淵の底に開いた暗黒の渦に沈んでいく俺が映っている。
あの日から大~だけに仕えてきた。
身も心も…全て献げて。
命ぜられるまま竜王となって、海神(わだつみ)の御力を駆使してきた。
雨を降らし、風を起こし…その為に俺は竜宮に渡ったのだ。
その使命感だけが俺に残されたヒトの記憶だった。
雨乞いの祈りを捧げていたのが漣だと知らぬままに、献げらえる“気”を浴びていた。
“漣…”
大~の眼が細まった。
“まだ溶けぬか?そなたがこれほど保つとはの…こちらも愛でる楽しみがあるというものよ。ならば存分に賞味しよう。溶かし砕き焼き尽くし、それでもヒトの“気”が残っていたら海神の眷属から外し、ヒトの理(ことわり)の中に戻してやろう”
じゅぼっ…
“あぐぅ!”(ああ、駄目!溶ける…)
ずるっ…
“ぎゃああああー!”(崩れる…崩れるよぅ…)
ぐさっ…
“ひっ!”(助けて…助けて…助けて…)
“さすがにもう駄目か?”
大~の含み笑いがオツヒコを包む。
“助けて!漣!”(雅王に戻りたい!)
“貴様!”
大~の紅蓮のオーラが燃えた。
オツヒコの中でバラバラに注ぎ込まれたエネルギーが凝縮し、回転しながら飛び回る。
互いに激しくぶつかり、そのたびに爆発が起こる。
その振動がさらなる衝突を生む。
竜王の身体に亀裂が入る。
裡から外へエネルギーが出口を求めて漏れていく。
裂け目は序々に増え、深く大きく広がる。
裡からの爆発はそこまで迫っていた。
大~の蒼眼が細まる。
中から飛び出した最も強いエネルギーで、もう一度オツヒコを創ってやろう…今度こそヒトの記憶を完全に抜いて、神気溢れる愛姓に仕立ててやる。
組み敷かれたオツヒコは身体中を覆う亀裂から漏れる光で輝いていた。
“れ…ん…”
中央の亀裂が身体を真っ二つに裂いた。
その時──
“是以(ここをもて)悪神之音(あらぶるかみのおとなひは)如狭蠅皆満(さばえなすみなわき)萬物之妖悉發(よろづのもののわざわひはことごとにおこる)”
“これは?千早振の…”
“大~…御心穏(みこころおだ)いに安らいて荒魂(あらみたま)を鎮められませ”
今にも砕け散らんとする竜王と紅蓮のオーラを吹き上げる大~の間に清(すが)しき気が立ち上った。
“そなた…”
そこに大~は愛しき正妻(みめ)の奇魂(くしみたま)を見た。
大~のオーラを受けて、大比売神の瑠璃の身体が緋色に変わる。
“これなる竜王を大~の元へ使わしたは己にございまする…なれど吾が依代との縁が思いの外深く、このままでは慈雨の事仕るのも心許なき次第…今一度吾にお返し願えませぬか?”
“一度ヒトの理を外れたモノをヒトの世に戻して何とする?”
“吾も大~のおわす出雲八重垣に和魂(にぎみたま)を置きヒトの世に生を受けておりまする…この竜王にも格別のお慈悲を以て何卒…”
“神がヒトの理を持っても、そなたの尺童(よりまし)のようにヒトと成るとは限らぬ…ましてやこの者の半身は白蛇、妖怪(あやかし)となって邪気邪霊を身に帯びたら如何するのじゃ?”
“吾が共に降りまする…幾たび生まれ変わろうとも側に在って悪気を祓います”
煮えたぎるオツヒコの身体に大比売神が重なった。
自ら、その裡に竜王の中で爆発を繰り返すエネルギーを挿れる。
大比売神の奇(くす)しき恵みのオーラを浴びて竜王の亀裂が瞬く間に閉じていく。
浄化された気に包まれて、オツヒコは正気に返った。
“漣?”
妻と寵童の交合を黙って見つめる大~から紅蓮のオーラが消えた。
“さればそなたと同じく、御魂の欠片なりと竜宮に留め置くがよいか?”
“では大~…ヒトの世から戻りし折は再び竜王にお迎え下さると?”
“そうじゃ我は一度寵愛した者は離さぬ…そなた、身を以て分かっておるであろう?”
夫の言葉に恥じらいを見せた大比売神の身体が柔らかな光を発した。
“さて、月宮の兄に何と伝えようか?妻に愛姓を奪われた故、そちらも半身をお戻しあれ…とでも言うか”
大~のオーラも柔らかな光に変わる。
“沙竭羅王(しゃからおう)よ、漣の元へ帰りたいか?”
“はい…”
“されば、彼の地が再び干魃となるやもしれぬ、それでもよいのだな?”
“…それは…”
“それこそがヒトの世の理、漣と雅王には与り知らぬこと”
答えを引き取った妻に夫は適わぬといった表情を浮かべた。
“その人外の腕と脚はくれてやる、代わりに淵の底で潰れたそなたの左眼を貰おう”
“ぎゃー”
大~の指がオツヒコの左の眼球を抉った。
“兄神は白蛇の右目を奪っていよう…これで眼は一対、ヒトの身に四つの眼はいらぬ。多くあれば余計なモノを見る故の…”
南海竜宮の玉座には金色に輝く眼が置かれているという。
隻眼の沙竭羅王が戻るその日まで、金の瞳は大海の様を映し大~に伝える。
その眼にオツヒコの魂(たま)の欠片が封じられていることは誰も知らない。
心から竜王を愛でた大~以外には…。
巻之六 完