第1章 荒獅子〈アムラ〉の仔は若獅子〈アムラ〉

コスという王国はその国土の大半を砂漠に覆われ、点在するオアシスによって成り立っている。

だがキンメリアからやってきた蛮族の一人が隣国アキロニアの王となってから、その領土を大きく減らしていた。

かの大国ツランを打ち負かし、征服王の異名を取ったコナン率いるアキロニア軍は正に破竹の勢いで国土を広げている。

帝王コナンが若き日の放浪の日々の中で得た仲間は辺境の果てまで友情の絆を繋いでいた。

彼らによって世界中(といってもこの時代の世界観なのだが)どこに行ってもコナンを敬愛するゲリラ部隊が存在している。

彼らはその殆どが時の権力者に敵対し゛自由″の名の下に生きる屈強な男達だった。

ネメーディア年代記は当時の国々の統治者達が国内に不穏分子を抱え、アキロニアにつくか反アキロニア同盟に組するか王宮も軍も真二つに割れたと混乱した世情の有様を詳しく記している。

コスは国境を接してきたアキロニアとの闘争の歴史においても反アキロニアであった。

シャマールの城砦から流れ出る血でタイボール河が真っ赤に染まったと言われた戦いでコス王国は先王ストラボヌスをコナン王自らがふるう長剣で葬られ、また国政の実権を握り半人半魔と恐れられた魔道士ツォタ=ランティがコナンの盟友ペリアスによって冥府に連れ去られてからは、オアシスごとに覇権を争う小者同士の群雄(?)割拠が続き治安は乱れていた。

その東の端のオアシス、椰子の生い茂る泉のほとりに十頭ほどの馬が繋がれていた。

砂塵にまみれ擦り切れた馬具を乗せていたが遊牧民や商隊、軍人、およそ馬を扱ったことがある者なら、どの馬も素晴らしい馬体であることが一目で見て取れるだろう。

中でも黒毛の馬は一回り躰が大きく気性も荒そうだった。

他の馬が温和しく草をはんでいる中で頭を振り立て、水辺を蹴って気負いを顕わにする。

その耳がピクリと動いた。

動きを止め、椰子林の方へ首を向けた。

少し遅れて他の馬も黒毛にならうように首を擡げる。

と、林立する椰子の木陰から人影が現れた。

女だ…しかも全裸の。

銀色の髪は乱れ、真っ赤に日焼けした肌は吹き出る汗に張り付いた砂でまみれていた。

所々黒くこびり付いているのは固まった血の痕だ。

せせらぎの音に惹かれるようにヨロヨロと岸に近づく。

佇む馬に驚き咄嗟にあたりを見回す。

だが飛び交う砂と照りつける太陽に傷ついた目にはぼんやりと霞んで数頭の馬影が見えるだけだ。

疲労と肌の焼け付く痛みが彼女から警戒の意識を奪っていた。

水音を立てて倒れ込んだ。

喉を鳴らして水を飲む。

腫れ上がった躰を水に浸す。

やがてふらつく足で立ち上がった女は傍らの椰子の木に寄りかかってこちらを見ている長身の男の姿に気づき、ぎょとして立ち止まった。

男を避けて逃げこもうとした先に、下生えをかき分けて新たな男達が現れた。

これだけの馬がいるのだ。

周囲にそれに見合う騎手がいるのは当然といえば当然だった。

女はがっくりと水草に膝をついた。

逃げる気力も体力も消えていた。

また、犯される…

裸の女を前にして砂漠の男が何もせずにいるわけがない。

これまでのように寄って集って陵辱されるのだ。

いや今度は殺されるかもしれない。

それでもよかった。

汚された躰で生きていてもしかたがない。

長身の男が水音を立てて近づいてきた。

腕を取られた。

フードの下から見下ろす蒼い目を見た時、女の意識は急速に闇に落ちていった。


満月の夜オフルの大公が催した船遊びの天幕から襲ってきた賊に拉致された。

貴族の令嬢そのものといったきらびやかな装飾品と豪奢な衣服が下着に至るまで奪われ全裸に剥かれた哀れな獲物は羞恥に身もだえながら薄汚れた腕に抱かれ、砂漠の果てに連れ去られてしまった。

獣の皮を接ぎ合わせた幕布の中には同じようにさらわれてきた娘達が何十人も躰を寄せ合い震えていた。

何人か、オリーブを思わせる肌の者が混じってはいたが殆どの娘の肌は日に焼けた痕も無い真っ白なものだった。

ぎらつく男達の欲情の視線から少しでも素肌を隠そうと躰を覆う腕は華奢で、重い物など持ったこともなく、手荒れの痕もないしなやかな指先は、生まれ落ちてから家事一つすることなく多くの端女にかしずかれて育ってきた事を表している。

「オフルの大公の姪だそうですぜ、大将」

月下の砂漠を駆け戻った略奪部隊の男達は羊皮の長椅子に寝そべる゛大将″に戦利品を披露した。

一晩中馬上で揺られ続けた娘はもはや肌を隠すことも無く息も絶え絶えに突っ伏している。

髪を掴んで引き上げ、顔を眺めると大将と呼ばれた男は満足げに頷いた。

こりゃあ、上玉だ。

その目を細い首筋から下に転じ、なめるような視線で品定めをする。

固く張り切った乳房に桜色の乳首、静脈の透ける白いぬめるような腹部、くびれた腰から続く豊かなまろみを見せる尻、淡い翳りの覗く太股…それでいて乱れた細い銀髪から見える顔はまだ幼さの残る少女のものだった。

おい、このままじゃあ、売り物にならんぞ。早く何か食わせて休ませろ」

「もう、客は揃ってるんで?」

宝石のきらめく髪飾り、絹の腰布、金糸を織り込んだ紗のベール…引き立てられていく娘が身に纏っていた物を差し出しながら男は外をうかがう。

「ああ、あたりの天幕を見てみろ」

白々と明けていく夜明けの光に夥しい数のパオが照らされていた。

「競りは今夜の予定だ。これからやってくる客も間に合うだろう」

予言通り砂漠の太陽が照りつけ出す前に女物の鞍をつけた駱駝の一団が現れた。

彼女達が纏う裾を引きずるベールは直射から肌を守るためであり男の視線を避けるための物で無いことは、身体中から匂う脂粉の香りが示している。

大将は天幕の外に出て女達を迎えた。

「ヴァーサ、待ちかねたぞ」

先頭の駱駝から深紅のベールがひらりと降り立った。

「次々店を回って妹達を誘って回ってるんだからしょうがないでしょう」

「こう物騒じゃあね、以前のように、それぞれ来たい時にお邪魔するって訳にはいかないのよ」

続いて降りてきた濃いピンク地に黒蜥蜴の刺繍を施したベールの女がヒルカニア訛りで言った。

「だが物騒なお陰で前よりも上玉がすぐに集められるんだから、有り難いことさ」

「その口ぶりじゃあ、いい娘が手に入ったみたいね?」

「ああ、ついさっきオフルから上玉を攫ってきた、まず一番高値が付くこと間違いなしだ」

大将はニヤリと笑うと手下達に駱駝の背から荷駄を降ろすよう指示し、女達を商品がむせび泣く天幕へと案内した。

麻の敷布を掛けた毛皮の上にもう一枚麻布を巻き、オフルの娘は横たわっていた。

何かしらの薬を甘い果汁と共に飲まされた後は、泥のように眠った。

目覚めた瞳に天幕の外に広がる夕闇が映った。

自分はまだ夢の中にいる…そう思いたかった。

この悪夢から目覚めれば花々に囲まれた自分の寝室で、またいつもと変わらぬ一日が始まるのだ。

もうすぐ侍女達が香水を垂らした水を掲げて私を起こしにやってくる…

だが、天幕に入ってきた男達によって麻布が無造作に引きはがされると覚醒した意識は、これが現実なのだと告げる。

男達に続いて入ってきた二人の女によって娘はさらなる絶望に追いやられる。

「ホントに上玉だよ、姐さん」

一目で紛い物とわかるルビーが煌めく胸当てと、着けている方が扇情的に見える程透ける腰布を纏った女が裸体を隠そうと身を捩る娘の顎に指をかけた。

黒髪に黒い瞳、長身痩躯のヒルカニア人特有の姿をした女の二の腕には黒蜥蜴の入れ墨が描かれている。

「こりゃあ、腕によりを掛けて化粧を施さなくちゃね」

燃えるような赤毛を黄金の髪飾りで束ねた女が頷く。

その後の、調教も念入りに…立派な性奴に仕込んであげるわ…

「連れてきて、他の商品と一緒に湯浴みさせるから」

男達に指示すると深くスリットが切れ込んだ長衣を翻し赤毛の美女は天幕を出て行った。

大の男が四人係りで運びこんだ三つの木樽に安物の香水を垂らしたぬるま湯が注がれていた。

砂漠の井戸から汲み出した水は砂交じりで茶褐色に濁っている。

その中に嗚咽を漏らす娘達が、入っていく。

「まだ、こんなに残ってんのかい?」

オフルの上玉を連れて戻ってきたヴァーサは声を荒げた。

湯浴みを済ませた娘の髪を梳いていた、ぽってりとした身体つきの女が上目遣いで言い訳する。

「すいません、姐さん、今回は人数が人数なもんで…それにどの玉も“お嬢育ち”らしくって、一人じゃ何もできないんですよ」

「ハン、だからってグズグズやってちゃ、競りが始まっちまうよ」

女は怯えた目をして、黙り込んだ。

「そういう御育ちなら、大して垢もついちゃいないだろう?砂と汗だけ落としてさっさと化粧するんだよ!」

「だけど姐さん、ここだけはよーく洗わないと」

木樽に手を突っ込んで娘の肌を流していた褐色の肌の女が、その手を娘の股間に差し込んだ。

「違いないねぇ、お嬢さん方は今まで自分じゃそんな所、じっくり奥まで洗った事はないだろうよ」

ヴァーサの言葉に女達から下卑た笑いが起こった。

悲鳴を上げ抗う娘を湯から引き上げる。

背中を丸め後ろを向く娘の無防備に晒された尻に、指が入った。

「ああっ、やめて」

「後ろの穴だって、きれいにしとかないと…ここだって商売道具になるんだからさ」

商売…女達は皆、娼婦であった。

姐御と慕うヴァーサと同じ娼館にいた仲間。

ヴァーサが持ち前の美貌と商才で成功し、点在するオアシスに一軒づつ淫売宿を開いた時、妹分の彼女らは、そこの女将となって店を任されるに至った。

戦で身寄りをなくして売られたか、親の代からの奴隷か…その殆どが奴隷市で非情な主人の手から手へと売り買いされ、最後には性奴となった女達だった。

だから身分の高い娘…穢れをしらず、蝶よ花よと育てられた娘達に、恨みのこもった念を送る。

扇やベールで顔を隠し、親の前でしか素顔を晒したことのない深窓の令嬢。

それが売られた男達に手篭めにされ、輪姦され、一人前の女になると、三日も経たないうちに自分から腰をくねらせて男を誘うようになる。

花も恥らう乙女が一気に自分達の世界に、いや自分達以下に堕ちていく様を見るのは、ゾクゾクする快感だった。

最もコスの売春窟を束ねるヴァーサにとって、この砂漠の人攫い、いや奴隷商人と組んでいるのは、単純な復讐心からではない。

こうして商品を競りに出す前に飾り立て、磨きたてる。

そして、競り落とされたお嬢様が、新しい御主人に処女を奪われたのち三日三晩、大将が催す宴の間に、破瓜の終わった娘達を立派な娼婦に仕込む事が彼女と大将との取引の条件だった。

取引…売れ残った商品は大将の一団が味見したあと、無償でヴァーサの娼館に下げ渡される。

とくに今度のように高い値がつきそうな娘が多い時は、客は懐具合を気にして余り多く女を買うことができない。

当然、いつもより上玉が買い手がつかずに残る事になる。

ヴァーサにとって今夜は久しぶりに旨い儲けとなるはずであった。

絹の内幕が張られた一番大きな幕舎からは酒に酔った男達の声に女の嬌声、それに金貨の触れ合う音、そして悲鳴と泣き声が交じり合って聞こえていた。

「こいつはコルダヴァから船で御輿入れの途中ピクト族に襲われたジンガラの伯爵様の妹御だ。本当なら今頃はメッサンティア宮(アルゴスの首都)で王族の殿御と婚礼の真っ最中さ。今夜代わりに初夜を迎えるのはどなただね?」

顔や首筋が隠れぬように結い上げられた亜麻色の髪の下の顔は蒼白だった。

両腕は、その身体を隠すことができないように柔らかな布で後ろ手に括られていた。

脇の毛も陰毛も湯浴みの後、ヴァーサ達によってきれいに剃られている。

何処もかしこも、取り巻いた男達の目に晒されていた。

引きつった表情で自分に注がれる情欲に満ちた視線を睨みつける。

だがジンガラの姫としての誇りは、百戦錬磨の奴隷商人には、値を吊り上げるネタにしかならない。

勝気な女を飼いならすというのは、男の征服欲を満足させる第一条件だ。

次々と指が上がる。

思ったとおり客の食いつきがいい。

よし、もう一声…

大将はむき出しになった伯爵令嬢の乳房を揉んだ。

悲鳴を上げて抗う少女の身体を引き立ててきた男が押さえつける。

大将の指がたわわなふくらみを示す胸の形を変え、白い肌に赤い痕をつける。

「吸い付くような肌だ、どうですかい?旦那方?」

最前列―さっきからカブリツキで娘のきつく閉じられた股間を凝視していた男が、ターバンに忍ばせていた金貨の袋を取り出した。

両手の指を全て広げて前に突き出す。

今までの値とは一桁違う。

「うひょう〜、さすがはバラカの御大尽だ、御目が高い」

周りの男達から残念そうな溜息が洩れる。

だが、ヴァーサ一家の女達から漏れ聞いた情報によれば、すこぶる付きの上玉が売りに出されるという。

噂の娘を落とすまでは、そうやたらと大判振る舞いするわけにはいかない。

バラカの御大尽バラカ群島を根城に西部大洋を荒らしまわる海賊船の船長は、手下を呼ぶと伯爵令嬢を自分達の天幕に繋いでおくよう命じた。

ジンガラの海軍には何度も討伐の痛い仕打ちを受けている。

今度島の隠し港を襲ってきたら、あの娘を素っ裸のまま舳先に縛り付けて矢玉よけにしてやる。

支配階級の娘を大枚叩いて手に入れたのは人質としてだけではなく、仲間を処刑され、船を焼かれた復讐の意味も兼ねていた。

よってたかって慰み者にして、誰とも判らぬ海賊の子を孕ましてやる。

引き立てられていく娘の白い尻を追う船長の目が陰惨な光を放っている。

大将はそろそろオフルの娘を出そうかと思案していた。

皆、財布の紐を絞ってやがる。

競り開始から、かなりの上玉を並べたつもりだが、いつものように落札の値が伸びてこない。

ヴァーサだな…

あの女狐め、やってくれるぜ。

このままでは売れ残る娘が多くなる。

ヴァーサ達は濡れ手で粟の大儲けだ。そうはさせるか!

もったいぶっていてもしかたない。

大将はオフルの娘を呼び込んだ。

その娘が壇上に上がった瞬間、客が大喝采を放った。

足を踏み鳴らし、口笛を吹き、大声で騒ぎ立てる。

大将の口上もかき消される程だ。

本当か嘘かわからないが、オフル大公アルゾート、その同母妹の一人娘だと言っている―ようだ。

幼さを残す清純な顔立ちと、若さに溢れ、十分に成熟した姿態とのアンバランスな色香が匂いたつ。

大公の姪でなくても、この娘の美貌にはかなりの価値がある。

最初の競り値は、さっきのジンガラの姫が落札された価格からだった。

競りは白熱した。

男達は血走った目で相手の出した値を読み、その財布の中を盗み見る。

競り値が十倍に跳ね上がった時、ついに参加者は二人に絞られた。

互いの意地を賭けて一歩も引かない――が勝負は銅貨一枚の細かい値の吊り上げになっていた。

「みみっちぃたらありゃしない、こんな上玉が手に入るんだよ、もっと色をつけないのかい?」

ヴァーサの右腕、黒蜥蜴のミュゼがいきなり壇上に上がった。

競りが長引くのを嫌ったヴァーサの差し金だった。

ミュゼは娘を引き立てている男に耳打ちした。

男は頷くと、ひょいと娘を後ろから膝を持って抱え上げた。

そのまま膝を割り開く。

剃り上げた股間が露にされた。

娘は羞恥に身体をよじって泣き叫んだ。

「ふふっ、いい声で啼くじゃないの、ほうらお客さんにご挨拶」

ミュゼの指がぴったりと閉じた陰裂を左右に抉じ開ける。

「きゃあああー」

娘は銀色に透ける髪を振りたて悲鳴を上げた。

すかさず大将が股間の下にランプを近づけた。

白桃色の陰唇の奥にサーモンピンクの膣壁が灯りを受けて鈍い輝きを放っている。

その上に小さな突起が埋まっていた。

「ここも剥いて見てもらいましょうねぇ」

突起を覆う皮が手馴れた指使いで一気に剥かれると、小さな真珠が姿を見せた。

娘は生まれて初めての感覚にくぐもった声を上げた。

ミュゼは指先を客の前に差し出した。

「正真正銘の生娘ですよ、自分で触ったこともないんでしょうねえ、恥垢がこんなに…」

客はその指先から香るすえた匂いに引き付けられたかのように顔を近づけた。

「買、買おう!もう金貨5枚上乗せだ」

その上ずった叫び声で競りは再びヒート・アップした。

そう、そう。その調子で、皆さん早く無一文になっておくれよ…

売れ残った娘は、こっちで頂き――ミュゼはにんまり笑うと壇を降りた。

「百枚だ!」

幕舎の隅から太い声がした。

人垣が一斉に振り返る。

今まで競りに参加していなかったクシュ人の一団が黒色の肌を灯火に輝かせて立っていた。

皆、背が高く頑強な身体つきをしている。

甲冑こそ着けていないがなめし皮の胴衣や脛当てから覗く傷跡の様は彼らの素性を表していた。

無表情で冷酷無比な殺戮、略奪を繰り返し、報酬次第で、いとも容易く雇い主を裏切る。

黒い死神――戦場を渡り歩く黒人傭兵部隊。

客は押し黙った。

さすがに金貨百枚を女一人には、つぎ込めない。

さらにこの“死神”とあだ名されるクシュ人達と争うのを避けたかった。

幼児に小便をさせる格好にさせられた娘が足をばたつかる度にセピア色の肛門まで露になる。

自分がどれほどあられもない姿を晒しているか――羞恥に身悶える処女を見ると欲望が滾る。

『惜しい』と歯噛みする。

『欲しい』と金貨の残金を指で弄る。

「すごいじゃないの、大将。アタシはずーっと競りに参加してるけど、こんな高値を付けてもらった玉はいないわよ!」

ヴァーサの声は、“もう一声”と競ろうとした大将の気勢を制した。

ただ一人中央に坐っていたクシュ人が立ち上がった。

幕舎の天井に届くほどの大男だった。

誰も声を上げない。

これまでだな…場の雰囲気を読んだ手誰の奴隷商人は、オフルの娘をクシュ人に引き渡した。

結局死神達は五人の娘を手に入れて競り市を後にした。

他の客が得た人数の半分以下だ。

だが、どの娘も透けるような白い肌とブロンドかプラチナブロンド、美貌の上玉揃いだ。

連れてこられた天幕には二十人以上の黒人達が荒い息を吐いて待ち構えていた。

幕舎で金貨を払った男は、他の男達より頭一つ背が高く、身体も大きかった。

残っていた男達に何か指示をする。

彼がこの傭兵軍団の指揮官だった。

当然のようにオフルの娘はその大男の前に引き据えられた。

皮の胴衣を外し、腰布を脱ぎ捨てた。

天を突く男根は、大人の腕ほどの太さと長さを誇示している。

娘は悲鳴を上げた。

何をされるのか――髪を結われ、股間を剃毛される間、ヴァーサの手下が淫猥な言葉で脅し、いや教えた為おぼろげながら理解している者もいた。

だが娘は言葉が通じなかった。

王宮深く王族高官しか接することなく育った娘は男の欲望に仕えるということが、どういう意味なのか全く解っていない。

髪を掴まれ引き上げられた。

悲鳴を上げる唇が塞がれ、舌が割り込んできた。

べったりと塗られた安物のルージュが舐め取られる。

瘤のような腕で抱きしめられ、身体の節々が音を立てて軋む。

乳房が潰れるほど、荒々しく揉みしだかれた。

痛いほど吸われた舌が自由になると、その口からはひっきりなしに悲鳴と泣き声が上がる。

顔は涙でグショグショになり、化粧は剥げ落ちてしまった。

男の唇は真っ赤になった乳房を這い回り、桜色の小さく尖った乳首に吸い付いた。

「あっ、あっ」

娘は気づかなかった。

もう一人の男――大男の弟が背後から太腿を広げ、露にした尻の穴を今まさに舐めようとしているなど…。

「ひぐう〜」男の舌を敏感な部分に感じ腰をひねった。

股間に頭を突っ込んだ男の愛撫は巧みだった。

舌は陰唇を割り、中まで差し込まれ、膣壁を嬲った。

ミュゼに剥かれた陰核が細かく擦られて硬くしこってくる。

ふいに身体の奥から溢れてくるものがあった。

初めての感覚が背筋を駆け上がる。

「はあぁあ〜」

熱い吐息を洩らし、大男の胸に顔を擦り付けた。

兄は満足そうに弟に目配せした。

弟は膣奥に差し入れた指を抜くと兄に示した。

娘の愛液が光ってその手首まで垂れている。

早熟な身体と同じ…豊かな情感だ。

“いい買い物をした。この娘なら三日の淫売修行の後には、一人前の慰安婦になるだろう”

弟が念入りに愛撫を施すにはわけがあった。

そう、このまま兄の巨大な一物をぶち込めばせっかく金貨百枚を投じた娘の膣が、いや子宮までが裂けてしまう。

が、部隊の長たる兄が一番高価な娘の初物を奪うのは当然だ。

兄に破瓜された後、こっちに回ってきた時なんとか使い物になるよう、ほぐしてやったつもりだった。

もっとも、いつも尻の初物の方は、この弟が頂くのだが…。

“そろそろだな――”

弟は股間から這い出ると首筋から耳朶をしゃぶる兄に頷いた。

「今回は娘の数が少ないんだ、さっさと輪してやらねえと、奴ら他の天幕に押し込みをかけるぜ」

他の四人の娘はすでに押し倒されて、途切れ途切れに泣き声とも喘ぎ声ともつかぬ声を上げている。

そのうちの一人を抱え上げた男が四つん這いの形を取らせた。

周りで逸物を扱きながら見ていた仲間があっという間に腰を抱え込み、後ろの穴を奪った。

鮮血がしたたる。

「ひいぃぃー!」

娘が絶叫した。

その口にもう一人が男根を押し込む。

暴れる腕を押さえた男は下から処女の証を流す膣穴にさらに強い抽送を加える。

薄い肉壁を隔てて二本の男根に暴れまわられ、破瓜を終えたばかりの娘は意識を失った。

男根を頬張らせていた男は白目を剥いた娘の顎を掴んで前後に揺さぶった。

「ぎゃああー!」

その娘の絶叫に勝る叫び声が上がった。

オフルの娘が巨根に貫かれた瞬間だった。

身体を仰け反らした娘の身体を対面座位で犯しながら腰を揺すり上げる。

カリが押し入っただけで処女膜は破られた。

しとどに濡れそぼった性器であっても初めて迎え入れる逸物がこのサイズでは激痛が襲うのはしかたないだろう。

それでもまだ陰茎の半分が挿入されたにすぎないのだが、娘の膣は裂傷を起こしていた。

血の臭いに甘い体臭が混ざる。

ニチャ、ニチャと結合した股の間から洩れる淫靡な音は血のたてるものだった。

破瓜の血などという生易しい量ではない。

愛液よりも先走りの液よりも、夥しい血が溢れている。

細い腰を押さえつけ抜き差ししていた大男はギャアギャアと泣き喚くばかりの娘に焦れた。

いかんせん膣口が狭すぎた。

“つまらん”

初めに期待しただけに、いつまでたっても腰一つ振ろうとしない娘に怒りを覚えた。

後ろに押し倒すと足首を持って一杯に開いた。

上から圧し掛かり一気に奥まで突き入れる。

「ひぎい!」

娘の身体が痙攣を起こした。

大男の亀頭が頸部から子宮口を抜けて子宮の中まで押し入った。

“フン、手間を取らせやがる、最初からぶち抜いてやりゃあよかった!”

ぴくりとも動かない娘の裡に溜め込んだ精液を思い切り放った。

とりあえず性欲が収まった大男は脇で順番を待つ手下達に下半身血まみれの娘を放り投げた。

「チッ、金貨百枚の割には、どうもないわ」

巨根が引き抜かれた小さな膣は白濁した精液と鮮血を溢れさせ、ぽっかりと口を開けている。

激しい愛撫の痕をつけて乳房が上下している。

意識があるのか、無いのか…

呻き声すら上げなくなった娘の裸身に痴態を見ていた黒い集団が我先にと襲い掛かった。

砂漠の月が西の空に傾いた。

どの天幕も娘達の阿鼻叫喚の泣き声に満ちている。

いつものように売れ残った商品は大将の率いる奴隷商人の一隊の慰み者にされていた。

さらに余った娘は馬や駱駝の世話をする奴隷達に回される。

娼館に行く金も身分も無い男達には最高の役得だった。

それでも、今回は手付かずの娘がまだ八人も残っている。

“こんな旨い競りは初めてだわ”

ヴァーサ一家は引き上げた宿舎で祝杯を挙げた。

明日の朝からは忙しい。

強姦、陵辱の一夜が開け“女”になった商品に性技を仕込まねばならない。

ゆっくりできるのは今晩だけだ。

「さあ、どんどんお飲み、ミュゼご苦労だったねぇ」

ご機嫌な姐御は自ら妹達の盃に酒を注ぐ。

「おい」

酒に酔いしれた女達の天幕を開けて、あの黒人がのっそりと入ってきた。

「手下があぶれてる。すまねえがおめえ達相手しちゃくれねえか?」

筋骨逞しい男達は競りの幕舎でも目立っていた。

周りは淫靡な声で満ちている。

酔いが身体を疼かせる。

股間を押さえた女達は酔った目を見交わした。

「おいくら?」

ミュゼは流し目を送る。

「ケッ、まだ金をふんだくろうってのか?この女狐ども!」

「そりゃあ、いい買い物をしてくれた兵隊さん方だもの、お安くしときますよ」

ヴァーサは大男にしなだれかかり、耳元で囁いた。

「小遣い程度でいいんですよ、将軍閣下。そのかわり進軍先ではウチの店以外に行っちゃダメよ」

無表情だった大男の口がニヤリと歪んだ。

ヴァーサの指が腰布に差し込まれ陰茎を弄っている。

“女はこうでなくちゃいけねえ”

ヴァーサは妹分達に合図した。

待ってました――

一斉に着ている物を脱ぎ捨てるとベールだけを被りサンダルを突っかけて酔った足取りで次々と天幕から出て行く。

「じゃあ、将軍閣下、朝までには戻してくださいよ」

商談がまとまるとヴァーサはあっさり指を引き抜いた。

「おめえは来ないのか?」

気をやりかけていた大男は不満を露にする。

「すみませんねぇ、これから明日の仕度をしなくちゃいけないんですよ。閣下の御相手はあたしなんかより、ずっと若い子がしますから」

“全くたいしたお道具だこと。あんなので突かれたんじゃ壊されちまうよ”

後ろ姿を見送りながら肩をすくめる。

“あのオフルの別嬪さん、明日っから使い物になりゃいいけど。まあ、正気でなくてもこの商売はできるけどね”

その別嬪は大股開きのまま天幕の隅に放置されていた。

目の前では、褐色の肌の女が黒人に跨り尻を打ち振っている。

商品を湯浴みさせていたあの女だ。

側には艶やかなオレンジ色のベールとガラス玉を縫い取ったサンダルが無造作に脱ぎ捨てられていた。

瞬きもせず天井を見つめていた娘の眼から一筋の涙が零れ落ちた。

肘をついて起き上がる。

「ひっ…」

全身を猛烈な痛みが襲った。

開いた足を閉じようとしても下半身が麻痺したように動かない。

股間には丸太が刺さったような感覚がまだ残っていた。

臍の下がキリキリと痛む。

「ぐうぅえ!」

猛烈な吐き気に襲われる。

身体をよじってうつ伏せになり何とか横坐りになると、一気に汚物を吐いた。

飲み込むことを強要された夥しい精液だった。

はあはあと荒い息をつきながら、何度ももどした。

精液で強張る身体を起こした娘の目に仰向けの身体を腰から折り曲げられたまま二つの穴を攻められる小さな少女の姿が映った。

一緒に買われた娘の中で最も幼い―まだ子供といえる身体つきの少女。

やっと胸が膨らみかけた未成熟な姿態。

白目を剥き、口から泡をふいている。

死者のように青白い肌。

死―!

“殺される…”

“このままここにいたら、殺されてしまう!”

娘の頭一杯に“死”への恐怖が沸き立った。

必死の力で立ち上がると陰門と肛門から注ぎ込まれた精液がダラダラと太腿を滴りおちて敷物にシミを作った。

幸いにも出血は止まっている。

ふらつく身体で目の前のベールを被り、サンダルを履いた。

そっと天幕の裾を捲くる。

天幕では全ての男が相方を得て、淫靡な営みに没頭していた。

オフルの娘の姿が消えたのが、わかったのは地獄の一夜が白々と明けた頃だった。

ブリサニア生まれの女はベールとサンダルが無くなったことを黙っていた。

ヴァーサにばれれば物凄いリンチにあう。

さらに大将に知れれば、こちらの落ち度と責め立てて賠償金を要求してくるだろう。

いや、最も恐ろしいのは買主の死神に責められる事だった。

なにせ金貨百枚の娘だ。失った腹いせに何をされるか…。

そっと荷駄から別のサンダルを出し、そ知らぬ顔で履いていた。

だから…奴隷商人は慌てて追っ手をかけなかった。

攫ってきた娘を全裸、裸足にしておく理由には一つ、剥ぎ取った衣服を売り払う、二つ、自分が性奴となることを納得させる、そして最も重要なのが三つ目、逃亡を防ぐ為であった。

太陽が照りつける砂漠を全裸、裸足で歩くことはできない。

夜は夜で、陽が沈んだ後の砂漠は一気に気温が下がる。

裸ではいられない。

この昼と夜の温度差によって深夜に岩盤が砕け、やがて砂と化し、長い年月のうちに砂漠となるのだ。

さらに砂には足跡がつく。

残された足跡をたどっていけば砂に突っ伏し、火膨れを起こした娘がすぐに見つかる。

逃げ出した罰など与える必要は無い。

身体中水膨れになったところで縄をかけ、転がしておくだけで十分見せしめになる。

縄の当たったところから水泡が破け、やがて生皮が剥がれ、肉が抉れて赤裸になる。

生臭い匂いに蠅が集まり、見る間に全身真っ黒になるほどたかられる。

そして三日もたてば抉れた肉の中に白い蛆が這い回るのが見える。

最もその頃には、どんなに気丈な娘も正気を失い半腐れの狂人と化している。

それはそれで、そういうキワモノを好む客に払い下げられる。

だが、今度の“見せしめ”は金貨百枚だ。

火膨れを剥がした後は、優しく手当してやろう。

まあ、ケロイドが身体中に残るだろうが、自分らの油断で逃げられたのだから文句は言わせない。

太陽が中天に上ればこちらもつらい。砂が熱せられる前に連れ戻そう。

大将は手下を呼び集めると自ら駱駝に跨り点々と続く小さな足跡を追って走り出した。

先行していた一団が走り寄ってきた。

「やばいぜ、砂嵐が娘の足跡消しやがった」

「砂嵐?そんなモン何時通った?丸裸の娘がこちとらに嵐が来たのも分からない先の方まで行ったってのか?」

「それが、そうでもなさそうだ」

手下は懐から帯が切れたサンダルを差し出した。

オレンジの裂かれた布が巻き付いている。

ぼろぼろになったサンダルにはまだ小さなガラス飾りが残っていて大将の手の中でキラキラと反射した。

サンダルはともかくこのオレンジの遮光布には覚えがある。

「ヴァーサの身内にベールとサンダルを取られた者がいないか調べろ」

手下が二人駆け戻っていった。

「おい、このサンダル拾った所まで案内しろ」

大将は証拠のサンダルを胸元に押し込んだ。


何が何だか分からなかった。

最初は鳥が羽ばたくような音だった。

遙か彼方に黒い固まりがポツンと見えた。

それが一気に耳をつんざく轟音を上げる真っ黒な壁となって迫ってきた。

身体が浮き上がった。

息が止まる。

どれくらい飛ばされていたのか…

急に砂に叩きつけられ意識を失った。

気づいたのは幌に覆われた砂車─ソリの中だった。

髭面の男達がのぞき込んでいる。

水筒をかしげ、拾い上げた娘の口元に水の滴を垂らしている。

水を求めて身を起こした娘は悲鳴を上げた。

背中が日焼けで真っ赤に腫れ上がっている。

身体を覆っていたはずのベールも必死で足に縛り付けたサンダルも砂嵐に剥ぎ取られていた。

それでも水に惹かれ、水筒に手を伸ばした。

喉を鳴らして一気に飲んだ。

ソリの揺れが止まった。

幌が引き上げられた。

夕焼けのカーマインが娘の目に映った。

周りには同じように荷物を積んだソリを引いた駱駝が取り囲んでいた。

男達が駱駝からぞろぞろと降りてきた。

今の娘には人前で裸身を隠すなどという“たしなみ”は残っていなかった。

水筒をくれた男がしめらせた襤褸布で陵辱の痕も生々しい娘の砂にまみれた股間をぬぐった。

金の指輪をはめた手がナイフを煌めかせ果汁したたる瓜を割ると娘に差し出した。

空になった水筒を投げ捨て果肉にかぶりついた。

金の指輪が再び娘を押し倒した。

真っ赤にほてった背中が敷布に擦れて、果汁にまみれた口からくぐもった声を漏らしたが、娘は全く抗わなかった。

乳房が揉まれ、膝を抱えられた。

指が股間をまさぐっている。

そのまま砂が拭き取られた陰芯に、指輪が埋まるまで深く差し込まれると、びくりと娘の身体が大きく反った。

だが娘は表情を変えることなく、されるがままの立場をとり続けた。

両膝を立てて、股間を大きく割り開いたまま、もう半分の果肉を囓っている。

太い指が二本、ゆっくりと娘の膣奥まで抜き差ししている。

周りを取り囲み腰紐を弛めて順番を待つ男達の耳に果肉をすする音に混じって、ニチャニチャと淫靡な音が聞こえた。

引き抜かれた指には夕陽に煌めく愛液と真っ赤な血、それに異臭を放つ誰のモノともしれない精液がこびり付いていた。

男の欲望が一気に暴発した。

脱ぎ捨てた腰布で指を拭うと、うなり声を上げて男根を突き刺した。

激しい突き上げに娘の身体がガクガクと揺れる。

それでも口から果実を離さない。

まるで果実を味わうことが生命と正気を保つ手段であるかのごとく瓜の切れっ端を吸っている。

男達は次々交代し、精を放った。

後背位での交わりは背中が痛む娘にとって楽な姿勢だった。

自ら腰を掲げ、精液と鮮血を垂れ流す膣口とセピアの肛門まで晒す娘に男達は欲情し、昼間も幌を掛けて犯し続けた。

抱かれる度に娘に与えられる物も干し肉からコーンパン、山羊のチーズと代わり、立つこともままならなかった身体と体力は、その若さも手伝って急速に回復した。

背中の日焼けも赤みが薄れてきた。

膣内の裂傷が癒えたのか、挿入される度の出血の痕も、だんだんと見られなくなり、鈍い痛みも消えた。

逆に乳房を愛撫され、男根を挿れられると身体の奥から甘い痺れが沸いてくる。

尻の穴を犯されても、抗わなくなった。

特に陰核をこすられると、腰を振って喘いでしまう。

揉まれる度に豊かであった乳房はさらに育ち、吸われ続けた乳首も大きくなった。

ぴったりと合わさっていた陰裂もほころんで、陰唇がかすかに見え隠れし、嬲られ続けた陰核も莢を被りながら、ぷっくりと肥大し、その姿を現している。

深窓の処女は、何日かの間に夥しい男達の欲望によって、淫乱な娼婦の身体に変えられてしまった。

今も娘は獣のように四つん這いになり、背後から深く浅く絶妙の頃合いで突かれながら、銀の髪を振り乱し快楽に喘いでいた。

揺れる乳房から汗が飛び散る。

豊かに張った尻を撫でていた男の手が前に回され、娘の陰核をまさぐり、その莢を剥いた。

「あはぁぁぁ〜」

娘は絶叫し、頭を打ち振る。

護る物のなくなった淫楽の中心に容赦ない愛撫が加えられる。

「ひぃあああー」

夥しい愛液が溢れてくる。

ビチュ─

男の手首を伝い敷布にしたたる。

頭が真っ白になった。

腕の力が抜け、そのまま敷布に突っ伏した。

身体を支える術を失った身体は腰だけを掲げて男に繋がっている。

絶頂に達した娘の様など構うことなく男の激しい抜き差しは続いている。

娘の愛液でドロドロになった手で尻を叩いた。

それに反応するように、ゆっくりと腰が回される。

緩慢な動きに苛立った男は娘の腰を力一杯引きつけ、さらに深く膣奥を抉った。

「ひぎっ」

短い悲鳴を上げて娘は再び達した。

きつく締まる膣圧に男も堪らず精を放つ。

日焼けで赤黒く変色した背中が大きくたわみ、膣が収縮する。

萎えてゆく男から一滴も残さず精を搾り取る…それは生殖の本能─牝の生理でもあった。

男は腰布を拾い上げると、巻き付けながら幌を降りた。

いつのまにかソリの揺れが止まっていた。

幌が上げられた。

今まで娘を抱いていた男が水筒を差し出した。

うつぶせのまま荒い息を吐く娘は、ゆっくりと生ぬるい水を嚥下した。

金の指輪をはめた手が娘をソリから抱き起こした。

陽はすでに沈みきって、西の彼方に残照が見える。

満点の星だった。

金の指輪は紅く輝く星を指し、その指を真下に下げた。

指し示した先に、何か黒々とした固まりが見えた。

次の瞬間男達はマントを翻すと駱駝に駆け寄り鞭をあてた。

嘶きと砂埃を残し、キャラバンは走り去っていく。

全裸の娘を一人残して─

後一日で、キャラバンは東のオアシス都市に着く。

戒厳令下のコスで、身分証も、通行手形も無い異国の娘─たとえ逃亡中の女奴隷であっても隊に紛れ込ませる事は不可能だった。

よしんば、うまく検問を突破しても言葉も通じない素っ裸の娘がコス第二の城郭都市で生きていけるとは思えない。

遅かれ早かれ捕まって詮議される。

その時、自分たちが助けた事がばれれば─キャラバン全員が断首刑にされる。

今のコスはそういう国だった。

だから娘にマント一枚貸してやれない。

もし斥候兵が自分たち種族のマントを巻き付けた娘の死体を見つけたら─

探し出されて絞首刑だ。

だがこういった疑心暗鬼に満ちた街だからこそ、高額の商売が成り立つのだ。

誰もが少しでも良い品を、多くの物を貯め込んで、やがて起こるであろう戦に備えようとしているのだから…

運よく生きながらえれば自分たち誰かの子を産むかもしれない─だから斥候の目をかいくぐってオアシスの近くまで娘を連れてきたのは彼らにとって最大の慈悲だった。

紅い星の真下にある泉の水は東の城壁に流れ、都市を潤している。

太陽が昇りきるまでに泉までたどり着ければ娘は助かる。

彼らの種族の女達ならできない事ではない。

だが、オフルの公女は裸足で砂漠を歩いたこともなく、ましてや肌を切る寒さに身を震わせ、どこからともなく聞こえる獣の鳴き交わす声に怯えたこともなかった。

それでも彼女は、辛い夜を必死で歩き通した。

示された紅い星目指して歩き続けた娘の目に映る黒い固まりが、濃い緑の森と変わった時、非情な太陽が昇っていた。

そして─全身を灼かれ、倒れるたびに砂まみれになりながら、ついに血だらけになった足は柔らかな下草を踏んだ。

水の匂いがする!

走り寄った先には馬が草をはんでいた。

馬を避けて泉に飛び込んだ。

“ああ、ミトラ! 感謝致します”

娘は拉致されてから初めて守護神に祈りを献げた。

それなのに─

また異民族の男に捕らえられてしまった…

背の高い黒衣の男に腕を掴まれると、絶望の娘はそのまま気を失った。


─気持ちいい─

ひんやりとした感触に娘は目覚めた。

身体中がぬるぬるとした液体にまみれ、緑色の藻が張り付いていた。

「おい、こっちの腕の奴を剥がせ、もう乾いてるぞ」

「あ、はい」

そっと糸を引く藻が剥がされ、新たに水を含んだ物に張り替えられた。

「あと、どれ位いる?」

「今の所十分ですが、夜の間に何回か張り替える事を考えますと、あと十束ほど」

「夜の分は、また取ってきてやるよ、新鮮な方がいいだろ。俺は水の中でも夜目が利くんだぜ」

「そんな、あなた様に夜中まで…」

「ハン、俺は海賊の息子だからな、泳ぎも潜りもおまえらより達者なのは当たり前だろう?よけいな心配するんじゃねえよ」

アキロニア語だわ…

娘はゆっくりと目を開けた。

椰子の木陰に水草が敷かれ、その上に仰臥させられている。

上からのぞき込む若者の栗色の巻き毛が光に透けている。

「綺麗…」

掠れた声でつぶやいた。

巻き毛の若者が顔を上げた。

「オフルの言葉ですね?」

「うん…」

長身の青年が腰布一つでこちらを見ている。

青銅のごとく日焼けした肌が水を弾いていた。

蒼い瞳…幼い頃聞いた北の氷神イミールのよう…

肩を覆う真っ直ぐな黄金の長髪から滴る水を拭こうともせず、青年は娘の腫れ上がった顔を見つめている。

この眼だわ…私が最後に見たのは…

青年は踵を返し視界から消えた。

「あの、痛いかもしれないけど、背中も張り替えなくちゃ…横向きになって…」

巻き毛の若者は、オフルの言葉で語りかけた。

「!」

娘は眼を見張った。

「あ、あなたはオフル語が話せるのですか?」

「あまり上手じゃないけど…」

視線を反らしながら乳房の周りに貼られた藻を優しく剥がしていく。

「痛かったら言ってくださいね」

その紳士然とした態度に娘の裡から急速に羞恥の心が蘇った。

いや!私─裸を見られている!

「おーい、潰してきたぞ、こんなモンでいいか?」

ブッシュの中から椀を持った男が現れた。

「きゃああー」

悲鳴と共に胸を隠して蹲る。

「大丈夫ですよ、彼はあなたの顔に塗るために藻を磨り潰して…それを持ってきただけです」

「来ないで!もう、何もしないで!」

丸めた身体が小刻みに震えている。

おい、どうするんだよ、これ─灰色の髪を掻き上げ椀を持ったまま、男は途方に暮れている。

眉を寄せて巻き毛の若者を睨みつければ厳つい顔が、よけい凄味を増す。

「助けて…酷いことしないで…」

譫言のように呟く娘の背中に水を含んだ藻が広げられた。

「大丈夫です、我々はあなたを介抱しているのです。この藻から染み出す液は火傷に利くのですよ」

巻き毛の若者は椀を受け取ると、微笑んだ。

「その顔もすぐによくなります」

「どうだ?」

椀を渡してブッシュに戻った男に待っていた仲間が問いかけた。

「あれだけ辛いめにあったんだ。半分正気を失って当然だろうな」

火を囲み休息を取る男達が案じているのは日焼けの炎症だけではない。

娘の身体に刻まれた性交…いや陵辱の痕だった。

「男は皆、オオカミか?」

「そういうこと。腫れが引くまであいつにまかせるさ、俺の顔見て悲鳴上げても奴は大丈夫なんだから」

「そりゃ、お前の顔は強面だからな」

「うるせえ!じゃあ、今度はお前が行け」

「弟は医学の知識が豊富ですが、心の傷まで癒せるかどうか…」

焚き火に粗朶を投げ入れた細身の若者は伏し目がちに言った。

褐色の巻き毛が炎に煽られ、かすかに揺れる。

「時間が解決するさ」

長身の半裸の青年は濡れた髪から水を絞っている。

引き締まった筋肉質の身体には無数の傷跡─幾度と無く命の危機を突破してきた勝者の証が刻まれていた。

「あの娘、オフル語をしゃべった。お前ら兄弟が面倒みるには打って付けだ」

「オフル…ですか?」

「気がついたんなら、二人っきりはまずいんじゃないの?」

金髪を無造作に刈り上げた男がニヤニヤしながら脇腹を小突いた。

皆の視線が集まる。

正気が戻ったならば、確かに手代わりがいるだろう─

「そうですね、何か聞き出せたら、戻ってきます」

すらりと伸びた足に付いた砂を払い、巻き毛をなびかせてブッシュの奥に消えた。

彼らは皆、整った容姿をしていた。

ぞんざいな口調で話しながらも、その端正な顔立ちには十分な教育を受けた事を思わせる知性が漂っている。

見たところ全員、年の頃は二十代。

一番年嵩に見える白銀の髪を総髪に切りそろえている痩身の男─彼でも、三十を一つ二つ過ぎた辺りか。

男達はズアジル族のキラット(長衣)を身につけ駱駝の毛で織られた外套を敷いて思い思いに寝そべっている。

だが、その目も耳も油断なく辺りを警戒し、脇に置かれた大刀の鞘がすぐに引き抜けるように利き腕を遊ばせていた。

訓練された戦士の動きだった。

「あの娘が例の奴らと関わりがあると?」

白銀の髪を束ねながら年長者は丁寧な口調で半裸の青年に尋ねた。

「そう、うまくいってくれりゃあいいが…そうでなくとも放っといたら見回りのコス兵に殺される、見殺しにはできねぇよ」

確かに─と年若い族長の言葉に静かに頷いた。

「だが、可能性は高い。確かな筋からの話では三月に一度大きな競りを行うようですから」

「うん」

今度は青年が頷いた。

「さぁて、もう一潜りしてくるか」

彼は乾ききらない髪を一振りすると焚き火を飛び越え泉に向かって奔っていった。


競りの行われた大幕舎に再び客が集まっている。

彼らの目の前には三十人を超える黒人の偉丈夫達が居並び、売れ残った商品の中から気に入った娘を次々と抱え込んでいた。

娘を抱いたまま空いている場所に陣取ると、すぐに腰布を外し娘を犯しにかかる。

場所を明けてやった客の股間には昨日からヴァーサ一家の指南の下で“娼婦への第一歩”を踏み出した娘達がぎこちない舌使いで奉仕していた。

大将は苦虫を噛み潰した顔を隠そうともせず酒を煽っている。

その隣では同じくヴァーサが吊り上がった目で“死神の娘狩り”を睨んでいた。

遮光布は高価な織物だ。

砂漠の民では一枚のマントが父から息子へ引き継がれ、母は代々のベールに新たな生地を縫い足し娘に譲る。

豪商─大キャラバンの奥方でも一人で何枚も所有できる代物ではない。

あのサンダルに巻き付けられたオレンジの遮光布の持ち主はすぐにわれた

たどたどしいコス語の言い訳を繰り返す褐色の肌にヴァーサの鞭が唸った。

こんな大失態は初めてだった。

性奴から成り上がり、夜の女王とまで呼ばれるようになったヴァーサにとって女衒としての信用と名誉は命より大事なモノだった。

怒りの鞭は悲鳴を上げる女が身につけていた僅かな胸当てと腰布を引き裂きいた。

今、ブリサニア女は炎天下の砂漠に立てられた丸太に素っ裸のまま、逆さに縛られ放置されていた。

その全身が紫色に腫れ上がり、裂けた皮膚から流れ出る血は砂漠の太陽によってどす黒く変色している。

陽が中天にさしかかる頃にはさらにその肌に火膨れが加わるだろう。

それでも、ヴァーサの憎んでも憎みきれない怒りは収まらなかった。

無償で手に入れた娘達が死神に奪われてしまう。

せっかく処女のまま残っていた八人は真っ先にあの大男の巨根の犠牲となり、悶絶した後、次々と隣の天幕に運び出された。

今も全員、股間から血を吹き出して、のたうち回っている。

使い物にならなくなったら、どうしてくれる!

だが、取引の約定を違える訳にはいかない。

娘達に性技を仕込まねばならない。

男を誘う手管と避妊の知恵も…

今日と明日…もう一日タダ働きが残っている。

ヴァーサは一気に盃を煽った。

忌々しいのは大将も同じだった。

逃げられたのは自分らのせいなのに、金貨を半分返せの、残った娘からあと三十人よこせのと難題を吹っ掛けられた。

いや、最初は金貨十枚だけやるから、九十枚返せと言ってきたのだ。

クシュ人達にしてみれば、すぐに追っ手を掛けていれば砂嵐で娘を失うことは無かったのだから、競りの主催者たる者が、その十枚で“残り者”を差し出すのは当然という考えだった。

常連の…コスの暗黒地帯を闊歩する大物の客達が間に入り、金貨は半分戻す、後の半分で残りの娘から三十人を買う、そして残った四人の娘がヴァーサに払い下げられる─という条件で“痛み分けの手打ち”となった。

おまけに砂漠の捜索から汗まみれで帰ってみれば、天幕では自殺騒ぎが起きていた。

騒ぎの主は、バラカの海賊に売られたジンガラの姫─手込めにされる寸前、舌を噛んだ。

最も普通の人間が舌を喰い切って死ぬのは殆ど不可能だ。

覚悟の自殺でも、死ぬまでにかなり時間がかかる。

大概、脇を噛んだあたりで舌の血管が切れて口中に血が溢れ、苦しいので大暴れしてしまう。

舌噛切断というのは、大量出血ではなく、血で気管が塞がれ呼吸困難の果ての酸欠死─当然、発見されて手当を受け、蘇生する可能性が高い。

ましてや衝動的に舌先を噛み、痛みと溢れる血に動転した姫君は死ぬことなどできずに、猿轡を噛まされ、見せしめにこの幕舎の梁から吊されていた

手首を後ろ手結わえ、さらに足首も膝を割り開いて背中で縛る。

縄は乳房を挟み込んで巻かれているため、真っ白だったたわわな胸が縄目で鬱血し紫色に変わっている。

血がにじんだ猿轡からうめき声が漏れている。

見せしめの仕置きをしているのは黒蜥蜴のミュゼだ。

ちょうどミュゼの腰辺りまでつり上げられた生贄は責めに耐えきれず首を打ち振って悶えている。

骨張った指が鬱血した乳房を揉みしだき、腫れ上がった乳首をつまむ。

だがジンガラの姫が狂ったように暴れているのは、その股間に挿入された責め具のせいであった。

その責め具は生きていた。

ミュゼのかわいい下僕…

身体中大疣に覆われた爬虫類─見た目は節だらけの太い丸太のようだ。

全身をヌラヌラと粘膜で光らせたそれをミュゼは生贄の尻の上に乗せた。

すでにミュゼの指責めでさんざんに嬲られ、悲しいかな意思に関わりなく蜜が滴りだした陰芯をさらに左右に割開く。

主人によく訓練された大ヤモリは吸盤で起用に太腿に張り付くと拳骨のような瘤の尾をゆっくりと押し込んだ。

破瓜の絶叫は血染めの布に吸い込まれた。

命を賭けて護るつもりだった純血は、おぞましい爬虫類に奪われてしまった。

大ヤモリが弾みをつけてスイングすると太い尾が根本まで姫の裡に打ち込まれる。

背中で一括りに四肢を戒められ胸を突き出して喘いでいる姫君の肢体がさらに大きくのけぞった。

その反動を利用して子宮口まで突き入れた尾を一気に引き抜く。

血と愛液と爬虫類の体液が混ざり合い糸を引いたモノにまみれた肉襞が一緒に押し出される。

ドロリ─

異様な臭気を放つそれは痙攣する太腿を這い、下に零れ落ちていく。

ジュブ─

落ちきれなかったモノは再び押し入れられた尾と共に肉壁にからみつき膣内へと戻っていく。

ミュゼの指が姫の秘孔をこじ開けた。

そのまま反対の手で大イモリの喉を撫でる。

すると─パカッと開いた口から吸盤の舌が伸びた。

吸盤はそのまま女主人によって開かれた穴の中に吸い付く。

球体のように反り返った姫の身体が一層大きく揺れた。

ミュゼの指は陰門から蟻の戸渡りにかけてを柔々と揉みほぐし、大イモリの体液の点いたもう一方の指は膣前庭をまさぐっている。

と、見る間に姫の息が荒くなってきた。

戒められた縄が吹き出す汗で色を変えた。

目つきがトロンとして、猿轡から漏れていたか細い悲鳴が悩ましい喘ぎ声に変わっている。

ヴァーサが娘時代に知り合った一番のお客…今でも最大のパトロンであるコスの魔道士様から教えられた秘術─その一つがこの大イモリが分泌する体液を媚薬の素とする催淫剤だ。

金を持っていそうな客の酒に忍ばせ女を何人も買わせる。

居続けのご隠居には回春の常備薬として高く売りつける。

それ以外にも今度のような─気の強いお姫様を盛りの付いた牝に仕立てるのに重宝する。

見せしめとはいえ満座の中で性器を嬲られ、爬虫類に犯されたうえ、媚薬の原液を塗り込められては、どれ程気丈な姫君であっても正気ではいられまい。

「バラカの大旦那様、そろそろ降ろし時でござんすよ」

ミュゼは買い主に声をかけた。

このまま吊り下げていては肌に消えない痣が残る。

長年娼婦を仕切ってきた責め手は絶妙の頃合いを知り尽くしている。

大様に頷いた海賊は手下に縄を切るよう命じた。

「お前もご苦労さん」

ミュゼは下僕の喉を2,3回さする。

それが相図なのだろう、パクンと大口を開けシュルシュルとくびれた舌を戻していく。

小さくすぼまりセピアの佇まいを見せていた秘孔は、紅く腫れ上がり広がって淫らにひくついている。

じゅるっ─

最後に吸盤に張り付いた腸壁ごと引きぬかれ、床に転がった姫の身体が跳ね上がった。

身体中についた縄目の跡も艶めかしく身もだえる。

「こっちも終わり!さ、こっから先は自分で天国まで行くんだよ」

じゅっぼう〜!

しびれた手足を蠢かせ、何とか俯せに這いつくばる娘の陰芯から大ヤモリの尾が一気に引き抜かれた。

「あひいいいー」

緩んだ猿轡から悲鳴が上がった。

その衝撃に身体を支えきれずに股を開いたまま前に突っ伏した。

子供の腕ほどもある節くれ立った尾に圧迫された膣はポッカリと口を開いたままだ。

どろりと零れるヤモリの体液とたらたらと滴る淫蜜を溢れさせ、腰をよじる。

白桃色だった花弁はすっかり赤黒く変色し、体液に爛れた肉壁には細かな疱疹ができて、柘榴の実が割れたようだ。

その中に娘の指が入った。

よじれながら、じわじわと閉じていく柘榴の割れ目に自らの指を差し込む。

「あっ…ふぅ…あぁ」

大幕舎の誰もが一瞬、自分の抱えた娘の肌をまさぐる手を止めた。

ジンガラの姫は自らの手で乳房を摘み、陰部を掻き回し、悶えている。

陵辱で打ちひしがれ、心ならずも買い主の卑俗な欲望に仕えていた娘達の中から啜り泣きが起こった。

この姫こそ攫われてから、一度として賎しい者らの手荒な扱いにも、淫らな視線にも屈することなく、そのイエドカ(貴婦人)という身分に相応しい気品と威厳を保ち続けてきた人だったから。

その姫様が…

もう駄目、私達も抗えば、あんな浅ましい姿にされる…

「さすがじゃねえか、いい見せしめだぁ。これでこいつらは手前から腰を振るようになるぜ」

分厚い手で股間に蹲った娘の蒼白の頬に伝わる涙をピタピタと叩くと、クシュの死神は、酒で真っ赤になった大将に言った。

「あれが、お望みでしたら、そちらが御買上げの“三十人”全部のアソコに薬を塗って差し上げますわ」

ヴァーサは“三十人”に語尾を強め、嫌味ったらしく言い放つ。

「男と見ればしゃぶりついて、いつでも股は広げっぱなし、手間がかからなくてよろしいんじゃありませんこと?」

黒人は首をすくめると、初々しさに溢れ、怯えた眼を上げる娘の唇を吸った。

「おい、あれに金貨十枚なんて、冗談じゃねえぞ」

腰を擦りつけ、のたうち回る姫君を、バラカの海賊は顎で指した。

「色情狂の女に高い金を払う馬鹿がどこにいる?」

「夜までには薬は切れますよ、まあ入り口は大分緩んじゃいましたけどね、その分、裡の具合は絶妙ですよ」

ミュゼは体液の乾いた大イモリを大事に革袋に移し愛想笑いをした。

「薬が切れたって、今夜からは旦那様の言いなりですよ。考えてもご覧なさいまし、あの顔でどんな卑しい事でもするんですから…」

「チッ!」

僅かな油断で、損をした四人目の男は忌々しげに、腰を振り嬌声を上げる“高価な姫君”を睨んだ。


「ちょっと待って、奴らはアキロニア語でそう言ったの?」

褐色の巻き毛を掻き上げ、藻を伸ばしていたディジャスは腫れの引いた顔を覆い啜り泣く娘の肩に思わず触れた。

「きゃ!」

赤みが残る肌から激痛が襲う。

「兄さん、手荒な事しないで!」

栗色の巻き毛を翻しディグレットは娘を庇う。

「すまん、つい─」

「ごめんなさい、痛い思いをさせて」

娘はそっと顔を上げた。

「すみません、大丈夫ですか?」

優しい物腰に再び涙が溢れる。

「ほら、兄さん、まだ話を聞くのは早いんだよ」

弟に睨まれて兄は唇を噛む。

「いいえ、違うの…あなた達があんまり優しいから…私」

娘はディジャスがそっと差し出した布で涙を拭った。

「私、攫われてから彼らが何を言っているのか分からなくて…でも一度だけ、やってきたキャラバンにアキロニア語で、名乗ったから─だからアキロニア語で言ったの、私はオフルのアルゾート大公の姪だと、父はアキロニアの伯爵だと、だから私アキロニア語がわかるの、それなのに─」

兄弟は顔を見合わす。

“もしかして従姉妹?”

“そうみたい…”

兄弟がオフル語を理解できるのは公女と同じ理由だった。

叔父がオフルに摂政として赴任しているのだ。

身分は大公の義弟である。

オフルの前王アマルラスは、コス王ストラボヌスと図り、コナンに謀略を仕掛けたが事破れ、コナンの腹心プロスぺロの刃に倒された。

当時アマルラスに叛身し、オフルの東で逃亡生活を送っていたアマルラスの兄弟のうちコナンと親交のあったアルゾートが選ばれアキロニア領オフル大公国の初代大公となった。

帰属の証としてアルゾートは同母妹の婿にアキロニア有力貴族のひとりナンタイン伯を迎え摂政とした。

伯爵の母はオフルの貴族出身で、彼はオフル語を解したため、コナンはオフルとの外交を彼に一任した。

そのナンタイン伯の姉こそ二人の兄弟の母だった。

皮肉なことに故郷の宮殿から遙かに遠い砂漠の果てで、生まれて初めて三人の従兄弟は顔を合わせた。

哀れな従姉妹は身も世もなく泣き崩れた。

「なぜ、アキロニアの遊軍が娘を攫うのでしょう?私が生まれる前の事は母から聞いて知っています。でも今はオフルとアキロニアは同盟国ではありませんか?その公女である私になぜこんな仕打ちをするのでしょう?コナン王は本心からオフルを許しているのでしょうか?」

ディジャスは後を弟に任せ、そっとブッシュに入って行った。

「殿下、読みが当たりましたね」

刈り上げた金髪に付いた砂を払いながらホルストは勢いよく立ち上がった。

「公女はアキロニア語が分かる、言葉使いに気をつけろ、俺たちはズアジルの流れ者だ」

「あっ」慌てて口を塞いだホルストは、半乾きの身体を焚き火に寄せる青年に向かい、ペコリと頭を下げる。

総髪の軍師は気の早い仲間をたしなめると、朗報をもたらしたディジャスに向かい問いを発した。

「では、奴らがアキロニア語を使うのは、“コナンの同志”と名乗る時だけなのだな?」

「はい、彼女がいくらアキロニア語で話しかけても通じなかったそうです」

「馬鹿の一つ覚えか」

厳つい顔をさらに歪めジニアスは吐き捨てるように言った。

ボッソニア辺境地帯を治める歴戦の勇士ラーマン伯爵溺愛の孫は、祖父譲りの灰色の髪と実直な性格の持ち主だ。

それ故に頻々卑しい者達に策謀によって貶められる事は何よりも許せない。

「そのようだな」

傍らのカルネも悔しそうに唇を噛む。

彼も黒竜騎士団の長、パランティデス将軍の嫡男として幼い頃から騎士道精神をたたき込まれている。

その後ろで静かな怒りを湛えているのはポイタインの世襲候トロセロ伯爵の孫で王太子宮近衛隊長のユウラ。

「で、場所は特定できたか?」

「詳しくは分かりませんが、彼女は砂嵐に遭ったそうです。それで追っ手が足跡を見失ったため逃げ切れたのではないかと…」

「なるほどな」

ディジャスの報告を黙って聞いていた碧眼の青年は半裸の身体にマントを巻き付けたまま総髪の軍師に指示をした。

「シェバ、2、3日前に砂嵐が通った場所を“砂漠の同志”に聞きただせ」

「はっ」

白銀の髪を煌めかせ馬に積んだ竹駕籠を取りに泉のほとりに向かう。

「ホルスト、羊皮紙を細かく裂いてくれ」

マントから傷だらけの腕を伸ばし焚き火の中から炭になった木切れを掴む。

「へい、合点だ。アムラ」

ズアジルの流れ者らしい返事をしたホルストは腰に手挟んだナイフを抜いた。

その立ち直りの早さに周りから笑いが漏れる。

コナンの右腕と自他ともに認める総帥プロスペロの末子は、アキロニア南部ポイタインで自由闊達に育った。

ゆったりと流れる二つの大河に挟まれた太陽輝く草原で育まれた気性は、気候風土そのままの明るさで皆を和ませる。

和やかな中に戦いの開始を告げる機運が高まる。

戻ったシェバは、この“ズアジルの流れ者”達が、早くも戦闘準備を始めている様を見て苦笑した。

─まあ、このくだらない野暮用を、さっさと片付けたいのは私も同じだが─

竹駕籠から出された鳩の脚に“荒獅子〈アムラ〉の仔若獅子〈アムラ〉”の手紙が結ばれ朝焼けの空に放たれた。

思い思いの方向に飛びさっていく鳩を見送り、青年は羽織っていたマントを年長者に渡す。

「夜が明けたばかりです、まだ水が冷たい…陽が昇ってからにされては如何ですか?」

「鳩が戻ってくるまでに、あのお嬢さんには元気になってもらわないとな」

海賊と略奪者と傭兵と…帝王の息子の走り去っていく後ろ姿を、アキロニア宰相パブリウスの三男は白銀の総髪を朝風になびかせ見送った。

「ようやっと、こちらの件が片付きそうだ、君達にはこんな遠回りをさせて申し訳ないと思っている」

ひっそりと後ろに控える二人に、片言で声をかける。

耳慣れぬ東洋の響き…。

「いえ、今更急いでも致し方ありませぬ、お気遣い下さいますな」

「もし我ら二人で辿り着いたとしても、ペリアス殿がお会いくださるかどうか…やはり殿下にご同行頂かねばなりません」

逆に彼らは淀みないアキロニア語で答えた。

「痛み入る…今しばらく助力を乞いたい」

若き軍師は生成のカワイア(頭巾)で顔を覆った二人の同行者に深々と礼をした。


西の空が朱に染まっている。

血のような夕陽だった。

調教を終えた娘達には、寒さから身を守るだけの粗末な麻の貫頭衣が与えられた。

いよいよ今夜、月の砂漠を渡り、買い主のアジトへ連れ去られるのだ。

麻袋を被り、まだ熱の冷めない砂に素足を灼かれる哀れな娘の腰を縄で繋ぐ。

中でも三十人を超える娘が数珠繋ぎになったクシュ人の一団は圧巻だった。

屈強な兵士達は隊列を整え、馬で移動する。

が、慣れぬ砂漠の暮らしと陵辱でボロボロになった娘達は、徒歩で付き従うしかない。

「歩けない者は砂漠に捨てていく」

大男は、そう言い放った。

「但し…」

身体を寄せ合う娘の中から、あの一番幼い少女を馬上に抱き上げた。

鞍に脚を開き跨らせた少女の麻袋をたくし上げる。

「俺たちのお気に入りになれた者は別だ、こうして馬に乗せてやる」

死神達から一斉に下卑た笑いが起きた。

「じゃあな、“コナンの同志”よ!いろいろ有ったが、また次回も頼むぜ」

腰布から突き出した男根を悲鳴を上げる少女に背後から突き入れながら、大男は大幕舎の前に立つ大将に別れの挨拶をした。

苦虫を噛み潰した大将は、無言で片手を上げ、返礼した。

「死神どもめ、さっさとザルケーバ河の向こうに行っちまいな!」

ミュゼが残り物の四人の娘を駱駝の鞍に押し上げながら毒づいた。

「それじゃあ、大将。今度は期待してるわ」

鞍の上からヴァーサも妹達に、出立の準備をせかしながら別れを告げる。

「おい、あのブリサニア女はどうするんだ?」

「好きにしてよ、もう死んでるんじゃない?」

「だったら、砂に埋めるくらいしていけ!あのままじゃ獣が寄ってきて煩くて適わん」

丸太に括られた黒い固まりは、もうピクリとも動かない。

逆さになった顔は夜の間に下から這い寄った獣に囓られて、処所白い骨が覗いている。

「そのうち干涸らびて獣も来なくなるわよ、じゃあね!」

ピシリと鞭を当てられた駱駝が咆哮を放ち、それを相図に、娘を積んだ客の隊列は、それぞれの帰路を歩き出した。

馬と駱駝の鳴き声に混じって、夕闇をつんざく鈍い音がした。

「ぐえぇえ!」

客の一隊を見送る大将の胸に深々と矢が刺さっていた。

倒れた身体の下から溢れる血を吸って、砂が真っ赤に染まる。

「大将!」

歩き出した客達が慌てて、引き返してくる。

「ど、どこの野郎だ?」

バラカの海賊は彎刀を引き抜き、油断なく辺りを見回す。

と──

先に出発した死神の馬が騎手を乗せぬまま、物凄い勢いで駆け戻ってきた。

鞍にはべったりと血が付いている。

乗り手の消えた空馬は次々と砂漠から現れた。

風に乗って、剣戟の音と、断末魔の叫び、娘達の悲鳴が聞こえてくる。

「玉を幕舎に戻すんだ!」

ヴァーサの指示で混乱した客達も自分らの“買い物”を幕舎に追いたてる。

どの客も、一皮剥けばコスの暗黒大陸を闊歩するならず者だ。

命のやり取りは日常茶飯事だ。

皆が慣れた手つきで得物を持って身構える。

まず遠目の利くバラカの海賊が、砂煙を上げ駆け寄ってくるズアジルのマントを翻した騎馬隊を見つけた。

唸りを上げて続けざまに矢が降ってきた。

大将の手下がバタバタと倒れる。

「馬鹿なっ!どこの軍隊だ?」

バラカの海賊は悲鳴を上げた。

あの距離から連続で騎射できるのは、ボッソニア弓兵くらいなものだ。

その弓兵を正規軍としているのは─アキロニア?

駆け寄る騎馬は十騎─後に続く騎影は見えない。

「たった、あれぽっちの奴らに、あの死神達がやられたってのかい?」

ミュゼがヒルカニア語で呟いた。

その脇でヴァーサは自慢の鞭を唸らせた。

「チッ、金目当ての盗賊かい?ミュゼ、いざとなったら妹達と、残った玉を全部引っ攫って逃げな!」

「姐御は?」

「大事な客を置いて逃げられるかい!」

コスの夜を仕切る女王としてのプライドをかけて、飛び交う矢に向かって立ちはだかる。

一気に近づいた騎馬隊は、掛かってくる手下をなぎ倒し、あっさりと行き過ぎた。

正面を向き身構えていたヴァーサ達は、蹄の立てる砂埃で視界を遮られ混乱する。

「クソッ!どこに消えやがった?」

バラカの海賊は、役に立たなくされた自慢の目をこすり、彎刀を構えた。

「後ろだ!」

叫び声が上がった時には、幕舎を固めていた“コナンの同志”の悉くが倒されていた。

砂塵の中から、黒々とした馬影がいきなり飛び出してくる。

次の瞬間には、振り下ろされた白刃が、相手の剣をへし折り、そのまま首を薙いでいく。

客は浮き足だった。

「づらかれ!」

バラカの海賊は手下を集めると退却命令を出した。

殺られた“コナンの同志”に義理立てし、ここで命を賭けるほどお人好しではない。

手下が買い上げた娘達を幕舎から引きずりだした。

「来い!」

腕を掴んだ娘の手に、何かがキラリと光った。

「ぎゃ!」

ジンガラの姫が繰り出した短刀は、海賊の胸に吸い込まれた。

「船長!」

手下が一斉に、姫の身体に刃を突き立てた。

一騎当千の戦士達は、中央で起きた混乱を見逃さなかった。

思い思いの方角から中心に向かって騎馬を乗り入れる。

海賊達は最後までジンガラのイエドカ(貴婦人)の誇りを守った姫の血を拭うまもなく、血飛沫を上げてバタバタと倒れた。

百戦錬磨の海賊が、一閃で打ち倒されるのを目の当たりにした客は、迫ってくる騎士に金袋を差しだした。

ズアジル族から追われた流れ者が、喰うに困っての強盗略奪に現れた…。

ヴァーサと同じく金目当ての盗賊と踏んだのだ。

「お、俺たちは“コナンの同志”だ!“自由の仲間”だ!けっしてコス兵にお前らを売らない、助けてくれ!」

震える喉に刃が突きつけられた。

「他に“コナンの同志”の居場所を知っているか?」

異邦の訛りで発せられたコス語の問に、商人はガクガクと首を縦に振った。

深く被ったマントの奥で、碧眼がキラリと光る。

「ユウラ!」

黒毛の騎手に呼ばれて、砂塵の中から大槍を手挟んだ騎士が現れた。

ポイタイン豹斑の紋章が押された地図を広げながら、祖父譲りの黒髪を翻し馬から降りた青年は腰を抜かした客の前に、それを突きつけた。

「どこだ?印をつけろ」

アキロニア訛りで命じられ、差し出された炭壺と羽ペンを震える指で受け取る。

「それだけか?」

「俺が知ってる奴らは、これで全部だ!」必死で頷く男の脇に首の無い仲間が血飛沫を上げて倒れた。

周りでは戦闘が続いている。

十騎ばかりの若造─頭数では自分らの方が圧倒的に優位だ。

客達は、騎馬を取り囲み、数を頼んで一斉に襲いかかる。

一瞬のうちに切り伏せられてしまうのだが、悪党同士、互いの見栄もあって逃げ出す機会を逸していた。

女の悲鳴が聞こえる。

幕舎からヴァーサ一家の女達が、怯える娘達を連れだし、細身の短刀や小振りの手斧で脅しながら逃げ去ろうとしている。

「ちきしょう!俺が買った女だぞ」

叫ぶ間にも、躍り込んできた馬から、頭上に段平が振り下ろされる。

「追え、グレット!逃がすな!」

「はい!」

一際大きい黒馬に、寄り添っていた白馬が娘達を追って奔り出す。

立ちふさがる手下を鍔無しのヤタガン(長刀)で、切り倒す若武者の腰に、銀髪をなびかせた華奢な少年がしがみついている。

娘達の先頭で走るミュゼの前に、白馬が躍り出た。

「さあ、公女、これを」

片手で手綱を裁きながら、腰から小刀を引き抜き、しがみつく少年に渡す。

そのまま少年を抱え、砂に飛び降りる。

「お前は?生きてたのかい!」

驚愕するミュゼの前で、少年─男物の乗馬服を纏い、髪を束ねたオフルの公女は、小刀の鞘を払った。

「チッ」

ミュゼが短刀を逆手に構え直す。

黒蜥蜴の入れ墨を入れた二の腕の筋肉が盛り上がる。

我流ではあったがヴァーサと共に修羅場を潜ってきたミュゼだ。

「この死に損ないはアタシが始末する!お前ら、あの巻き毛の坊やを血祭りにしな」

得物を持った妹分達に白馬の騎手を襲えと命令を下す。

剣など持ったこともない深窓の令嬢、しかも砂漠の逃避行をしてきた娘の体力で適う相手ではない。

それでも公女は“戦わせて欲しい”とアッタルスの兄弟に懇願した。

訳あって名乗れぬ従兄弟達は、尊敬する族長と信頼する軍師に、彼女の願いを伝え、共に適えてくれるよう口添えした。

何時しか追いついたディジャスがミュゼの背後に回り、起用に馬を操りヴァーサ一家の女達を追い立てる。

ディグレットが残された娘達の元に走り寄った。

「こっちへ」

身振りで誘導する青年の栗色の巻き毛が夕陽を弾く。

娘達は最後に攫われてきた美しい姫を覚えていた。

彼女は逃げ切れず砂嵐に巻かれて死んだと聞かされていた。

その姫を背に現れた白馬の騎士の指示に迷うことなく従った。

「あっ、お待ち!」

ミュゼが逃げ去る娘達に気付いた。

咄嗟に後を追おうと身体をひねった。

その隙を復讐に燃えた公女は見逃さなかった。

バランスを崩したミュゼの脇腹めがけて突進した。

定まらぬ腰つきで小刀を構える“お姫様”への油断があった。

ドン!

その“お姫様”の引きつった顔が、ミュゼの胸に当たった。

「ぎゃあああー」

囮役となったディジャスの馬脚に斬りつけていた女達の耳に、ミュゼの断末魔が届いた。

「ひ、ひえ」

頼みのミュゼを討ち取られ、女達はひるんだ。

戦いの渦中にいるヴァーサの姿は見えない。

激昂していた戦闘意識が急速に萎えていく。

反対に“死”の恐怖が女達を包んだ。

「た、助けて!」

得物を投げ捨て、バラバラに逃げ去る。

華奢なサンダルと、僅かな胸当て、透ける腰布だけを纏った姿で─

悲鳴を上げながら、夜の砂漠に消えていく。

やがて寒さに凍え、獣に襲われ、数時間の後には何人が息絶えるか─

生き残った者達も、迎えた太陽によって、次の夜が来るまでに干涸らびるだろう。


栗色の巻き毛の騎士に守られ、逃げ込んだ窪地にはクシュ人達に連れ去られた娘達が、身体を寄せ合い震えていた。

僅かの間とはいえ、共に苦渋の生活をした娘達は抱き合って再会を喜んだ。

その様子を見ながら、騎士はヤタガン(長刀)を低く構え、油断なく辺りを見回す。

“東からの同胞”の手をかいくぐった奴らがやって来るとも限らない。

逃げ去る娘達を追う客の一団の前にカワイア(頭巾)で上半身を覆った二騎が立ち塞がった。

見慣れぬ片刃の長刀が月光を受けて、青白く輝いている。

バラバラと取り囲んだ男達が繰り出す刃を、あっさりとかわし、振り下ろす刃は吸い込まれるように骨を絶ち、肉を分けていく。

切り結び、打ち砕き、突き通すといった自分達の知る剣戟とは明らかに異なる未知の長刀、剣技に浮き足だった男達は、我先にもと来た道を逃げ去った。

二騎は当然のごとく追撃する。

舞い上がる砂の中で、月光を弾き白刃が煌めく。

凄い”─これが噂にきくベンダーヤの剣法か…はるか後方で見つめるディグレットは、初めて見る同胞の腕前に驚愕した。

彼らが慕うシェラム様とは、どのような御方か?

十年前、タランティア宮を揺るがした大惨事、その中心人物こそ帝王コナンの二人の息子…長子ヴァイロンと次子シェラムだった。

あの頃、自分はタランティアに来たばかりで、詳しいことは何も知らないのだけれど…

シェラム王子が王太子位の簒奪に失敗して、自ら命を絶とうとした─

国中を震撼させた大事件であるにも関わらず彼が、いやアキロニア国民が知っているのはこれだけだ。

当時ディグレットは十二才、コナン王自らが学問の師として王宮に招いた、王よりはるかに年若いアテミデス─彼が王都に建てた王立アカデミアに入学を許され故郷アッタルスから都に上ったばかりの勉学の志に燃える少年貴族だった。

半人半魔と噂された魔道士ツォタ=ランティに操られたコス・オフル同盟軍とアキロニアが雌雄を決したシャマールの戦いの折、ツォタの手先アルペロに占領された首都タランティアでアキロニア国民に決起を呼びかけ、命がけでポイタインに脱出し領主トロセロ伯に首都への帰還とシャマール城塞の死守を説いた熱血学徒アテミデス─その時の冒険譚は、詩人に詠われ、英雄物語として語り継がれ、戯曲となって旅回りの役者達に演じられている。

その英雄アテミデスの元で学問できる、しかも王都タランティアに住めるのだ。

兄のディジャスは一足早くアッタルスを離れ、王太子付きの小姓として宮殿内にいる。

侍女に傅かれて育ったディグレットにとって、全寮制のアカデミアで下男の一人も付かない暮らしは不安だったが、近くに兄がいるのは心強かった。

在学中、暇を見つけては兄の元に足繁く通い、王太子ヴァイロンとその学友、いや悪友達からもかわいがられた。

そして卒業と同時にその医薬の知識を買われ、兄の推薦もあって今回の旅の一員に選ばれたのだ。

アッタルスの男爵ディモーネが跡取りの息子二人を、コナン王の元に差し出したのには訳がある。

前男爵…亡き義兄ディオンは、今も謀叛四王侯という不名誉な名で呼ばれている。

彼は旧アキロニア王家に連なる血筋であったがコナン王は彼と一族を誅殺しなかった。

コナンを倒せばお前が王だ─よからぬ企みに組したディオンは自分が王位を狙うと同じく、一族兄弟の間からアッタルスの族長の地位を狙う者が出るに違いないと考えた。

コナン王ではなく、族長によって一族は暗殺されていった。

異母弟ディモーネは義兄の放った刺客の追撃を逃れ、母方の城ナンタインに逃亡した。

そこで美しい姫…ナンタイン伯爵の令嬢と恋に落ちる。

謀叛が不死鳥の剣により妨げられた結果、ディオンは首謀者トート=アモンに、使い捨ての道具のように裏切られ殺された。

その後、コナン王は寛大にもアッタルス領と爵位を一族最後の生き残り、ディモーネが継承することを許した。

美貌の妻と共に凱旋帰国したディモーネは、自分とこの地で授かった息子達に旧アキロニア王家の血が流れていることを、再びそれが謀叛に利用される事を恐れ、愛する子供を次々とコナンの加護の元に送ったのだ。

“グレット、誰にも言ってはいけないよ…”

旅立つ日の朝、父は愛息に、自分も十二の年に故郷を追われたのだ…と話し出した。

洞窟に潜み、家畜小屋に寝泊まりし、餓えと寒さに震え、付き従う家臣が刺客と差し違えて自分を守り次々と死んでいき…身も心もボロボロになりながらナンタインを目指した辛い逃避行を語って聞かせた。

我らの血が愚行に利用される事があってはならぬ──苦労を知る手は、少年の頭を優しく撫でた。

どれほど謀叛が大罪であるか──父の言葉は今もディグレットの耳に残っている。

シェラム様がヴァイロン様に冒したことは大罪ではないのか?

では何故ヴァイロン様はシェラム様が成人される前に再び王宮に呼び戻そうとなさっておられるのか─

父王コナン陛下も評議達も、ヴァイロン様を止めたというのに…

そしてシェラム様の故郷ベンダーヤからやってきたあの東方人二人の目的は何なのだろう?

そもそもベンダーヤに帰ればシェラム様は第一位の王位継承者…次期国王ではないか?

そんな身分の方が何故アキロニアの王位までも欲したのか?

欲した?待って…あの時、自分は十二才…とすればシェラム様は、まだ七つか八つの子供…

では─

謀叛という父の言葉が胸に沸いた。

十年前の事件の首謀者は─弟君ではない!

「グレット!」

その声にハッとして身をかがめた若者の頭上を鞭がかすめた。

パラパラと栗色の巻毛が散る。

足音無く忍び寄ったヴァーサが唇を噛んで、仕留め損ねた獲物を睨んでいた。

「逃げなかったのか?赤毛のおばさん」

まさに間一髪、愛弟子を救った族長が、黒毛の大馬からヒラリと降り立った。

「ヴァイロン様!」

「一度剣を抜いたら油断するなと言ったはずだぞ」

剣の師は、厳しい目でディグレットを振り返った。

それはコナン王と同じ─いや王の烟るような眼とは違う、激しく燃える蒼炎の瞳、凍てつく氷の眼差し…

段平から血糊を滴らせ、唸りを上がる鞭の前に立ちはだかる。

「そいつらはアタシのモノだ、返してもらうよ!」

「そうはいかねぇな、このお嬢さん達は“コナンの同志”を騙った奴らの生き証人だ。故郷に帰って本当の事を話して貰わなきゃならねぇんだ“コナンの同志”には偽物が混じってる─ってな」

「なんだって?それじゃお前達が噂の偽物狩り…」

“コナンの同志”を騙らう者達を一掃するアキロニア王直属の秘密部隊─

彼らがコスまでやってきていたのだ。

冗談じゃない、“コナンの同志”はおいしいんだ。

これを名乗れば近隣の軍隊も役人も迂闊に手出しできない─何でも“やり放題”のお墨付きだ。

そう簡単に─

「手放せないねえ!」

鞭が唸った。

族長のマントが引き裂かれ、鎖帷子が現れた。

フン、やっぱり下は重装備だわ─

したたかなヴァーサは、先ほどまでの戦いの中で、騎士達が自分に手出ししなかった事を思い出していた。

今、ここにいる敵は二人だけだ。

たしかに、この長身の男は手強そうだが、これだけ大勢の娘達を庇って満足な戦いができるとは思えない。

ましてや噂どおり、彼らが密命を帯びたアキロニア王宮の衛士だとするなら敵といえども、まともに女の相手はしないだろう。

手加減してくる隙をつけば、大事な玉を取り返せる。

戦場の慰安婦の経験で、夜の女王は剣を持つ兵士が、鎧や鎖帷子で庇いきれない場所を知っている。

そこを狙って再び鞭を振り上げた。

「綺麗な眼だけど、潰れちまいな!」

瞬間目の前から重厚な鎖帷子を纏ったはずの男が消えた。

鞭はむなしく砂を叩いた。

「ギャ!」

横に回り込んだ段平が鞭を握る腕を付け根から切り落とした。

肩から吹き出る血で砂まみれになりながら、のたうち回る。

「た、助けて!アタシは哀れな娼婦よ、こうでもしなきゃ生きていけないのよ!」

「俺だって娼婦は嫌いじゃない、セラリオ(後宮)で日がな一日、王の寵愛を争って暮らしている妃どもより数段ましだ」

だが、お前は─

血飛沫を上げる傷口を庇いながら、ふらつく足取りで逃げる赤毛の髪に段平が振り下ろされた。

声も立てずに夜の女王は月の砂漠に横たわった。

悲鳴は背後で見守る娘達から起きた。

「ヴァイロン様!」

駆け寄る愛弟子に顔を歪める。

「親父だったら黙って見逃した…いや、傷の手当てをして、馬の一頭もくれてやっただろう」

──ナゼ サッサト逃ゲナカッタ──

背後に馬が嘶いた。

娘を追ってきた男達を一掃した東方の騎士だった。

「俺は十年前から、一度刃向かった奴は女でも子供でも殺すと決めたんだ」

誰にともなく、凍れる眼の族長は呟いた。


暁を背に、騎馬が集まってくる。

“コナンの同志”と、その客の血で砂漠が真っ赤に染まっている。

この太陽が昇れば血も死体も干涸らび、やがて骨を残して風に飛ばされていく。

生き残ったのは数人の、馬や駱駝の世話をしていた奴隷だけだった。

「斬れ」

──災イノ種ヲ残シテハナラヌ──

命乞いをし、仲間の情報を売った客達も族長は許さなかった。

陛下とは違う…

コナンは敗残兵を追うことはない。

殺すのは刃向かった者のみ、一族郎党にまで罪を糾弾したことはなかった。

それ故、何度も反乱が起き、謀略に遭い命の遣り取りが繰り返される。

一睡もできずに、敵に捕らわれた父の安否を気遣う事が何回あったろう?

それでも荒獅子〈アムラ〉の仔は表面は親子の情など無いような顔をして、敵に望まねばならない。

敵と駆け引きし、味方さえ欺き…

父の潔い義侠心が、どれ程周りに迷惑を及ぼすか。

しかも父を愛し、尊敬する人間ほど、受ける痛手では深いのだ。

だから若獅子〈アムラ〉は心に誓う。

自分を慕う者達に決して同じような、苦しい思いはさせないと。

剣を持つと、この方は人が変わる…

こうして王宮を離れ、初めて王太子の指揮する部隊で戦ったアキロニアの若武者達は、改めて生涯を賭けて仕える主人の非情な性格を思い知らされた。

見ず知らずの娘のために何度も泉に潜るほど優しい方が、どうして─

なかでも剣の師と仰いで尊敬してきたディグレットの衝撃は大きい。

その傍らに小刀を握りしめた公女が寄り添う。

ユウラが広げた地図に黒い×印が点在している。

「まだ、けっこうあるな」

ジニアスが街道を指で辿りながら、転戦ルートを探す。

「一つ一つ潰していったら半年、いや一年近くかかるぜ」

カルネは、今までの戦いから逆算し旅の期間を推し量る。

「それでも、潰さないと…陛下直々のご命令ですから」

「違うぞ、ジャス。陛下は“見せしめ”に目に付く奴らを潰してこいと言われたのだ。俺達が偽者を狩ってるってことは奴らの中じゃあ、けっこう噂になってる。これでお嬢さん方が国に帰って俺らの話を広めてくれたら、もう命令は遂行できたも同じだろう?」

ホルストの軽快な口調を聞いて、アキロニア語を解する数人の娘達に動揺が走った。

故郷へ…帰りたい─

でも、一目で汚されたと分かる今の姿でどうして家族の元に戻れるだろう。

オフルの公女に懇願の表情を向ける。

皆の視線に即され、代表者となった公女は立ち上がった。

勇気を出して族長の前に進む。

あの印象的な蒼い眼が自分を見つめている。

それだけで身体が凍てつき、思う言葉が出てこない。

「シェバ、この娘達をひとまずタランティアまで送っていけ、親元に帰すのはその後だ」

軍師は無言で頷いた。

「待って、待って下さい!私達はこのまま親元には戻れません!」

族長の命令に公女は叫んだ。

「そうですよ、アキロニアと国交の無い部族の人もいるでしょ?このままズアジルの流れ者が送っていった方が丸く収まりますよ」

何の為に、一旦アキロニアまで連れて行くのか─ホルストには娘の心の痛みなど思いもよらない。

「違います、彼女達は帰りたくないと言ってるんです!」

ディグレットは顔を上げ、ホルストを睨んだ。

「お前達は三ヶ月アキロニアに留め置く」

マントの奥から耳慣れぬ訛りのオフル語が響く。

「三ヶ月?」

それに何の意味があるのだろう?

質問の言葉を模索する公女を無視して族長は興奮した愛弟子を手招きした。

「グレット、帰国したらアテミデスに図って娘達を治療しろ」

「治療?」

「三ヶ月経って子供を孕んでいなければ、国交など構わずに“迎えをよこせ”と使者をたてろ」

「あ…」

ディグレットの顔が紅潮した。

そうだ、その心配があったのだ─この従姉妹も例外ではない。

「もし、子供ができていたら?」

声を潜める。

「だからアテミデスと図れと言っている。手に余るならデキシゼウスにも協力を仰げ」

ああ、あのミトラ神殿の大神官ならば、助けて下さるだろう。

いにしえの秘伝、秘薬の研鑚を積まれた方と聞いている。

「公女はお前に懐いている。彼女を娘達の仲介役に使え」

「いえ、あのそんな」

真っ赤になったディグレットをさっき睨まれたホルストがはやす。

「いいじゃない、従姉妹でも。お前らお似合いだよ」

秘密の話を終えて、ディグレットは娘達と共に心配そうに待っていた公女の側に戻った。

「使者には何と言わせますか?」

ディジャスの問いには娘達の名誉を守ってやりたいという願いが籠もっている。

「進軍途中で助けたが身体が弱っていた。回復するまでこちらに預かった…快方に向かわれたのでお返しする。後は娘達が自分で解決するだろう」

「感謝致します、殿…いえアムラ」

ディジャスもディグレットの後を追う。

その後姿を眼で追いながら、族長は軍師に新たな指示を出す。

「三ヶ月で、娘達をアキロニアの親民に教育しろ。反アキロニアの部族の者は特にだ」

「はい…で、アムラは如何されます?」

「ホルストの言うことも尤もだ。これ以上、行軍を続けても同じ事の繰り返しだろう」

「そうでしょう?相手がまた人攫いだったら、助けた娘達で溢れちまいますぜ」

褒められたホルストが得意顔でアムラの前に立つ。

何かを決意したようにアムラは一つ深い息を吐くと、顔を覆っていたマントを外した。

「チァンリル、イーデッタ」

ひっそりと離れて坐る二人を呼ぶ。

「待たせたな、コーラジャへ立つぞ」

二人は黙したまま、カワイアが砂に着くほど深く一礼した。

「では私もコーラジャへ参ります」

ユウラは当然のように二人に同行を申し出る。

「待てよ、お前が行くんなら俺も行くぞ」

ジニアスが気色ばんだ。

「私がお供するのは近衛隊長としての責務だ、お前はタランティアまで娘達を守って行くんだろう?」

「近衛隊長だからこそタランティア宮まで着いていくべきだ、俺は黒竜騎士団だ、王宮なんぞ知るか!」

普段は物静かなユウラだが、ことヴァイロンの護衛となると一歩も譲らない。

それはジニアスも、カルネも同じだ。

「じゃ、じゃあ、くじ引きにしようぜ」

そしてホルストも。

シェバはそんな彼らのやり取りをじっと聞いていた。

皆、十年前の…あの時の事が心のどこかに疵痕となって残っている。

そしてその疵が一番深いのがヴァイロン、その人だ。

シェラム様と再会なさる事で疵が癒えるかもしれない。

“我らが王太子は性格すら変わってしまわれた”─宮廷内の識者はそう言って嘆く。

弟を連れ戻す─

遠くベンダーヤからの使者がシェラムを尋ねてアキロニアを訪れた時、ヴァイロンは王の面前で言い放った。

一か八か…かえって疵は深くなるかもしれない。

それでもヴァイロンは決意したのだ。

時は来たと─

変わらない…初めて会ったあの時から。

当時、前王ヌメディデスの圧政に抵抗する評議達は、志を同じくする衛士らと共に評議場に立てこもり有力貴族の叛旗を募った。

ヌメディデスは彼らの留守宅を急襲し人質、いや見せしめに代わりに処刑する者達を捕らえた。

それは女、子供、老人ばかり…三千年続いたアキロニア王朝の末裔ヌメディデスとはそういう男であった。

明かりの無い地下牢に繋がれ、老人、赤子は餓えと寒さで処刑を待たずに次々と死んでいき、毎日死体が評議場前の広場に晒された。

そして囚われた女達…評議の妻と娘達は獄吏どもの慰み者にされ、同じ獄舎に繋がれた凶悪な罪人に輪姦された。

その中には重税にあえぐ国民を案じ、賎王の浪費で疲弊した財政を憂うパブリウスの妻子も当然含まれていた。

シェバの母は、泣きながら許しを請う息子達の目の前で陵辱された。

さらに幼かったシェバ自身、二人の兄と共にあぶれた獄卒の手によって犯された。

その後長兄は、素裸のまま広場に引き出され首切り役人の斧で処刑された。

ヌメディデスは王の力を誇示し、国民を怯懦に震え上がらせた─はずだった。

残忍な処遇に国民は蜂起した。

評議場を包囲する王宮兵に投石し、棍棒を掴んで襲いかかった。

だが、所詮正規の軍隊が相手では、物の数ではない。

一度はその勢いに押された重装備の王宮兵達が隊列を整え、守るべき国民を蹴散らさんとした時、ポイタイン領の大貴族トロセロ伯と盟友プロスペロが一軍を率い、城壁を破って押し入った。

そしてタランティア城内では、ヌメディデスに追われた傭兵隊長のコナンが同志の手引きの元に舞い戻り、木切れを握る国民と王宮軍の間に立ち塞がった。

評議場から立て籠もっていた評議と衛士が一斉に打って出た。

反乱軍に宮殿が占拠され、地下牢から助け出されたシェバと次兄と母は、宮殿の大広間で父パブリウスと再会した。

むせび泣く母を父はただ黙って抱きしめていた。

シェバの涙で霞む目に、壇上の絨毯を踏みしめ玉座に向かって進む大男と男児が見えた。

「スワイン(愚王)に死を!」

「コナンを王に!」

大広間を埋め尽くす群衆の上げる声に、シェバも同調し、拳を突き上げた。

反乱軍の長として前王ヌメディデスの血まみれの遺体を玉座から蹴り落とし、自らの手で王冠を頭に乗せたキンメリアの蛮族。

その傍らに臆することなく立ち、同じ碧眼で辺りを睨みつけた蓬髪の童。

この方はいつも運命から逃げなかった。

どんな戦いも真正面から受けてきた。

退くことなく、ただひたすら前に進む。

変わったようにみえる性格も、その根本は少しも変化していない。

只少し冷静に…大人になられただけなのだ。

そう感じ取れるからこそ、臣下いや幼馴染みの仲間達はこうして彼を慕い、付き従う。

だから弟君と再び打ち解け合えれば、きっと─今はそう信じたい。

穏やかな眼をむける軍師にアムラはもう一つ指示を伝える。

「ディグレットと公女の婚礼だがな、できれば俺が戻ってからにしてくれ」

「は?」

「ああ、あともう一つ、親父のセラリオ(後宮)に娘達を近づけるな。羊の群れが喰われちまうぞ」

「しかし、王太子殿下はセラリオどころか宮殿内に婚約者の一人もおいででは有りません。娘達をどこに住まわせればよろしいでしょう?」

シェバは吹き出しそうになるのを堪え、わざといつもの調子で訊ねる。

「黒龍騎師団と近衛隊の連中を集めて、見合いでもさせるんだな。送り返す手間が省けて助かるだろう?」

やはり、変わっていない!

嬉しかった。

熱いものがこみ上げてくる。

「恋する者達を待たせては恨まれます。一刻も早く弟君と共にご帰還ください」

不覚にも潤んだ瞳を見られまいと、軍師は大仰に頭を下げた。

フンと鼻をならしたアムラの眼から凍てつく光が消えていた。

烟るような蒼瞳で付き従う仲間達を見渡す。

「さあ、野郎ども、立て!次の旅に出るぞ!」

                                      第1章   完


あとがき

さて私にとって初めてのオンライン小説です。

感想を…えっ?長い?

しかもまだ主役は片方しか登場してません。

駄目じゃん!

とはいえ(長い以外での)感想、御意見お待ちしております。                書・U・記/拝

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