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第六話
シャーリーは携帯電話を耳に当てながら顔をしかめた。
「ルルーシュがいない? え、わたしが探すんですか? ……う、わかりました。はい、はい」
会長は少々ご立腹のようで、シャーリーはため息をついて走り出す。
一応ルルーシュのいるはずの場所にも行ってみたけれど、まだどこかをうろついているらしかった。
“全くもう、どこに行ったんだろう、ルルーシュ”
辺りは人だらけで正直この中に紛れ込んでるとなかなか見つかりそうにない。
走り回るわけにも行かずに、ぐるぐる見回しながら歩く。
そうしているうちにさっきまでの苛立ちがまた胸の中によみがえってきた。
“学園祭、自分も楽しみだっていってたのに……まさか、女の子ナンパするのが楽しみだったわけ?”
思い返すと、さっきの女の子はかなり綺麗な子だった。
年は多分シャーリーとそう変わらない。サングラスをつけていたから目元の辺りは良くわからないけどふわふわの髪の毛といい肌といい、かなり見た目に手をかけている感じだった。
「ルルーシュ〜〜〜」
“あのバカ、あのバカ、あのバカ”
まるでどすどすと地面を踏みならすかのようにシャーリーは進んでいく。
“でも、あの子、ルルーシュのこと知ってそうな感じだったな。もしかしたら前から知り合いなのかも”
シャーリーの歩みがぴたりと止まる。
“もし、楽しみにしてたのがあの子が来るからだったら”
頭の中でそんな仮定に基づいた想像が駆け巡る。
邪魔をするのは悪いかもしれないとちらりと考えて。
「……やだな」
ポツリと口から出たそんな言葉に驚いて、シャーリーは小さく頭を振る。
「どんな理由があるにしろ、ルルーシュがサボってるのが悪い」
言い聞かせるように口にして、ルルーシュの姿を探してあたりに目を配る。
“せっかく、踏ん切りがついたと思ったのにな”
ずっとルルーシュとの距離感に悩んで、結局目の前にいる彼のことを信じることに決めたのに。ゼロかもしれないとか、なぜ記憶がないのかとかそんなことはどうでもいい。
だって、シャーリーは彼を知っているんだから。
記憶の上では短い付き合いだから、知らないことも有るのかもしれない。本当はゼロなのかもしれない。でも、自分は自分が見てきたルルーシュという人間を信じたかったから。
そう決めるとこれまで悩んでいたことが凄く馬鹿馬鹿しいことに思えた。
今朝彼に会ったときに、彼は今自分の身近にいるんだと感じて、そんな考えがすとんと胸の奥に落ちてきた。
だから、彼への呼び方も変えて、遠慮なんかしない。
そう思わせてくれたのは一昨日の夜の訪問者のおかげかもしれない。
決して嬉しい訪問ではなかったけれど、それはそれでいい契機になったのかもしれない。
今日花火の後に話を聞いてもらう時間を作ってもらったけれど、シャーリーの中ではもうほとんど確認に近かった。
だから余計にルルーシュの態度に腹が立つのだ。
我侭な考え方だとはわかっているけど、頭で理解するのと心で納得するのはやっぱり別だ。
「あ、いた」
ようやくシャーリーがルルーシュを遠くの木陰に見つける。だが声をかけようとしたシャーリーはその隣に先ほどの女性を認めて、反射的に声を喉に飲み込んでしまう。
なんだかずいぶん和やかに談笑している。
そのルルーシュの表情が本当に楽しそうで、シャーリーはこちらに気づきそうになった彼の視線から隠れてしまう。
“なに、話してるのかな”
バカなことをしているなと思うけれど、息を止めて忍んでいく自分を止められない。
後ろから近づいたシャーリーの耳にルルーシュと相手の女性の声が聞こえてくる。
相手の女性がユフィというらしいこと、どうやらルルーシュの恋人と言う訳ではなく、あのスザクと仲がいいらしいこと。そんなことが断片的に聞こえる内容から推測できた。
シャーリーはとりあえずほっとしたけれど、いつまでもこうしているわけにはいかないと思い出す。
早いところミレイからの伝言を伝えてルルーシュには仕事に戻ってもらわなくてはならない。あの女性には悪いけれど仕方ないだろう。
声をかけようとして身を乗り出したシャーリーは、けれどルルーシュの真剣な語り掛けにタイミングを失ってしまう。
「ユフィ……考えてることがあるんだろう?」
「え?」
「行政特区日本」
その言葉がどんな劇薬だったのかシャーリーには良くわからないけれど、とにかく相手の女の人の狼狽振りは見ているだけのシャーリーにも良くわかった。
その動きに慌ててシャーリーはまた木陰に隠れざるをえなかった。
隠れてしまってから思う。
“ああ、なにやってるんだろ、ほんとに”
シャーリーが自己嫌悪にうつむく間にも後ではなにやら言い合いのような話が続いていた。内容はシャーリーには良くわからなかったけれど、ルルーシュが女性のやることに反対しているように聞こえた。
そして、ルルーシュは根負けでもしたかのように女性に協力を申し出る。喜ぶ女性と真剣な表情のルルーシュ。
一体、なにがどうなってるのか。
二人の立つ場所は手を伸ばせば届きそうでいて、なのに絶望的に遠く感じられた。尋ねようとする声は何度も何度も喉の奥で形にならぬまま消え、そして決定的なシーンをシャーリーは目撃してしまう。
「俺は君にブリタニア皇帝になってほしいんだよ、ユーフェミア皇女殿下」
聞こえてきた言葉に俯き気味だった視線を跳ね上げるシャーリー。その目の前でやはり驚きに立ち尽くす女性は、確かに見たことのある『お姫様』だった。
あの後どこをどう通って、何をしていたのかシャーリーは全く覚えていない。
自分が何にショックを受けているのかも、シャーリーには良くわからない。
シャーリーが自分の状態に気がついたのは、携帯からのコール音が散々鳴り響いてからだった。
『もう、シャーリーったらどこにいるわけ?』
「あ、会長」
『あ、会長じゃないわよ……。一体なにをほうけていたのやら。とにかく、早いところピザ会場に戻ってくること。完成したピザを配る手が足らないの。わかるわね?』
電話の向こうから大勢の興奮したざわめきと、他の生徒会メンバーによる切羽詰った誘導の声が聞こえてくる。
「あっ。すいません、すぐ戻ります」
シャーリーは気持ちにふたをして走り出す。
急いで戻った会場は猫の手も借りたい忙しさで、シャーリーも深く考える暇もないまま過ぎて行った。
途中ルルーシュの様子をちらりと伺ってみたが、特別変わった様子は見られなかった。会場の熱気と混雑に辟易している様子はあったけれど。それはいかにもいつもの彼らしい態度だったから。
そして今、夜空には大小さまざまな、光の花が咲いていた。
どぉんと音が鳴るたび、未だに学園祭の興奮残る学園のそこかしこから感嘆の声がもれ聞こえてくる。
生徒会メンバーも今は仕事の手を休めて、屋上からその素晴らしい夜空を見上げていた。
「しかし、いいんですか、生徒会特権とか言って屋上貸切にしちゃって」
そんなことを言い出したのはスザクだった。
「いいのよ。私たちは学園祭で誰よりも働いたんだから、これぐらいの報酬はあってしかるべきでしょ」
その言葉にもどことなく納得していない雰囲気のスザクにルルーシュが近寄っていく。
「なんだスザク、今日の功労者はお前だろう」
「ルルーシュ。僕は大したことをしていないよ。ナイトメアの操縦はいつもやっていることだし」
「そうは言うがな、お前がやったから成功させられたんだ」
「そうだよな、去年はルルーシュがやって失敗したんだし」
茶々を入れたリヴァルにむっとした様子でルルーシュが反論する。
「俺は、頭脳労働向きなんだ」
「はいはい、言い合うのは後にしよ。ほら」
いつもの雰囲気につられてシャーリーも口を出す。
「うわあ」
カレンの感嘆の声が上がり、みんなの目が彼女の見ているものに引き付けられた。
「凄い……」
今は使用されていない校舎の屋上から滝のように流れ落ちる光の洪水。
「ああいうのはプロでないと出来ない芸当だな」
ルルーシュが周りの人間とはピントのずれた感動の仕方をする。
「そうねえ。ちょっとした花火ぐらいならまだしも、あれくらいになると色々許可取らないといけなくて大変だったわよ」
ミレイの言葉にルルーシュが苦笑いする。そのあたりの雑事を彼女に頼んだのはルルーシュだから。
「んー、でも、ちょっと珍しいわよね」
「なにがですか?」
「ルルーシュがナナリーと関係ない企画を持ってきたってことよ」
確かにナナリーの目のことを考えれば、花火というのはちょっと彼らしくもない提案だったろう。
「……約束でしたから」
ルルーシュは困ったような顔で少しだけ笑う。
「約束?」
「ええ」
「ふうん、よくわからないけど、まあいいわ。華やかなのは嫌いじゃないしね」
「でも、良かったのかい、本当に?」
スザクのどこか遠慮がちな問いかけ。
「いいんだ。俺はみんなとこうして花火を見たかったんだ」
ルルーシュの遠くの何かを懐かしむような表情にシャーリーの胸の奥が小さく疼いた。
「お、ルルーシュとも思えないお言葉。どうしちゃったの急に」
「別にどうもしない」
「またまたー」
そんな二人のやり取りの合間にひときわ大きな音がして空に満開の花が咲く。
からかっていたリヴァルも視線を空に戻し感嘆の声を上げる。
ルルーシュもまた空の様子に目を取られていたが、ふと、視線を感じてシャーリーに振り返った。目を逸らすことも出来ずにシャーリーはルルーシュの問いかけの視線を受け止める。
そのまま口から出そうになってしまう言葉をシャーリーは何とか飲み込んでぎこちなく笑い首を横に振る。
ただ、口の動きだけで、『約束忘れないでね』と伝えて。
ルルーシュは頷き、今は一緒に花火を見ようと仕草だけで答えた。
シャーリーも柔らかく頷いて。でも、それとは裏腹にその手はきゅっと堅く握り締められていた。
冴え冴えとした青い月の光が夜の帳を優しく照らしている。こんな時なのにその様子を綺麗だなとシャーリーは素直に思っていた。
「それで、シャーリーの話ってなんなんだ?」
花火も終わり、クラブハウスの裏まで一緒に歩いてきたシャーリーとルルーシュ。ぴたりと立ち止まったまま、動きのないシャーリーにルルーシュはそう声をかけた。
ようやくシャーリーは顔をルルーシュに向けてまっすぐに見る。強い意志を秘めた綺麗な瞳だった。
「わたしね、ルルーシュに聞きたいことがあるの」
「なんだい? 何でもとは言えないが答えるよ」
「ありがとう。……でもね、その前に謝らなくちゃいけないことがあるの」
「謝る?」
シャーリーは思いっきり頭を下げる。
「うん。ごめんなさい。何も覚えてなくて」
唐突な言葉だったはずだ。普通なら理解できず不審そうな顔を浮かべるだろう。けれど、ルルーシュには心当たりがあり、彼は十分以上に回る頭を持ってしまっていた。
だから、その言葉が出たとき、瞬間ルルーシュの動きは硬直した。
そんなわずかの変化は、街灯の乏しい明かりの中でも、シャーリーには見て取れた。
「わたしね、ルルーシュのこと覚えてない」
自分で口にして、シャーリーはどうしようもないことなのに、少し傷つく。
「わたしにはあの慰霊碑の夜がルルーシュとの最初の記憶なの。だから、ごめんなさい、大切なことみんな忘れてて」
ルルーシュは何も口に出来ない。シャーリーがわからないから。
「わたしたち、同じ生徒会のメンバーで。ナナちゃんのことは昔から知ってるのに、あんなにいつもべったりなルルーシュのこと、わたし最近まで知らなかった。それなのに他の人に聞くとみんな、わたしとルルーシュは前から仲良くってルルーシュのこと、ルルって呼んでたって。これっておかしいよね?」
シャーリーは何も言えずに唇を噛み締めるルルーシュから目を逸らす。
見ていられない。
「でも、わたしにはそんな記憶ないから、信じられなかった。だけど、わたしがルルーシュの事書いてるメモがあったの。内容は……言えないけど、それでわたしがルルーシュのこと忘れてるんだって」
そんなつもりはなかったのに、シャーリーの視界がじわりとにじむ。いけないと思ったのに、瞳のふちを越え涙は頬を伝っていた。
「正直実感がないの。でも、誰かの事を忘れてるならそれは酷いよね。その人の事忘れちゃうなんて凄く酷いことだと思う。だから許せないかもしれないけど、謝りたい」
ルルーシュのことを疑う気持ちがないわけじゃない。いや、十中八九ルルーシュはシャーリーの記憶喪失に関わりがあると彼女自身思っている。
けれど、原因と結果は違うものだから。ルルーシュにすまないと思っているのもシャーリーの本心だった。
「シャーリー……」
一歩近づいたルルーシュにシャーリーは飛びつくようにすがりついた。
「なんで、なんでわたし、ルルーシュのことだけ覚えてないの!?」
手がぎゅっとルルーシュの胸元の服を握り締める。
「……ごめん、こんなこと言われたって困るよね」
「俺は、そんな……」
「ううん、いいの。ルルーシュのことだけ覚えてないのって、絶対変で。なのに、あの日からずっとルルーシュは何も言わなかった。絶対以前のわたしだったらおかしいことがあったはずなのに」
シャーリーがなにを言いたいのか、どんなに鈍くても気がついたはず。ルルーシュがシャーリーの手の布地一枚隔てたその先で、びくりと震える。
「だから本当はルルーシュは知ってるんだよね。わたしが記憶を失ってることも。もしかしたら……どうして記憶をなくしてるのかも」
本当はこんなこと言うつもりじゃなかった。
もっと、穏やかに話をするつもりだった。
それが昼に見たあの光景の所為でねじくれた。
不安が、シャーリーの心の中の暗い部分を押し広げる。言葉が止まらない。
ついさっきまで、いつもどおりの会話をしていたはずなのに。自分では落ち着いたとそう思っていたのに。ルルーシュを前にしてその表面上の平静さなんてあっという間に消えうせた。
「ねえ、だから一つだけでいいから教えて欲しいの」
とん、とルルーシュの胸を突き放すようにしてシャーリーは一歩下がる。自分の方が突き放されたような頼りない気分に陥りながら、胸の奥から震える熱い息を吐き出して。
「あの日。慰霊碑の前で会った時、ルルーシュ言ってたよね、『大切な人』をなくしたって。ねえ、その人ってわたしが知っている人?」
思わず口を突きそうになった『あなたはゼロなの?』と言う台詞は最後の理性で何とか堪えた。
この質問だけは予定通り、元々聞こうと思っていたことだ。
「お願い、正直に答えて」
答えが知らない人だけは無いとシャーリーは思っていた。だから、知ってる人だと答えてくれるなら、ルルーシュを信じようとそう決めていたのだ。それが誰であるかまで聞こうとは思わない。
本当は知りたいけれど、そこまではさすがに踏み込みすぎだと思う。
もしかしたらシャーリーには踏み込む権利はあるかもしれない。でも、大切な人を亡くした彼の悲しみだけは今でも本当だったと思うから。
ルルーシュは真剣に見つめる彼女から目を逸らす。
答えることなどできるわけない。だけど、今の彼女を前にして誤魔化すこともまた出来そうになかった。
「聞いてもわからないよ。……今のシャーリーには俺が喪った彼女のことは」
思った以上に酷いショックだった。
シャーリーは「……そう」と答えたきり、何かしようという気力が片端から抜けてしまって、ただ呆然と下を向いていた。
ああ、バカだな、と今更になってシャーリーは思う。
自分はなにが正しいのかなんて知りたかったんじゃないんだ。ただ、彼のことを信じたかっただけなんだと。
でも、彼は信じさせてくれなかった。
「シャーリー俺は……」
彼がその言葉の先なにを言おうとしたのか分からない。でも、もう聞く気はなかった。
「いやっ」
頭を振ってそれを否定する。
じりっと下がったシャーリーに差し伸べられる手はない。一度はわずかに上がった腕は諦めたかのように垂れ下がる。
“終わり。もう終わりなんだ”
シャーリーの中でそんな言葉が湧き上がる。
それでも、嫌だと叫ぶ何かが自分のうちにある。その熱に答えてシャーリーは口を開こうとして。
「んーっとぉ。お話終わった?」
能天気な声に二人の視線が集中する。
そこに立っていたのは二人が知っているクラスメイトだった。
「ミーヤ」
「……ミーヤ」
二人の言葉は同じ彼女の名前を呼んだものだったけれど、込められた思いには大きな違いがあった。
彼女の姿を見て、シャーリーは二日前の夜を思い出していた。
シャーリーがルルーシュに向き合おうと決意したあの夜。
シャーリーの元を訪れたのはミーヤだった。
「こんばんは、シャーリー」
彼女はいつもと同じようにニコニコしながらシャーリーを見ていた。
「……ミーヤ。こんばんは」
シャーリーは驚きながらもこんな遅くに尋ねてきたクラスメイトにとりあえず挨拶を返す。
「うん」
可愛い子だと思う。
いつだって笑っているイメージがあって、ちょっとほわほわしていて、スタイルも悪くない。というか、その胸は――ちらと自分と比べてしまい――ちょっとシャーリーも羨ましい。
とはいえシャーリーは小さい方でもないし、まあ、大好きなその人にさえ気にいってもらえればいいんだけど。
と考えた時に誰かの影が浮かんだような気がしたけれど、シャーリーは頭を振ってその想像を打ち払う。
“さ、さっきまで彼のことで変なことばっかり考えてたから。うん、きっとそう”
「どしたの?」
「あ、はは。なんでもないから。それよりこんな夜更けにわたしに何か用?」
「あ、あー、うん、それなんだけどねぇ」
びっくりした。あのミーヤがこんなに困ったような切なそうな表情を浮かべたのを見るのは初めてだったから。
「あの、ルルーシュ君とシャーリーってケンカしてるんだって本当?」
「え……」
「あのね、私、ルルーシュ君のこと好きなんだぁ」
「ええっ!?」
「驚かないでよぉ」
ミーヤが照れて頬がほんのり赤く染まる。いかにも男性に好かれるんだろうなって良くわかる女の子だった。
もしかしたら彼も……。
「で、それでどうしたの?」
平静を装ったつもりだけど、その声はわずかに震えていたと思う。ミーヤは気づかなかったろうか。
「んー、だからぁ、シャーリーはもうルルーシュ君の事狙ってないんでしょう?」
「狙うって言うか、その……そんなつもりは……」
ないはずだと思う。少なくとも今のところは。
「うん、だったらさ。私に協力して欲しいんだぁ」
「協力?」
「うん私ね、彼に告白しようと思うんだけど、どう切り出していいかわからなくて」
告白するつもりなんだ。
「……そんなの、わたしだって知らないよ」
なんだか胸の中がいがらっぽい。ううん、なんだかざわざわして落ち着かない。
「違うの、その、告白は私が頑張ってする。うん、自分の告白なんだもん。だからね、シャーリーは彼を連れてきて欲しいんだ」
まっすぐにそんなこと口に出来る彼女がちょっぴり憎らしくて、それ以上に羨ましくて仕方なかった。
「……どうして」
「ん?」
「どうしてわたしにそんなことを頼むの?」
「だって、ルルーシュ君と一番親しい知り合いってシャーリーだもの」
あっけらかんと答える彼女に、シャーリーは二の句が告げない。
「でも、前はシャーリーもルルーシュ君に気があるの見え見えだったし、ルルーシュ君も満更でもなさそうだったから、諦めかけてたんだー」
本人を目の前にして言わないで欲しい。とシャーリーは心底思ったけれど、彼女には悪気はないんだろう。
でも、きっと打算はあるんだ。
シャーリーをルルーシュ争奪戦から除外してしまいたいって。
でもそれが悪いことだとはシャーリーには思えない。彼女だって、好きな人と親しい人がいたら不安になる気持ちは身に染みて良くわかるから。
だから、シャーリーはきっぱり決意する。
「ごめん、それは出来ない」
「どうして?」
「わたし、ルルーシュとケンカなんてしてないし。それにそのことでわたしはミーヤの力にはなってあげられない」
自分の気持ちがはっきりとわかったわけじゃない。だけど、はっきりするまでは余計にそんなことをしてはいけないと思う。
「なんだ、そうなんだ。そっかそれじゃ仕方ないよね。うーん、先走っちゃったかなー」
「ごめんね、ミーヤ」
「ううん、いいのいいの。でもね、シャーリー。告白するってのは嘘じゃないから」
ぎくりとして、シャーリーは彼女を見やる。彼女は怯えを押さえつけるような顔で笑っていた。
「負けない」
何も言えないでいるシャーリーの横をすり抜けて、ミーヤは去っていってしまった。
シャーリーはそのとき自分が強くこぶしを握り締めているのに気がついた。
「……わたしだって」
わたしだって何なのか、自分ですらわからないままにシャーリーは呟いていた。
そのミーヤが今こうしてルルーシュとシャーリーの前に現れた。
ミーヤがやろうとしていることは明白だった。
シャーリーの頭の中がぐるぐる回る。
“なんで、なんでこんなタイミングで……”
「ね、お願い、シャーリーちょっと外してくれるかな」
駄目だった。もう、頑張ろうとしていた気力も何もかもなくなってしまったみたいで、シャーリーは何も言わず逃げるように走り出した。
「シャーリー!」
後から焦ったようなルルーシュの声が聞こえてきたけど、立ち止まれなかった。
思いっきり走ったらルルーシュがシャーリーに追いつけるはずがない。だからルルーシュが追いかけてきたのかどうかもシャーリーにはわからなかった。
誰もいないからもう走るのもやめて、ぽつんと一人で立ち尽くす。
ルルーシュがわたしにはわからないって言ったから。そんな嘘をついたから。
“あ、なんだかまた涙出そう”
『聞いてもわからないよ。……今のシャーリーには俺が喪った彼女のことは』
鮮明に蘇ってくる彼の一言。
ルルーシュをなじる言葉が、胸の奥からたくさん溢れてきて。
不意に気がついた。
「あれ」
ルルーシュはシャーリーの知らない人だとは言ってない。
今のシャーリーにはわからないってことは、記憶が有ればわかっている人だということなんじゃないか?
しかもこの台詞は、ルルーシュがシャーリーの記憶をなくしていることを知っているという意思表示。
それも、シャーリー本人ですら良くわからない、どこまでの記憶がないかということすら把握しているからの台詞だ。
「やっぱり関係してるんだ」
一番聞きたかったことはそれだった。ここまで来てそれを否定しないで欲しかったから。
「じゃあ、わたし」
ハンカチを取り出して目元を拭う。
くるっときびすを返してシャーリーはまた走り出した。
“でも、誰なんだろう。喪った彼女って”
走りながらシャーリーは考える。
“それと、わたしの記憶喪失ってどんな関係があるんだろう”
クラブハウスの影まで来て、シャーリーは走るのを止め、そっと向こう側を伺う。
ミーヤとルルーシュはまだそこにいた。
告白は、まだ終わっていなかったのか。
「やっぱり、そうかぁ」
能天気なミーヤの声。
「でも、私だってそんなに簡単じゃないから。だから諦めないね」
「他に好きな人を探した方がいい。俺なんて」
「ううん。私頑張るもん。ねえ、だったら、ルルーシュ君のこと『ルル』って呼んでもいいかな?」
心臓が止まるかと思った。
“駄目、それだけは駄目”
思わず飛び出していきそうになったシャーリーの耳に、強い否定の声が聞こえた。
「駄目だ」
「……っ。なんで?」
ミーヤがルルーシュにしては珍しい頭ごなしの否定に、ひるみそうになりながら聞き返す。
ルルーシュは気まずそうに視線を地面へと逸らす。
「そんな恥ずかしい名前で呼ぶのは、シャーリーだけで十分だ」
「あ……」
ルルーシュの言葉で胸の中にどっと溢れてきたその気持ちが、息を潜めていたシャーリーの口からこぼれてしまう。
ルルーシュは気づかなかったかもしれない。でも、ミーヤは一瞬シャーリーのほうに目をむけた。
「そんなに恥ずかしいなら、なんで」
シャーリーには呼ばせるのか。
「……」
ルルーシュの顔を覗き込んだミーヤにはその答えがわかってしまったのかもしれない。
「ごめんね。ルルーシュ君、告白聞いてくれてありがとう。じゃあ、ね」
「あ、夜も遅い、送って……」
「駄目だよぉ。そういうのは優しさじゃないよ。ね?」
ミーヤは笑いかけて去っていったはずだ。
だけど、きっと、泣いていたに違いなくて。それなのにやっぱりシャーリーはほっとしてて、嬉しくて。
そのまま動くことが出来ずに、ルルーシュが去ってしまってもしばらくそこに佇んでいた。
もう否定できない。
「わたしはルルーシュのことが……好き」
シャーリーはつぶやいてそっとその自分の唇に指を当てた。
次の日も朝から生徒会室には人が集まっていた。昨日の後片付けの件などで色々処理することがあったからだ。
ルルーシュは既にやってきていて、入ってきたシャーリーの姿に一瞬視線を向けるもののすぐ逸らしてしまった。
「おはよっ、ルルーシュ。元気出さないと今日は大変だよっ」
ぱんっと背中を叩かれて、ごほっとむせるルルーシュ。びっくりした顔でシャーリーを見つめるルルーシュにちょっとだけ照れくさく笑いながら、シャーリーは手を差し伸べた。
「これからもよろしくね、ルルーシュ」
「あ、ああ。よろしく」
驚きながらもルルーシュはシャーリーの柔らかい手を握り締めた。
「うん」
「なあに、二人してなんだかいい雰囲気じゃないの」
「な、なんでもないですよ。気のせいですって」
「ふーん?」
なんだかみんなして生暖かい目で見つめてくるのだけは、勘弁して欲しいと二人は思った。
そのとき、付けっ放しだったテレビから軽快な電子音が流れて、臨時ニュースが入った。
「なんだ。副総督から重大発表があるって?」
テロップを読んだリヴァルがそんな声を上げた。
それを聞いて、ルルーシュはとうとう始まるんだなと、視線を画面の向こうへ向けた。
その微細な変化にシャーリーだけが気がついたが、何も言わなかった。ただ少しだけこうしている今に対する不安が、胸の奥をちくりと刺した。
急ピッチの工事が終わり、正式に特区日本がスタートしようとしていた。
ルルーシュ個人の意向通り、ユーフェミアはゼロに参加するよう呼びかけ、その裏で自分の皇位継承権を放棄したのだろう。
そのことはルルーシュには伝えられていない。
けれど、既にそれが二度目であるルルーシュはそうであろう事を知っている。
それは彼女を皇帝にしようとするルルーシュの目的からすれば、マイナスにも見えるが実際はそうではない。
何せ、皇位継承権どころか政策のために見殺しにされた自分が、最終的には皇位についたのだから。
そう、問題はない。
これから世界はまた荒れるのだから。
スザクやユフィは望むまい。俺を殺した時のスザクならば、今の俺の気持ちも多少はわかってくれるんだろうがな。
あの時と同じように、ルルーシュは会場へと進みながら、胸の中にあるのは熱よりも寂寥感のようなものだった。
彼らを殺さないように、前よりも誰にとっても幸せな未来を。
そう願って動きながら、ルルーシュ自身は前よりも孤独を噛み締める。
ガウェインの前の操縦席に座っていたC.C.が振り向いて怪訝そうな顔をする。
「どうした。今から緊張しているのか?」
「いや、こんなことで緊張などするものか」
「そうだろうな。……ではなぜそんな顔をしている?」
C.C.はどんな顔とは言わなかった。けれど、あまりいい顔をしていないだろう事は自分でわかっている。
「少し考えすぎていただけだ」
そういって、ルルーシュは気合を入れる。
そう、確かにこの場面は重要な意味を持つのだから。
そっと薬指で自分の左目を抑える。時間遡行した直後に早速手配したギアス封じのコンタクトがそこにはまっているのを確認する。
もう二度とあんなことをさせるわけにはいかないのだから。
「見えてきたぞ」
C.C.が言い、ルルーシュも視界にその姿をとらえて静かに頷いた。
富士の裾野に作られた行政特区日本、その姿が。
ゼロの登場にしたがって、会場は緊張を孕んだ空気に塗りつぶされた。
だが、ここで事件を引き起こすつもりなどない。
以前と同じようにルルーシュは会場の裏に降り、それから今度は壇上へと上る。
「私がここに来た目的は一つだ」
会場に向かって大仰に手を振って見せるゼロ。
「ユーフェミア・リ・ブリタニアの招聘に応じるためだ。私はここに宣言しよう。我々黒の騎士団はこの行政特区日本のために力を尽くすことを」
途端、大きな歓声が会場を包む。
同時に列席しているものの多くが目を見開き、驚きの表情を隠さない。
一人、ユーフェミアだけが、花のようなその容貌をますますほころばせて笑っていた。
「だが、一つ要望がある」
場内の歓声が一定レベルになるまで治まってからゼロがそう口にする。
「なんですか」
「我々の存在意義は知ってのことと思う」
「たしか、弱者を守ることでしたね。それ自体は素晴らしいことだと思います」
「御賛意ありがとう。つまり我々が特区日本に参加するのは、その行動の一環としてということだ」
「どういうことです?」
「全てとは言わない。我々にこの特区日本を守らせて欲しいのだよ」
ガタリ、とユーフェミアの隣に座っていたダールトンが椅子を鳴らして立ち上がる。
それを毅然とした態度で、ユーフェミアが一瞥しておさえ、言葉を継いだ。
「それは、特区日本の軍隊として認めろという意味ですか?」
「理解が早くて助かる」
「バカな、そんなことが許せると思うか!」
「ほう、どうしてかね」
「どうしてだと、貴様らが今までしてきたことを覚えてないのかっ!」
さすがに掴みかかるのは堪えているようだが、あまりにも横紙破りの傍若無人さに怒りが抑えきれないようであった。
「ダールトン将軍。私に話をさせてください」
「しかし、こいつは」
「お願いです」
じっと見詰め合うダールトンとユーフェミア。
はあ、と大きく息をついてダールトンが後ろに引く。
「わかりました。ひとまず私は黙っていましょう」
だが、明らかにゼロを認めたわけではないとギロリと一瞥するのを忘れない。仮面の下でルルーシュはにやりと笑う。
全く扱いやすい奴だ。
ああも感情を激発していれば手玉に取るのはたやすい。
「話の腰を折ってしまい申し訳ありませんでした。ゼロ」
「いえ、ご苦労お察しいたしますよ」
さすがにユフィがむっとした。とはいえ、この場合の非礼はこちら側にあると見たのだろう。あえてそれを口にするようなことは無かった。
「それで先のお申し出ですが」
「どうですか」
「それを受け入れることは難しいでしょう」
「なぜです?」
「元々特区日本が軍事力を持つ必要性が無いからです」
「つまり、ブリタニアによって保護されているから万が一の事があればブリタニアが守ると、そういうことですな?」
「ええ、そうなります」
「その保証は誰がしてくれます?」
「私がしましょう」
「なるほど、皇女殿下のお言葉なら信用にたると、そういうわけだ」
「どういう意味ですか。私の言葉が信用なりませんか?」
「いえ、私が信用できないのは、あなたの言葉では有りませんよ。私が危惧するのはあなたの立場の絶対性だ」
息を呑むユーフェミア。
「ブリタニアの本国は必要に迫られれば皇女の一人や二人、犠牲にしても心を痛めたりなどしないでしょう?」
かつて犠牲にされた側だからこその台詞に、ユーフェミアも容易に次の言葉が告げなかった。
「無礼な!」
変わって声を上げたのが一旦は黙り込んでいたダールトンだった。
「無礼?」
「我々が皇女殿下を見捨てるなどという讒言、無礼でなくてなんだと」
「くく、無知は罪だな」
その言葉にユフィの後方で、やはり声を上げたいのを堪えていたらしいスザクの目が見開かれる。
「何だと」
「黙ってください、ダールトン将軍! そういうお約束です」
「しかし……」
しばらく渋ったダールトンだがまたしても仕方ないとどっかり椅子に座り込む。
「ではゼロ。あなたは誰が保証すれば納得するのです」
「誰であっても、私は納得できますまい」
「では、私があなたを特区日本の軍隊として認めたとしましょう。その時、あなた方がその力で持って私達やブリタニアに牙を向かないと誰が保証してくれるのです?」
「ふふ、さすがにユーフェミア皇女殿下。その通り、我々の誰の保証も意味など持たないでしょうな」
「だったら」
「わかっています。互いに信頼があって初めて協力関係は成り立つ。私はあなたを信頼しますよユーフェミア殿下」
言葉と共に手を差し出すゼロ。
それに、答えて手を差し出すユーフェミア。
ほっと気が抜けて、彼女の頬に柔らかな笑みが浮かんだその瞬間。
「その前に一つだけ、あなたの保証をもう一度お聞きしたい。あなたは敵がなんであれ、この特区日本を害そうとする物に立ち向かってくれますか?」
「もちろんです。私はこの特区日本を守ります。何物からも」
「それが聞きたかった」
そして二人は握手を交わす。
万雷の拍手と歓声が会場を包み込む。
「さて、少し細かい話をさせてもらってもいいかな」
「ええ、こちらへどうぞ」
ゼロを伴って奥へといざなおうとするユーフェミアにスザクが難色を示す。
「お待ちくださいユーフェミア様。やはりこの男と二人きりというのは危険です。せめて私だけでも」
「大丈夫です、私を信じてください」
かつて聞いたやり取りをルルーシュは懐かしさの混じった思いで見つめ、口を出す。
「いや、枢木スザク。君だけならばついてきたまえ。私が不埒なまねをしないかどうか見たいだけ見るがいい」
びっくりした瞳でこちらを見ているユーフェミア。どういうつもりでルルーシュがそんなことを言い出したのかわからないのだろう。
「それでよろしいかな」
「あなたが、それでいいなら」
スザクの同行を許す前よりもよほど硬くなった顔で、ユーフェミアは首肯した。
そして、ゼロとユフィ、スザクがその後につき従い通路の奥へと消えていった。
to be continued 番外編です
あとがき
すいませんでした。
もう本当遅すぎですね。
いやまあ、色々言い訳すればないことはないのですが、まあそういうのも野暮だしやめときます。
前回から開いた分前回までの展開を忘れてる人がいるんじゃないかなーというのもあって今回は前回までの話のフォローみたいなものもちょこちょこ入れてあるつもりです。
しかし、ミーヤって誰? っていう人のために、ちょっと説明。
簡単に説明すると、R2の12話(ルルシャリ派の人には名作の)あの『ラブ・アタック』の回においてルルーシュの帽子を奪うことに成功したあの女の子です。ギアスで取り返されちゃいますけどね。
しかし、とうとうシャーリーが!
書いててあの辺物凄く楽しかったです。
ああ、可愛いなあ、シャーリー。
その前辺りは色々大変で書きながらこっちの胸が痛んでばかりでしたけど、シャーリーですからね。
どんなことがあっても最終的にはやっぱりこうなるんだなーって。
さて、次こそはもっと早く書かないと。
ていうかこのペースじゃ終わるまでに年単位掛かってしまう(汗)
でも、きっと、合間合間に他の短編書く癖は直らない気がします。
とりあえず、全体的にスピードアップすればいいんですよね。よし、頑張ろう。
2009/4/9 栗村弘
BGM「RIDE BACK」MELL(アニメは終わり方がちょっと不満残りましたけど全体的に面白かったし、OPは素晴らしいです。必聴です)
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