第4章 邪神災齎

辺境都市国家群とザモラが国境を接する無法地帯随一の盛り場──
その中心にあってザモラのみならずコリンシアからオフルの国境近くにまで力を持つ暗黒社会の帝王が開く酒場“大槌亭”。

この数日、親分の身内が立て続けに三人急死していた。

といっても他の組織との抗争ではない。

死因は全て衰弱死…親分の庇護のもとで怪しい薬を調合し荒稼ぎをしてきた医者は今日も腎虚になった親分の為に新たな強壮剤を持って往診に来た

衰弱著しいのは男達だけではない。

親分の連れ合い…といっても正式な妻ではないが子分からは大姐さんと呼ばれる“遣り手”を筆頭に、いきなり後家になった幹部達の情婦まで揃いもそろって過度の房事による全身衰弱で何とか呼吸だけはしている有様だ。

毎日通って手を変え品を変え治療に尽くしている──しかし誰一人快方に向かう兆しは見られない。

それどころか病人は毎日増えていく。

今も医者が手を清める水を壺から盥へ注いでいた“大槌亭”で下働きをしている三下が水壺の重さに耐えかねて床に突っ伏してしまった。

水が辺り一面に零れる。

だがいつものなら、我先に拭き物を手に現れる下男下女といった連中も姿を見せない。

理由は分かっている。

床に倒れた若者を引き上げる。

“屈強な身体をしている、これならまだ薬が効くかもしれない…いや”

若者のどす黒くむくんだ顔を見て諦めて首を振る。

“こいつも助かるまいよ…あの死神の呪縛から逃れない限りは”

医者の知る犠牲者は三人だけではない。

きちんと葬式を出した者が三人というだけなのだ。

こういった三下や店が抱える娼婦や男娼、それに下働き女に店に屯(たむろ)していた異邦人の小悪党共の死体はそのまま馬車に積まれ郊外の砂漠に打ち棄てられている。

“一体、何人餌食にすりゃ気が済むんだ?”

最大のパトロンである親分一派に何かあっては、自分の身が危うい。

「このままでは“大槌亭”一家は全滅してしまいますよ」

親分にも姐さんにも“噂のリンガ神”を手放すよう必死で説得した。

だが、その答えはいきなりの鞭だった。

「何様のつもりだ!堕胎医者だったお前を拾い上げてザモラ後宮の出入り医師にまで仕立ててやった恩を忘れやがって!」

褐色の羊皮紙が張り付いたような生気の失せた顔色…怒気を漲らせても、かつての迫力はない。

「そうともさ、お前はこの“大槌亭”からあの子を奪う気だろう?そしてザモラ王に売りつけるのかい?そうはさせないよ」

落ち窪んだ目を三重に取り巻く隈(くま)は厚化粧でも隠れないほどに深く濃い。

「お前は俺が毎日あの子が抱けるように、いつでもここがおっ勃って、あの子を喜ばすことが出来るような薬を持ってくりゃいいんだ!」

百戦錬磨で裏家業を仕切っていた奴らが完全に色惚けしている。

「それなのに、なんだいお前の調合する薬はちっとも効きゃしない…うちの舎弟が死んだのはお前がヤブだからだよ…………………」

掠れ声で言われても最後は何を言っているのかさえわからない。

キンキン響く金切り声も今となっては懐かしい。

死神に取り憑かれた“大槌亭”一家なんぞ、こっちから縁切りしたい。

だが親分が脅すようにザモラ後宮での後ろ盾が無くなればまた元の闇医者に逆戻りだ。

医者が恐ろしげに目をやる廊下の奥に、その死神が今夜も誘惑の罠を張って待ちかまえている。


「あん、いい…」かすかな嬌声が扉から洩れてくる。

今、少年の愛撫を受けているのは、売られてきたばかりの下働き兼見習い娼婦の年若い娘だった。

娘は舞い上がっていた。

姐さん達や先輩、朋輩の話では、どんなに愛撫を受けても射精しない。

まともに躯を繋いでくれるなんて滅多にない。

あそこを舐めて貰えた者は一人もいない。

ねだって、ねだってやっと指を挿れてくれるだけだ。

それでも達く。

あの目で見つめられると…あの声で名を呼ばれると…躯が火照って我慢できなくなる。

いよいよ腰が立たなくなるまで男も女も少年の躯をむさぼる。

いや、殆どの場合少年はただ奉仕されるだけだ。

じっとされるがままになっている少年の眼前で愛撫しながら勝手に高まって自慰に耽り、意識がなくなるまで気をやってしまう。

そうして、腰どころか意識まで朦朧としてきた主人達に代わって、やっとこの寝台に上がることができた。

今まで親分衆や姐さん達の横で少年に傅いているだけでお預けを喰っていた娘にとって少年が手を取って自分の脇へ導いてくれただけで心臓が飛び出そうに興奮していた。

それどころか──緊張で身動きできない躯から少年のしなやかな指が胸飾りを外し腰布を剥ぎ…

リンガ神像の化身といわれる白皙の美貌が近づいてきて…唇を奪われた。

な、なんでアタシみたいな賎しい者に…姐さん達が金粉を塗りたくった躯で誘惑してもそっけない態度をとったこの方が…

夢見心地の中で僅かに残った理性が疑問の声を上げる。

その声も乳房を軽く揉まれただけで何処かに吹き飛んでしまった。

自分から大きく広げきった陰唇に指が這う感覚に身悶える。

それだけで蜜壺がどろどろに溶けていく。

「はん、挿れて…挿れてくださいまし」

せがむ嬌声に即されて、ゆっくりと指が挿入(はい)ってくる。

「ああ、いっ」

もっと奥まで咥え込もうと腰を揺すり上げる。

「教えてほしい事があるんだ…」

首筋を愛撫しながらリンガ神が囁く。

「な…なにを?」

「君はここに来る前、辺境警邏隊の隊長さんの家にいたんだって?」

差し込まれた指が二本に増える。

「ああっ!そう…そうよ、アタシは奥様付きの侍女だったの。旦那様が可愛がっていらした若い衛士と恋をして…結ばれたんだけど、身分が低いからって…どうせお前が誘惑したんだろうって、お屋敷を放り出されたの」

褐色の肌に汗を光らせ、のたうち回る娘を見つめる“リンガ神”の目が冷たく光った。

違う──シェラムの脳裏には強姦され泣きじゃくる娘が見えていた。

それでも処女を与えた初めての相手に恋心を抱いたのは本当のようだ。

ああ、いずれ妻にすると言われたのか──

その言葉を信じてじっと耐えてきた娘は、衛士の仲間にまで輪姦(まわ)され散々もてあそばれて捨てられた。

衛士達の言葉を鵜呑みにした主人は、ふしだらな女だと決めつけて、この“大槌亭”に売りとばした。

恨みと思慕…憎い男を怨みながら、それでもまだ会いたいと恋い慕っている。

この娘は使えるな…シェラムは精気を吸うのを止めた。

「辺境警邏隊ってコスやコリンシア辺りまで進軍するんでしょう?」

「…ああ、多分…一度任に就かれると一月はお帰りにならないから…」

「その辺りを徘徊する盗賊の事も詳しいよね?」

「…そりゃあ…征伐に行かれる時は斥候をたくさん連れて行くから…」

「引き合わせてくれない?その隊長さんに」

優しく乳房を吸う。

いつの間にか三本になった指が蜜壺を掻き回す。

触れられもしないのに莢を剥いだ肉芽が充血して勃っている。

奥から次々と溢れ出す愛液がどろりと糸を引いて後ろに垂れていく。

くちゃり…

その甘い粘りをすくい取って後ろの門に塗り、柔々と揉みほぐす。

「あん、そこは!」

“指が…”

排泄の穴を犯されて身を震わせた。

抵抗したくても躯はしびれて動かない。

「そう、力を抜いて…」

“ああ、何?…指じゃない…何が…挿入(はい)ってくるの?…”

リンガ神の男根が肛門を割り広げている。

“まさか?そんな…”

ぴちゃ…くちゃ…膣口から滴る愛液を巻き込みながら突き挿れる。

「いやあ、いたいよぉ…」

“そんな嫌…大きいモノ、ああ、硬くて…アタシ裂けちゃうよぉ”

恐怖と快感が、ない交ぜになった強烈なモノが伝わってくる。

ああ、おいしい!この感覚…何時味わってもゾクゾクする。

張り付いた微笑みの仮面が一瞬揺らいだ。

神の顔に陶酔が浮かぶ。

「最初はきついけど慣れたらこっちの方が病み付きになるよ」

ゆっくりと抜き差しされる。

「うっうっ」

「もっと奥の…ずっと奥の方は痛くないでしょ?感じてごらん。疼いてこない?ほら…」

「あああ!」

陰裂の頂点で膨らみきった肉芽をはじかれた瞬間、痛みは甘い疼きに変わった。

「あん、いい、いい!もっと奥まで!」

躯を震わして娘は登りつめた。

「裏口とか詳しいでしょ?屋敷の中に手引きしてくれたら後はこっちで勝手にやるから…」

「そ…んな…で…きない…」

組み敷かれながら弱々しく首を振る。

「ねえ、その衛士はまだお屋敷にいるんでしょ?会いに行こうよ…」

浅く深く…抽送を繰り返しながら耳元で囁く。

「ああ、ダメ!もう会ったらダメなの!」

「そんな事ないよ…もう一度抱いて欲しくないの?」

前から指を、後ろから男根を引き抜く。

「あっ、いや!抜かないで」

少年は腰を反らして悶える姿をしばらく眺めた。

まだ、言いなりにならないか…

どんなに念入りに愛撫してやっても初めてでは後ろから得られる快感は十分ではない。

最後の理性が砕けるまで、もうちょっと…。

今回は仕方ないか──完全にこの娘を手駒にしなければならない。

ぬちゅ…

シェラムは男根に手を添えて娘の開ききったラビアに擦りつけた。

「ほら、こうして…抱いて貰いなよ…彼にもう一度…」

溢れかえる蜜壺を一気に貫く。

「あっひぃいいいいいーっ」

まったく…娘と同化する為とはいえ、この私が自分から腐った穴に己を挿れるなんて、我ながらどうかしている…。

腰を踊らせながら“リンガ神”は自嘲した。

「抱いてほしいでしょ?」

「ああ!抱いて!もっとぉー」

「連れて行ってくれる?お屋敷に…」

ゆっくりと腰を引く。

「あ、あん!行きます!あなたの言う通りにしますっ」

膣口まで抜かれた娘はさらに股間を広げて迫る。

一度引いた腰を再び突き出す。

「ぎゃあああ!」

子宮内部まで貫かれて、臍下がポコンと飛び出た。

娘は白目を剥いて悶絶した。

口からは涎と共に泡が垂れている。

楽勝だな──躯を繋いだまま、徐々に娘の意識を乗っ取る。

物凄い形相に変わり果てた娘の頬に優しくキスをした。

「お前の神を捨て私に帰依しなさい。悪いようにはしないよ…」


少年がこの部屋に住まうようになって十数日…まだ元気であった頃の親分衆や舎弟達、姐さん達に兄貴分は財と権力のありったけで家具や装身具を揃え、黄金や宝石を贈った。

部屋中所狭しと置かれたそれらの中からシェラムは最も透けた生地と豪華に煌めく宝帯を選んだ。

リンガ神をかいがいしく着付るのは新たに僕となったあの娘だ。

絹繻子の一枚布を躯に巻き付け、両肩を純銀のフィビュールで留める。

“背がお高くていらっしゃるから”フィビュールを嵌める時に伸び上がった脚がふらついた。

神の背に触れた乳首が疼く。

悶絶するまで翻弄された性技の余韻で重い躯…疲労困憊して今はひたすら眠りたい──なのに少しでもこの神の躯に触れていたいと…側にいたいと切望する“もう一人”の自分がいる。

そして意識は徐々に新たに生まれた“もう一人”に支配されていく。

柔らかな光沢を発する一枚布は片脇が開いたままのペプロスとなった。

中心に紅玉(ルビー)をあしらい周りに金剛石(ダイヤ)を散りばめた帯を腰に回す。

腰の部分を一箇所だけ締めてはいるが脇下から爪先まで縫い合わせていない右側が空いている。

透ける白繻子の下は何一つ着けていない。

豊かなドレープが裾を引き、一歩踏み出すと右脇が割れて、白磁の太腿が覗く。

「ああ、お美しい…」

堪らず娘は床に腰を落とし神の太腿に口づけした。

神様の精を注がれ、始末したはずの股間がまた濡れている。

もじもじと太股を擦り合わせると、まだしこったままの肉芽が刺激されて愉悦の波が押し寄せた。

「帰ってきたら抱いてあげる…今は我慢しなさい」

「はい…」

欲情が治まらない躯を見透かされ、羞恥でうつむく。

うねる黒髪を細い銀のセルクルでまとめる。

ほっそりとしたうなじから肩にかけての華奢な線が顕わになった。

“本当にお美しい…”見つめる娘の目が潤んでいる。

少年はあからさまな讃辞の視線を当然の事として受けた。

「さて出かけた後で親分さん達に騒がれても面倒だからね…」

娘の目の前でくるくると両手を回転させると…間に白い靄が生じた。

それを寝台の上に置く。

「ええ?」

娘は驚愕の声を上げた。

寝台の上には全裸の少年が横たわっていた。

上下する胸、微かに寝息まで聞こえる。

「お前は私のモノ。だからこうして私の力を見せた。誰にも言ってはいけないよ」

あまりの衝撃に声を失った娘は、かくかくと首を上下させ、承諾の意志を示す。

「いい子だ。私を崇めれば願いを叶え、大いなる利益をもたらしてやろう。だが…もし万が一叛いた時は…」

「ひっ!」

臍下に痛みが走った。

「うっうっ」

腹を押さえて前のめりに突っ伏す。

掲げられた腰…その股間から細い蔓がくねくねと顔を出していた。

違和感に陰部をまさぐった娘の口から悲鳴が漏れた。

「いやぁ!なんなの?」

「妻の連れ仔だ。お前の子宮は私の子種を受けた。だからこの仔が着床できた」

リンガ神は悶え苦しむ信徒に近づくと「腰布を上げて陰部を晒せ」と命じた。

救われたい一心で素直に応じる。

床に大股開きで寝た娘の陰裂を押し広げて葛が葉と蔓を伸ばしている。

紅の爪が葛の根本に──蜜壺に埋め込まれた。

シェラムは爪の下に眠る唯一の種子を分化させていた。

今は一体幾つの種子が爪を紅に染めているのか…それは小指の爪を貸した本人にも分からない。

「おやすみ…」愛しいヨトガの忘れ形見に優しく声を掛ける。

ずるり──葛がうねる。

「ひいいいいい」

子宮深く葛は姿を潜めた。

叛いた時は…わかったね?」


アイーシャの眼前でマカ瓜が二つに裂けた。

地に落ちた瓜は四つに割れている。

「はっ!」

次の瓜が飛んできた。

左の利き手で握った彎刀を繰り出して、再び難なく断ち割る…

「あっ!」

割った瓜の後ろからもう一つ!

咄嗟に反対の右の彎刀を構える。

微かに皮をかすめた。

しまった!

肩越しに弧を描いた瓜は地面に落ちて潰れた。

「お前は目に頼りすぎる。一本の矢の後ろに十本の矢が飛んできたらどうする?」

「はい…すみません…」

実は、その目も霞んでいるのだ。

稽古が始まってすでに三時間、息が上がり、脚がふらついている。

腕が上がらない。

腰が浮き上がって、構えが甘くなっている。

それでも左右に腕を交差させ教えた通りの防御の型をとる。

今日はそろそろ止めるか──青い旦那様は焦点の合わない弟子を見た。

自分からは決して休むと言わない。

僅か半月で、よくここまで──左右使い分けるまでに修練したものだ。

正直教えているガイ自身がアイーシャの習得の早さに驚いている。

ばさばさと羽音がした。

伝令鳩が戻ってきた。

よし、潮時だ──「アイーシャ、今日は止めだ!シェーラから何か言ってきた」

ガイは“大槌亭”の近くにあった安宿を引き払いアイーシャを伴って一番最初に降りた場所──ザモラ国境から丘一つ越えた草原に湧き出す泉の畔で寝起きしていた。

理由はシェラムの噂から遠ざかるため。

あそこにいれば“リンガ神の化身”の猥褻な噂は耳を塞いでいても聞こえてくる。

昼夜を問わず交わされる客同士の話は新しいエピソードが加わる毎に淫靡になった。

例え聞いたとしても幼いアイーシャには意味が分からないだろう…

しかしガイは“リンガ神の化身”が敬愛する“白い旦那様”であると悟られるのが嫌だった。

いや、そうではない…ガイ自身がこれ以上我慢できなかったのだ。

弟の痴態を酒の肴に、声高に言い交わし笑い合い…そして淫蕩な視線で辺りを見回しながら自慰に耽る。

片端からそいつらの脳天を叩き割ってやりたい。

もう後のことはどうでもいいと、“大槌亭”に殴り込みシェラムを犯した奴らを皆殺しにしてやりたい。

その衝動を抑えるのに疲れた。

…馬鹿な事を…一体シェラムも俺も何をしているんだか…

ザモラを去って落ち着いてみると自らを嘲笑う第三者の──いつものヴァイロンの冷静な目が戻ってきた。

鳩の足輪から小さく折られた羊皮紙を外す。

「辺境警邏隊の隊長か…」

“点在する都市国家との小競り合いを鎮め、ザモラと交易する商隊を盗賊から守るのが任務。コス・コリンシアを縄張りに徘徊する盗賊にも詳しいそうだから、情報を仕入れに屋敷へ乗り込む”

淫魔を操る弟の姿が頭をかすめる。

どうやって情報を仕入れるのか──リンガ神のやる事は想像にかたくない。

わざわざ知らせて来たという事は…

俺をアテにしたい何かが、その隊長の屋敷内にあるという事だろう。

“大槌亭”に残ると言った弟の顔には再び仮面が張り付いていた。

仮面を被せてしまったのは俺なのか?

あれほど甘えきって全てを晒していたのに…今になって何を頑なに意地を張っているのか…

素直に“来てくれ”と書けない痼りがある。

行ってやるか…

「ヒドラ!」

木陰から銀灰色の髪を地に引きずるまで垂らし、襤褸布を纏った女が現れた。

前髪が顔に掛かり眼が隠れている。

「お前の主人の所に行ってくる。戻るまでアイーシャを頼んだぞ」

腰を屈めて命令に従うと示す。

割れたマカ瓜を食べていた黒駒を呼ぶ。

「アイーシャ、俺が居なくてもヒドラ相手に稽古をしろよ」

泉で汗を拭いている弟子に言い置くと黒駒に跨った。

走りで城門に着く。

そうしたら、街のチンピラを締め上げて“隊長さんの屋敷”を聞き出す。

待てよ、チンピラじゃあ知らないかもしれないな──門番の方が確実か…

頭を垂れて見送る二人…いや、一人と一匹を後に残してガイは黒駒の鐙を蹴った。


押し倒された顔に酒臭い息が掛かる。

「やめて!」

必死で押し返す腕が押さえられた。

「いやだー!」

胸飾りが引きちぎられた。

「ぎゃああー!」

乳房がわし掴みにされ、腰が浮き上がる。

もがく足首が握られ大きく開かれる。

「いやーっ、はなしてぇ!」

泣き叫ぶ躯の秘所に指が挿入った。

「助けて…」

守ってくれるはずの良人は柱にもたれて笑っていた。

“なんで?私をお嫁さんにしてくれるって…”

「いいじゃないか、強姦(やら)れるの初めてじゃないんだから」

「なんだ、お前も力づくだったのか?」

“…そ…んな…”

急速に力が抜けた。

抵抗しなくなった娘はよってたかって男達の慰み者にされた。

陵辱の嵐が去った後、精液にまみれて、放心したまま転がっていた。

「おい、この娘は奥様付きの侍女だろう?後で面倒な事にならないか?」

「なに、一度躯を繋いでしまえば、こっちの言いなりさ。最初の男になってやった俺が言うんだから間違いない」

「まったく悪だな、お前も。自分の女を俺達に輪姦(まわ)させるなんて」

「ちょっとした出来心だったのに…結婚、結婚煩いんだ。身の程しらずだと分からせてやらないとな」

“だまされていたんだ…アタシ”

ぼんやりした頭にそれだけは分かった。

食い尽くした獲物を残して、彼らは去っていった。

松明が消えかかっている。

動けなかった。

関節がバラバラになりそうに軋む。

所々皮膚がすりむけて血が滲んでいる。

顎が外れたのかもしれない。

何本も何本もずっと喉奥まで咥えさせられた男根…口が閉まらない。

あそこも閉じない…まだ何か挟まっている感じがする。

だって…初めての時は…確かに腰布が破かれて最初は力づくだったけど…

抱きしめながら愛してるって…ずっと気になって見ていたんだって…そう言ってくれたもの。

だから…だからアタシ…最後は逆らわなかった…

その後も…旦那様や奥様の目を盗んで何度も犯されて…子供できるの怖かったけど拒めなくて…

だってお嫁さんにするって約束してくれたから…捨てられたくなくて…

お給金もみんな渡して…何でも言うこと聞いたのに…

ひどいよ…

涙が溢れた。

どかどかと足音がした。

閉じられていたドアが急に開いて驚愕の表情をした旦那様が立っていた。

「お前は…儂が手塩にかけて鍛えた衛士達を誘惑したのか?」

「あう!」“違います旦那様!”

喉が掠れて声が出ない。

外れた顎から舌が垂れ下がり、咽せた途端に呑み込んでいた精液をもどしてしまった。

タイル一面に生臭い…それとわかる匂いが広がる。

「おい、お前の侍女がこんな淫らな行為を繰り返していたのを知らなかったのか?」

後ろで引きつったまま衝撃で声も出せない奥様が、おこりに罹ったように震えている。

“お、奥様…信じてくださいまし…”

よろけながら立ち上がり足を踏ん張った瞬間…

傷ついた膣穴から注ぎ込まれた夥しい精液が太腿を伝ってこぼれ落ちた。

「な、なんてふしだらな!お前には女としての嗜みも羞恥もないのね!」

奥様が叫んで身を翻した。

“ち、違う…アタシふしだらじゃない…”

縋ろうと延ばした手をはねのけられて、再びタイルに倒れた。

そこには神妙な顔を取り繕う良人が立っていた。

「お前達の言うとおりの性悪女だったわ。わたくしの前では清純ぶっていたのね」

小さい頃から一生懸命お仕えしてきたのに…アタシの事何も分かって頂いてなかったんだ…目の前が暗くなった。

「如何いたしましょうか?」

躯から溢れてくる精液を注ぎ込んだ男の一人が平然と指示を仰いだ。

旦那様は汚いモノを見るようにアタシから眼を背けた。

「おい、お前達明日この淫売を奴隷商に叩き売ってこい!」

エキドナはそっと裏門を撫でた。

「この門から袋に詰められて…馬車でシャディザールを出たの。あの人達は私が本当の事を暴きにこないかって不安だったから地元の奴隷商人には売らずに国境近くの娼館にアタシを売ったの。そこの女将だった人に客あしらいを覚えるまで“大槌亭”で働くようにって言われて…」

近頃死体しか乗らない“大槌亭”の馬車の御者席からオレンジのベールがひらりと降りた。

「ああ、アタシったら、あなた様にとんでもない話を…」

耳まで真っ赤になった娘の髪に触れる。

「そう、旦那様も奥様も敬虔なアシュラ信徒なんだ…」

だから雇い人といえども姦淫など以ての外。

高邁なる道徳心に満ちあふれた夫婦と言うわけだ。

アシュラ教はヴィラエット海と青きヒメリア山脈の果て、東方一の文化と歴史を誇るベンダーヤ発祥の宗教だ。

ベンダーヤか…皮肉なものだ。

その神官(バラモン)達から施された帝王教育で、こうして自在にザモラ、ブリサニア、ツラン、ヒルカニアからイラニスタン、極東のキタイまでの言語を操ることができる。

フン…そんな教育を受けなくても精神感応すれば、どの国の人間だって相手にできるさ。

私は魔道士なんだから!

ああ、そういえばガイとそんな話をしたっけ…


“お前のコス語より数段マシだな”
“いいんだよ!いざとなったら精神感応するから。言葉なんて必要ないんだ!”


ガイ…来てくれるかな…

馬鹿な…何をアテにしているのか…国境に近い“大槌亭”ならともかくザモラのど真ん中にある王都のシャディザールまで馬を飛ばしてやって来るとでも…

シェラムは微かに頭を振って心に浮かんだ兄の笑顔を消した。

「さて行こうか」

「あ、あの門までというお約束では…」

「…のつもりだったんだけど、お前の記憶を覗いたら、その厳格な旦那様から盗賊の情報だけを貰っておさらばするだけじゃつまらなくなったんだよ…御利益を授けるから、もう少し働いてくれる?」

「…御利益?」

「そうだな、例えばお前を犯した者達から精を抜き取って生涯不能にしてやるとか、蔑んだ奥様を肉奴隷に堕としてやるとか…何でもいいよ、お前の望むままに…」

「望むまま…」娘の目に光が宿った。

「では…では、あの人を…アタシのモノに…ずっとアタシだけを愛してくれるように…」

「添い遂げたいってことだね…わかった、二度とお前以外の女に気持ちが行かないようにしてやろう」

「ああ、リンガ神様…」

雌雄同体の性愛の神…生涯あなた様を讃えます。

エキドナは地に伏して銀のサンダルから覗く指に口づけした。

こうして若き魔道士は二人目の契約者という名の信者を得た。


辺境警邏隊は無事に一ヶ月ぶりの帰還を果たした。

隊長のラメル准将は戦果を王に報告し、居並ぶ大臣、将軍達からいつもの賞賛を受けていた。

武勇に優れ、華麗な戦歴を誇っている。

厳格な気性ではあるが、熱心なアシュラ教徒であり寛大な器量と慈悲深い言動は部下達から慕われていた。

次の部隊再編纂には間違いなく国王付きの将軍に昇進すると噂されている。

国王主催の衛士達を慰安する宴が開かれた。

王はそっとラメルを近くに呼んだ。

「例の“コナンの同志”はどうしておる?」

「はっ、ご命令通り手を尽くして探索したのですが、どれがそうなのか見分けが付きませぬ。自ら“コナンの同志”を名乗る者は“偽”である場合が多いのでございます」

「ツランを滅ぼしてくれたのはありがたいが、その代わりにアキロニアが出しゃばってくるのは何とかせんとな…」

だが、その大国ツランを滅ばしたのはアキロニアなのだから仕方がない。

さらに砂漠の向こうにはヴィラエット海とヒメリア山脈を隔てアキロニア最大の同盟国ベンダーヤがある。

ツランという後ろ盾を無くしたイラニスタンはベンダーヤの属国状態であり、まさに東部諸邦は東西二強に挟まれる形になっていた。

近年、ますます砂漠の治安が良くなり、警邏隊の任務は盗賊団の殲滅のみといってもいい。

辺境都市国家との小競り合いは全く無くなった。

裏には“コナンの同志”が関わっている。

だが、それを報告しては“治安維持に奔走した”自分らの手柄が消えてしまう。

“コナンの同志”の話題を巧みに濁して王の前を辞した。

自分が昇進したあかつきには砂漠で知り合った“コナンの同志”を介してアキロニアとパイプを持ち、王宮での発言力を強める。

敬虔なアシュラ教徒として名高い自分が将軍になればアシュラ教を国家宗教とするベンダーヤも交渉相手に指名して来るだろう。

そうすれば…次は大臣…それも軍務大臣の椅子が待っている。

今は准将として補佐している将軍どもが皆、自分の支配下に入る。

悪くない…“コナンの同志”様々だ。

ラメル准将は注がれた酒を片端から飲み干した。


さっき使いの者が、宴が終わったと告げてきた。

夫がそろそろ王宮から戻ってくる。

一月ぶり…そう思うと装う気持ちに拍車がかかる。

湯浴みをして肌の隅々まで香油をすり込み、髪を高く結い上げる。

何を着ようかしら。

子供の頃から使っていた侍女に暇を出したので、身支度を調えるにも時間がかかる。

今も後ろから手鏡をかざす小間使いに苛立っていた。

でも、今まで飯炊きや水汲みしかやらせた事がないのだからしかたない。

いかなる時も慈悲の心で接っしないと──アースラ大神はそう説いておられる。

気が利かないと怒るわけにはいかない…一つ一つ仕込んでいかなければ。

「そんな小さな鏡では見づらいでしょう、そっちの姿見をもっておいで」

痩せた少女は頷くと満身の力で自分の背丈より高い大鏡を運んできた。

“今夜は久しぶりだから…少し扇情的でもこれ位ならいいでしょう”

メヌエトは僅かに透けて見える緑絹のローブを手に取った。

夫と二人きりになるまでは、長椅子に掛けてあるショールを羽織っていればいい。

大鏡を献げながら少女もうっとりと眺めている。

「何をぼんやりしてるの?寝室に香は炊いたの?旦那様の部屋着は?」

「あ、あの…すぐに…」

時間がないというのに、この子は!

つい、きつい口調になってしまう。

少女は大鏡を戻すと礼をするのも忘れ、慌てて部屋から出て行った。

以前仕えていた侍女は嫁ぐ時に実家から連れてきた者だった。

敬虔なアシュラ教徒であった父は、所領民の子供が孤児になると館で下働きに引き取り面倒をみていた。

エキドナはそのうちの一人だ。

利発で気働きの利く性格を領主に気に入られ、令嬢付きの小間使いとなった。

娘時代から仕えているのだから“御嬢様”が“奥様”に呼び名は変わっても主人の事は何から何まで分かっている。

衣装なども気に入りそうな物を何点か選び出しておくなど、先へ先へと気配りした働きぶりで本当に重宝だった。

居なくなってみて、初めてその便利さが分かる。

“全くあのエキドナが居ないから、何から何までわたくしが指示しないといけない…忙しいったら”

「でも、売り飛ばしたのはあなた方でしょう?」

「きゃーっ!」

振り向いたメヌエトの眼前に、大きく開いた出窓に腰を掛け、透ける絹を纏った少年が微笑んでいた。

ペプロスの裾が大きく割れて奥の翳りまで覗いている。

「ひっ」

屹立する男根を見たメヌエトは動揺して顔を覆った。

仮にも警邏隊長を拝命する准将の屋敷に賊が忍び込むなんて──絶対にありえない!見張りは?門番は何をしているの?

「だっ…」れか…と呼ばう声が消えた。

ショールで口が塞がれた。

暴れる躯を後ろから羽交い締めにする腕がある。

“エキドナ!”

大鏡に映るエキドナの顔が笑っていた。

「取り敢えず騒げないようにしちゃおうか?そろそろご主人帰ってくるんでしょ、急がないとねエキドナ…」

「はい…」

「うっ…ぐう」

白いうなじに唇が押しつけられた。

ねっとりと舌が這う。

少年が口を塞ぐショールを外し、代わりに自分の唇を押しつけてきた。

舌が差し込まれ歯の裏側を擦る。

押し出そうとする舌を絡めて吸われた。

息が上がる。

少年の瞳がメヌエトの眼をじっと覗き込む。

抗う躯も声も、その力を削がれる。

ああ、いけない…このままでは…頭を振って口づけを外す。

「や、やめて…エキドナ…お、お前を引き取って育ててやったのはわたくしですよ!」

耳朶を噛みながら、娘はクスリと笑った。

「ええ、奥様…その通りです。ですからアタシは誰が信じてくれなくても、お仕えした奥様だけは本当の事が分かって頂けるものと思っておりました…」

エキドナは片足を擦りつけ器用に奥様のロ−ブを膝上まで捲り上げた。

「孤…児のお前が…ここまで大きくなったのは誰のおかげだと…お前は恩を仇で返すのですかっ?」

満身の力を込めて身を捻り、かつての侍女を睨みつける。

「はい、ですから奥様に御恩をお返しに参りました。ふしだらに育てて頂いたうえ淫売宿に売って頂き、男に不自由しない生活を与えてくださった御恩を…」

「ぎゃあああ」

メヌエトがのけぞった。

エキドナの腰布を割って緑色の管のような物がメヌエトの裾を押し上げて中に進入している。

「おっおっ…」

くちゅくちゅという湿った音が洩れる。

腕を拘束していたエキドナの手が外れた。

麗しい奥様の豊満な臀部から肉付きのいい腹部を撫でさする。

メヌエトはきつく目を閉じ、舌を突き出してエキドナにもたれかかり喘いでいる。

傍らで眺めていた少年が緑のローブを留めている金のフィビュールを外した。

豊かな胸乳が顕わになる。

エキドナの指がたっぷりと重量を持つ乳房を下からもみ上げ、勃ち上がる乳頭をこりこりと摘んだ。

「あっふ…ああ」

いつのまにか緑色の管は数本に増えて互いに絡みつきながら裾奥に消えている。

大きく捲り上がった裾から、ガクガクと震える膝が覗き、その間から微かに粘着のあるモノが滴り落ちた。

白くなるまで突っ張った爪先が自ら垂れ流した汁にまみれ、床にシミを広げていく。

「邪魔だね、取っちゃおうか」

少年の指がメヌエトの腰から金鎖のベルトを解き、緑の布を引き裂いた。

「あっ、きゃ!」

薄い絹はぴりぴりと裂けて桜色に染まった裸身の全てが…いや今エキドナから加えられる愛撫によって剥き出しにされた肉奥までもが輝く灯心の元に曝された。

「いやあ!止めて…見ないでえ」

結い上げた髪は顔を打ち振る毎に崩れて、長く垂れている。

「エキドナも帰りに汚れたら嫌だから脱ごうね」

「はい…お心のままに…」

微かに腰を反らし少年の指が結び目を解くのを助ける。

褐色の肌が顕わになった。

その大きく開いた股間には、例の葛が大きく葉を広げ、中心から伸びる細い二本の蔦が悶えるメヌエトの陰唇にからまり左右に引っ張りながらびちびちと弾いていた。

その広げきった花弁近くを這い回る葉は松葉のように細い── 一本一本がくねくねと動き、さながらイソギンチャクの触手のごとく蠢いている。

更に一本の蔦は小さな瘤を付けたまま肛門を抜き差しし、最後の一本は食虫植物のような形をして陰裂の上に覗く敏感な突起を攻めていた。

いや、それはまさに昆虫をぱっくりと挟み込み、びっしりと生えた繊毛で虫をいたぶりながら毒液を分泌して溶かしてしまう食肉草そのものだった。

ただ挟み込んでいるのはメヌエトの陰核である。

包皮を根本から剥かれ、剥き出しになった肉芽を細かな繊毛がこすりあげ、染み出す媚薬をまぶす。

紅に充血し、ぷっくりと膨れあがった花芯が、メヌエトが身を震わせる度に、挟み込んだ隙間から見え隠れする。

もはやメヌエトは広げきった股を閉じようともせず、ヒイヒイと掠れた鳴き声を上げるだけだ。

それぞれの蔦を伝って奥様の白濁した愛液がエキドナの陰部に注がれる。

「エキドナ、もっと腰を振らないと…奥様はふしだらな牝にならないよ」

少年のしなやかな指が葛の根に沿ってエキドナの蜜壺に差し込まれ、柔々と膣口から陰唇が愛撫された。

くちゃり…じゅぷ…

メヌエトの愛液とエキドナのそれが混ぜ合わされる。

「あっはぁん…」

と、リンガ神は急に深々と指を差し挿れると、膣壁の最も敏感な場所を擦った。

「ひっぐうぅ!」

エキドナの腰が大きく突き出された。

びちゃ!

葛の中心に真紅の蕾が生えていた。

硬く捻れて二人の愛液にまみれテラテラと光る宇宙樹のそれは、巨大な百合の蕾と酷似している。

数えきれないほど絶頂を迎え悶えまくる奥様を支えきれなくなったエキドナを抱いたシェラムは、まず唇が切れるほど食いしばったメヌエトを床に寝かせると、エキドナを俯せにしてその上に重ねた。

メヌエトの広げきった花弁をまさぐり、エキドナから生えた蕾をあてがう。

「お行き、ヨトガ…久しぶりに精を吸っておいで…」

「あひいいいい」メヌエトの腰が踊った。

「あっううう」エキドナの小振りな胸がのけぞった。

蕾は身を捻りながら蜜壺に挿入っていった。

「どう、エキドナ?奥様の中は?」

「あ…つくて…ぐにぐにしてて…あっあっ、そんなに締めたらきつい…」

褐色の肌から汗が飛び散る。

「よかったね、奥様を姦淫の仲間にできて。見てごらん、繋がってる所…こんなに溢れてひくついて…なんていやらしい…すっごくふしだらだよ」

「ああ、それよりも…」

エキドナはメヌエトへの胸の愛撫を止め、少年の手を掴んだ。

自分の胸に導く。

もう片方の手はペプロスの奥に屹立するモノを握っている。

「欲しいの?」

「はい…このままじゃアタシ…」

リンガ神は大様に頷いた。

後ろまで滴っていた愛液を肛門に擦りつける。

「あっふう…ああん…」

愛撫もなく肛門を貫かれたのに、快感が押し寄せた。

「まだ、二回目なのにね…完全に覚えちゃったね。ホントにエキドナは淫乱で嬉しいよ」

左手でエキドナを、右手でメヌエトをまさぐる。

何度目かの絶頂が悶える二人を同時に襲った。

“頃合いだな”紅の爪が蕾を咥えた肉襞に差し込まれた。

「開け、ヨトガ!」

「ぎゃあああああ!」

エキドナの下で蠢いていたメヌエトの躯が硬直した。

メヌエトの子宮に進入し、ヒトの卵子を求めて卵巣にまでおしべの触手を伸ばした華が震え、その刺激で膣奥の秘肉が収縮するのが分かる。

深く差し込まれたままの膣口から血が洩れてきた。

開花して裡一杯に広がった花弁が、柔らかな子宮内膜を傷つけたのだろう。

血と愛液にまみれた小指を引き抜く。

エキドナの舌がそれを舐め取った。

窓の外がざわついている。

「奥さまーっ、旦那様がお着きですう!」

あの小間使いが叫んでいる。

いい頃合いだ…リンガ神は紅の爪を今度はエキドナの陰部に差し込んだ。

「あああああん」

ジュル…ジュル…ジュル…

葛が蔦を巻き込んでエキドナの躯内に戻っていく。

グチュン!葛の根本から華の萼が切れた。

ジュボッ〜…残った萼がメヌエトの膣奥に吸い込まれていく。

白目を剥いて失神している汗まみれの躯を抱き起こした。

太腿に血と愛液が糸を引いている。

広げきった膣は赤黒い肉壁を曝し、ぽっかりと口を開けたままだ。

再び紅の爪を中に…。

「ご主人がお帰りだって…そろそろ起きて」

ジュワーッ…爪を引き抜くと蜜を溢れさせながら肉襞がゆるゆると捻れ、閉じられていく。

メヌエトの瞼が小刻みに痙攣し黒目が戻る。

「久しぶりのご主人でしょ?そのままで、抱いて貰うんだよ」

顔に張り付き、乱れた髪を撫でつける。

「そうだな…隊員達の目の前でなんて素適だよね…」

耳元で囁く。

「………………」

メヌエトは焦点の合わない眼を上げた。

躯内に妖華を咲かせたまま、うねうねと汗にまみれた躯を揺する。

その手を取って引き上げ、ちぎれた緑の布で腰だけを覆う。

「さあ、旦那様や衛士諸君を出迎えに行こうよ」

「ああ…あんぁ」

一歩踏み出す度に肥大しきった陰核がこすれて、奥から熱いモノが溢れてくる。

「そんなに汁を滴らせて…いやらしくて素適だよ…エキドナももっと淫らにおなり…愛しい彼が待っているから」


厩舎に馬を繋ぎ、パティオに現れたのは屋敷の主であるラメル准将と彼の子飼いの部下達である。

皆、少年の頃から武芸を仕込まれ、この屋敷内の別邸に各々部屋を与えられ暮らしていた。

彼らは士官学校出身ではない。

ラメルと同じ下層貴族、もしくは平民の息子でいわゆる兵卒から成り上がった最前線での叩き上げである。

彼らを警邏隊の幹部に抜擢した時の周囲…特に貴族院からの軋轢は相当なものだった。

しかし、ラメルは自らの戦功を誇示することで、その批判を押し切った。

野望を実現するため彼らには十分に将としての実践を経験させなければならない。

将来軍務大臣と大将軍を兼任する際には、それぞれを各部隊長に送り込み、軍の全てを掌中に収めるつもりであった。

「おい、奥方は如何された?」

最もラメルの信任の厚い青年が真っ先に広間へ入ってきた。

帰宅した主人達の接待に忙しく動き回る召使い達に尋ねる。

「あ、もうすぐ降りてこれられます…」

今まで台所の下働きだった少女が小さな声で答えた。

「モリヤ、そう急かすものではないぞ…生まれの良い女というのはな身支度に時間が掛かるものなのだ」

背後から声をかけられ青年はペコリと頭を下げた。

残る部下達を従え、意気揚々とラメルが現れた。

すぐに召使いが取り巻き、マントと鎧を脱がせる。

「はっ、閣下。しかし、いつもはパティオまでお出迎えされる奥方様なものですから」

「うむ、お前達もあのように気品と教養に溢れ、信心深く女としての徳を修めた令嬢を妻にするのだぞ」

「いや、奥方様のような御方は、そうそう貴族の娘の中にもおりませぬ」

「そう、そこが大切だ。妻は貴族院に入れる身分の方々の娘から選べよ。俺のように」

「はい、見習いまする」

砂漠を転戦する男達の粗野な笑い声が広間に響いた。

「ああ!奥様?」

大階段の上まで様子を見に行った少女が悲鳴を上げた。

白く豊満な肉体をユラユラと揺する女主人の後ろに引き締まった褐色の肌が立っている。

「エ、エキドナさん?」

前任者は黙って少女を押しのけた。

「お帰りなさいませ、旦那様」

褐色の裸身が赤々と灯された燭台や灯籠に中に浮かび上がる。

「お、お前は、エキドナ?」

階上を見上げた男達はエキドナに手を引かれた婦人の姿に唖然として立ちすくんだ。

「ど、どうしたのだ!そのあられもない姿は?」

大階段の上から見下ろす奥方様は夫以外の男性には誰にも見せた事のない柔肌を惜しげもなく曝している。

半開きの唇から垂れた涎が、大きく上下する豊かな乳房に滴る。

「ほら、奥様…旦那様でございますよ」

かつての侍女に押し出され、奥様は階下にうつろな視線を向けた。

「あ…なた…」

自由な手は緑の腰布の奥に差し込まれ、まくれ上がった裾から灯明を弾くモノが幾筋も太腿を伝って滴っている。

「ああ、あなた…わたくしを…」

エキドナが手を外すと、奥様はそのまま踊り場に腰を落とした。

「わたくしを…抱いて…」

自由になった指で立ち上がった乳首を転がし、大きく脚を開く。

「膝をお立てになると、もっと奥まで指が挿入りますわ…」

エキドナが後ろから膝裏に腕を入れ足首を持って、これ以上開かないというところまで押し開く。

その唇が汗の滴るメヌエトの首筋を這う。

「あっ…ふううん」

メヌエトは大きくのけぞり、子供の頃から親しんだ娘に上体を預けた。

大きく腰が突き出され、ずり上がったローブの切れ端は臍下に一巻きとなってしまった。

階段の上から吊した大燭台がめくれ上がる鮮紅色の襞をまさぐる白い指を照らし出す。

ぴちゃ…くちゅ…あの貞淑な奥様の陰部から淫らな音が止むことなく聞こえてくる。

白い指の脇から褐色の指が三本押し入った。

「あー、あぁ!いいっ!」

喘ぎ声は辺りを憚ることなく、悲鳴になって広間中に響く。

あまりの淫靡な情景に衛士も召使い達も瞬き一つせず見入ったままだ。

只一人、日頃温厚な屋敷の主だけは怒気に満ちていた。

「や、やめぬか!メヌエト!」

脱いだばかりのマントを従者からひったくり、大股で階段を駆け上がる。

「おのれ、エキドナ!お前の仕業だな?メヌエトに何をした?」

マントを妻に被せるとエキドナを突き飛ばした。

凄まじい怒りは狂気に近かった。

それはエキドナへの後ろめたさの反復である。

ラメルは衛士達がエキドナを手込めにし、打ち棄てた事実をうすうす承知していた。

妻が連れてきた孤児など自分にとっては何の価値もない。

屋敷内で騒ぎが起きてはやっかいだ──可愛い部下達の言うままに身持ちの悪い女というレッテルを貼り放逐した。

エキドナの首を満身の力で締め──る事はできなかった…マントの下から伸びた手がベルトを弛め足通しのボタンを外す。

「な、何をする?」

連れ添って五年、男を知らぬ深窓の令嬢は砂漠育ちの夫の手管で夜ごとに閨房の術を仕込まれ、ほっそりとした少女の躯を豊満な女性のそれに変えていた。

しかし自ら夫の逸物に指を這わせ、さらにそれを口に含むなど…

エキドナから教えられたままに喉元一杯まで咥えこんで舌を絡ませ、上下に扱く。

陰嚢を揉みながら蟻の戸渡りを擦り、反対の指で肛門をまさぐる。

「ああ、メヌエト!」

妻が…あの貞淑な妻が…街の娼婦のような…いやその様は最も淫らとされるハヌマン神殿の巫女の舞う姿より卑猥であった。

ぐじゅり…ちゅぷ…

「そうそう上手ですわ、奥様。ちょっとお教えしただけですのに…奥様って本当は淫乱だったんですねえ」

ニヤリと笑ったエキドナは階下で凍り付いたままの恋する男に向かって階段を降りていった。

一月の従軍生活で禁欲を強いられてきた健躁な男の身体は妖艶な妻の攻めにひとたまりもなく屈した。

「離さぬか!メヌッ…ううう…」

妻は喉を鳴らして溜まりに溜まった夫の精液を飲み干した。

両手で捧げ持つと最後に残っていたモノまでも頬をすぼめて吸い上げる。

嫁してから初めての体験であった。

「おいしゅうございました…あなた…」

見上げる妻の目と同じようにラメルの眼がとろんと濁った。

メヌエトは立ち上がると精で濡れ光る唇で荒い息を吐く夫の口を塞いだ。

舌を絡ませて激しく吸い上げる。

かいがいしく妻の手が夫の服を脱がせ、その厚い胸に舌を這わせる。

両手で柔々と男根を揉む。

「メヌエト!」

夫の手が妻の腰から襤褸布となった緑の切れ地を取り去った。

腰を押しつけてきた妻の蜜壺に指を挿入る。

「おおっ?これは…」

熱くぬめったそこは指を食いちぎるほど締めつけ、さらに奥へと吸い込むようにざらつく肉壁が蠢いていた。

「ああ、あなた…もう…たまりませぬ…これを…くださいませ…」

メヌエトはすでに勢いを取り戻した男根を指に包み込んだまま、自らの秘所へ誘った。

手首まで糸を引いた愛液まみれの指を引き抜き、みごとに張り切った尻を引き付けて一気に貫く。

「あっはあああん!あなたぁ…」

「メヌエト…そなたの裡は…なんとした事じゃ?」

かつて関係を持ったどんな娼婦よりも素晴らしい。

蜜壺の締め付けは何箇所にも及び、うねるように収縮を繰り返す。

さらに奥から…吸い付くような蠕動がある。

「ああ、あなた…もっと…」

首に回した両腕に力が入った──立位での浅い挿入に焦れてメヌエトは片足を上げ太腿を夫の腰に巻き付けた。

「ううっ」

階段の手すりに寄りかかりながら妻の臀部に手を回し支える。

そのまま狂ったように尻を打ち付け、突きまくった。

「ああああああ」愛液が溢れる。

抜かれるたびにまくれ上がった陰唇から甘い香りを放つモノがどろりと滴る。

だが突き入れられるままに男根に巻き込まれ、白く泡立ちながら裡へ戻っていく。

絶頂の波に呑まれたメヌエトの爪がラメルの背に突き立った。

抽送の刺激で子宮が降りてきた。

カリ首が子宮口に届く。

くい─

中から細い管が絡みついた。

そのまま鈴口へ進入していく。

「おおおおおう!」

射精の瞬間、ラメルの腰が震えた。

腰の番(つがい)が外れたかのような悦楽が身体を貫いた。

収縮するメヌエトの子宮内でヨトガのめしべがラメルの男根を貫き射精管を犯していた。

「あうあうあう」口から涎をたらしながらラメルは踊り場に崩れ落ちた。

その躯の上ではメヌエトがまだ夫の男根を呑み込んだまま腰を打ち振っている。

失神した夫の手を取って揺れる乳房に押し当てながら白目を剥いた妻は夫に尋ねていた。

「それから、その盗賊どもは何処のオアシスに立ち寄ったのですかぁ?」

“成る程ね…確かに決まった塒(ねぐら)は定まってないんだ…”

階段の手すりから伸びる柱──その上部に掘られたレリーフに足をかけ、天井から吊された花形の大燭台に掴まりながらシェラムはヨトガから送られてくる情報を整理していた。

ここから撒いた黒睡蓮の粉が蝋燭の炎に溶け、気化して下方に沈殿していく。

それを階下に集まった屋敷中の者達が吸い込んでいる。

広間では喘ぎ声と嬌声と興奮と汗にまみれた異様な光景が繰り広げられていた。

老いた召使いが下働きの娘の躯に覆い被さり、厩番が小間使いの幼女の膣を血塗れにしながら腰を突き上げている。

誰もが衣服をかなぐり捨てて相手構わずに抱き合い交合していた。

その中心にエキドナがいた。

エキドナもメヌエト同様愛しい男を組み敷いて腰を踊らせている。

違うのはその口に別の男の逸物を咥え、左右の指にはまたそれぞれ違う男のモノを握り、更に浮かせた腰にも背後から男が抱き付いて肛門を犯している事である。

男達が果てると次の男達が変わる。

かつてのように髪から足先まで精液まみれになりながらエキドナは笑っていた。

膣内に取り込んだ愛しい男の男根だけは決して離さない。

その先は子宮口から突き出したヨトガの筒に呑み込まれていた。

カリ首が筒の内部から染み出す樹液に浸され爛れている。

だが一方で樹液は催淫作用でモリヤに尽きることのない快楽を与え、悶えさせた。

エキドナが腰を打ち振るたびに絶頂が襲う。

「ああ…うう…」

“もう、止めて…助けてくれ…死んでしまう…”

途切れることなくエキドナの裡に射精し続ける男は、哀れな声で呻いた。

薄暗い天井でシェラムは眉をひそめた。

何人もの衛士達の頭に浮かぶ盗賊団の顔ぶれはまちまちだった。

“一体何人いるんだ?三十人はくだらない…これは何かの術を使わないとアイーシャの敵討ちは難しい…だがガイは剣だけで決着を着けると言うだろう…どう報告したものか”

シェラムはエキドナに精を注ぐ衛士達からも盗賊団の記憶を吸い取っていた。

さらに交合で立ち昇る淫気も吸い込む。

“あれが添い遂げたい男か…どこがいいんだか…”

だが願いを聞き届けると約した以上しかたがない。

リンガ神はエキドナの下で、もはやピクリとも動かなくなったモリヤに“呪”(しゅ)をかけた。

二階の踊り場と回廊を隔てる扉の影で小間使いの少女は震えていた。

階下に振りまかれた黒睡蓮の花粉はここまでは届かなかった。

奥様に魔物が取り憑いた。

旦那様も虜にされた。

広間では生活を共にしてきた人達が狂ったように抱き合っている。

“どうしよう…

涙で霞んだ目にちらりと火影が揺れた。

“?”

吹き抜けの天井から吊られた花形の大燭台の炎が…いつもと違う…

薄暗い天井に濃い人影が映った。

“あ…悪魔だ!やっぱりみんなを狂わせたのは悪魔の仕業だったんだ”

少女はそっと扉を離れた。

回廊を回って外に通じる裏階段を下り、庭を突っ切れば…

庭の一角にラメルがベンダーヤから招いたアシュラ教の神官が暮らす小寺院があった。

「バラモン様!」

「何者じゃ?」

主人夫婦しか開けることのない扉を小間使いごときに開かれ、僧体の男は不機嫌な声で誰何した。

だが息を切らせた少女が開いた扉の向こうに立ち上る淫気を察知し、祈祷壇から裸足のまま床に飛び降りた。

「魔物が…エキドナさんが魔物…連れてきた…奥様が取り憑かれて…旦那様も…みんな狂っちゃった」

少女は泣きながら訴えた。

「魔物?…この屋敷は儂が祈祷し幾重にもアシュラの神々の守護を頂いておる…魔など入れるわけが…」

だが本邸から押し寄せてくる気配は、並の邪気ではない。

これ程の不浄の気に犯されていて、何故扉が開くまで自分は気が付かなかったのか…?

「バラモン様、お助けを!奥様…奥様…」

半狂乱になった少女の肩を掴み手に神の名を記した札を握らせた。

「お前は向こうの別邸を守る兵士を連れてこい」

「は、はい…」

「庭を走り抜ければ毒気を吸わないだろう、もし気分がおかしくなったらこの札を口に咥えなさい」

足がすくんだ少女を闇に押し出す。

「早く行け!奥様を助けたくないのか!」

大声で叱責され、少女は弾かれたように篝火もない奥庭へ走り去った。

その姿を見届けると祈祷壇に戻り、経文の書かれた巻物を持ち、水晶の数珠を首に掛ける。

この一家に何かあっては自分にとっても一大事だ。

ラメルの後ろ盾でシャディザールでの布教が自由にできるようになった。

王都を足がかりにザモラはもちろん、いずれは旧ツラン領にまで布教の輪を広げる。

寄進によって大寺院を建立し、多くの弟子を抱えアシュラ教の大本山に凱旋する。

自分を追った故国ベンダーヤの神官共を見返してやるのだ。

ラメルの出世は自分に帰依したおかげであると噂が立ち始めた矢先に…屋敷に魔物が現れたとなれば神官としての評判は地に落ちてしまう。

だがこちらに流れてくる淫気はただごとでない。

もしも魔の封印、邪の浄霊に失敗したら…こちらが取り込まれ生気を吸い取られる。

修行半ばでアヨドーヤ大神殿を追われた自分の霊力で太刀打ちできるだろうか?

そうだ…もし万が一の時は…

祈祷壇の下に隠してあった平たい木箱を取り出す。

中には翡翠の面が入っていた。

アヨドーヤ大神殿を去る時ある場所から奪い取ってきた物だ。

強力な浄化の呪(しゅ)が込められた祭祀具と聞いている。

もしも誰も正気に戻せなければ、ラメルだけでもこの面で救う。

そうすれば取り敢えず自分の後見だけは安泰だ。

面を天鵞絨布(ビロード)で包むと懐深く修め、本邸に駆けつけた。

広間の扉を少し開けて中を覗く。

赤々と輝く灯明に絡み合う全裸の男女の姿が照らし出されている。

これは…黒睡蓮の香りではないか?

では魔物ではなく襲ってきたのは魔道士か?

ならば…勝てる!

井戸に向かい冷たい水を手桶に汲む。

「悪鬼退散!」と大音声で呼ばわりながら扉を開け放った。

閉じられていた窓を開けて回る。

淫行の生臭い匂いと黒睡蓮の甘い香りが外へ逃げ、代わりに清々しい夜気が入る。

経文を諳んじながら手桶から柄杓で片端から冷水をばらまいた。

身悶えていた者達の眼に正気が戻った。

「さあ、立ちなされ!気をしっかり持つのじゃ」

「無駄よ…」

重なり合って蠢く男達の下から褐色の肌の娘が立ち上がった。

腕に正体を無くした若者を抱えている。

「精を吸われ尽くした躯だもの。立ち上がるなんて出来ないわ…来るのが遅かったわねバラモン様?」

「お前はエキドナ?どうしたのじゃその禍々しい姿は?」

その股間からくねくねとうねる蔦を生やし、細かく別れた葉がよじれ波打っている。

小寺院の扉の外で主人夫婦を跪いて待っていた楚々とした娘の面影はない。

いや、姿形は変わらない──エキドナそのものだ。

だからこそおぞましい。

「小間使いがお前が魔物を連れてきたと言ったが…それが魔物か?」

エキドナは腰を突き出し、股間の葛を誇示した。

「魔物ですって?失礼だわ!リンガ神からの賜り物に」

葛が硬く膨らんだ房でカタカタと床を打ちながら這い寄ってきた。

「おのれ!」

手にした巻物で葛を祓う。

「ひいっ!」エキドナが悲鳴を上げた。

巻物が触れた所から蔓が溶け、先房が落ちた。

「おお、やはり化け物か!さあ、成敗してくれるぞ、その若者を離すのじゃ」

バラモン僧は一気に歩み寄った。

「いや、ダメよ、この人は渡さない」

腕に土気色になった青年を抱いて後ずさる。

その時、眼前に構えた巻物が火を噴いた。

「うわあ!」

燃え上がる巻物から手を離す。

「ありがたい経文も燃えちゃったら只の灰だね」

天井から白い影が降ってきた。

「バラモン様だって?いい加減な事言わない方がいいよ。ホントにバラモンの地位に就いた神官なら巻物なんて頼らない、経文は全部身体の裡に入ってるからね」

透ける紗を翻し、銀のセルクルと宝帯を煌めかせた少年から発せられるベンダーヤの言葉…

だがその輝きは漆黒の髪に包まれた白皙の美貌の添え物にすぎない。

着崩れたペプロスから惜しげもなく曝される肌は大燭台の明かりを受けて真珠の光沢を放っている。

「お…お…」

見入ったまま、僧は修行に耐えて滅したはずの性欲が沸き起こるのを感じた。

馬鹿な黒睡蓮は四散したはず?

しっかりせねば取り込まれる…

首から数珠を外し前にかざす。

「淫魔め!」

「おや、黒睡蓮だって見破ったんじゃなかったの?この私を魔物扱いとは失礼な奴だな」

キラリ──僧を見つめる黒曜石の瞳が光った。

いや、光ったのは左眼の奥…真紅に燃える何か…

魔物などという類のモノではない!

神に近い霊位…僧の身体を恐怖が包んだ。

「ふうん、見えたのか。なまじ修行なんかするから見ちゃいけないモノが眼に入る…」

少年の声の響きが変わった。

火照る暑さでむせかえる広間に何処からか冷気が流れ込む。

「邪神め…」

「淫魔の次は邪神?ガイが聞いたら怒るだろうな…私はこれでも人間なんだよ…一応ね。お前と同じベンダーヤで生まれたのさ」

「な、なに?」

「同じアシュラ教典を学んだ者のよしみで、ついでにもう一つ教えてあげる。その数珠は私には効かないよ」

「何っ?」

「はったりじゃないよ。だってそれアースラ大神の御名が刻まれてるでしょ?かの大神を憑依(よりまし)できるのは私だけだもの…いまだ巫士(ふし)のお前ではいくら祈っても降りるのは、神使(みさきがみ)か眷属の精霊だよ」

「アースラ大神の尺童(よりしろ)?ふはははは…何がアシュラ教典を学んだ者だ?語るに落ちたな!アースラ大神の尺童を名乗れるは現人神(いきがみ)クマリのみ、当今(とうぎん)のクマリ神はベンダーヤ皇太子シェラム殿下に御(おわ)す、今は…」

今…は?…あのアヨドーヤ大神殿での惨劇の後、殿下はアキロニアに渡られたと聞いた…そのアキロニアで十年前に再び忌まわしき暴動に巻き込まれ…今は…行方知れず…

「ま…まさか…?」

「鈍いね…やっと気付いた?アシュラ神将の護符だらけの屋敷内でこれだけ仕掛けられて、おまけにこの邪気を隣の寺院で察知できなかった。おかしいと思ったでしょ?それは同じアシュラ教の“呪”の中で動いているからなんだよ…」

「い、いや違う!アシュラの神官は黒睡蓮などは使わぬ、ましてやあのような禍々しきモノなど」

指さす先に座り込んだエキドナの股間から、うねる葛が蛇の鎌首の如く先房をもたげている。

「でも気付かなかったでしょ?エキドナから“アシュラ教のバラモン様”がいるって聞いていたから、うまく結界を張ってアースラ大神の御霊力(みちから)しか外に洩れないようにしていたんだ…お前の霊力なんて私には遠く及ばない。それはお前自身が一番よく解っているよね?」

「い、いいや…認めぬ…認めぬぞ…クマリ神がかような出で立ちで居られるはずがない…」

「あっはははっ」今度は高らかに少年が笑った。

「黒睡蓮も飛び散ったというのに“かような出で立ち”に欲情してるのは、どこのバラモン様?」

少年の右半身、とくに下腹部から下は完全に剥き出しになっている。

しなやかに手足が動くたびに揺らめく灯りに陰影が艶めかしく変化する。

どう揶揄されても僧の眼は灯明を映す白い肌に吸い寄せられたままだ。

魅入られて逸らす事ができない。

間違いない…この少年はクマリ神だ…そうだ…これ程に淫靡で妖艶な…間違いない…やはり魔界の血を引いた者だ…噂は本当だった。

僧の額をじっとりと汗が伝う。

「やはり皇太子はイムシャの魔王の子か…」

押し殺した声で僧は呟いた。

「なにっ?」

「そうか、エキドナに化けているのはイムシャからの使い魔だな?」

シェラムの左眼が真紅の光を放った。

「だ…ま…れ…」グラリ…シェラムの身体が揺らいだ。

身体中を“怒りの気”が覆う。

「イムシャの魔王がアースラ大神の加護を破るべく使わした忌み子、そうじゃヤスミナ女王が拐かされ孕んだ魔王の子!」

「黙れーっ!」

シェラムは頭を抱えて崩れ落ちた。

広間が…いや本邸の建物全てがカタカタと揺れだした。

ギシッギシッ…吊られた大燭台が大きく揺らぎ溶けた蝋燭が落ちてくる。

僧はシェラムが自分の言葉により、何らかの衝撃を受けたと思った。

「何を目眩ましには掛からぬぞ!何がクマリ神じゃ、汚き魔道士め!」

嵩にかかって攻め立てる。

ピシリ──壁に亀裂が入った。

「魔王の子をむざむざと故国ベンダーヤの王位に就けてたまるか、この場で我が成敗してくれるわ!」

パラパラと天井から漆喰が落ちてくる。

“落ち着け!地震ではない、これは呪法、魔法の類…逃げてはならぬ”

「バラモン様!」

あの小間使いの少女が飛び込んできた。

後に甲冑の擦れる音と革沓の鋲が石畳を打つ足音が続く。

北の別邸から駆けつけた兵士達は広間の惨状に息を呑んだ。

「おお、よくぞ参った!たった今、我が法力でそこなる魔王の…いや魔道士を調伏したところじゃ」

「し、しかし、この揺れは?」

「この魔道士めの目眩ましじゃ、外は揺れておらぬであろう?」

「そ、そういえば」彼らは顔を見合わした。

立っているのも辛いほど揺れ動き、壁はひび割れ天井が落ちかけ、柱にも縦横に亀裂が入っていくというのに揺れているのは本邸だけなのだ。

壁から張り出す燭台や灯籠が落ちてあちこちに火の手が上がった。

正気に返りながらも満足に動けぬ者達から悲鳴が上がった。

「バ、バラモン様、天井の吊り燭台が落ちます!」

外の兵士は広間への一歩が踏み出せない。

「目、目眩ましじゃ!燭台が落ちる前に早うその少年の首を斬れ!」

彼らも鍛錬を重ね、戦を勝ち抜いてきた警邏兵の一員である。

意を決して剣を抜き、僧が示す少年の傍らに寄った。

打ち伏したままピクリとも動かない。

半裸となった躯は神殿彫刻のように美しい。

誠にこれが魔道士か?

「さあ、トドメを刺せ、そしてラメル様と奥方をお救いするのじゃ」

確かに倒れたままの准将を放ってはおけない。

一刻も早く介抱しなくては…

声に即され剣を振り上げた──

ブン!

「ぎゃああー!」

風を切る音と共に兵士の手を一本の矢が貫いた。

「!」

開け放たれた窓から次々と矢が打ち込まれる。

「おのれ、仲間がいたか?」

僧は兵士が落とした剣を拾い上げ、少年の上にかざした。

と──懐が光った。

衣を通してあの翡翠の面が光を放っている。

光を浴びた少年の手がピクリと動いた。

その時、眼前で叫び声が起きた。

「うわああー!」

「ぎゃ!」

矢の襲来で浮き足立った兵士の前に段平を構えた男が飛び込んできた。

一閃でなぎ倒される。

僧は倒れてきた兵士にぶつかり尻餅を着いた。

「シェーラ!」

弟を抱き起こす。

「……………」

「何やってんだ?いつもは自信と自尊心の塊みたいなお前が…」

「わ…たし…は…イムシャの…」

「何でもいいから、この揺れを止めろ!これ以上火が出たらヤバイぞ」

「ちが…う…わたしは…クマリ…」

「チッ!」触れてはならぬ所へ触れたか──

パン!

手っ甲を嵌めたままの手がシェラムの頬を打った。

正気を逸した弟にコ−シェミッシュの竪穴と同じ手が効くとは限らない…だが兄は他に術を知らなかった。

手っ甲の下でラカモンの環(リング)が青く光った。

「…ガ…イ?」

ピタリと揺れが止まった。

「…来てくれたの?」

「来て欲しくて書いたんじゃないのか?」──よかった…正気に戻った…

「うん…そうなんだ…ガイが来てくれたらいいなって…」熱いモノがこみ上げる。

あの竪穴で平手打ちされた時と同じように…心の内でわだかまっていた痼りが溶けていく。

「おい、抱き付くな!逃げるぞ、ぐずぐずしてると警邏隊の本隊がやって来ちまう!」

ガイの口から発せられるリズミカルなキンメリア語に血がたぎる。

「うん」

シェラムは立ち上がり乱れた髪をセルクルに押し込んだ。

「おいで、エキドナ!ああ、そうか…ガイ、悪いんだけどこのお兄さん担いでくれる?」

「何だこいつは?」

「私の信者の連れ合い…っていうところかな」

信者ね…陰部に例の宇宙樹そっくりのモノを生やした娘を見れば大体の想像はつく。

「行くぞ!どうやって国境からここまで来たんだ?」

「裏に馬車が…」エキドナが先に立つ。

半裸の少年は振り返った。

血塗れの兵士の下で起きあがれずに手足をばたつかせる僧を睨む。

「クマリ神を貶めた…この報いは必ず…」

塀の向こうから蹄の音が響いてきた。

「シェーラ!早く来い、警邏隊が来たぞ」

クマリ神は目を細めると小さく何事かを呟き、身を翻した。


隊長の屋敷から上がる火の手を見て駆けつけた本隊の兵士らによって広間に折り重なる人々が運び出されたあと、大音響をたてて吹き抜けの天井から吊られた花形の大燭台が落下した。

支えの列柱が共に倒れ、本邸は夜明けの光の中で瓦礫の山に変わっている。

翡翠の面を押し当てられたラメル准将が正気を取り戻し、野望を胸に秘めた警邏隊隊長としての顔に戻ったのは、その日の夕刻近かった。

その頃には邪神の陰気に当てられた衛士と召使いの中から、手当の甲斐無く絶命する者が続いた。

助かった者も憔悴しきって半病人の有様だ。

特にエキドナの躯に群がった衛士達…子供の頃から片腕となるよう鍛え上げた若者達は一夜にして寝たきりの老人同然となってしまった。

混乱の中で最も将来を嘱望された若者が一人消えてしまった事に誰も注意を払わなかった。

隊長様のお屋敷で何が起きたのかと訝しむシャディザールの人々の間を噂が駆け抜けた。

警邏隊に征伐された盗賊の残党に襲われ、屋敷に火まで掛けられながら多勢に無勢をモノともせずに本隊到着まで、戦い続けたラメル准将と衛士達。

召使い達の犠牲を出しながらも、准将が踏みとどまり押さえてくれたおかげで盗賊共はシャディザールの街中に進入できずに引き上げた。

奴らは王都を火の海にし、混乱に乗じて略奪の限りを尽くす計画だった。

逃げおくれた盗賊の捕虜が警邏隊の拷問で吐露したという話は、王都からザモラ国内に瞬く間に広がった。

感激した国王は一族を犠牲にして国を守った警邏隊長の働きを褒めて、ラメルに広大な所領を授けた。

ラメルの屋敷から長い葬列が続く。

シャディザールの人々は自分達の命と財産を守ってくれた英雄の棺に華を献げるため沿道に群がった。

盗賊に荷担した魔道士と戦い、これを退けたというアシュラ僧がバラモンの正装に身を包み葬列の先頭を行く。

中に奥様の身代わりとなって賊に斬られたという少女の小さな棺が一層人々の涙を誘った。

そのラメルの妻はあまりの惨状に衝撃を受け、床に伏せたまま起きあがれないため弔問客にも一切会うことはなかった。

弔問には国王の代理として大臣、将軍も訪れた。

荒鷲の鎧を煌めかせ弔慰を受けるラメル准将の姿は立派であった。

未だ崩れたままの瓦礫の影で灰色の小さな蜥蜴がその姿をじっと見ていた。


その頃“大槌亭”の近くに小さな飯屋が開店した。

リンガ神様の“提案”に一も二もなく賛同した大親分は配下の者にめぼしい店を乗っ取らせ、新しく子分にした若者に店主を任せた。

だが、他の子分達は眉をひそめる。

親分はじめ一家の幹部が総出で心酔する神様の思し召しに逆らう気はないが新入りは痴呆か病気持ちに見えた。

事実、使用人ごと買い取った店を一人で切り盛りするのは、まだ若い娘だ。

“大槌亭”の姐さんが妹分の娼館から証文を買い取り、見習い娼婦の足を洗ったエキドナであった。

その情夫(まぶ)だという新入りはエキドナが命じるままに皿を洗ったり店を掃除したり雑用をのろのろとこなすだけだ。

それも昼時の混み合う時間までで夕刻近くになると土気色の顔色になった青年は二階の寝室で横になってしまう。

寝台の枕元にはハヌマン神とリンガ神の絵姿が飾られ、花と供物が供えられている。

だがリンガ神がエキドナから受けた真の供物はこのような物ではなかった。

「あんた…」

今日も店の灯を落とし、使用人を帰すと足音も軽く二階への階段を駆け上がる。

「うう…」

モリヤがしびれた舌で声を発する。

はあはあと荒い息を吐きながらエキドナを一糸まとわぬ躯にすると、寝台へ押し倒しその陰部に唇を這わす。

エキドナは抗うことなく大きく足を開き、腰を揺すり上げた。

ぴちゃ…くちゅ…

染み出す愛液に緑色の粘液が交じる。

喉を鳴らして吸い込むモリヤの躯から痺れが引いていく。

濁っていた瞳にかつてのザモラ辺境警邏隊きっての出世頭といわれた知性の輝きが戻っていた…だがエキドナの呪縛から逃れる事はできない。

先走りの液を滴らせ、屹立したモノは自らの腹を打つまでに反り返っている。

「早く…早くくれ…エキドナ…」

「ああん、待って…もう少し愛してよ…そうしたら子袋が開くからさ…」

モリヤは口づけをし、躯中を舐め回し必死で奉仕する。

「せっかちねえ…もう…」

薄笑いを浮かべたエキドナは潤んだ蜜壺に自らの指を差し入れ二、三度抜き差しした。

「うっふう…リンガ神様…精を奉ります…」

枕元の神の絵姿を見ながら愛しい夫の爆発寸前の逸物をやんわりと握り、裡に導いた。

「エキドナァ!」

モリヤが一気に貫く。

「あっはあ!いい…あん…」

エキドナの足が跳ね上がりモリヤの腰を挟み込んだ。

激しい抽送に子宮が降りてくる。

子宮口が開きヨトガが這い出した。

押し込まれた男根が開いた筒先にすっぽりと治まる。

ジワリと樹液が染み出してくる。

「ああ!」

モリヤの躯が震える。

彼が得ているのは性の悦楽だけではない。

躯の麻痺は完全に去った。

強烈な飢餓がウソのように治まっていく。

逆に母の胎内にあるような満ち足りた陶酔に包まれる。

ヨトガはエキドナの子宮の寄生木(やどりぎ)となったのだ。

その寄生木に養われモリヤは生を繋いでいる。

彼の躯は一切の水も食物も受け付けないモノに変えられていた。

ただエキドナの子宮から分泌されるヨトガの樹液のみを吸って生きる。

樹木の根方に寄生する甲虫のようなモノだ。

エキドナは愛しい男を生涯繋ぎ止める為に自らの子宮を神への供物とした。

リンガ神がエキドナから受けた献げ物とは“愛しい男の子を産み育て母となる夢”であった。

やがてエキドナは人とした定められた生命を終える。

寄生するヨトガも共に枯れる。

そして養い親を失ったモリヤも後を追って衰弱死するだろう。

こうして死ぬまで夫は妻だけを見つめ“ずっと愛され添い遂げたい”というエキドナの願いは叶うこととなる。

「ヨトガはこの娘の躯の中で繁殖しないのか?」

シェラムの掲げる水晶球で二人の姿を眺め、一通りの説明を聞いたガイが溜息まじりに尋ねた。

「前に言わなかった?ヨトガはこの星では種子を作れないって」

ああ、そうか…だから宇宙へ飛び出していったんだっけ…

「それより、こっちだよ」

シェラムは水晶に手をかざし、映像を切り替えた。

長い葬列が映し出される。

「これは?」

「ヒドラの目を通して見えるものだよ。なんとか隊長さんだけは助かったみたいだね」

バラモン様の懐の中に何が入っていたのか──その癒光を浴びたシェラムには大体の想像がついていた。

「ヒドラ?あのアシュラの神官に見破られないか?」

「ふふん、あの程度の霊力で判るもんか。この仔はガイの嵌めてるラカモンの環だって平気なんだから」

結局、僧が自分の霊力で助けた人間は一人もいない。

「ああ、そうか…このリングは大概の妖魔は退けるとペリアスが太鼓判を押した代物だからな」

「でしょ?ヒドラはね魔界から召還した使い魔じゃないんだ。もともとこの地にあったモノから生まれたんだよ」

ウマの格好をした目が爬虫類で後ろ足に鱗がある獣…時には人間の女の姿にも化ける…そんなモノが地上の何から生じたというのか?

「“竜の塊灰(ドラゴン・アッシュ)”って聞いたことある?」

古にこの地上を支配していたセトの眷属達の石化した骨…時折その中から燃える水が染み出し永遠の炎を吹き上げるという。

その炎が凝って生まれたのが──

「火竜(サラマンダー)だったのか…」

「うん、あの仔はその中でも特別。銀の鬣(たてがみ)が頭の天辺から尾の先まで生えてるんだ。大地に溶けた諸々の気が混ざった銀灰から聖なる炎を浴びて生まれてきたんだよ」

その特別な火竜の目は夥しい数の棺桶を映している。

「…けっこう曲者だったね、この隊長さん。口封じにみんな殺しちゃったのか…」

ラメルにしてみれば憔悴しきった病人だらけで置いておけば薬代ばかり掛かる、暇を出せば真相がばれるというせっぱ詰まった状況だったのだから、この時ばかりは慈悲深い隊長様の顔をしてはいられない。

それでも手塩に掛けて育てた若者達に薬と偽って毒を飲ませた時は少なからず胸が痛んだ。

だが野望の為には致し方ない。

受けた被害も手柄に変えて噂をばらまき、何とか事なきを得た。

有力貴族の娘であるメヌエトだけは簡単に始末できないので、生涯屋敷の奥に幽閉するつもりだ。

その原因を創ったのは誰でもないシェラムなのだが…信者想いのリンガ神は墓地に並んだ棺を見ても間接的に自分が殺したなどとは露ほども思っていない。

「おい、この身なりのいい奴らが隊長になんて言ってるのか分からないか?」

兄の希望に答えようと、シェラムの目が細まった。

ラメル邸を去る時に呟いたと同じ呪文を唱える。

映像がめまぐるしく動いた。

「ヒドラを近くに寄らせた…あの仔の耳を通して何とか会話が拾えると思う」

ガイは耳を澄まして水晶球に寄った。


「ほう、仇を…」大臣は片眉を上げた。

「はっ、幼い頃より手元にて育てた者達、それに使用人といえど家族同然に慈しんで参った者達を下賎な輩の逆恨みにより失うなど慚愧に堪えません。是非に盗賊一掃の王命を拝したく…」

「しかし、盗賊一掃という事は我が国内…国境付近におる者共も征伐するという事であろう?」

「左様、きゃつらめの営む酒場、賭博場、淫売宿は近隣の悪党共の巣窟となっております。砂漠の盗賊共とともに盗品市を催し邪なる儲けを蓄えておる。あの隠れ家を残しておるから何度成敗しても盗賊共は滅びぬのです。断じて許すわけにはいきません」

「う…む…」

その邪なる儲けからザモラ後宮に夥しい賄(まいない)が上納されている。

おこぼれに預かる身では、そうか…と即座に首は振れない。

弔問席で皆一様に顔を見合わせる。

「取り敢えず、上奏はしてみるが…警邏隊は一ヶ月に及ぶ砂漠の進駐から戻ったばかり…」

「おお、そうじゃ。兵も馬も疲れていよう…傷んだ武具も修理せねばならぬし…」

「遠征となれば、食料も調達せねばならぬ、軍費も要りようじゃ。王の御一存では決めかねる事…」

「それに、このように幹部兵を失っては部隊の再編成もせねばならぬ。他の部隊から腕利きの将を回すよう手配しなければ…」

ううむ…ラメルは歯がみをした。

僅かな賄賂で国を傾ける奸臣どもめ──メヌエトから這い出した妖物はラメルの脳から砂漠の盗賊についての知識を引き出した。

見た夢を断片的に覚えているように、妻の口から尋ねられた言葉、またいつしか頭の中に直接響いてきた声を記憶している。

脳裏に浮かぶ白皙の美貌…情欲を煽る姿態…バラモン僧ビゼハッタの話では神を名乗りエキドナを誑かし操っているのはベンダーヤから襲来したイムシャ山の魔族だという。

エキドナ…締めた首の感触がまだ指先に残っている。

息も絶え絶えの衛士達はエキドナを売ったのは国境沿いの娼館であると白状した。

さらに彼女を力ずくで犯した事を涙を流して懺悔した。

エキドナが邪神の力を借りて復讐に現れた──ビゼハッタも衛士達もそう証言している。

邪神とは──国境沿いの酒場、悪名高い“大槌亭”にリンガ神が現れたという噂は警邏隊長の耳に当然入っていた。

“大槌亭”はエキドナが売られた娼館に近い。

リンガ神か…

若い頃遠征した辺境部族の村に祭られていた神像を思い出す。

魔神ハヌマンの脇で微笑む雌雄同体を殊更に強調した全裸の彫像。

ビゼハッタに対峙した半裸の少年の姿──最後の精まで吸い尽くさんと腰を振る妻の下から霞む目で見たそれは、まさに性愛の神そのものであった。

今度こそ邪神を調伏しアシュラ教の力を世間に認めさせるとビゼハッタは勢い込んでいる。

「再びエキドナが襲ってきたらどうなさる?」命の恩人となったバラモン僧の言葉は今のラメルにかなりの影響力を持っていた。

後から乱入し武装した兵士達を一撃で撲ち殺した男も気に掛かる。

砂漠の盗賊か国境沿いの巣窟か──どちらに奴らが関わっているのか判らぬ…ならばどちらも潰せばよい。

肝心なのは真相が…いや、余計な噂が洩れる前に彼らの息の根を止める事だ。

事は急を要する。

「軍備も食料も我らで整え路銀もこちらで工面いたす。それなら文句なかろう?」

ギロリと准将は居並ぶ弔問客を睨んだ。

三日に及ぶ葬送の儀がアシュラ神官によって滞りなく終わった翌日、辺境警邏隊は再び隊旗をかざし、国境へと進軍を開始したのだった。

第4章 完


あとがき

第3章に続き、また中途半端なところで…すいません、もう切る場所がなくて(爆)

だから第5章に続きます。(これも3章のあとがきと同じですね…いい加減にしろよ、自分)

“災齎(さいせい)”とはそのものズバリ“わざわいをもたらす”です、だってシェラムってトラブルメーカーの権化なんだもん(そういうキャラにしたのは自分なんですけど)いわゆる“社会の敵”“平穏の破壊者”ですから…

シェラム最愛の連れ合いヨトガですが、ハヤカワSF文庫版コナンシリーズの6巻目『大帝王コナン』に出てきます。

登場の仕方が素晴らしい…魔道士ツォタ=ランティに地下の竪穴牢獄に幽閉されたコナン(だから腰布一枚)が脱獄して地下の暗闇を彷徨っていると別の牢獄に行き当たる──そこには真紅の花を咲かせた植物に囚われた全裸の長身痩躯な男が…
進入者に葛を揺らし威嚇する植物を根から一刀のもとに斬り倒すコナン(この時には都合良く脱走のきっかけになった黒人から奪った剣を持っています)…シュウシュウと身悶えながら枯れ朽ちていくヨトガ。可哀想に〜

で、助けた全裸の男──これがペリアスなんだけど十年間ヨトガに精気を吸われて痴呆状態だったとか、ヨトガはヤグという星から来たとか、宿敵ツォタの生い立ちとかあれこれ説明するんだよね。

何でもかんでも見境無く“ぶった切る”(そういうゲームソフトがありますね)のが“コナン”なのでしょうがないといえば、それまでなのですが。
しかし勿体ない!
真紅の花ですよ、触手ですよ、全裸の男を十年も組み敷いて、しかも宇宙からやってきた妖木──こんな美味しいキャラがあっという間にやられて消えてしまうなんて…もう、二次創作書くときは絶対に復活させて大活躍させようと心に決めておりました。

あとステイジアのセト神に関しても、数億年に渡り地上を支配した爬虫類(鱗つき)=大蛇神セトの眷属という表記がシリーズ各所に見られるので、そのまま使っています。あ、ステイジアってエジプトです。(by創元推理版)

さて、アイーシャの仇討ち話は次回で終わるのでしょうか?(終わらせたい…)
ホント情けない作者ですみません。
でも、皆様から頂く感想メールを励みになんとかここまで書いてきたので頑張ります。
また、メール下さい。                               

書・U・記/拝

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