第8章 蒼眸は紺碧の海

アキロニアとネメーディアを分ける連峰の氷雪に源を発したロードタス河は首都のタランティアを始め幾多の都市と途中に点在する村々を潤しながらオフルとの国境を過ぎてタイボール河と合わさり、さらに流れ下ってポイタイン領内から流れてきたアルメイン河とアリゴスで一つになる。

そして大河は外洋に広がる海へと流れ込む。

アルゴスは黒海湾と西部大洋との分岐に位置し海洋貿易の拠点として栄えていた。

その最大の港が首都のメッサンティアである。

一部の富と結託した政治は交易を衰退させる――そのため君主国家ではあったが当時としては珍しく世襲制度は施していない。

有力貴族による合議で国策が定められ、王は彼らの一族から順に選ばれた。

もっとも幾重にも重ねられた婚姻で、どの家系から君主が出ても皆が王族の血縁に変わりはなかったのだが…

そのアルゴスの勢力を脅かす存在が隣国のジンガラであった。

アルゴスとは逆に、代々世襲によって礎を固めた王が強大な権力を駆使する中央集権国家である。

ジンガラは自慢の海軍によって制海権を握らんと徹底した海賊狩りを行ってきた。

そして、ついに先年バラカ諸島の海賊を一掃し、この海域を手に入れた。

実はこの海権完全制覇の裏には事情があった。

バラカ諸島の海賊の大本締めだった頭目とその手下達がコスの砂漠に性奴を買いに行ったきり戻らず、残った頭目達が次の大本締めの地位を争って内紛を始めた隙を突いたのだ。

――勝って当然である。

一国の海軍が混乱に乗じてでなければ制圧出来ないほど、外洋を牛耳る海賊の力は強大だった。

“処刑”の名の下に行われた大虐殺から奇跡的に逃れ、生き残った一握りの海賊はアルゴスが制海権を持つ海域へ逃げ延びた。

実はアルゴスの貴族達は海賊のパトロンである。

いや、未公認の海兵が海賊を兼ねているといった方がいい。

未公認の海兵――海戦が開くと正規軍と呼応してゲリラ作戦を展開する。

軍律や階級に縛られない“海の自由民”である。

普段はアルゴスの鑑札を持つ商船を守護する武闘船団であり、アルゴス以外の港に入る船には海賊となって襲いかかった。

そして戦利品の一部がパトロンの貴族に上納される。

ジンガラもそれは承知で海賊一掃作戦を強化している。

それでも両国間には戦いの火蓋を切れぬ現状があった。

ジンガラの北は蛮人ピクトが住む未開の地、東にはアキロニアの属領ポイタインが広がっている。

アルゴスの貴族の一派はポイタインの世襲公トロセロ伯爵と近しく、両国の間には日に何度も河川を行き交う連絡船が就航していたし、同じくアキロニア属領オフル公国と同盟を結び、隊商路を整備して陸地の交易で儲けを独占していた。

こうしてコスやシェムを牽制しながらも直接アキロニアとは合することなく“中立”を宣言して反アキロニア国家とも堂々と交易するしたたかなアルゴスは敵にまわせぬ国であった。

その隆盛の力をかって海賊を隠れ蓑にジンガラの商船を狙い撃ちにしたのはやりすぎだった。

西部太洋随一と自負する海軍を擁するジンガラである。

黙って煮え湯を呑んでばかりはいない。

国王を補佐する狡獪な大臣達とは別に先代王の頃から力を蓄えだした軍部の将軍達――特にバラカ諸島の海賊を殲滅し西部大洋の半分を納めた海軍将校達の中に“アルゴス討つべし”の機運が高まっていた。

事態が動いたのは一年前だ。

当時アルゴスの持つ交易の利権を重視した親アルゴス派の貴族が、自分の娘とアルゴス王の庶子との政略結婚…いや縁談を図った。

国王はこれを了承し、娘に貴婦人(イエドカ)の尊称まで与え祝福した。

こうなっては面と向かって反対はできない。

じたんだを踏む反アルゴスの重鎮に、この陰謀が持ち込まれたのは当然の成り行きであった。

引き合わせたのはツラン人――アキロニアに滅ばされるまではイルディス王の直下にいた“王の耳目”と呼ばれる間諜の一団であった。

“コナンの同志”を騙(かた)り、王族や貴族諸侯の姫君専門に拐かしをはたらくコスの奴隷商人…つまりどんな王女や深窓の令嬢でも性奴に仕立て上げて売りさばくという人攫い集団である。

金銀財宝、衣装に調度品…花嫁が婚家に持ち込む莫大な婚礼支度――それが報酬だ。

ついでに花嫁自身も…

密かに懐柔に成功した一部のピクト人を使い、婚礼の行列を襲わせた。

計画は見事に成功した。

――実はそのすぐ後で“コナンの同志”の偽者狩りの奇襲を受けて奴隷商も、ならず者の客達も皆殺しにされた…とは“王の耳目”は勿論報告していない。

ジンガラの姫は混乱に乗じて奴隷商の親玉を刺し殺したが、すぐに手下達に襲われ、ずたずたに斬られて死んだ。

他の姫のようにアキロニアに連れて行かれては一大事だったが、プライドの高さが幸いしてうまく死んでくれたので、これもジンガラの依頼主には黙っている。

イエドカと呼ばれた姫君は遠くコスの砂塵の彼方に連れ去られ、何処かの金満家に購われて今は奴隷小屋にでも繋がれているだろう――と思っている反アルゴスの一派は政略結婚の婚礼不履行という外交上の大失態を演じた親アルゴス派に対し一気に攻勢に出た。

国王の側近となった一派は海軍の補強を申請し、これを了承させた。

彼らは沿岸警備の名目でサンダー河沿いの領民――ジンガラ領の者は勿論、川向こうのアルゴス人達も強制的に連行してきて砦を築かせていた。

脱走する人足、もしくは首都のコルダヴァ王宮の反対派か敵のアルゴスに砦着工を知らせる者への警戒で見張り兵の数は異様に多い。

「おい!」

ずぶ濡れの薄汚れたベールを被り、泥だらけの足だけを覗かせた怪しい乞食はすぐに見とがめられた。

「どこから来た?」

黙したままのベールからはポタポタと水が滴り、垂れたところだけ素足の泥が落ちる。

覗いた足先は白くふやけている。

よほど長い間水に浸かっていたらしい。

まさか――

「河を泳いで来たのか?」そんな馬鹿な…遠く湿原の真ん中を流れる大河は、ここからでも濁流が渦巻くゴウゴウという唸りが聞こえる。

増水した河は茶褐色に濁り、所々に渦を巻き、凄まじい早さで流れている。

天然の防護堀だ。

だからこそ河の水が増している間に砦を建ててしまおうと、無謀な工程とは知りつつも人夫達に無理を強いている。

オレンジのベールからは何の反応もない。

逃げる素振りも、突きつけられた剣先に怯える風もなかった。

周囲の衛兵が集まってきた。

「言葉が通じないのか?」

「異国の奴隷船から逃げ出して来たのではないか?」

「だが足枷の跡も無いぞ」

「では知恵遅れの物乞いか?」

「ふうむ…」

武装した兵士に取り囲まれ、抜き身の剣や槍の穂先で威嚇されても、叫び声一つ上げずに突っ立っている。

頭が足りないか、気が狂いでもしたか…それが一番正しいかもしれない。

最初に声を掛けた兵が剣先をベールに突き刺し、上に跳ね上げた。

「おおおっ!」

どよめきが起こった。

ベールの下から絶世の美女…と形容するしかない少年が現れた。

破れ目の目立つ麻のトゥニカから覗く肌も白くふやけ、腰まで伸びた黒髪はぼさぼさに乱れて水を滴らせてはいるが、その艶やかな容姿、品のある風貌は際だっている。

大きな漆黒の眸に長いまつげが被さり、僅かな朱を帯びた頬にすっきりとした鼻梁が影を落とす。

紅を差したように濡れ光る半開きの唇から白い歯が覗く。

首筋から大きく裂けた襟元にかけての流線もなだらかで、息づく胸乳まで晒していなければ男装の麗人と見まごう程だ。

いや…

“女”より美しい…

「男娼か?」問いただす声も震える。

少年は小首を傾げた。

視線の先には、脱走の見せしめに首をくくられた死体が何体も塀につるしてある。

腐敗する前に、鳥獣に肉を喰われ骨だけになったものが多い。

望郷の念に囚われた怨霊が怨嗟の声を上げながら空を飛び回り、徘徊している。

ジンガラの言葉は分からないが亡霊に聞くのも懲りた。

ロードタス河を下ってポイタイン領に入ったまではよかった。

南の地方は雨期の終わりだった。

河口のアリメイン河に合流し、そのままアルゴスという国の…なんとかいう大きな港町に着くはずが、増水した川は何本もの支流を作り、他の河に流れ込んで複雑な水路を形成していた。

それでも海賊の歌を歌いながら小舟を操るのは爽快で、自分も一端の海賊気取りで“こっちだろう”――と思い定めた方向に進んできた。

思い定めたつもりになっているのは本人だけで、本当は位置を確認することができないまま刻々と勢いを増す河に流されるままに進んでいただけなのだが…

まだ小雨が降り続き、太陽も月も星も厚い雲に遮られて方角も解らない。

ただ流れに乗って櫂を操っているだけの素人船乗りでは、どこが分岐点かも不明だ。

それでも、とにかく物凄く大きくて人が一杯いて賑わっている港に着くはずだ――と信じて疑わなかった。

ヴァイロンが“お前に海を見せてやる”と誘ったアルゴスの首都メッサンティアはただの海港都市ではない。

陸路と海路の交流点だ。

人と物と金と文化がごった返し、ぶつかり合って混じり合い、またそれぞれの目的地に向かって旅立っていく。

王宮もあれば、海賊の溜まり場もある…自由と喧噪に満ち、華やかで爛熟した港なのだ――と兄は砂漠で弟に語った。

“海賊の溜まり場”――絶対行きたい!

東宮でヒューイに隠れて、旅路(ルート)をあれこれと検索した。

地図では此処を経由して海岸線沿いにステイジアに入る陸路が記されていた。

恩師ペリアスを探す旅の起点をメッサンティアに定めたのは、兄から散々に聞かされた“海賊の港町”への憧れだった。

だが賑わう港町に近づいているはずが…だんだん寂しい湿地帯になって…海賊どころか漁師の姿もない。

辺りを見回しても痩せた水牛を牽いた農夫がみすぼらしい身なりで立っているだけだ。

自信過剰で世間知らず、おまけに方向を読む手段を知らぬ王子様は、ここまで来てやっと迷った事に気づいた。

この河、違うんじゃないか?

小舟の上で迎えた夜明けは十回を遙かに超えている。

ヴァイロンが一緒なら陽が昇る度にナイフで傷でも付けて何日経ったか解る工夫など当然しただろうが…

本当は…ハドラタスに見送られアシュラ神殿地下の秘密の船着き場から旅発ってから一月近くが過ぎようとしていた。

これが普通の旅人、いや人間ならとっくに食料が尽きて大騒ぎなのだが、最初からそんなものなど積み込んでいない魔道士は今まで平気だった。

が…

やばい!――本当に遅ればせながらなのだが、シェラムはあせった。

誰かに聞いてみようにも昨日の農夫を最後に人影を見ない。

雨も止む気配はない。

舟に乗っていても河を泳いでも変わらないほど、ずぶ濡れだった。

急流の勢いに小舟の揺れは一層激しくなる。

眠れない――疲れから一瞬うとうとするが、すぐに目が覚めてしまう。

凄い湿気だ。

蒸し暑くて躯がだるい。

濁流は櫂も見えないほど濁っていて、生臭い。

気持ち悪い…生まれて初めて魔道士は“疲労”を感じた。

“ここは何処だ?…もう何日経っている?”

人を探すのを諦め、仕方なく辺りを彷徨っている水死した幽霊に尋ねてはみるのだが…

皆自分の恨み辛みを念々悶々と訴えるだけで、こちらの問いには答えない。

逆に縋り付いて離れない亡霊が増えてきた。

それでも死者の声を聞くのが生業の魔道士としては一応言い分は聞いてやろうと――浄化できるならしてやりたいと…それが裏目に出て、次々と水底から這い上がってくる霊達の怨念が塊となってあっという間に小舟がひっくり返されてしまった。

せっかく親切に接してやってるのに――吐き気とだるさを我慢して“弱気を助け強気をくじく”かっこいい海賊を気取っていた王子様は完全にキレた。

「まとめて獄舎に送ってやる!」

こうしてシルキ河からサンダー河にかけて迷っていた水没者の霊は一体残らず地獄送りにされてしまった。

救うどころか未来永劫、浄化も転生も許されずに暗黒の闇をのたうつ事になる。

が…当の仕置き人はそれどころではない。

流木につかまり流されている間に夜になった。

流されながらも岸辺近くに寄り、這い上がる場所を探そうと目をこらす。

しとしとと降りしきる雨に重く垂れた木々が川岸から垂れ下がり真っ黒な影となって延々と続く。

木々が発する青臭い匂いが夜の川面に充満している。

“あれ?”……その木々の間にちらりと火が見えた。

漆黒の闇に目を凝らす。

松明らしき灯りがひとつ…ふたつ…森の向こうに揺れている。

“よし!”迷わず流木から手を放し、黒い川岸に向かって急流を横切った。

流されながらも徐々に岸辺に近づき、やっと腐葉土が堆積した川底に足を着ける事ができた。

膝まで泥に浸かりながら松明目指して湿地を歩き続け、また河となっている所は泳いで渡った。

足を取られ、何度も尻餅をつき、汚泥に頭から転がり…丸太の杭を並べた柵らしき所に着いた時には、すっかり夜が明けていた。

柵といっても森から伐ってきた原木の枝を払っただけでただ繋いで建ててあるだけのものだ。

一本に一体づつ屍が吊され雨に叩かれている。

迷っている霊なんぞにモノを聞くもんじゃない――だから吊された人夫の霊にも訊ねるのはやめた。

髪から滴る水を絞った。

「どこからきた?」もう一度衛士は同じ質問をした。

それに対し答えたのは仲間達だった。

「こんな白い肌は北の大地の人間だろう」

「だが目も髪も黒いぞ」

「うむ、コルダヴァ(ジンガラの首都)の港で見かけた東洋人のような顔だが…」

「アキロニア人とは思えんな」

「アキロニア?」発音は変だったが、やっと知っている単語が出てきた。

「おっ、しゃべったぞ」

「アキロニアから来たのか?」

“アキロニア”しか解らなかったが一応頷いておく。

「どうする?」

「隊長の所に連れて行くしかないだろう?」

「まあ、人夫が足りないんだ。すぐにでも労役に就かせるさ」

「馬鹿か、お前?隊長の所に連れて行ったらどうなると思ってんだ?」

「どうって…?」

「まず湯浴みをさせて髪を結い上げ…」

「そうそうコルダヴァから買い付けた綺麗なおべべを着せられて…」

「ああ、大将軍様に献上か!」

「そう言うこと…」

「いいなあ…大将軍様は女を一人締めしてるんだ。せめて綺麗な男くらいこっちに回して欲しいよ」

ここで働いているのは皆攫ってきた近隣の村人だ。

普通の男は老いも若きも人夫として過酷な労役にかり出され、美しい女は将軍や上級士官達の性の相手兼身の回りの世話をする端女に、それ以外の女はよほどの老婆でもなければ隊長や下士官の愛人になっていた。

女が足りないから兵士は人夫の中から綺麗な若い男を選んで慰みものにする。

しかしこの大工事の指揮を執るボザイム大将軍は数少ない美女達を独占するだけでは飽きたらず、兵士達が目をつけた美青年や華奢な少年までも小姓という瞑目で取り上げ、褥に侍らせていた。

迷い込んだ乞食は砦の中に伴われた。

兵士達が寝泊まりしている小屋で湯浴みをさせ、食事をあたえ、寝床で休ませ――する間、噂を聞きつけた隊長や仕官がひっきりなしに寝姿を見に訪れた。

向き出しの肩から胸乳が薄暗い小屋の中で白く息づいている。

その下を…

肝心の腰が…陰部が見たい!

かけられた布を引き剥がし、燭台を近づけて隅々まで眺め回したい――衝動を堪える。

長いまつげが影を落とし半開きになった紅の唇から微かな寝息を漏らす――そのしどけない寝顔を壊したくなかった。

一目で惚れる。

誰もが自分のモノにしたいと思う。

だが、戦場では慰安婦は皆の共用物であるという決まりがあった。

“みんな交代で輪姦(まわ)そう”――あっさりと決まった。

抜け駆けしたいのは山々だが、惚れさせる自信はない。

逆に嫌われては沽券に関わる。

他の男になびく様を見るのも腹が立つ。

脇に置かれたオレンジの色あせたベールを見れば男娼だとわかる。

見掛けは少年だが、相手をあしらう手練手管は当然知っているだろう。

ならば皆で客になって可愛がってやればよい。

だが、噂の美少年を砦の奥にいる大将軍閣下に注進したごますり士官がいた。

早速、大将軍が自ら侵入者の“検分”に訪れた。

こうして見目麗しき男娼は、たった一度寝姿を拝んだだけで、砦の奥に連れ去られてしまった。


ボザイム大将軍はご満悦であった。

自分達で計画したとはいえ、こんな僻地で生活するなど…戦場で武勲をたてるならまだしも、ただの砦作りだ。

しかもコルダヴァ王宮には事がなるまで極秘で動かねばならず、馬具の手配も兵士の移動も大変な神経を使った。

なぜ、俺なのだ。他にも首謀者はいるではないか?なぜ俺ひとり、こんな割の合わぬやっかい事を押しつけられたのか…

手当たり次第に美女や美少年を抱くくらいしか溜飲を下げる術がなかった。

それが…

いきなりこんな美少年が…いや今までの女や少年とは美しさの格が違う。

エキゾチックな美貌は艶めかしく、あでやかで、それでいて品がある。

黒い眸で見つめられるだけで躯が震える。

「名は何という?」

側近の士官さえ目を見張る程、優しい声色で訊ねる。

少年は大将軍から与えられたコルダヴァ産の絹で織られた布を躯に巻き付け、幅の狭い帯で縛っている。

帯に縫い取られたダイヤが燭台の炎にキラキラと輝いたが、少年の雪花石膏(アラバスター)を思わせる肌の輝きにはかなわない。

少年は小首を傾げて“言葉が分からない”と身振りで示した。

「衛兵の話ではアキロニアという言葉に反応したそうですが…」恐る恐る側近の一人が口を挟む。

「アキロニア語なら解るのか?」訛ってはいるがアキロニア語でボザイムは再び問うた。

アキロニアは西方第一の国家として学術や文化の中心にある。

同盟国や中立国はもとより、反アキロニアの国々でもアキロニア語を解するのが一種の上流社会や知識階級の象徴(ステイタス)となっていた。

「解る」少年の目が輝き即座に答えが返ってきた。

この男はアキロニア語が通じる――シェラムの顔にホッと安堵の表情が浮かんだ。

「お前の名は?どこから来た?」

ホッとしたのもつかの間、本当の事をしゃべる訳にはいかない…考え込んだ少年に大将軍は矢継ぎ早に質問を浴びせる。

「お前の身分は?自由民か?奴隷か?何処かの店で飼われていたのか?」

店?…ああ、そういう事にしておけばいい…

「ザモラの売春宿にいました」嘘ではない。

ザモラ――西の果てのジンガラ人にとって、アキロニアから向こうの国々は“東洋の神秘”そのものである。

多少の文化知識のある貴族階級でもコス、コーラン、シェムを越える砂漠地帯の地理は判然としない。

東洋人か…成る程…

目が大きく、彫りの深い顔立ちが妙にエキゾチックに見えるのはそのせいか…

「やはり男娼か…名前は?」

「リンガ…」これもある意味嘘ではない。

「ザモラにいた者がアキロニア語を?」側近がいぶかった。

「そこを追われて、アキロニアに少しの間いたので…」あやしまれぬように、今度はザモラ語で答えた。

「ザモラ…の言葉のようですな…」

「もう、いい!お前達は下がれ。吟味は直接儂が行う」

いきなり今までの短気で横暴な大将軍に戻った最高司令官に一礼し、側近達はそそくさと私室を後にした。

そう、吟味すると連れてきたのは砦の奥に完成している将軍達の私室の中でも最も広く豪華なしつらえの“大将軍の間”だった。

「リンガか…お前ほどの美貌では客の争いも起きるだろう。居場所を転々とするのも無理はない」…と勝手に想像し納得したのだが、この少年を手放す雇い主がいるなど、それ以外には考えられぬ。

いや、男達は互いに奪い合って滅び、土地を追われた少年は新たな擁護者(パトロン)を探して旅に出たのかもしれない。

“力の無い者は滅びる…俺のように幾多の戦いを勝ち抜き、権力を極めた者だけが美の支配者になれるのだ”

ボザイムはそっと少年の顎に手を掛けた。

リンガは当然のように目を閉じて唇を開き、口づけされるのを待っている。

黒睡蓮の粉も忘我樹のエキスも小舟と一緒に川底に沈んでしまった。

今は術をかけてしのいでも、毎回こうして二人きりになれるとは限らない。

“しかたない…それこそ大槌亭でもやったんだし…最初くらいは温和しく抱かれてやるか…”

荒々しく入り込んできた舌を優しく絡めて吸う。

それだけで、ボザイムの息が荒くなった。

“それにサータも水死人の霊魂ばかりで苛ついてるし、ヨトガにもここらで淫気を吸わせておこう”

太くがっしりした肩に自分から腕を回し、躯を押しつけた。

“ただ、このおじさん、趣味じゃないんだよね。脂ぎってるし、頭は薄いし、鼻も低いし、唇分厚いし、口づけは乱暴だし…もうちょっと格好いい男ならよかったのに…”

その指の先で蛇の指輪が鈍くひかり、小指の爪が紅く燃えている。

ボザイムは寝室に誘う余裕もなく、少年を押し倒すと自分が与えた帯と絹布を剥ぎ取った。


床板は荒削りのままで、合わせ目は木肌がささくれている。

そんな場所に直接肌が触れる。

両足首を持って力任せに開き、持ち上げる。

腰が浮いた。

これ以上は…という所まで股間が開かれ、尻の窪みに屹立した男根が押しつけられた。

拳骨ほどもカサが張ったカリ首を無理矢理突き入れようと引いては押し…を繰り返す。

床にゴリゴリと擦られ、肩から背中にかけてみるみる真っ赤になった。

こんな手荒い扱いをされた事がない。

痛みで身を捩る。

自然と躯が上に逃げる。

「ほう、お前まだ経験が浅いのか?」

それを“まだ客を取った経験が浅く、性交に不慣れで無意識で挿入を恐れている”と勝手に解釈した大将軍は、足首を握る手に力を込め、抵抗を封じようと更に腰を押しつけた。

事実赤々と照らされた燭台の脇で、大きく広げられた双丘の窪みは小さく窄まり、使い込んだようには見えなかった。

爛れた痕もなく、色も淡い桜色で、当然、淫水焼けなどしていない。

髪と同じく黒色だが淡い翳りの陰毛から覗く陰茎も赤みを帯びてはいるが色素は薄い。

本当に男娼か?…と疑うほどの初々しさだ。

こんな肌は初めて見る。

初めて触れる。

とにかく一刻も早く躯を繋ぎたかった。

「温和しく抱かれろ、可愛がってやる」アキロニア語で話しかける。

しかし“可愛がる”やり方を知らないらしく、己の猛りを押しつけるばかりで、潤滑の香油どころか唾もつけない。

“挿れてしまえばこっちのものだ”――勿論、愛撫など施そうともしない。

側近に言わせればいつもの事だ。

女だけでは飽き足らないのではなく少年の肛門も使わないと夜伽の代わりが無いのだ。

側近どころか兵卒まで衆知の巨根の持ち主が隆々としたまま、なんの準備も施されぬ陰門や肛門に闇雲にぶち込むだけなのだから、大体一度の交わりで裂けてしまう。

もっとも裂ける前に痛みで気絶し毎回、正体のなくなった血塗れの股間を突き上げるだけという味気ない交わりなのだが…

傷ついた女や少年が治るまで、次の犠牲者が連れてこられ…ついには青年の肛門まで犯された。

中には出血が止まらず死んだ女もいる。

傷が癒えれば当然また夜伽の相手をさせられる。

抵抗する美女や少年は縄で縛って犯された。

そして逃げようとした者は…

生前の美しい容姿を想像することも出来ぬ姿になって、杭の先で雨に打たれ揺れている…

“冗談じゃない!”

シェラムは上半身を起こし相手の肩に手を掛けた。

そのまま相手の胸に自分の胸を密着させ、躯を引き寄せた。

「うん?」何をする気だ?ボザイムの手が緩み両足が自由になった。

その足を相手の腰に回す。

ただし股間を締めるのを忘れない。

そのまま太腿で天をつくようにそびえる剛直を挟んだ。

「おおう!」いきなりの怒張の締め付けに、腰を浮かせたボザイムは逆にシェラムに押され、相手を抱えた形で尻餅を付いてしまった。

正直、カニリアで買った性奴から受けた愛撫は“恐怖”に後押しされた稚拙なものだったし、大槌亭で亭主や女将達から施された性技も目眩ましをかけて犯されているように見せかけていたのだから、そんなに色々の手管を知っている訳ではない。

だが、これくらいは…

いわゆる対面座位の素股である。

相手の首を抱え、顔を近づける。

横に広がった鼻をぺロリと舐めた。

「うおおおお!」それだけで大将軍は射精した。

まだ一擦りもしていない。

しかし上から覗き込む黒い瞳と、顔中をついばむ赤い唇…

首に廻されていた腕が外され、しなやかに胸を這い、立ち上がった尖りを柔々と揉みほぐす…

背中にまわされたもう片方の手が背筋をゆっくりと撫で上げる…

そして意思をもったようにウネウネと這い回る漆黒の長髪…

爆発した――我慢などしようとも思わなかった。

大きく息をするボザイムの口中に少年の左の小指が差し込まれた。

“吸ってごらん…人外の快楽を味わえる…”

頭の中で声がする…夢うつつでその小指を吸った。


重い足取りで端女と小姓の一団が“大将軍の間”に通じる戸口に姿を現した。

昨晩、また新しい“生贄”が連れて来られたのだという。

この扉の向こうで精液と血にまみれて転がっている少年を思うと、自分の躯に加えられた忌まわしい責めと痛みを思い出し、足がすくんでしまう。

「早く行け」しかし見張り兵に即され、仕方なしに扉を開ける。

「ううっ」思わず鼻を手で覆った。

物凄い性臭が部屋中に充満している。

生臭い独特の精の匂い…無理矢理に覚え込まされた香りであったが、こんなにキツイのは初めてだった。

“?”燭台も消えた部屋に降ろされた板戸の隙間から朝の光が差し込んでいる。

「ひえ!」薄暗い部屋は白濁した液でベタベタだった。

床と言わず壁と言わず、窓を塞ぐ板戸にも果ては天井板にまで飛び散っている。

そのど真ん中に…寝室にも行かずに部屋の主が真っ裸のまま仰臥していた。

大の字に伸びた躯の胸が大きく上下して、ヒューヒューと荒い息を吐いている。

苦しそうだ――だが、その顔はだらしなく歪み弛緩している。

だらしなく力を失っているモノがもう一つ…今まで散々泣かされてきた股間の逸物がだらんと垂れ下がっている。

しかもカリ首の先が赤く爛れていた。

「しょ、将軍様?」

「大将軍閣下?」

声をかけるが反応が無い。

「きゃ!」

端女の一人が悲鳴を上げた。

寝室に通じる扉にもたれかかり、純白のシルクを纏った美女がこちらを見ている。

“昨晩のお相手は少年だと聞いたけど…”――じゃあ男?この美貌が…男?

彼は“同僚”の集団を一瞥すると、当然のように今まで眠っていたであろう大将軍閣下の寝台に戻って行った。


側近が慌ただしく出入りしている。

軍医は“あまりに激しく気を遣りすぎた結果、絶頂で失神した”と診断した。

“腎虚の一歩手前まで精が吸い尽くされている”――とも…

手当を受ける大将軍の寝台の隣で所在なく窓から雨にけむる戸外を眺めている少年…

側近達は何も言わずに彼をボザイムの枕辺に侍らせていた。

本当なら大将軍閣下を腹上死寸前にまで追い込んだのだから、拘束されてしかるべきなのだが、それができない。

剥き出しの肩に漆黒の髪が際だち、純白のシルクから透ける桜色の乳首と相まって凄まじい色気が側近達の目を釘付けにしていた。

腰に巻かれたダイヤの帯がキラキラと輝き、薄暗い寝室で、この少年の周りだけがボオッと白く光って見える。

処方された気付け薬と強精剤が効いて大将軍の意識が完全に元に戻ったのは、その日の夕刻近かった。

やっと正気に返った大将軍が一番に行った事は囲っていた端女と小姓の払い下げだった。

つまり今まで夜の伽をさせていた者達を部下の士官や兵士達に与えたのだ。

「リンガ…」猫撫で声で名を呼び、機嫌を取る大将軍を見れば、どんなに否定したくてもこの男娼に一晩で骨抜きにされたのは公然の事実である。

「しばらく夜の方は控えられませ」再び診察にやってきた軍医の胸ぐらを掴むと大将軍は掠れた声で一括した。

「お前は俺がリンガを抱けるように強壮剤を持ってくればいいんだ」

――かつて大槌亭に出入りの医者が親分や女将になじられたのと同じ台詞だ。

ボザイムは砦の工事状況の視察を側近に代行させた。

士官が報告を行う執務室にも行かず寝室に引きこもった。

食事も寝室に運ばせた。

大皿に盛られた骨付き肉、揚げた魚、海草を煮込んだスープに麦酒を満たしたピッチャーが運び込まれて、暇を出した端女や小姓がこの時ばかりは給仕に現れる。

彼らは寵愛を独り占めした美貌の男娼をそっと眺めた。

ボザイムが薦める料理には手をつけずに黙って暮れていく空を眺めている。

“この人、何も食べない…何も飲まない…”――それに気づいたのは朝夕の食事を運ぶ彼らだけだった。

いや側近と軍医は別の事から少年の魔性に気付いた。

寝室から洩れてくるのはボザイムの喜悦する声だけだ。

朝になると夥しい精が…本当に連日連夜どうしてこれ程の精が漏れるものか…と疑問に思うほどの白濁した液が辺り一面に飛び散り、掃除に追われる羽目になる。

鍛えられた戦士であっても夜ごとの荒淫は瞬く間にボザイムをやつれさせた。

顔が土気色に変わり、目の周りがどす黒く落ち窪み、肌がかさついて生気がなくなった。

それでも大将軍は少年を片時も離さない。

時には肌を合わせたまま側近から報告を受ける事もある。

起きあがることも出来なくなった大将軍に跨った少年が躯をくねらせている。

緩慢に腰が上下して、裡に呑んだ男根から精を搾り取る。

うろたえる側近を見ながら躯を繋いだままの少年は真紅の小指を咥えると、ニヤリと笑った。

目も眩む魔性――

だが彼らは本当にボザイムが地獄の快楽に耽溺する様を見たことはなかった。

深夜――散々に嬲った相手の股間にシェラムが蹲っている。

萎えきった逸物を咥え、睾丸を柔々と揉み、肛門に差し込んだ指を抜き差しする。

落ち窪んだ目を見開いたままのボザイムは大きく口を開けたまま、終わることのない絶頂感(エクスタシー)に毒されている。

ようやく勃ち上がってきた――唇から出した剥き出しのカリ首の先を真紅の小指が掻いた。

「ううう…」いつもの…いつもの責めが始まる――ボザイムの声が震える。

小指の先から緑の芽が頭を出した。

見る間に細い触手となって伸びていく。

その先端はカリ首の鈴口にのめり込んでいる。

「あううううーっ」ボザイムがのけぞった。

ゆっくりと尿道を犯されていく。

苦痛とも快楽ともつかぬ異様な感覚で腰がしびれる。

そう、痺れているのだ。

既に精には血が混じり、毎夜犯されるカリ首は腫れ上がり、糜爛して膿が出ている。

まともに排尿できない。

躯にむくみが出ている。

それでも苦痛は無い。

痛覚だけではなく空腹感も麻痺している。

ただ性感だけが…射精の快感だけが異常に高ぶっている。

精を放つ度に腰の番(つがい)が外れるほどの浮遊感に襲われる。

一度味わえば忘れられない快感、いや…もうこの快楽なしでは生きていられない――中毒だ。

肛門に差し込まれた少年の指がコリッとした痼りに触れている。

緩急をつけて押される。

鈴口を犯す緑の管も粘液を染み出しながら抽送を繰り返す。

「出させて!出させてくれ!」

腰を揺すって懇願する。

「我…慢でき…ない?」片言のジンガラ語だった。

「ああーっ駄目だ!おおう!出るう!」大騒ぎしても脱力しきった手足はピクリとも動かない。

“じゃ、一回味わおうかな”

ズルズルと触手が引き抜かれ、同時に赤く染まった精を吹き上げた。

指に付いたそれを上手そうに啜る。

“…やっぱり血が濃い方がおいしい”シェラムはもう一度、勃起させるために唇を寄せた。

シェラムとヨトガの貧欲な食事は果てしなく続く。


異邦人が砦の奥に連れ去られてから十回目の夜が明けた。

「聞いたか?大将軍閣下が視察に来なくなった理由?」

「ああ、あの男娼に骨抜きにされたんだろう?」

「日がな一日寝室に籠もりきりで執務室にも出てこないそうじゃないか」

「お陰でいい女が、こっちにも回ってくるようになったんだ、構わないじゃないか?」

「そうとも、女だって小姓だって俺達の方が扱いが優しいって喜んで抱かれるぜ。あの男娼に礼を言いたいよ」

「そういや昨日抱いた女が気になること言ってたな…」

「ああ、あの女はまだ端女として“大将軍の間”に出入りしてるんだったな」

「うん、朝晩食事の世話をしに行くんだが、一昨日辺りから飯も食わなくなったと言ってたぞ」

「そりゃ、さすがの男娼も大将軍に一日中責められたらそろそろ保たないだろうよ」

「ああ、俺はあの綺麗な顔が一晩で使い物にならなくなるんじゃないかとヒヤヒヤしてた。よく保ったよ、あいつは」

「いや、そっちじゃなくて…閣下の方が…」

「ええっ?」

「持っていった料理が手つかずのままなんだと…」

辺りが昨日より明るかった。

雲が切れかかり、雨期の終わりは時間の問題だ。

太陽が見たい――と誰もが思っている。

微かに降っている霧雨の向こうにそびえる砦の中核をそっと眺めた。

その最上階の奥の間では、ついに腎虚になり意識が朦朧としたまま起きあがることも出来なくなった大将軍が軍医の手当を受けていた。

「…このままだと衰弱死です」後ろに控える側近達に動揺が走った。

「閣下はこの計画の総責任者だ。今からコルダヴァに代わりの指揮官を派遣して貰うことはできない」

軍医の手前、こう言ったが、本当の理由は国王には内密で反アルゴスの閣僚貴族が計画した工事だから…である。

今この密謀の中枢に携わるボザイムが欠ければ、計画自体変更を余儀なくされ、最悪頓挫しかねない。

アルゴスを打ち負かし、その富を奪う絶好の機会なのだ。

もう後には引けない。

「何とか治せ」

軍医はゆっくりと頷いた。

「鍛えたお身体ですから、滋養のつく物を摂って十分に休養すれば回復するでしょう…ですが…」

「ですが?」

軍医は窓辺に腰かけて、飽きずに外を眺める男娼を睨んだ。

「それには、まずあの男娼を閣下から永遠に引き離す事です」

「うむ、閣下が正気に戻らぬうちに海岸の小屋に移そう」

「永遠に…と申し上げた。後の愁いを絶つなら…可哀想だが始末すべきです」

「えっ?殺すのか?」側近達に新たな動揺が沸いた。

彼らもボザイムが倒れたら、この少年を幽閉するつもりでいた。

そして、自分達の慰み者として囲うつもりだった。

そうでなければボザイムに貫かれ、悩ましく躯をくねらせる少年の媚態を――どうして黙って見ているものか!

衰弱していく大将軍を横目に黙々と執務をこなしたのは倒れる時を狙っていたからだ。

死なれては困るが、今までの傍若無人な言動が影を潜めてくれれば多少の衰弱は大歓迎だ。

「う…うむ…解った。一応、小屋に移そう…ここでは死体の始末に困る」

“別に困らないではないか…他の人夫達と同様、首を吊って杭に掛け、腐るに任せて鳥に喰わせればいい”

軍医は胸の中で嫌味を呟いた。

「着替えろ」男娼にあのベールと破れたトゥニカを差し出した。

素直に受け取る。

恥じらう風もなくダイヤの帯を解き、シルクを床に落とした。

その時、雲の切れ間から久方ぶりの陽光が指した。

その明かりに真っ白な裸体が浮き上がった。

一斉に息を飲む。

咳き一つ発する者はいない。

ただ黙って少年がトゥニカを被り、ベールを纏うのを眺めている、

一番先に気を取り直したのは軍医だった。

「准将、外へ…」側近の一人に指示を出す。

慌てて少年の前に立つ。

「来い」簡単なアキロニア語なら話せる。

「どこ…いく?」返ってきたのはジンガラの言葉だった。

「お前、言葉が解るのか?」

もしかしたら今のやり取りを…

「少し…覚えた…ここ…いたい…他…いや…」

どうやら、自分達と大将軍、それに朝夕給仕にやってくる端女や小姓達の会話を聞いて覚えたらしい。

それにしても十日ほどで、よく…

「お前がいては閣下が治らない。海の近くに移すんだ」

こうなったらジンガラ語で構わない、暴れたら縛って担ぎ出せばいい。

「うみ?」

「そうだ。海岸に見張り小屋がある。しばらくそこにいろ」

「行く!」少年の目が輝いた。

「うみ…見たい…波…触りたい…塩の味する…ほんとう?」

「ああ、塩辛いぞ。それに波の高さは河なんて問題じゃない」

「行く!」

頭からベールを被った少年は柔らかな陽光が差し込む林に連れ出された。

勿論他の士官や兵士には極秘である。

人目を避けて側近二名が前後を挟んで護送する。

なぜなら行き先は大した距離ではないからだ。

砦の裏に広がる原生林を抜け――眼前に青い海と小さな砂浜が広がっていた。

周りは押し寄せる波の寝食で切り立った岩場――入り江が深く切り込んで、天然の港になっている。

海風がきつくないのは左右を囲うようにそびえる岸壁に邪魔され、さらに針葉樹の林がそれを防ぐからだ。

“こんな近くに海があったなんて…”

海の男なら潮の香りと波の音で砦にたどり着いた時点で気づくのだが、なにせ話でしか“海”を知らないのだから仕方がない。

「おおきいーっ!」キンメリア語で怒鳴った。

足下に押し寄せる波は穏やかだが、岸壁の切れ目から向こうは真っ白な波が次々にぶつかり、聞いたこともない大きな響きを立てている。

いつしか、どんよりとした雲は遠く流れて、真っ青な空に真っ白な雲が浮かんでいた。

「ほら、こっちへ来い。あの小屋に入るんだ」

「おいっ!待て!」

少年は波に向かって駆け出した。

「海だ、海だ、海だーっ!」

これが海の匂いなんだ、波の音なんだ。

幼い頃から憧れ続けた“海”を実感する。

海水をすくって口に含む。

「ンべっ!」何?この味?

確かにしょっぱいけど…でも苦いし…

「不味いよ、ガイ」キンメリア語で文句を言ってみた。

“ガイ…着いたよ、海に…いつか連れて行ってくれるって約束してくれたけど、一人で来れたよ…”

ペリアスの別邸で川面を見ながら歌った歌は…

“おーれたーちゃ、ふーなのーり、荒くれものさー、怒濤渦巻く大海原にー、こぎ出せ、こぎ出せ、お宝目指しー”

ふいに胸が熱くなった。

兄の肩車の上から何度“海”を想像した事だろう。

“夜の嵐もなんのそのーっ、いつか夜明けはやってくるー、三本マストのてっぺんに、おてんとさんがのぼるのさー”

「ガイ…逢いたいよ」本当は二人で“海”を見たかった。

“心配してるかな…みんな…”その兄の努力と周囲にかけ続けた迷惑の甲斐あって、やっと他人を思いやるという感情が芽生えた王子は初めての“海”を前に幼い頃の思い出と感傷に浸っていた。

「おい、何してる?」やっと護送官が追いついてきた。

「海賊…どこ?」慌ててジンガラ語で誤魔化した。

ベールのお陰で涙で潤んだ目は見られていないが、キンメリアの男が人前で泣いたと悟られては沽券に関わる。

「はあ?」

「うみ…海賊いる…どこ?」

「ああ、お前が温和しくそこの小屋で暮らしてりゃ、あの辺りを通るかもな」遙か水平線を指さす。

「あ…そこ?あ…んな…遠く…?」

「海賊を見つけたら狼煙を上げて知らせるんだ、あそこはその為の小屋さ」

もっともこの入り江を襲う海賊は去年壊滅してしまったが…

「海賊…見たい…」伸び上がる白い脛が陽光をはじき、砂がキラキラと輝いた。

二人の士官の喉がゴクリと鳴った。

本当は今夜にでも通ってくる将軍達が味見をしてから…が暗黙の了解なのだが、急な展開でここには自分達しかいない。

別にはっきりと順番が決まっている訳ではない――今なら…

「おい、そこへ寝ろ」

ベールに手を掛ける。

「いやっ!」身を翻した。

「散々、男といちゃつく様子を見せておいて、今更なんだ」

「勿体ぶらずに全部脱げ」

「いや、うみ…いや…」憧れの海はシェラムにとって神聖な場所だった。

ここで犯されるのは嫌だった。

「ここ…いや…あそこ…」小屋を指さす。

ただでさえ抜け駆けなのに、この上抵抗されて躯に傷でも付けたら上官に…

「そうだな、ここじゃ砂まみれになるしな…」顔を見合わせる。

「黙って言うことを聞くか?」

「逃げたらただじゃすまないぞ」

ベールが頷いた。

「ここ…ずっといる…海賊…来るまで…」


魚油が燃える生臭い匂いが小屋に充満している。

だが、匂いはそれだけではない。

後ろを穿たれて注がれた精が溢れて太股を伝い、飲み込めずに唇から零れた別の男のモノが喉から胸乳に滴る…その性臭だ。

既に昼間二人の護送官から肛門と口に一度づつ精を放たれている。

二人が満足して去った後、海水に飛び込んで洗った。

澄んだ水は底の岩に張り付く色鮮やかな海草や、宝石のように美しい小魚まではっきりと見える。

だが、しばらくすると皮膚が赤くなって…ピリピリして我慢できなくなった。

仕方なしに原生林を迂回して注ぎ込む濁った河まで出向いて、躯を浸した。

それからずっと…髪が海風で乾いても砂浜に坐り海を眺めていた。

水平線に太陽が沈む。

海が刻々と色を変え、オレンジと群青と藍と濃紺と…数え切れない色が混ざり合って夕闇を染める。

“なんて…なんて美しい…”

ここは清い場所だった。

あの砦に渦巻いていた怨霊達は原生林の木々が発する浄気に遮られて海まで出られないのだ。

“まあ、ここで逢ったのも何かの縁だろう…”

いつも窓辺に坐り外を眺めていたのは…

男娼として大将軍に囲われた魔道士は彼らの恨みを適えてやった。

窓の外に群れなして怨嗟の声を張り上げ、恩讐を訴える亡霊にボザイムの衰弱していく様を見せ、瀕死の声を聞かせた。

“そう簡単に殺しはしないよ…もっと、もっと…枯れ枝みたいになるまで搾り取ってやるからね…”

亡霊の歓呼の声に包まれて窓辺に坐り、干涸らびていく生贄を更に苦しめる算段をあれこれと思いめぐらす。

“もっといたぶれる…ああ、ゾクゾクする”怨霊の復讐の依頼に応えるうちに魔道士の血が騒ぎはじめ、やめられなくなった。

楽しくて仕方がない。

“ここ…いたい…他…いや…”――本音だった。

ボザイムは鍛えられた戦士だ。意志も生命力も半端じゃなく強い。

衰弱し、意識が朦朧となるまでに十日もかかっている。

弄ぶのはこれからが本番…幻覚を見せ、幻聴を聞かせ、ここに渦巻いている怨霊達の声をたっぷりと聞かせて脅してやる。

今、大将軍から離されたら寵愛を独占するために、嫌々ながらも犯されてやった意味がない。

出来るかぎり素股や指の愛撫で逃げはしたが…それでも報告に訪れる士官達の目は欺けないから、一日一度は躯の裡に導いてやった。

口中で奉仕し、生臭いモノを呑み込んで見せた。

それもこれも亡霊達の復讐を遂げさせてやりたいと思ったからだ。

しかし――

散々責め苛んで、腹上死させるつもりでいたのだが“海”の一言で、あっさりと彼らの依頼を途中で放りだした。

“気持ちいい”…シェラムは波間を渡る清々しい気を吸っていた。

実はペリアスが早くに魔道の師として、また養育者として手を引き、シェラムを自由にさせた原因の一つがこれだった。

シェラムは魔道に身を置きながら、清浄な気も吸う。

それは生まれ落ちてから三年、生き神として育てられた経緯に由来する。

アヨドーヤ大神殿で神の最も強い気を浴びた幼少期の影響は計り知れないほど大きく、どんな邪気を帯びてもその神聖が損なわれる事はなかった。

聖なる気を完全に身の裡に取り込むまで、師であっても魔道士のペリアスは側に寄れなかった。

それ程、強力な…高潔で純粋な気を取り込んだ。

「もう、淫気はいいよね」小指の爪が真紅から濃い桃色に薄れている。

残酷な衝動も治まった。

だから食事と灯火を持ってやってきた将軍達から、もう精気は吸わなかった。

黙って抱かれた。

彼らはボザイムと違って愛撫を忘れなかった。

男娼から一方的に奉仕を受けるのではなく、少年の躯も昂ぶらせ喜悦を与えようとした。

類い稀な美貌が紅く染まり、どこの娼婦も及ばぬ淫蕩な媚態を晒す姿を見て興奮した。

コルダヴァ産のオリーブオイルに何かの淫薬を混ぜた香油を後ろの門に垂らし、柔々と揉みほぐしてくれた。

もう一人の男は指で広げた窄まりに舌を入れてきた。

別の男はその口に男根を与えながら、勃ち上がるまで擦ってくれた。

さらにもう一人は…

シェラムも快楽を我慢しなかった。

ザモラでは何をされても漏らさなかったが、ここでは抱かれる度に射精した。

波の音が心地よくて…

いつの間にか意識の箍が外れていた。

勝手に高まる。

自然に退く。

それは抱く側も同様だった。

男達は少年の裡に放つ時、心も解放していた。

知覚、感情、理性、意思…喜怒哀楽や憎悪、嫉妬、不安、野望…ありとあらゆる心の襞が隅々まで暴かれる。

剥き出しになったそれをシェラムは自在に犯した。

そう、男娼の躯を陵辱する時、逆に男達の心は弄ばれていたのだ。

どんなに巧な愛撫でも躯から得られる快楽はたかが知れている。

心を犯す快感を知ったら他の愉悦など問題ではない。

射精した後の虚無感も、淫気を吸いとり操った後の焦燥感も無い。

だから――“もっと抱いて欲しい”…シェラムは初めて自ら肉欲に溺れた。

もっとも耽溺の度合いは抱く側の方が酷かった。

“これが大将軍が溺れた快楽か”――全く違うモノであったのだが、脳内を陶酔させる愉悦を知った将校達は驚喜した。

ただ一度“リンガ”を味わうと中毒になる…事だけは変わらない。

上官になるほど職権を笠に着て毎夜足繁く小屋に通った。

昼間執務に励んでいても“リンガ”の吐息を…声を…肌を思い出すと我慢できずに隠れ場所を探し、自慰した。

ひたすら夜が待ち遠しく…

こうして“リンガ”は一晩に五人…多い夜は十人からの士官に抱かれながら、昼間は飽かずに海を眺めて日々を過ごした。

ボザイムは軍医の手当の甲斐あって、なんとか寝床から起きあがれるようになったが、未だに一人では歩けず、意識も混濁したままで意味不明の言葉を呟いている。

お陰で将軍、准将をはじめ上級士官達は、この小屋で憧れの男娼を心おきなく自由に抱くことができた。

食べるために躯を差し出す――ここに囲った士官達は皆そう思っている。

勿論シェラムが躯をひさぐのは要りもしない食物の為ではない、海賊がくるという海の側に居たい為だ。

心を貪るという快楽に耽溺したからだ。

だから彼は敢えて、食べて、寝て、媾うという“人の生活”を試みた。

『変わったことを面白がる』――ヴァイロンが指摘した常人には計り知れない感性がまたぞろ頭を擡げている。

生き神でも魔道士でもなく、ましてや皇太子でもない――流れ者の男娼として扱われ“普通の人間の振り”をすることが新鮮だった。

日に一度運ばれる食事をありがたく頂き――この頃になると皆争って少年の気を引こうと躍起になったので、閨の扱いも優しくなり木綿ではあったがガウンやキトンを与えられ、着替えもできた。

施される食物も端女や人夫と同じ粗食ではなく、自分達が食べている物と同じ料理を持ってくる士官が増えた。

彼らは一々“美味いか?”と尋ねる。

育ち盛りでありながら一日一回の食に飢えた様子もなく、どこで躾けられたのか上品な作法で口に運ぶ様を満足げに見ている。

そして、口を拭った少年が与えられた服を脱ぎ、藁を敷いた寝床に横たわり、後ろに廻した指で自ら香油を塗り込めるまで待つ。

“メッサンティア”――憧れの港の名前がそのうちの一人から洩れたのは、雨期が開けて一月…つまりシェラムがこの小屋で躯をひさぐようになってから一ヶ月が過ぎようとした時だった。

その夜、食事を運んで来たのは一月前に護送してきた士官の一人だった。

あの時は急いていたので、荒々しい交わりだったが、何度か躯を重ねるうちに少年の喜ぶ壺も覚え、自分の精を放つだけでなく、たっぷりと可愛がる余裕も出てきた。

「ほら、リンガ」差し出された包みには綺麗な飾り菓子が三つくるまれていた。

「メッサンティアの菓子だ。甘くて美味いぞ」

「メッサンティア?」珍しく少年が言葉を発した。

「うん、敵国だが、こういう珍しい高級菓子は、あそこじゃなきゃ手に入らん、どうだ?見たことがあるか?」

食べた事は勿論ないだろう――砂糖菓子は王侯貴族か大商人でもなければ滅多に口に出来る代物ではない。

上級将校といえどもかなりの贅沢品だった。

この男はメッサンティアで造られたと思っているようだが、実は交易品だ。

菓子など別に珍しくはない。

アヨドーヤにはベンダーヤ産以外にも、キタイやイラニスタンから送られた様々な菓子があったし、タランティアに来てからは後宮に行けば毎回違う菓子が供せられた。

「いただきます…」こちらを窺う男の視線に気圧されて、一つ口に含んでみせる。

べたついて脂っぽい…なんか臭い…上等な菓子ではない。

“不味っ”――吐き出したかったが、機嫌を取るために無理矢理噛み砕いて呑み込んだ。

聞き質したいことがある。

「メッサンティアは敵国?」たどたどしかったシェラムのジンガラ語はこの一月で、瞬く間に上達した。

じつは言葉を訊くのは話している相手ではなく、背後に憑いている霊だ。

彼らに通訳して貰いながら意味を覚え、繰り返し発音の練習をした成果だった。

「アルゴスの首都だからな」

「どっちの方向?」

「この海岸線をずっと南に下るんだ」

「行ける?」

「お前…」そこで准将は少年がメッサンティアを目指し旅していたのではないか…と初めて思い当たった。

「国境ではアルゴス兵が待ちかまえている。河を越せば射殺されるぞ」

背後の霊達もその通りだと言う。

雨期が終わり、遅れていた工事は急速に捗っていた。

しかし“雨”というカモフラージュと国境となっている河川の増水という天然の防備堀が無くなり、砦の存在がアルゴスに知れた。

当然警戒したアルゴスは国境に増兵し、護りを固めている。

菓子包みを握ったままの手を掴んだ。

「お前はここに居ると言った。逃げないと…」

「痛いよ、手を放して」

「この工事が終わったら人夫共は始末するが、お前だけはコルダヴァに連れて行ってやる」

片手で抵抗を封じておいて胸元に利き腕を差し入れる。

「いやっ!ここに居る…海の側に居たいの」

胸を押して暴れる。

「そうはいかない。お前は死ぬまで俺達に飼われるのさ、諦めろ」

抱き寄せて首筋に舌を這わせた。

「いやだっ、海賊くる…待つの」

拒絶する言葉とは反対に撫でられただけで胸の尖りがしこってくる。

「お前馬鹿か?海賊はとっくに俺達がぶち殺してやったよ」

尖りを摘んで軽く爪を立てる――こいつはこれに弱い…

「う…そ…海賊…強い…負けない…」

案の定抵抗が弱まった。

「嘘なもんか。お前は一日中海を眺めているが、海賊どころか漁船の一艘も通らないだろう?」

ほくそ笑んだ男は押さえていた手でガウンの裾を捲った。

吸い付くような太腿を這い上がり、熱を持った男根に触れる。

それでも少年は上にずり上がって男の手を逃れようとした。

“そう言われれば…”――迂闊だった。

「騙したの?ここ海賊見つけたら狼煙上げる小屋だと言ったのに…」

“ああ、悔しい!それに気が付いていたら後ろの霊達に確かめたのに…”

抗うたびにガウンがめくれ、男の躯が膝を割って丸出しになった股間の間に押し入ってくる。

「ハハハ。お前はなんでここに連れてこられたと思ってる?海賊がいなくなれば番人も必要無い…だからこの小屋は無人だったんだよ」胸乳に舌を這わせながら、腰を掴んで引き戻した。

「いやあ、放して!」胸を這い回る男の舌から逃れようと身を捩る。

腰が浮いたのを男は見逃さない。

今度は利き手を尻の窄まりに入れる。

指が一本あっさりと沈んだ。

「香油が無くてもお前のここから滴るモノでもうびしゃびしゃじゃないか?」もう一本…中で押し広げ掻き回す。

“たまには抵抗されるのもいいもんだ”――自分の性技に自信を持った男は“意思を裏切って感じる躯”になってしまった哀れな男娼を言葉でも嬲る。

少年は顔を背けたまま、唇を噛み、目を閉じている。

「………」いくら待っても海賊は来ない…小屋の外に打ち寄せる波の音が、急に味気ない物に変わった。

抗う力が失せた。

「ほら、ここだろう?」指先がクイ…と折られ一点を押した。

コリッとした感触が指の腹に伝わる。

ビクンと少年の躯が反り返った。

そこを中心に柔々と円を描いてなぞり、時には強く押しつけたり爪を立てたりして反応を楽しむ。

押し入った口がキュッと閉まった。

指が痺れる程の締め付けだ。

「あん…」唇を噛み締め堪えていた少年が溜まらずに声を洩らした。

男はニヤリと笑った。“よーし、そろそろ追い込みに掛かろうか…”

勃ちかけた男根の先を擦り、溢れてくる先走りの液を塗り広げていた指が外され、二本の指を呑み込み無惨にも広げられた穴と睾丸の間を刺激し始めた。

「ああー、いやあ…」きつく目を閉じた美貌が左右に打ち振られた。

乱れた髪が床を叩く。

もう添える指がなくとも液を溢れされた男根は勃ち上がったままだ。

「どうして欲しい?」男の指がもう一本増やされた。

ゆっくりと抜き差しする。

「…‐…」

「言わないと抜くぞ」指を引く。

「あ…して…」少年の目が開いた。

潤んだ目が縋り付く。

「何をするんだ?」ゾクゾクする。

「あなたの…挿…れて…」

「どこに何を挿れるって?」堕ちた…

「わたしの…ここに…あなたの…男根様を…」

「お前のいやらしい穴にか?」こいつは俺のモノだ。

「そう…です…ああ…」

「だったら挿れやすいように自分で膝を抱えてもっと腰を突き出せ」ぴしゃぴしゃと真っ白な尻を叩く。

言われるままに膝裏を持ち、腰を浮かせる。

「俺と一緒にコルダヴァに来るか?」指が抜かれた穴は本当にいやらしく、ひくついて宛がわれた男根が押し入るのを待っている。

「どうだ?」

「…行き…ます…連れて行って…」

「よし!」一気に貫かれた。

いつもに増して裡の締め付けはきつかった。

いや、いつもとは違う。

奥に奥にと引き込む蠕動がある。

「リンガ、お前…」覆い被さった男は上気した男娼の唇を夢中で吸った。

腰を動かさなくても緩急を極めた肉のチューブが中で勝手に扱(しご)いてくれる。

離れられなくなったのは男の方だった。

屈したように見えた少年は喘ぎ声一つ漏らさずに、身をくねらせ、相手の腰を挟み込んでいる。

“誰がコルダヴァなんぞに行くか!”騙された相手を騙し返しただけだ。

男が冷静なら、肉欲に溺れたはずの男娼が最後まで不慣れなジンガラ語を話すのを不審に思っただろう。

だが、少年の媚態が男の判断を狂わせた。

「リンガッ!」

堕とされたのは自分の方だと、気づくことなく男は少年の裡に果てた。

次の夜は将軍クラスの中でもボザイムに次ぐ地位にある男だった。

「捨てないで…」弱々しく縋って、男根に奉仕する。

咥えながら髪を掻き上げ、上目遣いに男を見る。

潤んだ眸、陰影を刻むまつげがゾクゾクするほど色っぽい。

普段でも震いつきたくなるほどの美形が、一心に己の逸物に仕えている。

そう思うだけでだけでもう、三度も口中に放っている。

当然のようにそれを嚥下し、ふたたび顔を擦り寄せてくる。

「捨てないで…将軍様…あなただけのモノにして…」

自分の精にまみれた美貌がささやく言葉は麻薬のように意識に染みる。

こうして高い地位にある者達から順に虜にしていく。

海賊の来ない海はただの青い水面になった。

打ち寄せる波にも、ときめかない。

特別な浜辺は消えた。

しぶきを浴びながら、浜辺であの准将にまたがり、真っ昼間から腰を振る少年の姿は例えようもなく淫らであった。

陽の気に満たされた凪の風景の中で、ただ一点淫靡な陰の気が渦を巻いている。

「国境警備の手薄なところはどこ?」

「一番の近道は?」

「海をまわらなければ行けない町は他にあるの?」

「その間にある村は?」

他の男達にも同じ質問をぶつける。

「あなただけ…愛してる…」淫蕩な囁きの前に、皆、軍の機密をあっさりと暴露する。

もう絶対騙されない――背後の霊に確認を取る事も忘れない。

こうして様々な地位の男から必要な情報を集め、メッサンティアへ旅発つ機会を狙っていた。

どの男も散々に嬲り尽くした“意識”だ。

手玉に取ることなどたやすい。

地図の写しを手に入れ、金貨も貢がせた。

厩の場所も聞き出した。

ただ、問題は…

どの士官も国境を越えられないという。

“いっその事、こいつらに国境を襲わせて混乱に乗して突破しようかな”

ザモラ陸軍の警邏隊に喧嘩を売った過去を持つ少年は、そんな事まで考えていた。

当然、その後ジンガラとアルゴスが戦争になる――などというところまで思いは至らない。

メッサンティアに行って、海賊に逢って、ステイジアへの航路を尋ねる…事で頭はいっぱいだ。

“愛の囁き”は魔性の毒を帯びた。

「わたしの為に死んで…」


――海賊の来ない海で暮らしていてもしょうがない。

“リンガ”は砦に戻りたがった。

潮風で髪がべたついて、気持ちが悪い。

波の音がうるさい。

寝床に砂が入る。

閨で毎夜、泣き言を並べる。

細身の剣と弓矢と馬具を調達すれば、脱出の仕度は調う。

武具と馬具の選別は必ず自分で行え――自分の手で扱い、目で見て判断しろ――

父と兄の教えだった。

だから砦に戻らないと…

士官達は“リンガ”に悩殺されきっていたが、砦へ戻る事は一様に躊躇した。

やっと回復しかけた大将軍閣下が時折“リンガ”の名を呼びながら砦を徘徊するのだ。

最高位にある人を閉じこめる訳にもいかず…軍医が一時の発作だからいずれ治ると断言したので、発作がおきれば仕方なく放置している。

そこへ探している“リンガ”が現れればどうなるか?

「ここはいや…あなたの部屋で抱かれたい…」白い裸体をまとわりつかせ、耳元で熱く囁かれては我慢できない。

“大将軍が部屋から出る時だけ注意すれば問題はないだろう…”

まんまと砦に戻った少年は太腿までまくれ上がるガウンの裾を気にすることなく大股で砦内を闊歩した。

再び美貌の少年を目の当たりにした下士官や兵士達は、上級将校専用の男娼を欲情しきった目で追った。

シェラムの目当ては武器庫だ。

武器庫の管理官は卑屈な性癖の持ち主だった。

他の士官達のように一晩中リンガを可愛がる体力がない。

だが性欲は人一倍強かった。

だからその分、責めは異様で過酷だった。

実際に躯を繋ぐより、縄で縛って自由を奪ったり、しなやかに反った背に乗って馬のように部屋中を四つん這いで這わせたりした上で、どこから手に入れたのか張り型や羽根箒、痒疼剤などを使って少年をいたぶる。

勃ち上がった乳首に絹糸を巻き付けて赤く腫れ上がるまで擦り、痒疼剤を塗りつける。

特に男根は自分で屹立するまで扱かされ、麻紐で根本を縛られた。

ここにも痒疼剤が塗られる。

「ほれ、リンガ、もっと腰を振れ」股間を大きく突き出す形で手足を一括りに拘束された男娼は痒みに必死で耐えているらしく、赤い唇から艶めかしい喘ぎ声をひっきりなしに漏らしている。

屹立したまま赤黒く腫れ上がった男根の先に羽根箒が触れる。

「あっ…はああんっ…」

「イヤらしいのう…お前のここは…こんなに溢れさせて…」身悶える男娼を言葉で羞恥責めにする。

「後ろの張り型もただ咥えるだけでは物足りないだろう…何せお前は淫乱だからな。まず中にこれを入れて…」

大きく指で広げられた肛門に何かネチャリとした冷たいモノが…

「ひい!あっ!あう!」

「たった今儂が海から釣り上げたばかりの蛸の足だ。ホレまだこんなに動いて…どうだ、中で吸い付くだろう?」

「ひいいーっ!」暴れたくてもしっかりと縛られた手首と足首に荒縄が食い込み、こすれて真っ赤になるだけだ。

「何せ蛸の足は8本だ。まだまだあるぞ、まんべんなく吸い付くように全部挿れてやろうな」摘んだ指に吸い付く吸盤に満足し次ぎ次ぎと押し開いた穴に差し入れ、なすりつける。

細い足に巻き付かれた指が突き入れられた。

「あぐぅっ!」

引き抜きながら肉壁に吸盤を擦りつけ、吸い付かせる。

「どうだ、感じるだろう?」ニチャニチャと淫靡な音を立てながら何度も繰り返し出し入れする。

「取って!駄目!いやあ!」半狂乱になった男娼に満足した男は張り型を握った。

「嫌だといいながら、こんなに洩らしてるじゃないか?蛸に犯されても感じるのか?本当に好き者だな」ひくつく穴を指の腹で撫でる。

「もっと奥まで吸い付いて貰え」張り型を一気に押し込んだ。

「きゃあああ!」のけぞった少年の腰を押さえ込み、舌なめずりをしながら、ゆっくりと抜き差しした。

覗き込む男は引きつった笑いを浮かべたまま、少年が何度も絶頂を迎え、精を吹き上げ、ピクリとも動かなくなるまで責め苛む。

“今夜はもうそろそろいいかな…蛸なんて嫌だよ”シェラムは喘ぎ声を出しながら、薄目を開けて自分の開ききった陰部に浅ましい目を向けている男を盗み見た。

実際は、責められている側は恥ずかしくもなかったし、痒みも疼きも男が思っているほどではない。

相手が興奮するままに陰部を見せまいと羞恥で身を捩る振りをし、辺りを憚らぬ嬌声を上げて悶えて見せているだけだ。

段々責め具も手が込んできて、煩わしい時もあるが、だからといって別にどうという事もなかった。

黒睡蓮の花や忘我樹(ユーバス)に囲まれて暮らすこと十年…いわゆる五感といわれる感覚は麻痺している。

逆に六感、七感…といった人知を越えた感性がチャクラの覚醒によって研ぎ澄まされていた。

これもそのうちの一つ…相手の心をまさぐって、勝手に淫らな妄想を膨らませるように仕向け、適当に終わらせる。

一応、周りの目もあるので、淫具に身もだえし、許しを請うて泣き叫び、射精もして見せて、大体相手が満足したあたりで気を遣った振りをして失神の真似をすると終わる。

たまに気まぐれで芝居に飽きるまで付き合ってやる時もあるが、ほとんど馬鹿馬鹿しくなってさっさと“気絶”する。

毎回手を変え品を替えご苦労なことだ――所詮この管理官も“美貌の少年の痴態”という罠にかかった獲物の一匹だ。

だから、一度強請(ねだ)っただけで武器庫の合い鍵は簡単に手に入った。

昼間、衛兵に存在を誇示しながら内部の詳細を確かめ、陽が落ちると夜陰にまぎれて武器庫に忍び込み、あれこれと手にとって品定めをする。

その後、呼ばれた部屋の将校が執務を終えて部屋に帰ってくるまでに何食わぬ顔で寝台に戻っている。

そしてまた爛れた夜を過ごす。

毎夜この繰り返しだ。

それでも通い初めて幾度目かの夜に、薄く研がれた刃が美しい細身の一振りが見つかった。

弓は長弓だと持ち運びに不便なので、狩猟用のモノを見つけ出し、自分で弦を張り替えた。

あとは馬の鞍と鐙、轡に手綱、鞭――これは武器庫にはない。

それに肝心の馬――厩に忍び込んでも見知らぬ気配に怯えた馬が、一声でも嘶けば謀り事は台無しだ。

手なずけて…いや、飼い慣らしたのは上級将校だけで、下士官以下の兵卒にとって、囲われ者であっても“リンガ”はただの虜囚にすぎない。

国境を越える日が決まるまで、怪しまれては拙い。

ここまで時間を掛けて綿密に計画したのだから、堂々と馬体が検分できる状況を作らないと…

「ねえ、馬に乗ってみたいの…遠乗りに連れて行って…」

毛むくじゃらの胸に頬を擦り寄せてねだる。

「遠乗りは駄目だが砦の中なら…」

「どこでもいい…あなたの腕に抱かれて馬に乗れるなら…」

馬か…ガウンのままで鞍に跨らせれば裾が乱れ、襟元が崩れて半裸になる。

そこに自分の腕が巻き付いている。

周りから送られるであろう羨望と嫉妬の視線を想像しただけで、股間が膨張した。

「ああ…また大きく…すごい…」裡に納めたままの少年が身悶えた。

「かならず馬に乗せてやる、乗せてやるぞ、リンガ!」男はさらに締め付けをきつくした男娼の躯を組み敷くと、激しく抜き差しし、精を放った。

事件が起きたのは次の朝だった。

準備を整え、隙を窺う間に日々は過ぎ去り、季節は秋になっていた。

針葉樹の森にも下生えが紅葉し、朝夕は海から霧が沸くようになった。

そんな霧に覆われた朝を迎える日が今日で三日――そんな矢先だった。

「海賊船だ!」

男の汗にまみれた胸毛を避けて、寝台の隅に丸まっていたシェラムは跳ね起きた。

“海賊!海賊!海賊!”

ジンガラ語で唯一つ好きな響きだ。

衛兵達の喚く声が聞こえる。

「どこの海賊だ?」

「あの旗は…黒海湾!」

「なにぃ、雌虎号(タイグリス)?」

砦は右往左往――大混乱に陥った。

最も手薄…というより見張り一人置いていない裏手の海岸からの進入、それも夜警が昼間の衛兵と交代する直前のほんの一瞬の隙を突いての奇襲だ。

「まさか?あの女悪魔が甦ったというのか?」

壮年の将校は一様に顔を強張らせた。

若き日の忌まわしき記憶が一気に甦った。

「朝霧に乗じて乗り込んでくるなんて、あの白い蛮人以外に誰が指揮をするというんだ?」

共に海戦を戦ってきた同僚が剣で原生林を指した。

「見ろ、衛兵をなで切りにして跳ね橋を降ろしたあの大男を!あれは鋼鉄の荒獅子(アムラ)だ!」

「そうだ、ベリの情夫の荒獅子(アムラ)だ」

「馬鹿な…ベリは二十年以上前に死んだ…雌虎号はあの女の死体を乗せて炎上した…俺は生き残った船員に聞いたんだ…アムラが一人で葬送したと…」

燃えたはずの雌虎号にそっくりな真紅の細長い三角旗を掲げる細長いガリー船が湾の中央に停泊していた。

黒海湾のベリ――このシェム生まれの女がどういう経緯でクシュの海賊達を束ねる女首領となり、ジンガラの果ての西部太洋からバラカ諸島、アルゴス、シェム、ステイジア…といった暗黒諸王国の沿岸にまで勢力を広げ、この海域の商船から“女悪魔”と畏れられる存在となったかは定かでない。

黒人の荒くれ男がひしめく中で、顕わな乳房もそのままに腰布一枚で一人甲板に象牙色の肌を曝し、漆黒の髪をなびかせ、黒曜石の眸で敵を見据える…彼女が襲う沿岸の村々からは“女悪魔”と恐れられ、海賊達からは“黒海湾の女王”と崇められた。

権力の頂点にいたベリが襲った船から手下を散々に斬り殺したアルゴスの傭兵崩れの命を救ったという逸話、さらに何を血迷ったのかその北の蛮人を愛人とし、その力を借りて略奪と殺戮を繰り返したという忌まわしい記憶は、襲われる側であった船乗り達…たとえそれが一国の海軍に属する水夫であっても未だに恐怖の対象として鮮明に刻まれている。

荒獅子(アムラ)の異名で呼ばれた北の蛮人――青く烟る瞳と漆黒の髪を持つ白い巨人は“キンメリアのコナン”と名乗った。

ザルケーバ河の廃墟に隠された財宝を狙った時…廃墟に巣くう魔物に襲われたコナンを死の淵から引き返し、その命を救う為に愛を示したベリの遺体はコナンの手で雌虎号に安置され、共に火を掛けられて海の彼方に没した。

時にコナンは二十四才…今、アキロニアで王に代わって政務を執っている長子ヴァイロンと同じ年齢であった。

毛むくじゃらの士官が慌てふためいて革の胴衣を着け、鎧を着込もうと配下の兵士を呼ぶ様を横目に、シェラムは物見台に走った。

すでに砦には“ベリ”と“アムラ”の名が充満している。

“荒獅子(アムラ)?あれが父上だって?まさか…”

父が西部太洋から黒海湾を荒らし回った時分、荒獅子(アムラ)と呼ばれていた武勇伝は幼い頃、当の本人から聞いている。

まさか――だって、だって…あの段平の振り回し方は――

「ガイだーっ!」

何事だ――聞き慣れぬキンメリア語の歓喜の叫びに右往左往する兵士達の足が止まる。

“嘘…来てくれたんだ――私を捜しに…こんな西の果てまで…”

胸が熱くなった。

黒い甲冑の大男の姿が涙でにじんだ。

だが感激の涙に暮れている暇はない。

おもむろに武器庫に向かって走り出した。

次々に武器を取りに集まってくる兵士で武器庫はごった返している。

人々をかいくぐり、壁の隙間に隠した剣を取り出すと砦の裏手に駆けだした。

裏手の門は辺り一面血の海だった。

鎧も鎖帷子も装着する間もなく、剣一本で撃ちかかった衛兵達の死骸が累々と転がっている。

海賊達は息のある兵の喉元を掻き切りながら奥に進んで行く。

その中央で、指揮をしているのは――

「ガイ!」

いきなり現れた白いガウンの少年に海賊達は一瞬で目を奪われた。

胸ははだけ、裾はまくれ上がり、覗く太腿からは男の精が滴り落ちている。

だが乱れた黒髪の下の上気した美貌は、殺戮に興奮した海賊達から動きを奪った。

たった一人を除いては…

大男の段平が唸った。

真っ直ぐに少年に振り下ろされる。

こびり付いた血が辺りに飛び散る勢いだ。

「!」咄嗟に剣で受けた。

だが、細身の…それも“なまくら”な剣では相手にならない。

一撃で叩き折られ、柄を握った指が痺れた。

「ガイ、待って!ゴメンね、心配かけて…でも…」

言い終わらぬうちに横に払われる。

思い切り尻もちを着いた。

ガウンは完全に前が開いて、男の愛撫の痕をつけた白い裸身が隅々まで顕わになる。

「うわっ!」そこを切っ先が襲う。

“お、怒ってる!”

シェラムは動転した。

“どうしよう、ガイったら本気で怒ってるよ!”

凄まじい怒気が殺気を巻き上げて覆い被さってくる。

咄嗟に右の指輪を…サータを空に翳した。

ガイに傷を付けるわけにはいかない…拘束術の一つを施してその間に怒りを鎮めよう。

と思ったのだが――“効かない?”

“なんで?”

兄の左中指に鈍く光る青い…

“ラカモンの環(リング)?…そんな!ここまで強力な力を出すなんて…”

間一髪で躱(かわ)す――もう、ガウンは切り裂かれてボロボロだった。

死体から流れる血に足を捕らえながら逃げ回るしかない。

ヴァイロンの刃をここまで躱せるのは…皮肉なことにそのヴァイロン自身が鍛え上げた成果だった。

紅の小指も指輪の波動の前に沈黙している。

“信じられない、あの環をここまで操れるなんて”

幾通りもの防護呪(しゅ)を唱え、縛の印を結ぶが、何一つ効かない。

遂に壁際に追いつめられた。

“ほんとに斬る気だ”――悟った瞬間、身体中の肌が恐怖で総毛立った。

「ご…ごめんなさい!もう、勝手に出て行ったりしません!ごめんなさい…」

沈黙したままの大男は、振りかぶった段平を撃ち降ろした。

「うわっ!」頭を抱えて蹲る。

「どうだ、死ぬのが怖いって事思い出したか?」懐かしい響きのキンメリア語が降ってきた。

恐る恐る開けた目の前に突き出された刃――その上に、銀の鬣を持つ小さな灰色蜥蜴がちょこんと乗って、こちらに首を傾げていた。

金色の目が呆けた顔のシェラムを映している。

「ヒドラ…」

「ハドラタスからステイジアに向かったと聞いた時、こりゃあ河を下ってアルゴスに行ったとピンときた。旅の途中で散々メッサンティアの話を聞かせたからな。だがメッサンティアに着いてもお前らしい人影を見た者がいない。なにせお前は目立つし、行く先々で問題を起こすからすぐに解るはずだ。だが何の噂も聞こえて来ない…これは旅慣れない魔道士が道に迷ったと履(ふ)んで、もう一度アキロニアに戻り、ハドラタスの所にいたこいつを道案内に立てたんだ」

「戻った…ってヒドラを連れにわざわざ?」確かにヒドラはラカモンの威力にも影響を受けない…シャディザールの町はずれで兄にそう教えたのは自分だ。

「ああ、二往復しちまった…しょうがねえだろ?こいつに聞くのが一番早いってハドラタスが薦めるんだから…」

二往復――どんな道程かは流れてきた自分が一番よく解っている。

「ごめんなさい…」心から詫びた。

「もう、二度と勝手な事しません…」

抱きついた。

「ガイ…」血の臭いに混じって懐かしい兄の匂いがした。

「また、男に抱かれてたのか?」

「あ…」ザモラで感じた初めての羞恥…それが甦った。

ちぎれたガウンで、何とか腰だけを覆う。

情交の痕を見られたくなかった。

一番見られてはならない人に見られた…項垂れた。

「あ…のね…メッサンティアに行きたくて…それで…」言い訳になっていない――自分でも情けなく思う。

「よくも、俺の弟を嬲り者にしやがったな!」唸るようなキンメリア語を吐き捨てると砦の奥を睨みつけた。

肩にかけた紐を解く。

兄の腕が背中から見慣れた一振りを取り出した。

「あ…私の…」アィーシャの彎刀を錬成した時、余った鋼で造った愛刀だ。

東洋独自の無反りの長剣は人目を惹く。

それに嵩張る。

最後まで持っていこうか…と迷ったが師を訪ねる旅には不要と判断し、東宮の私室に置いてきた。

これを持って師に…西方一の魔道士ペリアスにまみえるのは不敬であると思ったからだ。

愛刀は渾身の呪物でもあった。

刃には文字とも記号ともつかぬ文様が描かれている。

弟子であっても一人前の魔道士が、同じ魔道に生きる者が住まう場所に呪物を携えたまま参じるのは禁忌だ。

普通ならば呪殺の掛け合い――殺し合いになる。

「持ってけ。ペリアスはそんじょそこらの魔道士とは違う、なにせ親父の親友だからな…太っ腹さ」

「ガイ…」」そこまで解っていたのか…

「大体お前の目は節穴だぞ、俺の一撃でへし折れる剣なんぞ選びやがって。目利きの方法は散々教えたろう?」

「ガイが力任せに打ち下ろしたら、どんな剣だって折れるよ…まだ指先に感覚が戻らないんだから」

握って開いてを繰り返す。

「ふん、だらしがねえ」

それでも、そんな“なまくら”で受け止めたのだから、結構大した腕になったもんだ…と心の内では褒めている。

シェラムは久方ぶりに愛刀の鞘をはらった。

白銀の刃紋の上に銀紫の文様が陽を弾く。

「さあ、力の一部が戻ってきたぞ。恨みのある者はここに集え…」低い呟きはステイジア語だった。

砦工事で犠牲になった者達の絶ちがたい怨念が呼び掛けに呼応して集まってきた。

左眼の奥に朱紅の玉(ぎょく)が顕れた。

頭を振ってわざと髪を乱し、左半顔を隠した。

「ガイ…シャディザールで館を一つぶっ壊したでしょう?」キンメリア語の声は低い。

「ああ?」

「また、ああいう状態になったら止めてね」

「なりそうなのか?」

「ちょっと呼び込んだ怨霊の数が思ったより多すぎて…いっちゃいそうな感じ…まだ集まってきてるよ」

「まあ、やりたいようにやってみな。あの時とは条件が違う。砦の一つや二つ、ぶっ壊したいなら壊していいぞ」

「それじゃ、私の身が保たないの。また倒れちゃうよ」

「その方が温和しくなって、こっちは助かるな」

「いいよ、もう…ヒドラに頼むから…」

シェラムは銀灰色の蜥蜴を髪の隙間に入れた。

突如、空を斬る音が響いた。

海賊達の傍らを続けざまに、矢が突き抜けた。

立ち塞がったヴァイロンの段平が悉くなぎ払う。

「イジュ!」黒光りする肌に返り血を飛び散らせた黒人がヴァイロンにクシュ語で呼び掛けた。

「ふん!ジンガラの兵隊さん、やっと仕度が整ったか」同じくクシュ語で応じたヴァイロンは、次々と射手が並び始めた砦の奥壁に段平の切っ先を向けた。

「俺の弟を散々慰み者にしてくれたお礼だ。構わねえ、皆殺しにしろ!」

その命令の前にシェラムは駆けだしていた。

撃ちかかる剣をスイと避けると相手の胸元に飛び込む。

吸い込まれるように刃が食い込む。

東洋の直刀の前では鎧も鎖帷子も用を為さなかった。

陽に透ける白磁の肌が見る間に返り血で真っ赤に染まる。

あいつと、あいつと、あいつと…それに…剣が欲する血は限りない。

上級士官の殆どは処刑の断行者として吊られた人夫が事切れるまで酒を酌み交わし、談笑しながら見物していたし、兵士達は実際の死刑執行人だった。

クシュ語の意味は分からなかったが、自分が為さんとしている事は兄が海賊達に命じた皆殺しに他ならないだろう。

そしてシェラム自身が個人的に“消したい”男が二人いた。

クマリ神を辱めた罰を下さねばならない…という理由からだ。

元はと言えば自分が撒いた種なのだが、この破壊思考の自負心高き王子はそのような世間並みの…いや人間らしい感性は全く持ち合わせていない。

弄んだ憎い相手を“殺したい”といった人並みの感情の方がまだ救いがある。

なぜなら“殺された”人間はまた何時か何処かに転生するが、霊体ごと“消された”者は…

次々に上陸してくる海賊は得物を携えて、荒獅子二世(イジュ・アムラン)に率いられた斬り込み部隊の後を追う。

革の胴衣を着けている者はマシな方で、厚手の刺し子を巻いただけの者や針金を通した厚手の板っを胸当てや脛当代わりにしている者もいる。

まともに鎖帷子や鎧を着ている者など数えるほどしかいない。

にも関わらず海賊の一団は強かった。

真紅の細長い三角旗を掲げる細長いガリー船に率いられた二艘の戦(いくさ)船から漕ぎ出される軽装船には盾を剣で打ち鳴らす海賊達が隙間無く乗り合い、次々に下ろされた跳ね橋を渡って砦の中に押し寄せてくる。

新たに加わった連中は分厚い盾を並べ立て雨のように振り注ぐ矢を跳ね返しながら次々と壁を打ち倒して奥へ奥へと進入していく。

射手が陣取るあたりに火薬玉を投げ込む。

長槍を振り回し、打ち寄せる剣兵を打ち倒し鉄の板で補強された扉の隙間に直接火薬を振りかけて爆破する。

爆風を煙幕代わりに使い、一斉に抜刀し、雄叫びを上げて斬り込む。

「捕まってる奴らの足枷や鎖を外してやれ」指揮を執るイジュの命令通り、人夫達を自由にしてやる。

アムラの息子は転がっている敵兵の死体から剣を取り上げると、解放したばかりの人夫に押しつけた。

「この中は作ったお前らの方が詳しい、手引きしてくれ」訛りのきついアルゴスの言葉だったが、意を解した人夫達は雄叫びを上げて砦の奥へ…“大将軍の間”への通路に向かって走り出した。

ぱっくりと割れた傷を開ける死体があちこちに折り重なっている。

“シェーラの奴…”一撃だった。剣技の冴えを見せつける。

途中で臭気を上げる肉片の塊がふたつ転がっていた。

切り裂いた所に手を掛け外にひっくり返したように、内臓が外に溢れ、皮膚は内に入っている。

骨が溶けてブツブツと水疱を上げている。

凄まじい臭気と惨状だ。

残虐行為はお手の物のはずの海賊達が顔を背け、目鼻を覆って走りすぎる。

中には堪らず嘔吐する者もいた。

“どんな魔物にやられたのか…”敵の死体とはいえ手を下した者へのおぞましさに畏怖する。

そして“大将軍の間”に飛び込んだ大男は手下や人夫達に得物を下ろすように言った。

「何故だ?こいつが親玉だ!」

「そうだ、こいつは俺の兄を絞首刑にしやがった!」

「俺の親父もだ!」

「アタシの亭主もよ!」

「どういう事だ?シェーラ?」跪いた大将軍が血塗れの少年の足にほおずりし、足の指をくわえて舐めている。

「遅かったね…」フンと血塗れの指でほつれた黒髪を跳ね上げた。

兄の後ろで荒い息を吐く人夫や端女達を見る。

「アンタ達の仇討ちは殆ど終わったよ…で、最後はこの大将軍閣下なんだけど…」なめらかなジンガラ語だった。

「そうだ、そいつが親玉だ!」

「なぶり殺しにしてやる!」

「もう復讐は済んでるよ、だから今までアンタ等の仲間や家族は我慢してたんだ」

「家族?」

「あの杭に吊されたり、工事で丸太の下敷きになって死んだ人達…それに陵辱が元で死んだ娘達も…怨霊となってこの砦を彷徨っていたから、復讐に手を貸したんだよ。取り敢えず大将軍閣下を廃人にしたから一応治まったんだ。でもガイ達が本格的に仇の血を撒き散らした事で鎮まっていた霊が再び騒ぎ出した。直接処刑に関わった奴らは砦中走り回って、たった今、私が全て斬ってきた」

「そんな馬鹿な事が信じられるか!」

「そうだ、お前はこいつらのお気に入りだったじゃないか!」

「いい服を着て、美味いもん食って、あったかい寝床で寝てたんだ!」

「確かにそう見られてもしょうがないか…」シェラムは一旦鞘に収めた剣を抜いた。

小さく呪を唱える。

「うあああ!」詰め寄っていた人夫達が我先に逃げ出した。

黒い人影が次々と湧き出したのだ。

それは人夫達に向かってふわふわと飛んでいく。

「逃げないでいいよ。お兄さんやお父さんだよ…一緒に村に連れて帰ってやってよ」

ここにきて人夫だけではなく、ヴァイロンの周りを固めていた海賊達もこの半裸の少年が人外の力を有する者であると気付いた。

あの肉片を作ったのは…

「おい、イジュ…あんたの弟は魔道士か?」張り切った筋肉の黒人が声を潜め大男に訊ねた。

「うん、まあ…修行中で大した事はできないんだが…」シェム語で適当にごまかす。

「さてと…」

シェム語を解さない魔道士少年は、自分についてそんなやり取りがされているとも知らずに次の間のドアを開いた。

寝台の影で軍医が身を屈めている。

「軍医殿、もう戦闘は終わりに近い…ほら、きな臭くなってきた。既に火が掛けられてる」ジンガラ語で呼び掛けた。

「私も殺すのか?」こうなれば――幾多の戦場に軍属医師として従軍してきた男は肝が据わっている。

寝台の影から出て、剣の鞘を払った。

「まさか、あなたはこの大将軍とそっちの王宮…コルダヴァだったっけ…に帰ってちゃんと後始末をして貰わないと…元々そういう役目でしょ?間諜さん?」

「何処で、それを?」顔色が変わった。

自分が親アルゴス派の大臣から使わされた間諜で、この砦の状況を逐一コルダヴァ王宮に報告している事をどうして知ったのか…

半月に一度食料や武器と共に医薬品が届く。

その輸送隊員が連絡係だった。

最終の指令は内部を混乱させて砦の建設を妨害することである。

もしそれが不首尾に終わり、砦が完成してしまったら――油を撒き火をつけるつもりだった。

大将軍にはあらかじめ睡眠薬でも盛っておく。

そして砦が焼失した後で、責任者として大将軍を連れ帰る。

その手順で動いていた――この男娼の出現で肝心の大将軍が腹上死しそうになった時には慌てたが、逆に正気を逸してくれたので、薬を盛る手間が省けると喜んでいた…それを全て察知していたというのか?

「あとはそちらの計画通りでいいからさ…ホントはこの大将軍、精気を吸い取って衰弱死させようと思ったんだけど、アンタの正体が解ったから、協力してあげたんだ」

「どこで正体を?」

「ふふん…貴方の後ろに憑いてる霊がね、こっちが訊くと答えてくれるんだよ」恨み辛みしか言わない怨霊達より御しやすい。

唖然とした顔の軍医に取りすがる大将軍を渡した。

「じゃあ、後は宜しく…だけど、そのおじさんはもう一生正気に戻らないから、治療しても無駄だよ…今は色呆けしてるけど、この地を離れたらここで吊された死体の幻影を見るようになるから…吊された連中がね、あっさりと死なすよりその方がいいって言うもんだから、そういう呪術をかけちゃった」

呆然とする軍医にひらひらと手を振った。

「じゃあね、早く逃げないと焼け落ちちゃうよ」

扉を閉めて振り向くと兄だけが待っていた。

「海賊さん達は?」

「さん…はいらねえ。焼け落ちる前に略奪に行かせた。食い物と武器、それに馬…船に積めるだけかっさらって来るだろう」

「そうかー、お宝を探しに行ったんだ。私もやりたいな」

「お前は行くな。もう十分だろう?見てみろ」

指し示された砦の通路には鎧ごと真っ二つにされた死体が累々と連なっている。

「お前の独壇場だったじゃねえか」これ程進入が楽だったのは命令を下す士官達がシェラムの刃に次々にやられて、指揮系統が混乱したからだ。

「そうだよ、誰かが押さえてくれないからさ…一応ヒドラが止めてくれたんで、これ位で治まったんだよ」髪の中から銀色の頭がひょっこり顔を出した。

「ちょっと待って…荷物取ってくるから」兄を置いて宛がわれていた小部屋に駆け込む。

荷物と言っても例の曰く付きのトゥニカと色あせたオレンジのベールだけなのだが…

媚薬入りの香油壺が落ちた。

つまみ上げて中身を空けた。

「油に代わりはないから燃えるよね、ヒドラ?」這い出した銀灰色の蜥蜴が尾を一振りするとパッと火が点いた。

「さすがは火竜(サラマンダー)」鬣に頬ずりして、小部屋を飛び出した。

兄は略奪品を背負った黒人達と待っていた。

「これから、まだまだ海賊稼業をするんでしょ?」

「なんだ、お前海賊船に乗るつもりか?」二人は連れだって海岸に向かって歩き出す。

「約束じゃない?メッサンティアに連れていくって…」ちらりと兄を見る。

このままタランティアに連れ戻されたら…でも言うことをきくと約束したばかりだ。

「実を言うとな、メッサンティアに馬を預けてある。あの船も海賊連中を集めたのもメッサンティアの酒場なんだ」

シェラムの顔がパアッと輝いた。

「ガイ、大好き!」血で強張った躯も構わずに抱きつく。

海賊仲間が口を開けて眺めている。

「おい、放せ!お前は弟だと言ってあるんだ。このままじゃ主人と男娼に思われる」おまけに魔道士だとばれてしまった。

「いいじゃない、どう見えたって。ホントに兄弟なんだから」そう断言できる事がなにより嬉しい。

「あ、そうだ…」シェラムは兄の顔を覗き込んだ。

「イジュって何?」

「俺の事だ。メッサンティアだけじゃない、ここらの海一帯で親父はアムラという有名な大海賊だからな…で、息子の俺はイジュ・アムランと呼ばれてる」

「イジュ・アムラン?」

「アムラ二世とか継承者っていう意味のシェム語だ」

「じゃあ、私もイジュ・アムラン?」

「お前は…」無理だろう…と言えばまた大事になりそうな予感がして言葉を呑み込んだ。

乱れた髪を両脇に垂らし、胸が隠れてしまうと腰布一枚の華奢な姿態は伝説の女首領ベリに近い。

事実さっき別れた海賊の古株は、血塗れのシェラムを一目見るなり“黒海湾の女王の再来”と目を輝かせたのだから。

霧はすっかりはれて、雲一つ無い真っ青な空に太陽が燦々と輝いている。

砂浜には肌を焼く日差しが降り注いで白い波しぶきを余計に白く際だたせた。

その海岸に略奪品を抱えた海賊達が集まりだしていた。

「ほら、少し空けろ。こいつが乗るんだ」軽装船に積まれた食料の袋を脇にどかし、腰まで海に浸かって待っている弟に腕を差し伸べる。

「どの船?」ふたたび潮風は心地よいモノになった。

「あの赤い三角の旗がマストについてるヤツだ」揺れる船に起ち上がったまま指をさす。

ベリの愛船、雌虎号(タイグリス)と同じ設計図で造船された姉妹船――雌豹号(レパーデス)だ。

亡き女首領を慕う古参の水夫達は赤い三角旗をマストに掲げた。

両脇に碇を下ろす船も共に小振りだがよく似ている。

「細長い船だね。あんなに櫂(オール)が一杯…こんな船初めて見るよ」シェラムも腰を下ろさずに立っていた。

支える兄の腕は力強い。

振り仰いだ青い空は開放感に溢れている。

その真下にはもっと濃い蒼が広がっている。

“あ…”

シェラムは兄の横顔をじっと見た。

“ガイの碧眼は海の色だったんだね…”

父の瞳が澄み切った青空ならば、兄の眸は更に蒼が深く…紺碧の海原を映す目は本当に“海の蒼”そのものだった。

ガリー船が碇を上げた時、原生林の向こうには黒煙と真っ赤な炎が立ち上っていた。

マストは風を孕み、三艘の海賊船はそれぞれに積み荷を満載して海岸線を離れた。

兄の腕に抱かれたまま舳先の前に立つ少年には遙かな水平線しか目に映っていない。

「さあ、行くぞ!シェーラ」

「うん!」

その手の平で蹲る小さな蜥蜴の金色の目にも青く広がる海原が美しく映えていた。

第8章 完


あとがき

【性悪誘受】《しょうわるさそいうけ》今回のシェラムのような奴を指す“やおい&BLジャンル用語”です(^^;)
しかもウチの“受”はそれだけじゃありません。トラブルメーカーの疫病神です。
同情心も義侠心も有る事は有るのですがホントに気まぐれなので、何処がツボなんだか兄貴(ガイ)や師匠(ペリアス)も理解不能だと思います(爆)
おまけに自尊心が半端じゃなく高いし、自分に甘くて他人にはキツイ。
なまじ記憶力がいいから恨み辛みは何時までも忘れない…復讐させればキリがないくらい引きずるタイプ。
悪知恵も働くし、芝居っ気もあるし、陰謀も巡らすし、狡猾で残忍で、敵に回すのは絶対ヤバイけど、かといって親しくするのも憚られるといった超問題児。いやあ出生のゴタゴタが解消され、一皮剥けて温和しくなるかと思ったのですが、ますます鬼畜ぶりに拍車が掛かって“いい感じ”になって参りました(笑)

シェラムの行くところ、波風・嵐が吹きまくり、地震・雷・大戦争――絶対に無事ではすまないのが“お約束”です。
こんな皇太子を迎えなきゃいけないベンダーヤって大変だろうな…自分で作ったキャラ&設定なんですが今更ながらに××ですね。
今回はそんな性悪誘受霊感外道少年を主役に少女漫画っぽく活劇&エロスをやってみました(笑)如何でしたでしょうか?

実は以前に新大久保の韓国料理屋に連れて行って貰ったのですが、そこでコチュジャンタレが掛かった小蛸の足のぶつ切りが出てきました。生きが良くってまだ動いてるところをサンチュ(エゴマの葉)に巻いて食べるんですが、ワタクシ辛いの苦手なんですよ。
じゃあ何で韓国料理に行ったのか…という顛末を語ると長くなるので割愛しますが、誘ってくれた人が本国と同じ材料だけど日本人の好みに合わせてあるから…と。お店の周辺全部がハングル語だらけで、出てくる料理も実に本格的で…つまり味覚がしないくらい辛くって…という状態だったので、用心はしていたのですが“これは熱くないから冷たいからちょっと辛くても大丈夫だ”と、言われて巻いたの薦めてくれるので、悪いなと思って口に入れたら…「やっぱり辛い〜!」で、口の中でモゴモゴしてたら蛸がサンチュから出てきてしまいまして、そのまま口腔粘膜に張り付いてしまったのです(爆)足だけのくせして目一杯吸引してくる蛸!あまり想像しないで頂きたいのですが、人前も憚らず指を突っ込んで引っ張り出しました(でも吸い付いたまま、なかなか出てこなくて痛くて涙が出ました)帰宅して鏡の前で大口開いて見たら、張り付かれた部分が白くなって舌で触ると吸盤の痕がポコポコしてました―――という経験から“蛸の足責め”を思いついたのですが…
あれが直腸壁の奥を這い回って吸い付いたら、そりゃあ辛いわ、痛いわ、苦しいわ…普通だったら悶絶乱心は必定。
鬼畜ジャンルなもので(18禁だし)これくらいはアリかな…と。あとは葛飾北斎の蛸と海女が絡んでる浮世絵ね。
海だから蛸みたいな…(すいません、自分で書いてて意味不明です)

コナンシリーズには各章ごとに入れ替わり立ち替わり“おんな”が登場します。大概はコナンの恋人役なんですが、なかには雇い主というか部下として仕えるだけという女性もいます。『氷神の娘』という(イミールの娘アタリ)変わり種も登場してますが…
例えばコナンファンに『大好きな女性キャラを三人選んでください』と言ったらあらゆるキャラが林立して票は割れると思います。
でも誰もが必ず選ぶだろうな…と思われるキャラが“黒海湾の女王・ベリ”です。
【ベリ=ハヤカワ版『冒険者コナン』の黒海湾の女王。ベーリト=創元版『コナンと石碑の呪い』の黒い海岸の女王。『TheQueen of  theBlackcoast』が原題で、盗賊の神ベルの女性形…なので、根っからの女盗賊というキャラクター】
滅茶苦茶いい女!かぁっこいいんだ。ナイスバディで、残酷で、情熱的で…海岸線の村々を襲い、商船とみれば皆殺しにして略奪の限りを尽くしたベリ(相棒というか間夫はコナンなんですが…)は『もし私が死んで地獄の業火に焼かれていても貴方が危機に陥れば必ず助ける』と愛の言葉としてはかなり意味深な台詞を言うのね。で、廃墟の秘宝を奪ったベリはコナンが不在の間にハイエナに化けた(というかハイエナのような格好をした)魔物達に手下もろとも殺されてしまう。コナンが黒睡蓮の罠や敵からの追撃から逃れて帰ってくると雌虎号の帆桁に吊されたベリの死体を見つける――というシーンは意外にも淡々と書かれていて…それでコナンが怒り狂ってどうしたとかいう描写もなく、黙々と火葬の準備をするんだけど、当然仕返しに行くわけです。で、ピンチの時に本当に死んだはずのベリが魔物とコナンの間に立ち塞がってコナンを庇うんだよね。こんな強烈なキャラは他には出てきません。なのでシリーズ中でワタクシの一番好きな女性キャラはベリなのです。
そのベリを自分なりにちょこっと触ってみたくて、こういう話を書きました。今後ベリのイメージを重ねられた問題児の王子様がどんな活躍というか大問題を引き起こすのか…次回はそんな海賊篇になります。がんばれ、めげるな、お兄ちゃん!

書・U・記/拝

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